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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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39 届かなかった願い

 

 ――俺がアンジェリカの生まれ変わり

 

 目の前の男は確かにそう告げた。


「違う、うそだ……そんなの」


 思わずよろよろと数歩後ずさる。

 俺がアンジェリカの生まれ変わり。そんなの嘘だ、嘘に決まってる……!

 頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 違う、俺がアンジェリカだなんて、そんなことあるわけない。

 

 ……認めたくない。思い出したくない。

 これは、絶対に触れてはいけない領域だ……!


「やはり器が違えば完全なる記憶の再生は難しいか……。ならば、分断を行うか」


 枢機卿がそう告げた途端、背後に控えていた仮面の集団が一斉に大きな鎌を取り出した。

 まるで、俺の体を引き裂こうとするかのように。


「俺を……殺す、のか……?」

「まさか、やっと巡り遭えたというのにそんなことをするはずがないでしょう!! ただ、貴女の魂をその器から引き離させていただきます」


 枢機卿は一歩一歩俺の方へと近づいてくる。

 その顔には、狂気的な笑みが浮かんでいた。

 

 魂を器から引き離す。それがどういうことなのかはわからないけれど、俺にとってよくないことだということだけはわかる。


「安心してください、貴女は元に戻るだけです。……私はいずれ、この大地を総べる王となります。そして、この大地全てを貴女に捧げましょう!! そこで、貴女は王妃として永劫に私と共にあるのだ!!」


 枢機卿が俺に向かって手を差し伸べる。

 本能的な恐怖を感じて、俺は思わずその手を叩き落とし後ずさった。


「知らない! お前なんか知らない!! 俺に近づくなっ!!」

「何も恐れることはありません。私が全てのものから貴女を守って見せましょう! この……貴女を見殺しにした男を英雄などと称える歪んだ世界も変えてみせる! 生まれ変わった世界を、私と貴女で作り上げていきましょう!!」


 枢機卿が、その背後の鎌を携えた仮面集団が、一歩一歩俺の方へと近づいてくる。

 逃げなきゃ、そうわかっているのに体が動かない。

 もう、奴は目の前だ。

 

 そして奴が再び俺の方へと手を伸ばそうとした瞬間、いきなり実体化したスコルとハティが枢機卿へと飛び掛かった。

 二匹に飛びつかれた枢機卿は、慌てたように背後の仮面集団に命じる。


「何だ!? くそっ、この下等生物を始末しろ!!」

「っ!? やめろっ!!」


『『クリス、今のうちに逃げ――』』


 俺は必死に止めようとした。

 だが次の瞬間、俺の目の前で仮面集団の持つ何本もの鎌がスコルとハティの体に向かって振り下ろされる。

 鳴き声一つ上げずに、スコルとハティの体はまるで空気に溶けるように消えてしまった。


「あ……ああぁぁぁ…………!! スコル、ハティ……!?」


 俺は必死に二匹に呼びかけた。

 だが、あの鬱陶しいほど能天気な声は、もう聞こえなかった。


「……邪魔者もいなくなりましたね。さぁ、アンジェリカ!」


 枢機卿はどんどんと近づいてくる。

 俺は俯いて涙を耐えていた。

 

 スコル、ハティ……悲しくてたまらなかったが、二匹のおかげでやっと体が動くようになった。

 絶対に、こいつの思い通りになんてなってやるものか…………!!


「アンジェリカ、また私と一緒に……ぐはぁっ!!?」


 すぐ目の前までやって来た枢機卿の腹に、思いっきり拳をぶち込む。

 まさかいきなり殴り掛かられるとは思っていなかったようで、枢機卿は情けない声をあげてその場にうずくまった。

 ……今しかない!!


「わけわかんねーことごちゃごちゃ言いやがって!! 気持ち悪いんだよっ!!」


 そのまま枢機卿に背を向けてホールの端へと走り出す。バルコニーへと出る扉へ近づくと、ばんっ! と勢いよく扉が勝手に開いた。


「なっ!?」


 背後から枢機卿の驚いたような声が聞こえたが気にしない。

 あとはここから外へ出て逃げ出せば……


「えっ?」


 下へ飛び降りようと手すりから身を乗り出して、俺は自分の目論見が甘かったことを悟った。

 そうだ、馬車から見えたこの城は海を臨む断崖絶壁に立っていたんだ。

 手すりの下に地面はなく、遥か下に澄んだ蒼い海が広がっているだけだった。近くに飛び降りられそうな場所はない。


「……残念でしたねぇ」


 背後からねっとりとした声が聞こえた。見れば、もうすぐそこまで枢機卿が追って来ていたのだ。

 駄目だ、絶対に掴まるわけにはいかない……!

 俺は反射的に手すりへと飛び乗った。


「来るな! 来たら飛び降りるからな!!」


 一歩でも足を踏み外せば、遥か下の海へと真っ逆さまに落ちるだろう。

 ……この高さなら間違いなく助からない。

 俺だってこんな所で死にたくはない。でも、目の前の男の言いなりになるのも死ぬのと同じくらいに嫌だった。

 俺に自殺されるのはまずいのか、枢機卿はバルコニーの手前で慌てたように立ち止まる。


「アンジェリカ! そんな所から早く降りてください!!」

「俺はアンジェリカじゃない!!」

「まだそんな事を……わかりました。貴女の体と魂を切り離すような真似は致しません。だからこちらへ……」

「ふざけんな!! だいたい、あんたはなんなんだよ! あんたはティエラ教会の偉い人なんだろ!? こんな時に何やってんだよ!!」


 教会内部で反乱が起こって、ミランダさんまでその一派に染まっていて、そんな大変な時なのにこの男は何をやっているんだ!? 

 俺なんて追いかけてる場合じゃないだろ!!

 そう怒鳴ると、枢機卿は不気味なほどに優しい目で俺の事を見つめてきた。


「あぁ、貴女は本当にお優しいのですね……ですが心配されることはありません。私のすべては、今日この日の為にあるのですから。教会での地位など、もうどうでもよいのですよ」

「ぇ……?」


 俺は信じられない思いで、目の前の男を凝視した。

 こいつは今、なんて言った……?


「元々貴女を探し出すためだけのものでしたので、貴女と巡り遭えた今となってはもう何の価値もない……むしろ邪魔ですらあるものです。ですが心配はありません。古き女神を捨て、新しき神を戴く時代が来ているのです。解放の神、ルディス様の元で、我々は新たな世界を作り出すのですから!!」


 その言葉を聞いた途端、頭がすっと冷えたような感覚がした。

 自分でも不思議なほど鮮明に、今の状況が理解できたんだ。

 

 目の前の男は危険だ。

 この大地を、世界を、よくない方向へと変えようとしている。

 こいつは俺の事を「アンジェリカ」として必要としている。こいつが「アンジェリカ」をどうしたいのかはよくわからない。よくわからないが、こいつに従えば俺は助かるだろう。

 でも……そんなの俺のプライドが許さなかった。


 こんなクソ気持ち悪い男の言いなりになるくらいなら、ここで死んだ方が10000000倍くらいはマシだ!!


 ……いろいろ心残りはある。

 でも、もう心は決まった。


「お前の思い通りになんかならねぇよ、ばーか!!」


 思いっきり嘲笑と侮蔑を込めてそう告げると、俺はそのまま背後へと倒れ込んだ。


「アンジェリカっ!!」


 枢機卿が焦った声を出して走り寄ってきた。

 もしかして、俺が手を伸ばせば届いたかもしれない。

 でも、そうしなかった。

 

 支えを失った体は真っ逆さまに海面へと落ちていく。

 一瞬かと思っていたが、随分と落ちるのに時間がかかるんだな、と思った。

 不思議と恐怖心はない。遥か下には真っ青で綺麗な海が見える。むしろ、俺はどこか安心していた。

 

 きっと、あの海にのまれてしまえばもう何も考えずに済む。

 テオの事も、世界の事も、自分の事も…………もう、悩んだり苦しんだり必要はないんだ。


 

 ――海面が近づいてくる。

 

 フリジアへ向かったヴォルフとリルカは大丈夫だろうか……。

 うん、フィオナさんもいるし、二人ならきっと大丈夫だろう。

 認めるのは癪だけど、二人とも俺よりは遥かにしっかりしてるしな。


 

 ――海面が近づいてくる。

 

 俺が死んだらレーテはどうするんだろう。

 まああいつの事だから、体を戻す必要がなくなってラッキー! くらいにしか思わないのかもしれない。

 ……結局イリスの願いは伝えることができなかった。どんな事情があるにせよ妹なんだから、一度くらいは会いに行ってほしいんだけどな。



 ――海面が近づいてくる。

 

 父さん、母さん……元気かな。


 

 ――海面が近づいてくる。

 

 海と空のコントラストが綺麗だ。

 最後にこんな美しい光景を見ながら死ねるなんて、きっと俺は幸せ者なんだろう。

 

 ……今度は水で死ぬのか。

 何故だかそんな考えが頭をよぎった。


 

 ――海面が近づいて――






 ◇◇◇





「あっ!!」


 急にブレスレットの紐が解け、連なっていた石がばらばらと地面に落ちてしまった。

 リルカは散らばった石を慌てて拾い集める。


「大丈夫?」


 すぐ近くにいたヴォルフも拾うのを手伝ってくれた。集めた石を紐に通すと、ちゃんと元通りの長さになったのでリルカは安心した。

 これはクリスとおそろいでつけている、リルカの大事な宝物だ。

 そのブレスレットを見ていると、急にクリスたちの事が心配になった。


「くーちゃんたち……大丈夫、かな……」


 何故だかリルカの胸がざわついた。今までなんともなかったのに、急にブレスレットの紐が解けたからだろうか。


「まぁクリスさんはともかく……テオさんが一緒にいるから大丈夫だよ。あの人なら何があっても何とかなるだろうし」

「そっか……そうだよね!!」


 ヴォルフに明るくそう言われて、リルカは元気を取り戻した。

 そうだ、テオがついているのだから何も心配はいらない。彼はリルカの憧れる勇者だから、どんなピンチに陥ってもきっと華麗に切り抜けてしまうだろう。


「それよりも、そろそろアムラント島も近い。僕たちも気を抜かないようにしないと」

「……うん」


 リルカはぎゅっと拳を握りしめた。

 他人を心配する前にまずは自分のやるべきことを考えなくては。

 もうアムラント島はすぐそこだ。クリスとテオに再会した時に、ちゃんとリルカはやり遂げたと報告したい。

 だから、リルカはしっかりと前を向いた。



 ――二人が勇者テオの処刑の報を知るのは、この数日後のことである。




大変な状況になってしまったところで4章終了です!

一話挟んで、次々回からは5章が始まります。

少し雰囲気は変わりますが、これからもクリスの冒険にお付き合い頂けましたら幸いです!

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