15 氷の力
「なにっ、魔法道具か!?」
テオは盗賊から飛びのいた。魔法道具――テオの発した言葉には俺にも聞き覚えがあった。
魔法道具とは道具そのものに魔力が込められており、それを使えば魔力のない人でも魔法と同等の効果を得られるものらしい。日常生活を便利にするものや、くだらないいたずらで作られた物、戦闘用にカスタマイズされた物と様々な魔法道具がこの世界には存在している。
もっとも、俺の故郷ではそんな洒落た物は見たことがなかったけど。
先ほどの盗賊の言動から察するに、あいつがはめている指輪が魔法道具なんだろう。
おそらくはヴォルフから奪ったものだ。
魔法道具の効果なんてよくわからないが、テオの拳を阻むくらいなんだからあの指輪はよっぽど強力なんだろう。やばいぞ、これは!
テオが飛びのいた隙に、盗賊は壁に立てかけてあった戦斧を手に取った。
あれがあいつの武器みたいだ。
「まずはてめえだ! 筋肉男っ!!」
筋肉男ってひどいな、と思う間もなく盗賊がテオに向かって勢いよく戦斧を振るう。
テオは横っ飛びにそれを避けた、ように俺には見えた。
「ぐっ……」
「テオ!?」
テオは確かに戦斧を避けたはずだ。
だが、テオの肩は攻撃を受けてしまったようでざっくりと避けている。
その理由はすぐにわかった。さっきまで普通の武器だったはずの戦斧のさきに、氷の刃がついていたのだ。
「驚いたかぁ? これは便利でなあ、戦い慣れしている奴ほど攻撃範囲を見誤っておもしろいくらいに当たるってわけだ!」
盗賊は戦斧を見せつけながらにやりと笑った。
その瞬間、俺の横にいたヴォルフが懐からナイフを取り出し、素早く男の方へと投げつけた。
盗賊はテオの方へ注意を向けていたが、瞬時にこちらを振り返り軽く手を振ると、また氷の盾が現れ、ナイフが届くことはなかった。
「無駄に決まってんだろぉが! おらぁ!!」
盗賊は再びテオに向かって戦斧を振るった。
テオも大剣を取り出し防御しようとするが、思わぬとことろから氷の刃が伸びて、テオの体に突き刺さった。
ヴォルフも2本、3本とナイフを投げつけているが、即座に現れる氷の盾を突破することはできなかった。というかあいつはどんだけナイフを隠し持ってるんだよ、危ないな!
「もう終わりか!? たいしたことねぇなあ!!」
盗賊が弾みをつけて戦斧を振り上げる。
テオが攻撃を予測して後ろの壁際に下がった、その時だった。
「ぎゃはは!! ひっかかりやがったっ!!」
盗賊は足元のそこだけ色が異なる石の床を勢いよく踏みつけた。踏まれた石が少し下に沈む。
その瞬間、テオが立っていた一角の床と壁が崩れ落ちた。
「テオ!!」
「テオさん!?」
俺とヴォルフの呼びかけもむなしく、テオは逃げる暇もなく崩れた石に巻き込まれるようにして、下に落ちて行ってしまった。
「まさか、そんな……」
「ぎゃはは!! 心配しなくてもいいぜ、お嬢ちゃん。すぐにそっちのガキと一緒にあの男の所に送ってやるからよぉ!!!」
盗賊は仕掛けがうまく作動したことがよっぽど嬉しかったのか、かなり興奮しているようだ。
まさかあんな仕掛けを用意しているなんて、しかもテオが引っかかってやられてしまうなんて信じられない!
これでは俺の身の安全がヤバい!!
盗賊は下卑な笑みを浮かべながら戦斧を構えなおした。その刃は違えることなくヴォルフを狙っている。
「……クリスさん、下がってください!」
「お、おい!?」
ヴォルフは怖気づくことなく盗賊に向かって駆け出し、素手で戦斧を掴むと大声で叫んだ。
「弾けろ!!」
その言葉に反応するかのように、その場にまるで大量のガラスが一気に割れたような爆音が響いた。
「うわあ!?」
「うがああぁぁっ!!」
「……うぐっ!!」
離れていた俺の方にまで、勢いよく透明の破片が飛んできた。慌てて両腕で顔をかばうと、細かい破片が飛んでくるような衝撃がしばらく続いた。
破片が体のあちこちに当たってかなり痛い! だが、その中心にいるヴォルフ達はそれどころではないはずだ。
素肌に当たる破片は、とても冷たく、やがて俺の体温ですぐに溶けていく。そう、飛んできていたのは細かい氷の粒だった。
氷の欠片の嵐はすぐに止んだ。
恐る恐る目を開けると、その中心にいた二人はひどい有様だった。
全身傷だらけで、血がしたたり落ちている。体中に大きな氷の破片が突き刺さっていた。
そしてどういうわけか盗賊の使っていた戦斧は、衝撃で粉々に砕けていた。よくわからないが、氷の破片が飛んできたことから考えて、あの魔法道具の力なんだろう。
……やばすぎない? あんなの、当たった場所が悪ければ即死だぞ。
その時、俺は初めて魔法道具の恐ろしさを実感した。
「あはは、自慢の武器はもう使えませんね……!」
笑いながらそう呟いたヴォルフは、その場にふらりと倒れ込んだ。
盗賊のすぐそばにいたあいつは、全身気の毒なほど血まみれだった。
「……このクソガキィ!!」
自慢の武器を壊されてお怒りなのか、いっきに盗賊の顔が真っ赤に染まった。
「このっ! 舐めてんじゃねえぞクソガキがぁッっ!!!」
「っ!!」
盗賊は倒れたヴォルフの上に馬乗りになって、首に手をかけて両手で絞め始めた。ヴォルフも抵抗しているが、倒れ込んだうえにあの体格差ではほとんど意味をなしていなかった。
まずい、このままじゃ窒息するか、その前に首の骨が折れてしまう!
「くそっ!」
俺は盗賊を引きはがそうと勢いよく駆け出した。
そして、次の瞬間踏み出した床が沈み込んで、盛大にずっこけた。
「いったっ、こんな時に!!」
慌てて立ち上がろうとした俺の耳に、ごぉーんと何やら重い音が聞こえた。
顔を上げると、何故かヴォルフに乗っかってたはずの盗賊が仰向けに伸びていた。その上では天井から釣り下がった大きな鉄球がゆらゆらと揺れていた。
「えっ?」
状況からすると、この鉄球が落ちてきて盗賊に当たったようだ。
でも何でこんなものがいきなり落ちてくるんだ……。
俺が戸惑っていると、ヴォルフがげほげほとせき込みながら体を起こした。
「クリスさん……仕掛け……?」
ヴォルフの視線は、俺の足元に向いていた。そこには周囲と色が異なる石の床が、俺の足の下で沈み込んでいるのが見えた。
俺は呆然とゆらゆら揺れる鉄球を見つめた。
どうやらさっき転んだ場所がちょうどあの鉄球の仕掛けを作動させる床だったらしい。
いったいこの部屋には何か所仕掛けがあるんだ! うかつに転ぶこともできやしないじゃないか……。
「まさか、仕掛けに気づいたんですか? いや、偶然か……」
ヴォルフが失礼な事を言いながらふらふらと立ち上がった。その足取りはかなり危なっかしい。
「おい、まだ座っとけよ!」
俺がそう止めた時、ものすごい勢いで階段を上がってくる足音が響いた。
やばい、まさか盗賊の残党か!?
焦る俺の前に、その人物は姿を現した。
「待たせたな! 第2ラウンドといこうじゃないか、盗賊!」
やたら自信満々の声と共に、塔から落ちたはずのテオが颯爽と階段を上ってきた。
「は?」
「テオさん!? 何で……」
俺とヴォルフは呆気にとられて階段を上ってきた人物――テオを見つめた。
テオはきょろきょろとその場を見回し、倒れている盗賊を見つけると、嬉しそうに破顔した。
「おお、倒したのか! オレはおまえたちはやればできる子だと信じていたぞ!!」
「お前……何やってたんだよ! 心配させやがって! 死ぬかと思ったぞ!!」
こいつがいないと俺はその辺の盗賊にも殺されかねないくらい弱いんだ。
頼むから戦線離脱は避けてくれ!!
そんな風に俺がテオに文句を言っている間に、ヴォルフは倒れている盗賊に近づくと、奴の指から指輪を抜き取った。ついでに何回も足で顔面を踏みつけていた。
何だかんだであいつにはかなりむかついていたようだ。
「とりあえず、この塔の中にいる盗賊は全員縛っておくぞ」
「その後どうすんの?」
「近くの街の衛兵にでも言っておけば、回収して牢にぶち込んでくれるだろう」
なるほど、そういうものなのか。
残念ながら小さなサビーネの町にはたまに巡回の兵が来る程度なので、もう少し大きい街に衛兵を呼びに行かなきゃいけないだろうけど。
俺たちがそんな話をしていると、ヴォルフがごそごそと部屋の中をあさっているのが目に入った。
「何してんの?」
「ノーラのペンダントを探してるんですよ……!」
ヴォルフは必死な顔であたりの箱をひっくり返している。その様子は、魔物や盗賊と戦っている時よりも必死に見えた。
とても涼しい顔でナイフを投げていた奴とは同一人物には見えない。
「ノーラって、お前の育て親の……」
そういえば、ヴォルフは自分とノーラの大切なものが盗賊に盗まれたとか言っていた。
あの指輪に気を取られていたから忘れていたが、きっとそのペンダントがノーラの大切な物なんだろう。
「そのペンダントの特徴は?」
「紐は普通の皮紐で、とがった赤い宝石がついてます」
テオはペンダントの特徴を聞きだすと、同じようにその辺りのものをひっくり返し始めた。
俺はうーん、と腕組みをして、部屋の中を見回した。隅に置いてある引き出しのたくさんついた棚が怪しい気がする。こんな時、結構俺の感は当たるのだ。
俺が順番に引き出しを開けていくと、上から三番目の引き出しで、あっさりと目的の物を見つけ出すことができた。
「ほら、これじゃないか?」
「っ!!」
ヴォルフが弾かれたように近づいて来て、俺の手からペンダントを受け取った。
「……これです……!」
震えた声で、ヴォルフはそう言った。
そして、そのまま床に倒れ込んだ。
「お、おい!?」
「……大丈夫、気を失っているだけだ」
すぐさまヴォルフを抱き起こしたテオにそう言われて、俺はほっとした。
見れば、ヴォルフは結構な量の血を流している。倒れてしまうのも仕方ないかもしれない。
まだ子供だしな。
「早いとこ町に戻った方がいいな。とりあえず盗賊を縛るぞ」
「ん、わかった……」
俺たちは、できるだけ迅速に盗賊たちを縛り上げた。
これでもう悪さはできないだろうし、すぐに衛兵が来て本格的に捕まるだろう。いい気味だ!
そしてテオが気を失ったヴォルフを背負って、俺たちは塔を後にした。
◇◇◇
サビーネの町に戻る道すがら、俺はずっと気になっていたことをテオに聞いてみた。
「そういえば、何であそこから落ちたのにぴんぴんしてんの?」
そんなに大きくない塔、といっても、最上階の盗賊の部屋は結構な高さがあったはずだ。それこそ死んでもおかしくない、というか普通死ぬだろう。
確かにテオはあそこから落ちた。なのに、今のテオの姿からはそんなに大怪我をしているようにはとても見えなかった。
「オレだって無傷ではないぞ? ほら、触ってみろ」
「うわ、たんこぶだ!」
言われるままにテオの後頭部に触れると、少し熱を持った大きなたんこぶができていた。思わず笑ってしまう。
あの高さから落ちてたんこぶだって?
こいつはどれだけ石頭なんだよ!