35 二人の決断
「ティエラ教会内部のクーデターか……ミトロスが言っていたのはこのことだったのか……?」
テオが深刻そうな顔でそう呟いた。
俺も思い出した。あの時は何のことかわからなかったけど、奴はこの事態を指してそう言ったのだろうか。
『あなた方もいつまでも教会にしがみついてないで、早く自分の身の振り方を考えた方がいいですよ』
ミトロスは確かにそう言っていた。奴の言葉は、教会内部のクーデターを意味していたんだろうか。
だとしたら、あいつは教会がやばそうになったからのこのこと逃げ出したってことか?
何考えてるんだ……。
「ティエラ教会の勇者として戻るべきなんだろうな……だがフリジアの件もある」
テオは顎に手を当てて考え込んでいる。
俺だってミルターナにいる家族とか知り合いとかが心配だ。でも、フリジアの暴動だって気になる。
特にフィオナさんにはあんなにお世話になったのにまだお礼の一つも言えていない。
俺たちは、一体どちらへ行くべきなんだろう……?
考え込む俺たちに、ヴォルフが意を決したように口を開いた。
「……僕とリルカちゃんはフリジアへ向かいます。テオさんとクリスさんはミルターナへと向かってください」
そう告げられた言葉に、俺とテオは驚いて息を飲んだ。
「そんな、二人だけで危ないだろ!!」
「……絶対にリルカちゃんは守ります。できるだけ危険な場所には近づきませんし、フィオナさんたちの無事を確認したらすぐに安全な場所に避難します」
「……頼めるか?」
「テオ!?」
俺はそんなの絶対反対だ! リルカはまだ小さいし、ヴォルフだって最近成長したような気もするけどまだ15才だ。
二人だけ暴動が起こっているような場所へ行かせるなんて危険すぎる!!
それなのに、テオは二人を行かせるつもりのようだった。
「……そんなに心配ならクリス、おまえもフリジアへついて行くか?」
「えっ?」
「……悪いが、オレは教会に認められた勇者として今回のミルターナでの事態を放置しておくことはできん。オレ一人でもミルターナへ向かわせてもらう」
テオはミルターナへ、ヴォルフとリルカはフリジアへ。
……俺は、どっちへ行くべきなんだろう?
迷う俺の手を、リルカはそっと握りしめた。
「あのね……リルカ、大丈夫だよ。ミルターナには、くーちゃんの家族、いるんだよね……? リルカも、リルカの家族が心配なんだ……だから、リルカは大丈夫だから……くーちゃんは、くーちゃんの家族の所に、行ってあげて」
リルカはじっと俺の目を見つめると、大きく頷いた。
きっと自分だって不安でしょうがないだろうに、俺の事を気遣うなんて……。
リルカ、お前はなんていい子なんだ……!!
思わず涙が出そうになった。
「会える人には、今のうちに会っておいた方がいいですよ。……いついなくなるかわからないんですから」
ヴォルフにそう言われて、俺ははっとした。
ヴォルフは小さい頃に母親を亡くしたと言っていた。それに、つい先日目の前で叔父を亡くしたばかりだ。
きっと、身近な人がいなくなる辛さはよく知っているんだろう。
……こんな異常な時代だ。俺の家族だって、いつまでも無事でいられるとは限らない。
特に、ティエラ教会の力が強いミルターナでは、教会に何かあったら国中が大パニックに陥るだろう。
辺境にあるとはいえ、俺の故郷のリグリア村にだって何が起こるかわからないんだ。
そう思うと急に心配になってきた。今の女の姿では家族に会うことはできないだろう。
……でも、ちょっと国内の様子を見てくるくらいなら許されるはずだ。
後で、後悔はしたくない。
「リルカのこと……頼んだぞ」
そっとそう告げると、ヴォルフは余裕の笑みを浮かべた。
「もちろん。あなたこそ、テオさんの足を引っ張らないようにしてくださいね」
言われた言葉にはちょっとむかついたが、俺はしっかりと頷いた。
「少し様子を確認したらオレ達もフリジアへ向かう。くれぐれも無理はするなよ!」
「……うん、大丈夫」
「任せてください」
テオがそう告げると、リルカとヴォルフはしっかりと了承の意を示した。
……すごいな、二人とも。俺なんかよりもずっと大人な気がする。
いつのまにこんなに成長したんだろう。
……よく考えると最初から俺よりは大人っぽかった気もするが、それは気のせいだと思っておこう。
「……ヴィルヘルム様、あなたも王都へ戻るべきですわ」
「いや、まずは君をグリューネヴァルト家まで送って……」
「そんな暇はありません! わたくしも王都へ参ります!!」
「ええぇぇ!?」
オリヴィアさんたちの方もなんとかまとまったようだ。二人は最後に俺たちへと別れの挨拶を告げると、共にシュヴァルツシルト家の当主の方へと向かっていった。
俺たちもうかうかしていられないな!
辺りを見回すと、いつのまにかスコルとハティ、それにフェンリルまで実体化していて、スコルとハティがフェンリルの足元にじゃれ付いていた。
「……スコルとハティはどうなるんだ?」
「あなたが契約者なんですから、あなたの方についていくんじゃないですか」
そういうものなのか。てっきりフェンリルと離れられないのかと思っていたが、ヴォルフの言葉通り思いっきりフェンリルに甘えたらしいスコルとハティは俺の方へと戻ってきた。
『よし、いこう!』
『フェンリルさまがねー、クリスも気をつけなさいってー』
二匹は俺と一緒に来てくれるようだ。
頼もしい……とは言い難いけど、ちょっと心強いのは確かだ。俺は覚悟を決めた。
「ヴォルフ! リルカ! フィオナさんによろしくな!!」
大丈夫、二度と会えないわけじゃない。
俺たちがちょっとミルターナの様子を見て、すぐに二人に合流すればいいだけだ。
こうして、ずっと一緒にいた二人と別れ、俺とテオはミルターナへと向かう事にした。
◇◇◇
「そういえばさ、ミルターナへ行くって言ってもどうやって行くんだ?」
取りあえずシュヴァルツシルト家の本拠地、ラーベシュタットを出て歩き始めたが、俺にはどうやってミルターナまで戻るのかよくわからなかった。
ここからだと海には遠いし、アルエスタの北部を通ってミルターナへと入ることになるんだろうか。でも、それにはいくら比較的通行しやすいとはいえ、険しい山脈を越えなければならない。
正直俺には自信がなかった。
「そうだな、陸を通るか海を通るか……もう一つ何か思いつかないか?」
俺が聞くと、テオは何故かおもしろそうにそう問いかけてきた。
いまいちぴんとこなかったが、取りあえず考えてみることにする。
陸、海ときてもう一つと言えば……
「……空?」
「その通りだ!」
半信半疑でそう呟くと、テオは嬉しそうにそう答えた。
いやいや何がその通りなんだよ。陸を通るには歩くか馬車に乗ればいいし、海を通るなら船に乗ればいい。
でも、空を通るなんて何か空を飛ぶものでもない限りは……
そこまで考えて、俺の頭の中に一つの可能性が思い浮かんだ。
「まさか、おまえ……」
「ドラゴンは空の覇者とも呼ばれる種族だ。山脈を越えるくらいはわけないさ」
そう告げると、テオは自信満々の様子で胸を張った。
そうだ、いまいち実感がないけどテオの正体はドラゴンだった。
ドラゴンの姿に戻れば空を飛んで山脈を越えることだって可能なんだろう。
「でも、ミトロスになんかされてドラゴンになれないとか言ってたじゃん」
「ああ、しばらく時間が経ったら元に戻ったぞ。一過性のものだったらしいな」
テオは何でもない事のようにそう答えた。
俺にはよくわからないが、ドラゴンの姿になったり人間の姿になったりって、そんなに簡単にいくものなんだろうか……。
「ていうかおまえはドラゴンになればいいけどさ、俺は?」
「……? オレの背中に乗ってけばいいだろう」
ドラゴンの背中に乗る……その言葉を聞いて怖いって気持ちもあるけれど、それよりも好奇心が打ち勝った。
すごいな……。ドラゴンの背中に乗って空を飛ぶなんて昔の俺には想像もできなかった事だ。
きっと過去の英雄だってドラゴンの背中に乗ったことのある人なんてそうそういないだろう。
そう思うと興奮してきた!!
「よし行こう! 今すぐ行こう!!」
「おい待て、昼間に飛んだら目立つだろうが。夜の暗さに紛れて出発するぞ」
テオに諌められ、俺はしぶしぶ従った。
今はまだ朝方だ。どうせ昨夜は一睡もできなかったので、俺たちは近くの宿屋で夜になるまで寝ることにした。




