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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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24 俺は餌ではありません

「オリヴィア!」


 いきなり現れたディルクさんは、オリヴィアさんの姿を見つけるとあからさまに安堵の表情を浮かべた。

 俺も最悪の事態は避けられたようでほっとした。

 少なくとも、俺たち以外の人がみんなやられてしまったわけではないようだ。


「ディルク様、大変です! アルフォンス様がっ……」

「あぁ、残念だが…………兄さんはもう駄目だ」

「そんなっ!!」


 オリヴィアさんが悲痛な声をあげた。俺もその言葉が信じられなかった。

 だって、あんな怪物がアルフォンスさんのはずがない。

 きっとアルフォンスさんの姿を使って俺たちを騙そうとしていたのだと、今の今までそう思い込んでいたんだから。


「なんで、どうして……」


 オリヴィアさんが呆然とそう呟いた。ディルクさんも俯いて拳を握りしめていたが、何かを決意したかのように顔をあげると、オリヴィアさんの方へ向かって手を差し出した。


「せめて、君だけでも守らなければならない……。さぁオリヴィア、こちらへ!」


 彼はシュヴァルツシルト家の一員で、この屋敷の人間だ。

 きっと安全な所までオリヴィアさんを連れて行ってくれるんだろう。

 オリヴィアさんもぐっと唇を噛みしめるとディルクさんの方へ向かって一歩足を踏み出そうとした。

 

 その様子を見ていた俺は、ある事に気が付いた。気が付いてしまったんだ。


「……ちょっと待ってください」


 ディルクさんの方へと向かおうとしていたオリヴィアさんの腕を掴んで制止する。二人が怪訝そうに俺を見た。

 こんなことを聞くのは失礼かもしれない。

 でも、テオもアルフォンスさんもいない今は、俺がオリヴィアさんを守らなければならない。

 だから、どうしても確かめておきたかった。


「……何で、アルフォンスさんのこと……知ってるんですか」


 少なくとも最初にオリヴィアさんの部屋に来た時点では、多少言動におかしい所はあったがまだアルフォンスさんは人の姿をしていた。

 そこでいきなり変貌して、その後俺たちはほとんど最短距離でここまで逃げて来たんだ。

 ディルクさんは一体どこでアルフォンスさんが異形の怪物になってしまった事を知ったんだろう。

 見たところ彼は一階の廊下からこの階段へとやって来ている。

 俺とオリヴィアさんがアルフォンスさんの前から逃げ出した後で、アルフォンスさんの様子を確認して一階まで下りて俺たちの所にやって来る……というのはどうも時間的に無理があるような気がする。

 

 ……じゃあディルクさんは、どうやって兄の異変を知ったのか?


「あなたは、今までどこにいたんですか……? オリヴィアさんの部屋に行ったんですか?」


 単に俺の思い違いならいい。いくらでも謝ろう。

 でも、それがはっきりしない以上はここでオリヴィアさんを行かせるわけにはいかなかった。

 

 ……だって、目の前の男があの怪物の仲間の可能性だってあるんだから。


 ディルクさんはじっと俺を見ていた。そして、大きく舌打ちして吐き捨てるように呟いた。


「黙れ、下民が」


「ぇ…………?」


 一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。

 ディルクさんは忌々しげに俺を睨み付けている。


「平民風情が偉そうに口をきくな。……オリヴィア、こんな奴は放っておいて早くこちらへ!」


 ディルクさんはますます必死にオリヴィアさんへと手を伸ばした。オリヴィアさんはじっとその手を見つめている。

 ……まさか話すら聞いてもらえないとは思わなかった。

 世の中には平民を見下す貴族もいるって事は知っている。でも、実際にそんな扱いをされたのは初めてだ。

 俺は少なからずショックを受けた。


「ここは危険だ、オリヴィア! そんな下民は放って早くこち、」


 言葉の途中で、ぱぁん、と乾いた音が薄暗い踊り場に響き渡った。

 

 目の前まで伸ばされたディルクさんの手を、オリヴィアさんが叩き落としたのだ。

 そして、彼女は呆然と目を見開いたディルクさんに冷ややかな声で告げた。


「……わたくしの友人を、侮辱するのはやめていただけますか」


 いつもの優しげな彼女とは違う、全身棘を纏ったような、凛とした雰囲気のオリヴィアさんがそこにはいた。

 その言葉に、雰囲気に、ディルクさんの体は固まっていた。


「な、何を言って……」

「わたくしにとって少なくともこの場では、貴方よりも彼女のほうがよほど信用に足る人物です。……失礼いたしますわ」


 それだけ告げるとオリヴィアさんは俺の手を引いて、固まったままのディルクさんの横を悠々と通り抜けた。

 そして、彼女は俺に呼びかけた。


「さぁ、早くお二人を探しましょう!」


 その言葉が引き金だったのかもしれない。

 俺が言葉を返す前に、ディルクさんの怒鳴り声が聞こえた。


「ふざけるなよ! 人が下手に出れば付け上がりやがって…………開け!!」


 ディルクさんがそう叫んだ途端、俺たちの足元にあった黒い水たまりから、勢いよく細長く黒い影が飛び出した。


「なっ!?」

「きゃあ!!」


 黒い影は逃げる間もなく、まるでヘビのように俺とオリヴィアさんの足や腰に巻きついた。

 強い力で締め付けられて下半身が痛い。何とか影を引きはがそうと格闘したが、その影は俺の力ではびくともしない。ますます強く締め付けられるだけだった。

 何なんだこれは!? 今まで結構普通じゃない体験をしてきたつもりだけど、こんなのを見たのは初めてだ。

 もがく俺たちを見て、ディルクさんはげらげらと笑い声をあげた。


「ざまあみろ、クソ女が!! 下民風情が口答えしやがって!!……オリヴィア、君もだ。おとなしく僕に従えば良かったものを」


 ディルクさんは狂ったように俺を罵りながら笑っている。

 その様子を見て、分かった。

 今のこの屋敷の異変には、きっと目の前の彼が関係してるんだ……!


「僕を愚弄した罰が必要だよなぁ? …………決めた」


 ディルクさんはにやりと笑みを浮かべると、まっすぐに俺を指差した。


「貴様にはその身を持って罪を贖う必要がある。…………出でよ!!」


 ディルクさんがそう叫ぶと、一瞬、彼のすぐ横の空間が歪んだ。そして、そこからゆっくりと異形の怪物が姿を現した。

 その怪物は、昔サーカスで見た獅子に似ていた。

 だが、明らかに俺の知っている獅子とは違う。

 上半身は確かに獅子によく似ていたが、下半身はまるでトカゲやヘビのように緑色で、ごつごつとした鱗に覆われている。

 ……どうみても、この世界で生まれた動物ではない。

 その異形の怪物は、不気味な紫色に光る瞳で俺を睨み付けている。


「どうだ? 恐ろしいだろう。だが、今更後悔したって遅いぞ」


 俺は目の前の事態についていけず、何も言う事はできなかった。

 そして、ディルクさんは優しくその怪物に語りかけた。


「さぁ、食事だ。腹いっぱい食べると良い」


 彼は、俺を指差しながら確かにそう言った。


「…………ぇ?」


 怪物が喉を鳴らしながら近づいてくる。

 俺を指差して食事だとディルクさんは言った。

 ということは、食べられるのは…………俺?


「やめなさい!! 正気ですか!?」

「安心するといい、オリヴィア。君を傷つけるつもりはないよ。ゆっくりと友人とやらが食されるのを鑑賞するといい」


 オリヴィアさんの叫びも意に介さないように、ディルクさんは笑っている。

 怪物が一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。その毛並みがはっきりと見える距離まで来て、俺はやっと自分の身に起こっていることが理解できた。


 俺は、これから目の前の怪物に捕食されるんだ。


「ぇ、嘘……やだっ…………!」


 俺はおもいっきりまとわりつく影を振り払おうと暴れた。

 だが、やっぱり影はびくともしない。拘束から逃れようとすると、ますます強く締め付けられるだけだ。

 そうしているうちに、怪物は俺の目の前まで迫っていた。


「やれっ!!」


 ディルクさんがそう叫ぶと、待ち構えていたように怪物は俺の方へと飛び掛かって来た。

 

 確実な「死」が、すぐそこまで迫ってきている。

 

 そうわかった瞬間に、俺の体は恐怖でまったく動かなくなってしまった。

 嫌だ、怖い。思考が一面の恐怖に塗りつぶされる。

 なすすべもなく、俺は怪物の口が、その中に見える鋭い牙が迫ってくるのを見つめる事しかできなかった。

 

 だが次の瞬間、怪物の牙が俺の体を引き裂く前に、どこからか飛んできた鋭利な氷柱が怪物の脳天を貫いた。


 衝撃で怪物の体が横に吹っ飛ぶ。そのまま地面へと落下した怪物は、何度かびくびくと痙攣した後動きを止めた。


「なっ!?」


 ディルクさんがうろたえたように声を上げた。

 それと同時に、俺に巻き付いていた影に向かって大きな白い影が飛び掛かってきた。


『『フェンリルさま!!』』


 その白い影を見つけたからか、スコルとハティが嬉しそうに声をあげて姿を現した。

 白い影――フェンリルに引き裂かれた影は、さっきまでのしつこさが嘘のように勢いよく黒い水たまりの中へと引っ込んでいく。


「……だから、油断するなって言ったじゃないですか」


 暗闇から聞きなれた声が聞こえた。

 影がいなくなりやっと自由に動かせるようになった体で、俺はその声に向かって振り向いた。

 ……フェンリルがいるという事は、当然その契約者もいるはずだ。

 思った通り、そこには心底呆れたような顔をしたヴォルフが立っていた。


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