13 レッツ、ストーカー!
ヴォルフは迷うことなく草原を進んでいく。俺たちも見つからないように背の高い草に身をひそめて後を追った。
虫の鳴き声がうるさいので、ガサガサと音を立てても気づかれてはいないようだ。
ヴォルフが振り向けば俺たちの姿が見えてしまうかもしれないが、彼の目的地は決まっているのか、一度も後ろを振り返ることはなかった。
闇夜に白い髪の毛は目立つ。俺たちは彼を見失うことなく、奴の後をつけるのに成功していた。
長い時間草原を進んだ。
やがて、背の高い草が途切れ大きな岩がたくさん連なっている場所が見えてきた。ヴォルフはまっすぐにそこへ進んでいく。
俺たちも後を追うが、その岩場に入った途端ヴォルフの姿は煙のように消えていた。
「あれ、どこ行ったんだ?」
「見失ったか、いやそんなはずは……」
「こんな夜更けに何をやっているんですか、勇者さん達?」
「うわああぁぁぁ!!?」
背後から急に声を掛けられて、俺は思わず悲鳴を上げて飛び上がった。珍しくテオも驚いたような顔している。
振り返ると、ヴォルフが呆れたような顔をして立っていた。
「はあ、まさかあんなバレバレの尾行に気づかないとでも思いましたか?」
「うっ……」
普通にそう思ってました。なんだ、こいつ気づいてたのかよ。
「気づいてたならなんで何も言わないんだよ!」
「途中であきらめると思ってたんで。まさかこんな所までついてくるとは……」
どうやら俺たちのしぶとさはヴォルフの予想以上だったらしい。
それもそうだ、この場所はもうサビーネの町からは大分離れてしまっている。帰れと言われてもちゃんと帰れるかどうかはかなり怪しい。
「おまえはここに用があるのか」
テオがそう問いかけると、ヴォルフは少しためらった後、意外と素直に口を開いた。
「この先に盗賊のアジトがあるんです」
「あっさり教えてくれるんだな」
そんな事なら俺たちやキアラさんに話してくれてもよかったのに。数日前の頑固さは何だったんだ。
「テオさんは勇者なんでしょう。ここまで来たからには手伝ってもらいますよ」
「ああ、任せとけ」
「そっちの女の人は?」
「俺はクリス、覚えとけ! 俺だって大丈夫だ。盗賊なんてぶちのめしてやるよ!!」
「……ふーん」
俺が虚勢を張ると、ヴォルフは疑わしそうな顔をしていた。
まあ確かにこの華奢な体では不安になるのも仕方がない。だが、俺だって教会にスカウトされた勇者の卵なんだ。ここで一人だけ引き下がるわけにはいかない。
……たぶんテオがなんとかしてくれるだろうし。
ヴォルフはまだ俺の発言を信用しきってないようだったが、結局はそれ以上俺の実力に言及することはなかった。
「わかりました。少し作戦会議といきましょうか」
◇◇◇
ヴォルフの話によると、件の盗賊はこの先の塔を根城としているらしい。
「お前は何で盗賊退治なんてしてるんだ。正義感とか?」
「まさか。以前奴らと少しトラブルがあって、僕と……ノーラの大切なものが奴らに奪われたままなんです」
ヴォルフはそれを取り戻そうと、何度かここに一人でやってきて、俺たちが草原に倒れていたのを見つけた時も、ここから何とか逃げ出したところを力尽きていたらしい。
……こいつ、よく今まで生きてたな。
「子供一人で無謀だろ! 何で誰にも言わなかったんだよ!」
「言うってサビーネの町の人たちに? 言ったところでどうにもなりませんよ。危ないからやめろ、って言われて止められるだけです。衛兵だって、子供の作り話だって信じてくれませんしね」
ヴォルフは諦めたそう言った。もしかしたら、前にもう試したことがあるのかもしれない。
その様子を見て、俺ははっとした。
こいつは単に意地を張っていたとか頑固だったとかそういう話じゃない。自分でいろいろ試した結果、たった一人で盗賊のアジトに乗り込むなんて無謀な行動に出てしまっていたんだろう。
「だが、今はオレ達がいる」
テオが静かにそう呟いた。
思わずテオの顔を見ると、奴は自信気に笑みを浮かべていた。
「何を心配することがある、オレは勇者だぞ。その辺りの盗賊なんてオレの敵ではない」
テオの声は不思議だ。自信満々にそう言われると、何とかなるような気がしてしまう。
きっとヴォルフもそう思っているんだろう。
「そうですか……でも、問題はその前で……」
「その前?」
「実は、僕はまだ一度も盗賊のアジトにたどり着けたことはないんです」
「「えっ?」」
俺とテオの声が重なった。
たどり着けたことがない、とはいったいどういう事なんだろう。
「奴らは、番犬代わりにアジトの周囲に犬のような魔物を放しているんです。そこを突破できたことがなくて……」
ヴォルフは非常に言いにくそうにそう言った。
だが恥じることはないぞ。お前の年齢ならそれが普通だ。
俺たち(というか主にテオ)が来たからには犬型の魔物なんて敵じゃないからな!
「そんなん余裕だよな、テオ!」
「ああ、任せておけ」
「……頼りにしてます」
ヴォルフはここに来て初めて、控えめな笑顔を見せた。
◇◇◇
岩場を少し進むと、獣の唸り声や息遣いが聞こえてくる。あれが犬型の魔物なんだろう。
「気を付けてください。もうこの辺りから――」
『アォーン!!』
ヴォルフが言い終わらないうちに、岩場の奥から三匹の黒い獣が突進してきた。
「ひゃああぁぁ!!」
俺は思わずテオの後ろに隠れた。テオは焦らずに大剣を構え、瞬時に向かってきた二匹の獣の体を切り裂いた。
だが、残りの一匹は俺たちではなくヴォルフの方へ向かっていってしまった。
「ヴォルフっ!!」
ヴォルフは動かない。だってあいつはまだ子供だ。恐怖に足がすくんでしまっているんだろう。
どうしよう、このままじゃあいつがっ!
テオもまずいと思ったのか、すぐにその場から駆け出した。だが、その必要はなかった。
ヴォルフがその場から動くことはなかった。
彼はひどくめんどくさそうな顔をして懐から何かを取り出すと、ゴミでも捨てるかのように魔物の方に放り投げた、ように見えた。
ヴォルフが投げた物は、信じられないほどのスピードで魔物の首のあたりに突き刺さった。
魔物は断末魔をあげて宙を舞い、地面に落ちてそれきり動かなくなった。
「え?」
おそるおそる魔物の亡骸を確認すると、首に刺さっていたのは短いナイフだった。
ヴォルフは手際よくそのナイフを回収すると、何事もなかったかのように「先へ進みましょう」と俺たちを促した。
「え、待って待って」
「なんですかクリスさん。トイレですか、早くしてくださいよ」
「そうじゃなくて、何だよさっきの!!」
「さっき?」
「ナイフ、投げてたじゃん!」
俺がそうわめくと、ヴォルフは懐から血が付いたままのナイフを取り出した。
「これが何か」
「何か、じゃないだろ! 魔物を突破できないとか言ってたのに、余裕そうじゃん!」
「そうだな、どういう事か教えてくれ」
テオにもそう言われ、ヴォルフは怪訝そうに首をかしげた。
「どういう事かって言われても、僕だってあんな雑魚に負けたりしませんよ」
「じゃあ、お前は何で草原に倒れてたりなんか……」
『ウオオォーン!!!』
その時、獣の遠吠えが聞こえた。
だが、先ほど倒した犬のような魔物とは明らかに違う。何ていうか、声のボリュームが段違いで大きい。
あれ、前にもこんなことがあったような……何だか嫌な予感がする。
「どうやら、奴はこんな夜更けにも起きているようですね……」
ヴォルフが少し緊張をにじませながらそう言った。
ずしん、ずしんと何かが歩き回る音が聞こえる。岩場の陰から魔物の影が伸びてるのが目に入った。
その影は、先ほど倒した犬型の魔物とは比べ物にならないくらいに巨大だった。