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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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25 仮面再び

「なっ…………誰だ貴様は!!」


 突如現れたヴォルフの姿にディルクさんは目に見えてうろたえそう叫んだが、ヴォルフは彼を無視するとそのまま俺に話しかけてきた。


「テオさんとリルカちゃんは?」

「二人とも、見当たらなくて……」


 何とかそれだけ伝えると、ヴォルフは険呑な表情を浮かべてディルクさんを睨み付けた。

 ディルクさんはその視線に怖気づいたように一歩後ずさる。


「…………おまえの仕業か」

「だ、黙れ!! くそっ、あいつを殺せぇ!!」


 ディルクさんの叫びに呼応するように、あたりの水たまりから一斉に何体もの影が飛び出し俺たちに飛び掛かってきた。だが、ヴォルフは素早く氷の刃を出現させるとそれらを即座に切り裂いた。

 …………いつの間にそんな事できるようになったんだよ。ちょっと置いて行かれたような気分だ。

 切り裂かれた影はあっという間に霧散した。ディルクさんはわなわな震えながらその光景を見ている。


「……答えろ、屋敷の人たちはどこに行った」

「黙れ! 何だ貴様は!! 誰の許可を得てここにいる!?」


 ディルクさんは激高してヴォルフの問いには答えるつもりがないようだった。ヴォルフが不快そうに眉をしかめ、フェンリルが唸り声をあげる。

 それに物怖じしたかのように、ディルクさんは叫んだ。


「くっ、こうなったら……オリヴィア!!」

「きゃあぁぁ!!」


 先ほどのように水たまりから現れた黒い影が拘束されたままのオリヴィアさんの体を引き倒し、そのまますごい速さで廊下を引きずって行った。


「オリヴィアさん!!」


 俺は慌てて追いかけようとしたが、すぐにヴォルフに腕を強くを掴まれて制止されてしまった。


「何するんだよ!」

「……深追いは危険です」

「でも、オリヴィアさんがっ!!」


 影はすごい速さでオリヴィアさんを引きずって行く。

 駄目だ、このままじゃオリヴィアさんが連れて行かれてしまう……!

 そう焦った瞬間、空気を切るような音がしたのと同時に、オリヴィアさんを引きずっていた影が霧散した。


「……え?」


 俺は自分の目を疑った。

 オリヴィアさんを引きずっていた影がいたその場所には、見覚えのある一輪の真紅の薔薇が刺さっていたのだ。



「……麗しき乙女を虐げる狼藉者よ、貴様の野望はこの私が必ず打ち砕いて見せよう! とうっ!!」



 そして、明らかに場違いな台詞と共に、いつぞやの仮面男が窓を蹴破って廊下に降り立った。


「え?」

「えぇ……?」

「な、何だ貴様はぁ!!?」


 いきなり現れた仮面男に、ディルクさんは何が起こっているのかわからない、とでもいうように叫んだ。

 でも、何が起こったのかわからないのは俺も同じだ。なんで、シュヴァルツシルト家の屋敷にあの変な仮面男がいるんだ!?

 まさかヴォルフが呼んだのか!?と振り返ったが、ヴォルフも唖然として仮面男を凝視していた。……別に結託していたわけではないみたいだ。

 張本人以外のこの場の誰もが、急に現れた仮面男を凝視していた。

 たぶん、誰かが呼んだわけでもない。じゃあ、こいつは一体なんでこんな所にいるんだ!?

 仮面男はそんな俺たちの視線など気に留めてもいない様子で、ビシッとディルクさんを指差した。


「……ディルク・シュヴァルツシルト。悪いが君のしていることは見過ごせないな」

「何を言っている!? どいつもこいつも……くそっ!!」


 ディルクさんは苛立った様子で懐から何かを取り出すと、勢いよく床に叩きつけた。ガラス球の割れるような音が響いて、そこからぶわりと黒い煙が溢れだす。その途端、あたりの水たまりから一斉に黒い影が飛び出してきた。


「くっ、まずいな! ここは一旦退くぞ!!」


 そう言うと、仮面男はいきなりオリヴィアさんの体を抱き上げた。


「きゃあぁ!?」

「こら、おとなしくするんだ! ほら、君たちも来たまえ!!」


 仮面男は暴れるオリヴィアさんをしっかりと抱え治すと、呆然と突っ立っていた俺とヴォルフにも声を掛けてきた。

 どうしよう、と迷っているうちにまた何体もの影が俺たちに向かってきた。ヴォルフはまたその影を切り裂くと、俺の手を掴んだ。


「行きますよ! まだシュヴァルツシルトよりはあっちの方がまともそうですから!」

「わかってる!!」


 俺だってあんな変な奴について行きたくはないが、少なくともあいつはディルクさんの仲間ではなさそうだ。敵の敵は味方……かどうかはわからないが、あの仮面男はオリヴィアさんを連れて行こうとしている。

 だったら追いかけるしかない!!

 俺たちは走り去ろうとする仮面男の後を追った。ディルクさんが追いかけてくる気配はない。

 何だかよくわからないが今のうちだ!!



 ◇◇◇



 屋敷の中には魔物が溢れていた。そんなに強くなさそうな魔物ばかりなので逃げる障害にはならないのだが、それでも人の住む場所にこんなに魔物がいるなんて異常だ!

 それなりの距離を走った所で、先頭の仮面男はとある部屋の扉を蹴破るようにして開け放った。その部屋は倉庫のようになっているようで、あたりには様々な家具や器具が並べてある。

 仮面男は丁重な手つきでオリヴィアさんを床に降ろすと、開けっ放しにしていた扉を閉めた。


「屋敷の中は魔物だらけだった。ここから外に出た方がいいだろう」


 男は俺たちの方を振り返ると、冷静な口調でそう告げた。


「……あなたは、屋敷の中を見たんですか」

「あぁ。騒ぎを起こす訳にはいかなかったので軽く見回った程度だが……」


 ヴォルフの問いかけに、仮面男は静かにそう答えた。


「あ、あのっ……! テオとリルカ……ゴリラみたいな男と、小さい女の子を見なかったか!?」


 こいつが屋敷の中を見て回ったというなら、もしかしたらテオとリルカの事を知っているのかもしれない!!

 藁にもすがる思いでそう尋ねたが、仮面男は残念そうに首を横に振った。


「いや、残念ながら見ていないな……」

「そんな…………」


 意気消沈した俺を気遣うかのように、仮面男は優しく声を出した。


「何はともあれ、早く外に逃げた方がいい。ほら、そこから中庭に出れるようになっているんだ」


 仮面男が指差した方向を見れば、確かにそこから外に繋がっているようだった。

 ここからなら外に逃げられる。でも、テオもリルカもどうなったのかわからないのに……俺たちだけ逃げるなんて……。

 そう悩んでいるうちに、仮面男は座り込んだままのオリヴィアさんにも声を掛けていた。


「君も、早く安全な所へ……」

「……はい。でも、その前に…………」


 オリヴィアさんは仮面男の手を取って立ち上がると、するりと仮面男の首に抱き着くように腕を回した。


「!? ななな、君は一体何を……!?」

「あなたのその素顔を…………拝ませていただきますわ!」


 凛とした声でそう告げた瞬間、オリヴィアさんは勢いよく仮面男の仮面を弾き飛ばし、髪を掴んで引っ張った。

 からりと音を立てて仮面が床に落ちる。それと同時に、ぞろりとした茶色の髪の束が床に広がった。

 ……どうやら仮面男はかつらをかぶっていたようだ。


「……! やはり、あなたは…………」


 そこに現れた姿を見て、オリヴィアさんが信じられないと言った様子で息を飲んだ。

 仮面とかつらを外したそこには、こんな闇夜でも明るく輝く金髪の、意外とまともそうな青年があたふたとした様子で立っていたのだ。


「ち、違うんだオリヴィア! これには深い理由が……」

「ふざけないでください! 貴方はこんな所で何をやっているのですか!?」


 青年の素顔を見た途端、オリヴィアさんはものすごい剣幕で青年に詰め寄りはじめた。それに対して、青年は狼狽した様子でなにかもごもごと言い訳をしているようだ。

 とてもあんな趣味の悪い仮面をつけて恥ずかしい台詞をべらべらしゃべっていた奴と同一人物だとは思えない。……というか、


「その人…………オリヴィアさんの知り合いなんですか?」


 今の二人の様子だと、オリヴィアさんは突如現れた仮面男が誰なのかを知っているように見える。

 俺がそっとそう聞くと、二人は指し示したかのように同じタイミングで振り返った。


「…………黙っていて申し訳ありません。宿屋に現れた時はまだ確証が持てなかったものですから」

「いえ、それは大丈夫なんですけど……」


 どうやらオリヴィアさんが仮面男が宿屋にやって来た時からその正体に察しがついていたようだ。その時に話さなかったのは確証がなかったのもそうだろうが、この変な仮面男と知り合いだと思われたくなかったんじゃないか……と俺は勝手に想像を巡らせた。

 変な仮面をかぶって宿屋や人の屋敷に不法侵入を繰り返す男……うん、俺だったら絶対に知り合いだと思われたくないな!


「あの、その……こちらの方は……」

「いいよ、オリヴィア。私が自分で説明するのが筋だろう」


 言いよどむオリヴィアさんの肩を優しく叩いて、青年は俺とヴォルフの前に向き直った。

 その姿だけを見れば、まさに好青年という言葉がぴったりのイケメンだ。何でこの人は変な仮面をかぶって俺たちの前に現れたんだろう。そういう趣味でもあるんだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えていた俺に、青年は困ったように笑いかけた。


「この間は驚かせて済まなかったね。どうやら私の早とちりだったらしい。……あらためて、初めまして。ヴィルヘルム・ローゼンクランツだ」

「ぇ…………?」


 彼の名前を聞いた途端、隣にいたヴォルフがひゅっと息を飲んだ。その理由は、すぐに俺にもわかった。

 いくら他国事情に疎い俺でも、ローゼンクランツの名前は知っている。

 ローゼンクランツ家……それは、ユグランスの王家の名じゃなかったか……?


「あの、ローゼンクランツってまさか…………」


 まさか、そんなはずはない。そう思って口に出したのだが、呆れたようにこめかみに手を当てたオリヴィアさんははっきりと告げた。


「……えぇ、こちらのヴィルヘルム様は……ユグランスの第三皇子にあらせられます」

「………………はぁ?」


 ちょっと待て、第三皇子? 

 目の前の男が? 

 あの、変な仮面をかぶって薔薇とか持ち歩いてる奴が!!?


「え、ええぇぇぇぇ!!?」


 驚く俺に、仮面男――ヴィルヘルム皇子は恥ずかしそうに笑った。


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