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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第五章 変わる世界と変わらない思い
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3 思わぬ再会

 辿り着いた浜辺には、もう多くの島民が集まっていた。

 俺はそっと木の影に身を隠し、様子をうかがう事にした。

 別に堂々と姿を現しても問題はないのだが、またマルタさんとパトリックさん夫妻にいらぬ心配をかけてしまうかもしれない、と考えるとどうしてもこっそりと行動した方がいいと思えたのだ。

 

 島民たちは、口々に何か話ながら沖を指差している。そこにはさっき聞いた通りに見知らぬ船がこちらへと近づいてきていた。

 船が岸までやって来ると、そこから数人の男が姿を現した。

 漁夫というよりは、まるでどこかの神官のような恰好をしている。男の中でももっとも高価そうな神官服を身にまとった男が島民の前へと歩み出た。

 男はじろりと集まった人たちを見回すと、やたらと尊大な態度で告げた。


「おい、この島の代表者はどこだ!?」


 その言葉に呼応するように、男の前に村長が歩み出る。


「……私が村長だが、あなたはいったいどなたですかな?」


 初老の村長を見下ろして、男は馬鹿にするように笑った。


「ふん、老いぼれジジイか」


 その言葉を聞いた途端、島民からは怒声が上がった。

 その時点で俺は悟った。あれは、話の通じる相手じゃない。

 あの男は、この島の平穏を壊しに来た破壊者だ。

 

 男は憤る島民の様子など気にせずに、両手を広げると大きな声をあげ話し始めた。


「聞け、田舎者どもよ! 我らは輝ける解放の神、ルディス様の使徒である! 今よりこの地はルディス様の恩寵にあずかることとなった。光栄に思うがよい!!」


 その言葉を聞いた途端、ひっと息が詰まった。

 やっぱりこいつは、悪意を持ってこの島にやって来た人間だったんだ……!


「……申し訳ありませんが、その言葉には従えません。我々は古来よりティエラ様の恵みと共に生きておりますゆえ……」 


 村長はできるだけ丁寧な言葉を選んで男達を拒絶しようとした。

 そんなのは当然だ。豊かな自然と共に生きるこの島の生活は、豊穣の女神ティエラ様の恵みなしでは成り立たないからだ。

 だが男は相変わらず村長を馬鹿にしたような笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。


「……何を勘違いしている? 我々は別に貴様らの意思を聞きに来たのではない。決定事項を伝えに来ただけだ。

「……意味がわかりかねます」

「この地はルディス様の恩寵にあずかることとなった。……これはもう決まった事なのだ。貴様らの意志などどうでも良い。古き女神の恵みなど、ルディス様の威光の前では塵にも等しい!!」


「ふざけんなっ!!」


 島民から怒号が上がった。島民の一人……あれは確か漁師をしている男だ。

 漁師は村長の隣まで進み出ると、怒りをあらわにして神官服を着た男に罵声を浴びせた。


「黙って聞いてれば勝手な事ばかり言いやがって!! てめぇらに何の権利があってそんな事を……うわっ!?」


 怒りのまま神官服を着た男に殴りかかろうとした漁師は、突如地面へと引き倒されたように見えた。

 見れば、砂浜の一部が黒く染まっており、そこから出てきた真っ黒な影のようなものが漁師の体を拘束していた。

 ……あれは知ってる。ディルク・シュヴァルツシルトが操っていたものと同じだ!


「すぐに暴力に走るとは……これだから野蛮な旧教徒は遅れているというのだ。我々に必要なのはこの土地であって、住人などはあとから送り込めば良い事。……見ろ、これがルディス様の御力だ!!」


 男がそう叫んだ途端、浜辺近くの海面が盛り上がった。

 そして、そこから現れたのは、魚のような姿をした、水棲型の魔物の群れだった。

 島民たちが悲鳴を上げる。


「な、何を……」

「これは世界の歪みを正す存在だ。世界を正しき方向へ導くルディス様の信徒は襲われることはないが、ここまで世界を腐らせた古き女神の使徒は……どうだろうな?」


 男は意地の悪い笑みを浮かべて、怯える島民たちを眺めている。


 完全な脅しだ。

 従えば生き残れるが、逆らえば魔物の餌になる……と男は言いたいのだろう。

 魔物は少しずつ陸地へと近づいてくる。あんな数、こんな平和な島の島民ではとてもじゃないけど対処はできないだろう。


「か、改宗すれば助かるの!?」


 人の集まりから若い女性が飛び出してきた。

 途端に周囲の島民たちが女性を引き留めようと声を上げる。


「おい、何言ってんだ!! 俺たちはティエラ様の、」

「だって……こんなの無理よ!! どうにかできるわけがない!! それとも、全員ここで死ねっていうの!? まだ小さな子供もいるのに!!」


 女性は腕に小さな赤ん坊を抱いていた。

 赤ん坊はこんな緊迫した状況の中でもすやすやと眠っている。


「お、お願いします……この子だけでもお助けください……」


 哀れな女性が男に懇願すると、男は途端に愉快そうに笑みを浮かべた。


「ルディス様は寛大だ。改心し心身をルディス様に捧げると言うのなら、必ずや、」



「その必要はありませんよ」



 男のねっとりとした口調での説明は、突如降ってきた冷静な声に遮られた。


「まったく馬鹿の一つ覚えみたいに同じ手ばかり……少しは頭を働かせるという事を覚えたらどうなんですか?」


 驚いた様子の島民たちをかき分け、その人物は神官の姿をした男の前まで歩いてきた。

 その姿を見て、俺の心臓がどくん、と大きく脈打ったのが分かった。


 一年前、最後に会った時よりも随分と背が伸びた。

 顔つきも大人っぽくなった気がする。

 それでも、あの人を小馬鹿にするようなしゃべりかたは相変わらずだ。


 そこには、一年前にリルカと共にフリジアに向かったはずのヴォルフがいた。

 傍らには、精霊フェンリルの姿もある。


 俺は瞬きをするのも忘れてその光景に目を奪われていた。

 どうして……何でここに……? 

 そんな思いばかりが胸の中で渦巻いている。

 だって、ここは大陸から遠く離れた孤島で……あいつはリルカと一緒にフリジアへ向かったはずで…………いや、それは一年も前の話だ。

 

 あの後、二人がどうなったのかを俺は知らない。

 いや……気になってはいたが知ろうとはしなかった。知るのが怖かったんだ。


「な、何だ貴様は!!」

「別に……ただの観光客ですよ。ただ、迷惑なんですよね。こういうことされると」


 ヴォルフは地面に倒れ込んだ漁師に近づくと、瞬時に出現させた氷の剣で漁師を拘束していた影を切り裂いた。


「……目障りだ、消えろ」

「な、何だと…………!?」


 ヴォルフが神官服の男を睨み付け冷たく吐き捨てると、男は顔を真っ赤にさせてぷるぷると震えだした。

 そして、勢いよく地面を踏みつけるとヴォルフをまっすぐ指差して大声で怒鳴り始めた。


「黙れっ!! ルディス様の御心を解さぬ野蛮人が!! 行け、皆殺しにしろ!!」


 男がそう叫ぶと、陸地に近づいていた魔物の群れが一斉に速度を増した。島民の間から悲鳴が上がる。


「下がっていてください!!」


 鬱陶しそうに舌打ちした後、ヴォルフはそう叫んでフェンリルと共に魔物の集団へと向かっていった。

 

 俺は焦った。いくらフェンリルがついていると言っても、一人であんな数の魔物を相手にするなんて無謀すぎる…………! 

 震える足を叱咤して立ち上がろうとしたが、その必要はなかった。

 俺の見ている前で砂浜からまるで生き物のように氷の柱が生え、一気に魔物を三匹ほど串刺しにした。

 残った魔物にフェンリルが飛びつき、ヴォルフは持っていた氷の剣で近くの魔物を一体一体切り裂いていった。

 

 ほんの数十秒で、十数匹はいたであろう魔物の群れは全滅してしまった。


「……次はあなたの番ですよ」


 魔物の返り血に染まったヴォルフがゆっくりとそう告げると、神官服の男は恐れをなしたかのように一歩後ずさった。だが、すぐに落ち着きを取り戻すとまた笑い声をあげ始める。


「……愚か者が! すぐに貴様にはルディス様の天罰が下るであろう!!」

「まだそんなことを……」


 ヴォルフは男に視線を向けたまま呆れたように呟いたが、俺は気づいてしまった。

 俺が隠れている茂みの丁度真正面に、神官服を着た男の仲間らしき奴が一人、潜んでいた。

 音をたてないように弓を構え、ヴォルフの方を狙っているのが見えた。

 ヴォルフはおろか他の島民も、いまだにべらべらと何かしゃべり続けている神官服の男に気を取られ、潜んでいる方の男には気が付いていないようだ。

 俺はとっさに魔法の障壁を張ろうとした。だが、呪文を唱えようと開いた口からは声は出てこなかった。

 

 ……そうだ、今の俺は声を失っているんだった。

 

 世の中には呪文を唱えずに魔法を使えるような人もいるらしい。でも、俺にはそんな高度な技術は使えない。

 声が出せない状況じゃ、魔法は使えない。

 潜んでいる男は弓を引き絞った。

 もう駄目だ、時間がない……!


 俺はとっさに隠れていた茂みから飛び出し、思いっきりヴォルフの体を突き飛ばした。

 その途端ヒュンッという風を切る様な音がして、肩のあたりをものすごい衝撃が襲う。


「何だっ!? え…………?」


 すぐに体勢を立て直したヴォルフが慌てたように周りを見まわし、地面に倒れ込んだ俺と目があった。

 まるで信じられないものを見た、といったように、ヴォルフの目が見開かれる。


「ク、リスさん………………?」


 何とか声を出そうとしたが、痛みに呻くような声しか出てこなかった。

 でも大きな進歩だ。今まではそんな声すらも出せなかったんだから。


「シレーナ!!」


 遠くからマルタさんとパトリックさんの焦ったような声が聞こえてきた。

 あぁ、やっぱり二人に心配をかけてしまった。俺はとんだ大馬鹿野郎だ。


「クリスさん!! クリスさんですよね!? 返事をしてください!!」


 すぐに俺を抱き起こしたヴォルフが今まで聞いたこともないくらいに焦った声で何度も呼びかけてきた。

 猛烈に体が熱い。もしかしたら、矢に毒でも塗ってあったのかもしれない。

 ……よかった、当たったのが俺で。

 

 体が重い。もう指一本動かすのすら苦痛だ。

 ……もうすぐ、死ぬのかな。

 ヴォルフの声が遠くなる。でも、最後に言っておきたいことが、言わなきゃいけないことがあるんだ。

 俺はわずかに残った力でヴォルフの腕のあたりを掴むと、必死に声を絞り出した。


「……めん……ご、めん…………」

「なに、言って…………」


 薄れゆく意識の中で、俺は何度も何度も謝った。

 俺は、目の前で見ていた俺なら……テオが殺されるのを止めることができたかもしれないのに、俺は何もできなかった。

 ただ、テオが死んでいくのを見ている事しかできなかった。

 

 許されるなんて思ってない。言い逃げなんて卑怯だってわかってる。

 でも、もうすぐ俺の命が尽きるのなら……その前に、どうしても謝っておきたかったんだ。

 たとえ、それが自己満足でしかないとしても。


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