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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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36 残された言葉

 眼下では風景がものすごい速さで流れていく。

 そこにある木や家も、まるでおもちゃのように小さく見えた。


「うわああぁぁ!?」

「おい、静かにしろ。いくら暗いとはいえ気づかれる可能性だってあるんだぞ」


 俺は振り落とされないようにテオの背中の掴まれそうな部分にしがみつき、必死に踏ん張っていた。


 夜まで宿屋でゆっくり休んだ俺たちは、陽が沈んだのを見計らって人気のない森へと繰り出した。そこでテオはドラゴンへと姿を変え、俺たちは見つからないように静かに飛び立った。

 しかし何度間近で見ても、人がドラゴンに変わる瞬間と言うのは慣れないな……。


「落ちるなよ、たぶん拾ってはやれない」

「わかってるってぇぇ!!」


 ドラゴンの背中は、なんというか命懸けだった。

 気を抜いたらすぐにでも振り落とされそうだ。

 俺は出っ張った鱗の一つを掴んで、必死にしがみついていた。

 たぶんテオがもっとスピードを落とせばマシになるような気もするが、今は緊急事態だ。できるだけ早くミルターナまで行かなくてはならないんだ。文句は言ってられない。


「どのくらいで……着きそう?」

「……このペースなら夜明けまでには山脈を越えられるだろう」


 うぅ……まだまだじゃないか。

 それまで背中にしがみついてられることを祈ろう。



 ◇◇◇



 常人では越えられない、と言われている山脈も、空を飛んで超えればあっという間だ。

 びっくりするほどあっけなく、俺たちは大陸の南北を隔てる山脈を越え、ユグランスからミルターナへと戻ってきた。


「夜明けが近いな。一旦地上へ降りるぞ」

「うん、わかった」


 その言葉を聞いて俺は安心した。

 空を飛ぶのも中々に刺激的だったが、やっぱり地上が一番落ち着くものだ。



 《ミルターナ聖王国北西部・タルガの街》



 地上に降り立って少し歩いた先にあったのは、俺の故郷から見れば比べるのも失礼なほどに大きいが、ヴァイセンベルク家の収めるシュヴァンハイムや、シュヴァルツシルト家のラーベシュタットの街に比べると少し物足りないような街だった。


「……聖王が殺されたという割には、意外と普通だな」

「うん……やっぱ変だよな」


 足を踏み入れた街は、聖王様が弑逆された、という大事件が起こった数日後の割には平穏そのものに見える。

 みんなもっと嘆き悲しんでいるものだと思っていたが、町を歩く人々の顔に悲壮感は見られない。

 一体どういう事なんだろう。


「教会へ行ってみるか。そこなら詳しい事情が分かるだろう」

「なあもしかして……聖王様が殺されたってのも誤報じゃないのか?」


 少しだけ希望も込めて、俺はそう口にした。

 だって、こんなにいつもと変わりないんだ。

 きっとあのシュヴァルツシルト家の伝令は何かを勘違いでもしたんだろう!!

 そう思うと少しだけ気分が明るくなったが、テオはまだ難しい顔をしている。


「その可能性は否定できないが……気を抜くなよ」

「わかってるって!!」


 口だけでそう答えて、俺は教会を探し始めた。もうこの時点で俺は、聖王様が殺されたなんて情報は間違いだと半ば確信していた。

 だから、何も気を付けることなんてないと思っていたんだ。



 ◇◇◇



 教会はすぐに見つかった。中々に大きく立派な所だ。

 中へ入ると、喪に服しているのかなんなのか、普通は置いてあるだろう絵画や神像がなくがらりと空虚な印象を与える空間となっていた。


「済まない、少し話を伺いたい。オレは教会公認勇者のテオだ」

「ゆ、勇者……!?」


 中にいた神父を捕まえて、テオは教会から発行された証明書を見せつけた。

 神父は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐにこほんと咳払いをすると、うやうやしく俺たちに向かって頭を下げた。


「……現在、少々立て込んでおりまして……申し訳ありませんが奥の部屋でお待ちいただけますでしょうか」

「ああ、済まないな」


 神父はやたらと緊張した表情で俺たちを奥へと招き入れた。

 あまりこの街に勇者が立ち寄ることは無かったんだろうか。ちょっと今の情勢を教えてくれればそれでいいんだけどな。

 部屋に案内されると、すぐに神父は慌ただしく出て行った。少しくらい話をしてくれてもいいのに、やっぱり今は忙しいのだろうか。

 ……聖王様が殺されたっていうのは、本当なのかな。

 

 そのまま、俺たちは手持無沙汰にその部屋で時間を潰した。

 だが、かなり時間が経っても誰も部屋へとやって来る様子はない。


「……なあ、遅くない? 俺たち忘れられてんじゃないの!? さっきの人呼んで来ようぜ!」


 さすがにそろそろ我慢の限界だ。

 忙しいのはわかる。でも、数時間も完全放置ってひどいだろ!!


「まあ待て、あの神父だって忙しいんだろう。予定も確認せずに来たのはオレ達の方だ。邪魔するのはよくないんじゃないか」

「でもさぁ! ちょっとは説明くらいしてくれてもいいじゃん! 俺ちょっと聞いてくる!!」


 テオが止めるのも聞かずに、俺は部屋の外へと出ようとした。

 だが、俺が開ける前に、目の前の扉は何故か外から開いたのだ。


「……大変お待たせいたしました」


 そこにいたのは、数時間前に俺たちに待てと言ったあの神父だった。なんだ、やっと時間の都合がついたのか。

 一歩下がると、神父は部屋の中へと入ってきた。

 だが、彼は一人ではなかった。彼の後ろから数人の修道服を着た男達がぞくぞくと部屋の中へと入ってきたのだ。

 俺はちょっと驚いた。あの人が今のこの国の様子を説明してくれるかと思ったのに、こんなに多くの人が出てくるなんていったい何が始まるんだろう。


「勇者様。お待たせして申し訳ありません」

「いや、オレの方こそいきなり済まなかったな」


 男達はテオの方へと近づいていく、だが、その中の男の一人だけは俺の背後に立ったままだった。

 不審に思って振り返ろうとした時、突如背後から体を拘束される。


 そして、首筋へ冷たいものが押し当てられた。


「…………動くな、動けばこの女の命はないぞ」


 酷く冷徹な低い声と共に、喉元にピリリと痛みが走る。

 俺は声も出せずに固まった。

 

 え、何? 俺、殺されかけてる……?

 

 テオが驚いたように目を見開いたのが視界に入った。

 だが、そんな風に顕著な反応を示したのはテオだけだった。


「武器を捨てろ」


 最初に俺たちを案内した神父が冷たく吐き捨てる。

 周囲の男達も、どこに隠し持っていたのか武器を取り出しテオに向かって突き付けた。


「……どういうつもりだ?」


 テオがぼそりと問いかけると、最初に出会った神父が怒りをあらわにして吐き出した。


「自分の胸に聞いてみろ!」

「悪いが心当たりは――」

「ふざけるな! 汚らわしいドラゴンめっ!!」


 神父の怒声を聞いて、俺は思わず息を飲んだ。テオの方も、信じられないと言った表情で神父を凝視している。

 ちょっと待て、何で、どうして……テオがドラゴンだって事が教会に知られているんだ……?


「勇者の名を騙る化け物がっ!! よくもおめおめと顔を出せたものだな!」

「……そういうことか」


 何がそういうことなのかはよくわからないが、テオは諦めたようにため息をつくと背負っていた剣を投げ捨てた。

 でも、そんなのは無意味だ。テオは下手をすれば剣を使うよりも素手の方が強い。

 これは相手を油断させるための策に違いない。俺はそう確信した。


「……おい、連れは解放しろ。そいつはただオレに騙されていただけの善良な人間だ」

「貴様の指図は受けん。ただ……その女の命も貴様の態度次第だと思え!」

「わかったわかった。抵抗するつもりはない。好きにしろ」


 テオが降参だとでもいうように両手を上げると、周囲を取り囲んでいた男達が鎖のような物を取り出してテオの体に巻きつけはじめた。

 その段階で、俺はちょっとだけ焦り始めた。

 

 あれは大丈夫なのか? 

 あんなに鎖でぐるぐる巻きにされたら、身動きできなくないか? 

 それとも、油断させたところをドラゴン化して一網打尽にするつもりなのだろうか……。

 

 俺はいつでも動けるようにと身構えた。だが、テオは本当に抵抗するそぶりも見せずになすがままにされている。


「連れていけ!!」


 神父がそう叫ぶと、男達はテオの体に巻きつけた鎖を引っ張って、テオをどこかに連れて行こうとしていた。テオ自身もおとなしく従っている。


「テオ!?」


 何やってるんだよ、早くここから逃げ出さないと!!

 そう思いを込めて呼びかけると、テオがゆっくりと振り返った。



「クリス………………元気でな」


 

 たったそれだけ告げると、テオはもう一度も振り返らずに男達に引き連れられて部屋を出て行ってしまった。

 残された俺は、首筋に剣を押し当てられたまま呆然としていた。

 

 ……なんで、なんでテオは抵抗しなかったんだろう。

 その気になればあんな男数人くらい簡単に吹っ飛ばせるはずだ。

 

 まさか、俺が人質に取られてたから……?


「ふん、ドラゴンだのなんだの言っても所詮はこの程度か。浅はかだな」


 首筋から剣を外されても、俺は固まったようにその場から動くことができなかった。

 頭の中にはテオが残した言葉がぐるぐるとこだましている。

 

 なんで……なんで、あんな別れの挨拶のような言葉をテオは口にしたんだろう。

 

 男に腕を掴まれて引きずられるようにどこかへ連れて行かれる途中で、俺はずっとテオの残した言葉の意味を考えていた。


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