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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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27 渦巻く影

 部屋の外はやはり魔物だらけだった。中には見た事のない怪物のようなものまで混ざっている。なんとなく先ほど見たアルフォンスさんの変貌を思い出して嫌な気分になる。

 向かってくる魔物を薙ぎ払いつつ、ヴィルヘルム皇子が精霊ロスヴァイセへと呼びかけた。


「ロスヴァイセ! 辺りを探ってくれ!!」


 指示を受けたロスヴァイセはすぐさま暗い屋敷の奥へと飛んで行った。

 ……なんて有能そうな精霊なんだろう。俺がスコルとハティに同じ事を言ってもきっとあいつらはその辺をぐるぐると回るだけのような気がする。


「行きなさい、レーシー!!」


 オリヴィアさんが精霊レーシーを放り投げると、レーシーは廊下を鞠のようにぽんぽん弾んで、当たった魔物を二、三体弾き飛ばした。

 ぬいぐるみみたいなかわいい姿をしている割に、随分と強靭なパワーをお持ちのようだ。

 俺も飛び掛かって来た小型の魔物を杖で殴り飛ばす。杖の使い方を間違えているような気がしないでもないが、呪文を唱えるよりはこうした方が早くて確実だ。


 なんとかその辺りの魔物を片付けていると、屋敷の奥からロスヴァイセが戻ってきた。


「……なるほど、そこか!」


 俺には聞き取れないが、ロスヴァイセは皇子に何か報告をしているらしい。

 ヴィルヘルム皇子は深く頷くとロスヴァイセの頭を撫でた。


「ホールから闇の力が溢れているようだ。おそらくそこに……何かがあるのだろう」

「……罠かもしれませんよ」


 ヴォルフがそう忠告したが、皇子は逆ににやりと笑みを浮かべた。


「上等だ。誰に牙をむいたのか思い知らせてやろうじゃないか」

「同感ですわ」


 スカートの裾がひるがえるのも気にせずに、魔物を蹴り飛ばしたオリヴィアさんがそう同意した。

 ……彼女は意外と好戦的な性格なのかもしれない。

 もう二人は止まらない。すぐさま走り出した二人を追って、俺も暗い廊下を駆け抜けた。



 ◇◇◇



 うっすらと明かりが灯されたまるで舞踏会でも開けそうなほどの豪華なホール。

 しかし、柱や壁のあちこちに黒く光る不気味な樹液のようなものがとりついている。普通貴族のお屋敷にこんな怪しい装飾があるとは思えない。きっとこの屋敷をおかしくした奴がやったんだろう。

 案の定、そのホールの中央にディルクさんは立っていた。


「……遅かったじゃないかオリヴィア。待ちくたびれたよ」


 こんな異様な空間の中で、振り返ったディルクさんは真っ直ぐオリヴィアさんだけを見つめていた。


「……この屋敷の異変は、あなたの仕業なのですか」


 押し殺したような声でオリヴィアさんが問いかけると、ディルクさんはまるでおかしくてたまらない、と言った様子で笑い出した。


「何を怒っているんだい? 僕はただ皆を解放してやっただけさ!!」

「……解放?」


 訝しむように聞き返すオリヴィアさんに対して、おどけるように両手を広げた。


「……人は皆、見えない鎖に縛られている。理性、道徳、正義、倫理、世間体……そんなくだらないものにね。馬鹿馬鹿しいと思わないかい? 何故感情のままに動かない? ……君もだ、オリヴィア!」


 ディルクさんは突如目を見開くと、感情が高ぶったように声を荒げた。


「君はいつまでそうしているつもりだ!? 家の為に、駒のように扱われて……好きでもない男の所へ嫁ぐ。一生そんな生き方で満足か!?」

「そ、それは……」


 オリヴィアさんは明らかにたじろいだ。

 ディルクさんの言っていることはめちゃくちゃだ。……でも、オリヴィアさんにとっては思い当たる節がないわけでもないのかもしれない。


「もうそんなものに縛られて生きる必要はない。もうすぐ新しい時代が来る! 新しい世界が始まるんだ!!……だから、君も早くこちらへ来るんだ、オリヴィア」


 ディルクさんはにやりと笑ってオリヴィアさんに手を差し伸べた。オリヴィアさんは困惑したようにじっとその手を見つめている。

 そんな中で、ヴィルヘルム皇子は短く息をつくとぽつりと呟いた。


「……なるほどな。それで、その新しい世界とやらで今度は君がオリヴィアを縛る鎖となるわけか」

「なっ……!?」


 皇子の言葉に、ディルクさんは明らかに狼狽した様子を見せた。


「だってそういうことだろう。オリヴィアからすればアルフォンスも君もそう大差はない。好きでもない男という点では変わりはないはずだ。……たとえ君がアルフォンスの元から無理やりオリヴィアを連れ去ったとしても、それは彼女にとっても解放ではない」

「っ、貴様……気づいて……」


 ディルクさんが呆然と呟く。

 その途端、オリヴィアさんがぐっと拳を握りしめたのが分かった。


「えっ、どういうこと?」


 いまいち何の事を言ってるのかよくわからなかったが、横からそっとヴォルフが教えてくれた。


「最初にグリューネヴァルト家の馬車が襲撃されたじゃないですか。おそらくあの首謀者が……」

「そんな、嘘だろ……」


 血だまりの中に倒れた幾人もの死体。あの凄惨な光景が頭をよぎった。

 あれは、ディルクさんがオリヴィアさんを連れ去ろうとして起こしたことだっていうのか?

 なんで、どうしてあんなひどいことを……。しかも、オリヴィアさんは兄の婚約者のはずだろ!?


「……あなただったのですね」


 聞いた事も無いくらい低い声でオリヴィアさんはそう呟き、ディルクさんを睨み付けた。

 その途端ディルクさんは人が変わったように大声を上げた。


「僕は兄さんとは違う! 必ず家という鎖から君を解放して見せる!! 今は辛くても、いずれ必ず報われる時が来る!! だから、」


「黙りなさいっ!!!」


 高く鋭い声がその場を切り裂いた。俺は呆然としてその声の主――オリヴィアさんを見つめた。

 彼女は荒く息を吐きながら射殺しそうな目でディルクさんを睨み付けている。


「家からの解放? 一体いつ、誰がそんな事を望んだというのですか!? あなたのしていることはただの欺瞞、わたくしにとっては迷惑でしかありません!!」


 ディルクさんが絶句するのも気にせずに、オリヴィアさんは続けた。


「今すぐ屋敷とアルフォンス様を元に戻しなさい」

「……君はもう少し聡明な女性だと思っていたのだが」


 残念ながらオリヴィアさんの言葉はディルクさんには届かなかったようだ。

 彼はやれやれと言った様子で頭に手をやると、冷ややかな目で俺たちを睨み付けてきた。


「時代に取り残された愚か者どもめ。何故そうして自分を抑圧する? すべてを解き放てば楽になれるのに」

「そうして感情のままにやりたい放題するというのか?……他人を傷つけて。そんな世界が君の望みなのか? そんな秩序なき世界では弱者は生きられない」


 ヴィルヘルム皇子が諭すように告げた言葉を、ディルクさんは馬鹿にするように笑った。


「力のあるものが富を、権力を手にして生き残る。当然の摂理じゃないか! 弱者など切り捨てていけば良い」

「……どうやら話が通じる相手ではないようですね」


 オリヴィアさんが低く呟く。それに対し、ディルクさんは不快そうに眉をしかめた。


「……少し痛い目を見る必要があるな。そうすれば君も考えを変えざるを得ないだろう」


 そう言うと、ディルクさんは大きく両手を広げた。その途端、部屋中にちりばめられた黒い樹液のようなものから、黒い影が飛び出した。


「ちっ、闇の力に手を染めたか……! ロスヴァイセ!!」


 皇子が声を掛けると、すぐさま精霊ロスヴァイセが飛び掛かって来た影を切り裂いた。それでも、影は次から次へと溢れ出してくる。

 これじゃ、いつまでたってもきりがない!!


「元をなんとかしないと……うわっ!?」

「クリスさん!!」


 上から飛び掛かって来た影に気を取られていた俺は、足元に忍び寄っていたもう一体の影に気が付かなかった。

 いきなり影は俺の足に巻き付いたかと思うと、そのまま地面へと引きずり倒された。あっと思う間もなく、今度は上から巨大な影が俺の方へと迫ってくる。

 ヴォルフが、オリヴィアさんが何か叫んだのが聞こえた。でも間に合わない。

 そして、巨大な影に飲み込まれる直前、懐かしい声が聞こえた。


「放て! “烈火撃(フレイムバースト)!!”」


 凛とした声と共に、激しい炎が俺の目の前まで迫っていた影を覆い尽くす。炎に焼かれた影はじわじわと小さくなり、やがては姿を消した。


「どうやらこいつらは火に弱いらしい。すまない、遅くなったな」


 自信満々な声に、俺は思わずホールの入口を振り返った。

 そこには得意げな顔をしたテオと、杖を構えたリルカが立っていた。……見たところ、二人とも傷一つなくぴんぴんしている。

 よかった、二人とも無事だったんだ……!!


「来るのが遅いんだよ、馬鹿!!」


 安堵で涙が出そうになった俺は、思わずそれをごまかすように大声で叫んだ。


「屋敷中の影の発生源を潰していたんだから仕方がないだろう!」

「なにっ……!?」


 うろたえたディルクさんに向かって、テオはにやりと笑って見せた。


「残念だが、屋敷内にばらまかれた闇の根源はおおかた焼き払わせてもらったぞ。眠らされていた人たちもじきに目覚めるだろう」

「くそっ!!」


 ディルクさんは焦ったようにテオとリルカに向かって巨大な影を差し向けたが、すぐにリルカの放った炎にかき消された。


「さあ、早くアルフォンス様を元に戻しなさい」


 オリヴィアさんがそう言い放つ。ディルクさんはもうさっきまでの余裕そうな態度は見せていなかった。

 向こうは一人、それに対してこっちは六人。勝ち目がないのは火を見るよりも明らかだろう。


「……愚か者どもが!」


 短く吐き捨てると、ホールに残った黒い塊から一斉に影が飛び出した。

 俺たちがそれにを取られている隙に、ディルクさんはホールから外へと通じる扉へと走り出していた。


「追うぞ!!」


 影を切り裂きながらテオがそう叫ぶ。リルカの炎が残っていた大量の影を焼き尽くすと、すぐに俺たちはディルクさんの後を追った。


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