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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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18 深緑の乙女

 《ユグランス帝国西部・ヒンターヴァルト》


 ヴォルフの兄たちに見送られシュヴァンハイムを発った俺たちは、何とかフリジア王国に戻る為に旅を続けていた。

 シュヴァンハイムを出てから結構時間が経ったけど、その間は特に何も起こらなかった。町や村に寄ってもドラゴンや巨人が現れたなんて話も聞かない。

 変わった事があるとすれば、スコルとハティがめちゃくちゃリルカに懐いた事と、狭い場所でドラゴンの姿になろうとしたテオがちょっとした騒ぎを起こした事くらいだろうか。


「そう言えば、ブライス城は大丈夫なのか?」


 ふと思い立って俺はそう聞いてみた。

 あの城はドラゴンと巨人の襲撃で大部分が壊されてしまったし、城主のグントラムもその戦いで戦死してしまった。

 フリッツがしばらくは何とかすると言ってたけど、今はどうなっているんだろうか。


「あぁ、あそこは近々後任の城主を決めるみたいです。その間は兄たちが定期的に様子を見に行くと言ってたし大丈夫じゃないでしょうか」

「ふーん、そっか……」


 俺はヴォルフがヴァイセンベルク家に話をしに行くと言った時に、次の城主をやれなんて言われるんじゃないかとこっそり心配していた。

 父親と何を話したのかまでは知らないが、特に今までどおり俺たちとふらふらしていても問題はなさそうだ。

 ヴァイセンベルク家の人たちも勇者の事とか、わかってくれてるといいんだけどな。

 

 でも、今の俺にはそんな事よりも気がかりなことがあった。


「ここってさ、明らかに道じゃ無くない……?」


 確か少し前まで俺たちは山道を歩いていたはずだ。

 

 ユグランス帝国とフリジア王国の間に位置するエール湖。そこに浮かぶアムラント島が俺たちの当面の目的地だった。

 前に立ち寄った町で地図を確認した限りではだいぶ近づいてきているようだった。この山を越えればもうエール湖が見えてもいいくらいには。

 それなのに、そんな所まで来て気が抜けたのか、俺たちはいつの間にか道ではない所に迷い込んでしまったようだった。

 鬱蒼と多い茂る木に遮られて遠くの方は見えないし、自分がどの方向から来たのかもあいまいだ。


「ふむ、それは困ったな」


 全然困ってなさそうな口調でテオはそう呟いた。


「なぁ、お前がドラゴンになって空から道探すとかできないの?」

「できんことはないが……」

「駄目ですよ! 見つかったらどうするんですか!!」


 確かにヴォルフの言う事ももっともかもしれない。

 もしこんな所でドラゴンになって誰かに見つかったとしたら……


「退治、されちゃうかも……」


 リルカが青い顔で呟いた。

 うん、それは困るな! 

 軽率にドラゴンの姿になるのは控えた方がいいだろう。


「そう心配するな。歩き続けていればいずれなんとかなるだろう」

「そんな簡単に言うけどさぁ…………ん?」


 何か聞きなれないような音が聞こえた気がして、俺は耳を澄ませた。


「どうかしたのか?」

「なんか聞こえない? これって……」


 俺はその音に聞き覚えがあった。馬のひづめの音と何かを引きずるような音、これは近くを馬車が通っているんだろう。


「近くに馬車が通れるような道があるんだ!!」


 よかった、そんなに激しく道を外れてしまったわけじゃないみたいだ。

 俺は嬉しくなったが、テオとヴォルフは何やら怪訝な顔をしていた。


「馬車にしては……速すぎないか?」

「いくら急いでたとしてもこれは異常ですね……」


 馬車の音はどんどんと近づいてくる。

 そして俺たちがいる場所の随分と下の方を、ものすごい勢いで馬車が通り過ぎていくのが木々の向こうにかいま見えた。

 それに加えて、馬車が通り過ぎた直後、その後を追いかけるかのように、何頭もの馬に乗った武装した人たちがすごい速さで通り過ぎていく。

 俺には見えた。あの武装した人たちは剣を抜いていた! 

 さっきの馬車が襲われているのかもしれない!!


「あれ、ヤバくないか!?」

「……行くぞ!!」


 短くそう告げると、テオはほぼ垂直に近い斜面をそのまま駆け下りて行った。

 いや行くぞって言われても……俺たちにこんな斜面を駆け下りるなんて不可能だ。


「取りあえず僕たちは他に降りれそうな場所を探しましょう」

「そうだな!!」


 そう決めると、俺たちも安全に降りられそうな場所を探して走り出した。



 ◇◇◇



 横転した馬車、血まみれで倒れて動かない御者。

 残念ながら間に合わなかったようだ。

 俺たちよりも先に到着して御者の様子を確認したテオは、悔しそうに唇をかんだ。


「くそっ、なんてことだ……」

「ひどい……」


 御者は胸を切り裂かれていた。手加減なんてした形跡もない。

 口を抑えたリルカがぎゅっと俺の手を握りしめた。

 俺も震えそうになる体を何とか抑えて、馬車に一歩近づく。


「あの、追いかけてた奴らは?」

「オレが着いた時にちょうど馬車が横転してな。投げ出されたこの人を奴らは躊躇なく切りつけたんだ。俺の姿を見てすぐに逃げ出したが……。くそっ、もう少し早く着いていれば……」


 テオは悔しそうに地面を踏みつけた。

 救えたかもしれない人を救えなかった。過去の贖罪の為に勇者をやっているテオからすれば、きっと自分を許せないんだろう。俺は掛ける言葉がなかった。

 そんな時、こんこん、と何かを叩く音と控えめな声が聞こえた。


「あ、あの……どなたか、いらっしゃいますか……?」


 若い女性の声だ。声は横転した馬車の中から聞こえてくる。

 まだ生きてる人がいたんだ!!


「待ってろ、すぐに助ける!!」


 即座に立ち上がったテオは横転した馬車に飛びついて、ゆがんだ馬車の扉をもぎ取った。

 ばきり、と木材の折れる音がその場に響く。

 そしてテオは、馬車の中から華奢な体を引っ張り上げた。


 現れたのは、翡翠色の上等そうなドレスを纏った若い女性だ。

 年頃は二十を少し過ぎたくらいだろうか。紅茶色の綺麗に巻かれた長い髪に深緑の瞳を持つ、優しげな顔立ちが印象的な女性だ。

 顔つきは全然違うのに、その髪と目の色合いが夢で見たアンジェリカを思い起こさせて俺はどきりとした。

 きっとテオも同じことを考えたんだろう。放心したように馬車から助け出した女性を見つめている。


「あの、わたくし追われていたようで……いったい何が……っ!!!」


 きょろきょろと不安そうに周囲を見回していた女性は、倒れ伏した御者を見つけたようだ。

 ドレスの裾が血や土で汚れるのも構わずにすぐさま傍に膝をつき、動かない御者の体を揺さぶっていた。


「ゼーベック、起きて! ゼーベック!!」


 悲壮な声で事切れた御者に声を掛ける彼女を見ていられなくて、俺は思わず目を伏せてしまった。

 もう御者が亡くなっていることに気が付いたのか、女性のすすり泣きが聞こえてくる。


「そんな、どうして…………まさかっ!!!」


 何かに気が付いたような声がして俺は思わず伏せていた顔をあげた。

 女性は素早く立ち上がると馬車の進行方向とは逆、おそらく彼女が元来た方へと走り出してしまった。


「待てっ、一人では危険だ!!」


 女性の後をテオが追いかけていく。俺たちもその後を追った。



「いやあぁぁぁぁぁ!!!」


 まるで世界のすべてに絶望したような悲鳴が聞こえてきて、俺たちは足を速めた。

 そして、そこに広がる光景を見て俺は絶句した。


 最初に目に入ったのは、一面の赤だった。

 

 何人かの男女が折り重なるように倒れている。皆一様に何かの紋が入った防具を纏っていた。

 だが、そんな防具も彼らの命を守ってはくれなかったようだ。

 首や胸、背中などをひどく切りつけられたようで、あたり一面が血の海になっている。

 そんな中に膝をついて、女性は必死に一人一人の名を呼びながら、倒れ伏す兵たち体に触れていた。

 でも、一目見ただけでもおそらく生存者はいないだろうと俺にもわかった。

 

 彼女もやがてもう生きている者はいないと悟ったのか、顔を覆って泣き出してしまった。

 今までに見た事のない悲惨な光景に俺も泣きだしたかったが、彼女の手前そんな事は出来ない。

 口と鼻を覆って必死に溢れる血の匂いに耐えようとするしかなかった。


「済まない、オレがもう少し早く着いていれば…………」


 テオが悔しそうにそう声を掛けると、女性は静かに首を横に振った。


「いいえ、あなたのせいではありません」


 女性は気丈にも涙を拭って立ち上がった。


「オレはテオ。ティエラ教会に選ばれた勇者だ」

「まぁ……ミルターナの?」


 女性は少しだけ驚いたように目を見張ったが、すぐに血と泥で汚れたドレスの裾を軽く持ち上げ、片足を後ろに引いた。


「わたくし、グリューネヴァルト家のオリヴィアと申します。勇敢なるお方、お助けいただき感謝いたしますわ」


 女性はそう告げると、泣き濡れた顔で、それでも優雅に膝を折って深々と頭を下げた。


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