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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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14 竜の世界

「おまえたちは、竜公事変を知っているか?」


 テオはゆっくりとそう問いかけてきた。


「うん、知ってるけど……」


 竜公事変といえば、百年以上前にこの世界へと侵攻してきた竜と、この世界の人たちとの戦いの事だと昔教会学校で教えてもらったことがある。

 その戦いの中で英雄アウグストは頭角を現し、数多の竜や魔物を葬り世界を救った「勇者」として歴史に名を刻んだ……とされている。俺の大好きな話の一つだ。

 実際にミルターナでドラゴンと遭遇するまでは、俺はその話をだいぶ誇張したもので、ドラゴンと戦ったあたりは作り話だと思っていた。今でも、おそらく大部分の人はドラゴンなんて伝説の中の生き物だと思っているだろう。

 でも、今ならわかる。英雄アウグストの活躍は本当にあった事なんだろう。

 

 リルカが首をかしげていたので簡単に説明してやると、テオはうんうんと頷いていた。


「……そうだな。当時は多くのドラゴンがこの世界へと侵攻していた。……俺もその中の一頭だ」

「…………え? ちょっと待てよ……竜公事変って百年以上も昔の話で……」


 そこまで言って俺は気が付いた。人と違ってエルフのように長命の種族もいる。

 もしドラゴンもそうなのだとしたら……、


「テオって……何歳?」


 おそるおそるそう尋ねると、テオは顎に手を当てながら考え込んでいた。


「ふむ……正確な年齢は覚えていないが……二百から三百の間だったはずだ」

「…………はあぁぁ!!?」


 驚きすぎて思わず変な声が出てしまった。

 二百歳から三百歳の間!? 

 めちゃくちゃジジイじゃねーかっ!!


「どんだけ若作りしてるんだよ!!」

「失敬な。オレはまだドラゴンの中では若い方で……」

「クリスさんちょっと黙ってください。テオさんは年齢の話よりさっきの続きを話してください!」


 ヴォルフにぴしゃりと制されて、俺は思わず口をつぐんだ。確かに、今はテオがジジイかどうかよりも、何でドラゴンが人になったのかとかそういう話の方が大事だろう。

 テオは咳払いをすると、あらためて真面目な顔を作って話し始めた。


「オレの故郷はこことは別の世界でな。そこではドラゴンが他の生き物を支配しているんだ。弱肉強食で親や兄弟であろうと邪魔になれば殺す、そんな世界なんだ」

「そ、そんな場所が……」


 なんて恐ろしい世界なんだろう。

 俺だったらたぶんそんな世界で生き延びられないような気がする。


「ドラゴンの中でも序列があって、力をもつドラゴンは竜公と呼ばれている。そして、その竜公の中の一頭がこの世界へと侵攻することを決め、竜公の配下だったオレはそれに従った」

「……何でそんなことするんだよ」


 他の世界を侵攻なんて、そんなことしてどうするつもりなんだろう。

 侵攻した先でどれだけの人が傷つくとか、考えないんだろうか。


「理由はいろいろあるが、ドラゴンというのは自分の強さを誇示したくてしょうがない生き物なんだ。他の世界を支配下に置いて対立する竜公へ見せつけたいとか、そんな理由が一番だろうな」

「そんな、理由で……?」


 百年以上前の竜公事変では、たくさんの人たちがドラゴンや魔物と戦い散って行ったと何回も聞いた。今を生きる俺たちの世界は、彼らの犠牲のもとに成り立っているのだとも。

 それが、そんなくだらない理由で俺たちの世界はめちゃくちゃにされかけたのか……!?


「そんなのおかしいだろ!! 馬鹿じゃないのか!!?」


 思わずそう怒鳴ると、テオは少しだけ悲しそうな顔をした。


「……そうだな。お前の言う通り、ドラゴンなんてとんでもなく愚かで馬鹿な生き物なんだ。今ならそうわかる。でも、当時のオレはドラゴン以外の生き物なんて歯牙にもかけていなかった。どれだけ傷ついて倒れようとも何とも思わなかった」


 テオは驚くほど冷静にそう告げた。

 急に目の前のテオが恐ろしくなって、俺は一歩後ずさった。

 人間なんて歯牙にもかけていない、どれだけ傷つき倒れてもなんとも思わなかっただって……?

 俺の知ってるテオは、無茶苦茶な奴だけど困っている人がいればすぐに助けようとしていた。

 常識はないけれど、勇者としての心構えだけは誰よりも持っていたはずなのに。


「……それで、その後にテオさんの考えを変えるような何かがあったんですよね?」


 黙り込んだ俺に変わって、ヴォルフはテオにそう問いかけた。

 するとテオは何かを懐かしむような顔をしながら宙を見上げた。


「…………そうだ。この世界へやって来たオレは多くの村や町を焼き払う中で、一人の女と戦った。……そして負けた」

「ま、負けた……? ドラゴンのテオさんが?」


 リルカが驚いたように声を上げると、テオはおかしそうに笑った。


「そうだ。しかもたった一人の女にだぞ? 笑えるよな」


 俺は信じられなかった。

 テオなんて人間の姿をしている今ですらかなり強いのに、たぶんドラゴンだった当時は今以上に強かったんだろう。

 そんな奴が、たった一人の女に負けた。

 相手は一体どんなメスゴリラなんだ……?


「一対一でその女に負けたオレは死を覚悟した。もうほとんど瀕死の状態だったからな。……だが、そいつはオレを殺さずに逆に回復させ、その上で人の姿になる魔法をかけた」

「えぇ?」


 何だよそれは。いったいその人は何がしたかったんだろう。

 ていうかドラゴンを人にする魔法ならあるのかよ!


「体が治って動けるようになるまでの間にオレはそいつにしつこく説得され、せっかく助けてやったんだから今度はこの世界を守って恩返しをするようにと、半ば無理やり約束させられたんだ。……だから、今オレはこうしてここにいる」


 そう告げたテオは、今までに見た事も無いほどに真剣な顔をしていた。

 ……細かい部分はよくわからないけど、その女の人に出会って考えが変わって、彼女との約束の為に勇者にまでなった。きっとそれは真実なんだろう。


「……その人は、どうなったんだ?」


 そっと聞くと、テオは諦めたような顔で笑った。


「……百年以上も前の人間だぞ。生きていると思うか?」

「そっか、ごめん……」


 俺が俯くと、テオはぽん、と俺の肩を軽くたたいた。


「気にするな。……まぁ、そういう訳でオレの話は終わりだ。今はどうあれ。オレが過去にお前たちの世界とそこに住む者を傷つけたのは事実だ。……おまえ達がオレに復讐したいと言うのなら、甘んじて受けよう」


 俺は思わずテオの顔を見返した。

 テオは相変わらず真剣な顔をしている。冗談だとか、俺たちをからかっているとかそんな雰囲気じゃない。こいつは本気なんだ。

 ……もし俺たちが昔の人の仇討にテオを殺すと言ったら、きっとそのまま受け入れてしまうんだろう。


 しばらくの間、俺たちの間を沈黙が支配した。

 そして最初に口を開いたのはリルカだった。


「あの……リルカ、昔のこととかよくわからないけど……テオさんを傷つけたいとか、思ってないよ」


 リルカは戸惑ったように、だがはっきりとそう告げた。


「そうか…………ありがとう」


 テオは優しくリルカの頭を撫でた。

 リルカは優しい子だ。テオにもよく懐いているし、きっと復讐なんて思いもしないんだろう。


「……ヴォルフ、お前の叔父はドラゴンを倒すために自らを犠牲にし、亡くなったと聞いた。どうだ、同じドラゴンのオレが憎くはないか?」

「テオ!?」


 なにも今そんな事を言わなくてもいいだろ!! そう思ってテオを止めようとした俺は、当人であるヴォルフに制止された。


「いいんです、クリスさん」

「でも……」


 それでも言い募ろうとした俺に、ヴォルフは視線だけで下がるようにと訴えてきた。

 俺が渋々下がると、ヴォルフはテオに向けて口を開いた。


「僕は……正直、僕もよくわからないんです。今まで、ドラゴンや魔物は自分達とはまったく別の生き物だと思っていたから、対話なんてできるはずがないと思っていたんです。だから……憎いとか、そういうのもよくわからない。それに、まだテオさんがドラゴンだっていう事実自体も受け止めきれてないんです」

「……そうか。今じゃなくてもいい。オレに言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれ」


 ヴォルフが頷いたのを見届けると、テオは俺の方へと振り返った。


「それで、クリス。お前はどうなんだ。竜公事変の時、オレ達はミルターナを中心に襲撃を繰り返した。もしかすると、お前の先祖や同郷の者を傷つけたかもしれない」


 それは俺も考えていた事だった。

 俺に繋がりのある人、いや……まったく関係のない人であっても、何もしていない人が理不尽に傷つけられ蹂躙されるなんて許されることじゃない!


「そりゃあ……むかつくよ。俺自身が体験したわけじゃないから偉そうなことは言えないけどさ、何してくれてんだよ! って、思うもん」


 ラヴィーナの街がドラゴンの襲撃を受けた時、ドラゴンを葬り去る為にグントラムが命を落とした時、俺は無力さを感じた。理不尽だと思った。

 こんなこと、絶対あっちゃいけないことだって思った。

 それは今も変わらない。


「でもさ、今までずっとお前の事見てきて……お前が頑張ってるって事も知ってる。お前のおかげで救われた人がたくさんいることも知ってる。だから……あんまり自分を追い詰めるようなこと言うなよ」


 そう告げると、テオははっとしたような顔をした。

 

 ……たぶんテオは罰を受けたい、自分のしたことの償いをしたいと思ってる。

 でも、本当にテオを罰せられるのは過去の人たち、もういなくなってしまった人たちなんだ。

 だから、その代わりにこの世界で生まれた俺たちに責められたいのかもしれない。

 きっと、ずっとそんな罪悪感を抱えて来たんだろう、こいつは。


「お前がひどい事をしちゃった人たちはもういないんだろ? 今更俺たちにそんなこと言っても遅いんだよ! だったら開き直れ……とは言えないけどさ、そんなにいつまでもくよくよしてもどうしようもないんじゃないか? それに、昔の人たちだってもう生まれ変わってこの世界にいるのかもしれない。だったら、今はその人たちの為に頑張れよ! 間違っても罪を償うために死ぬ、なんて言うなよ」


 その当時なら、テオが死ぬことでスカッとする人もいたのかもしれない。でも、百年以上も経った今になってそんな事されても俺たちの後味が悪いだけだ。

 だから、今はそれよりもこの時代を生きている人たちの為に、この世界の為に力を尽くしてほしかった。


「……でも忘れるなよ。お前の犯した罪は消えない。一生な」


 どれだけ頑張って世界を救ったとしても、過去にたくさんの人を傷つけたのは別問題だ。

 善行を積んだからと言って悪行が消えるわけじゃない。きっと一生引きずることになるんだろう。


「だから……俺自身はお前に復讐とか考えてないし、その権利もないと思う。……以上!」


 やや強引にまとめると、三人はぽかんとした顔で俺の方を見てきた。

 何なんだよ……。


「……意外とちゃんと考えてたんですね。てっきり『一発殴ってチャラにしてやる!』とか言い出すと思ってました」

「あのなぁ……俺だって日々いろいろ考えてはいるんだよ!」


 世界の事とか、個人の事とか、難しい事はよくわからないけど……きっとそれぞれ自分なりの答えを出していかなきゃいけないんだ。

 価値観とか考え方とか、そんなのは人の勝手だ。

 だったら、俺はいつだって自分が思うように生きていたい。


「そうか、オレは……」


 テオがまた何か言おうとしたところで、部屋の扉が控えめに叩かれた。

 ヴォルフが返事をして扉を開けると、そこにいたのはフリッツだった。


「昼食が冷めますよ。火をおこす資材も足りてないんですから」

「あぁ、悪い。今行く」


 ヴォルフはフリッツに二、三言告げると俺たちの方を振り返った。


「あの、取りあえず食事にしませんか。タイミングを逃すととんでもなく冷たい料理になりますし」

「そうだな……」


 俺も三日間眠っていたらしいし、何か腹に入れた方がいいだろう。


「ほら、取りあえずなんか食べるぞ」


 いまだに突っ立っていたテオの背を叩くと、俺は食事をとる為に部屋を後にした。


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