13 テオの正体
ドラゴンはぐんぐんとスピードを上げてこちらへと近づいてきている。
駄目だ、完全に見つかってる。どうしようかと焦っている間に、ドラゴンは翼のはためきで窓がガタガタ音を立てるほどの近距離まで接近してきていた。
そして、ドラゴンはブレスを吐きださんとするかのようにその大きな口を開いた。
『なんだクリス。もう体は大丈夫なのか』
「うわああぁぁぁ!! しゃべったああぁぁ!!」
ドラゴンの口から吐き出されたのは、全てを燃やしつくす煉獄のブレス……ではなく、低く唸るような、それでも普通に聞き取れる人間の共通語だった。
え、なんで? ドラゴンって喋れるの?
しかも普通に俺の名前を呼ばれたような……。
「外はどうでしたか?」
『ほとんど問題ないな。そこまで魔物の数が増えているという事もなさそうだ』
「だったら……お昼ご飯にしよう? フリッツさんが、用意できたって……」
『ふむ、ありがたくいただくとしよう』
混乱する俺を置いてきぼりにして、ヴォルフとリルカは普通にドラゴンと会話をしていた。
そして、いきなり窓の外のドラゴンの姿が消えた。
「えっ?」
慌てて周囲を見回す俺など気にせずに、ヴォルフは部屋の窓を開ける。すると、外からにょきり、と生えてきた腕が窓枠を掴み部屋の中へと入ってこようとしていた。
「ぎゃあぁぁ!?」
「おい、やかましいぞ」
「えぇ!?」
聞きなれた声、呆れたような顔。
この部屋が何階に位置しているのかはわからないが、結構高い場所にあると思われる窓からのそりと入ってきたのは、見慣れたテオだった。
「…………テオ?」
「なんだ?」
俺がおそるおそる呼びかけると、テオは何でもないような顔をして首をひねった。
そっと窓の外を確認したがドラゴンの姿はない。あんな巨体がこんな短時間でどこかに隠れられるわけがない。
「…………さっきのドラゴンは?」
「……? オレだが……どうした? 頭でも打ったのか?」
テオは心配そうな顔で近づいてきた。俺は思わず頭を抱えた。
今、こいつは何て言った?
俺はドラゴンはどうなったのかと聞いた。それに対して、テオはオレだと答えた。
普通に考えれば、さっきの言い方だとテオ自身がドラゴンだという事になるんじゃないか……?
「おま、え……ドラゴン、なのか……?」
なんとか絞り出した声に、テオはまた呆れたような顔をした。
「今更なんだ? そんな事はお前も知っているだろう」
テオはちょっとムッとした顔でそう答えた。
いや……知らねーよそんな事!!!
いつそうなったんだよ!!
絶句した俺を心配したのか、ヴォルフとリルカも近づいてきた。
「やっぱり頭でも打ったんじゃないですか?」
「三日も、寝てたからね……」
どうやら俺はさっきまで三日間も寝ていたらしい。
この城がドラゴンとサイクロプスに襲われたのは夢じゃなかった。
……ということは俺が瓦礫の下敷きになったのもきっと夢じゃない。
それで、起きたら何故か俺はなんともなくて、テオはドラゴンになっていた。
「ちょっと待って……意味わかんなすぎるだろ……」
なんだか頭まで痛くなってきた気がする。
ふらふらとベッドに手を突いた俺を気遣うように、優しくテオが語りかけてきた。
「本当に大丈夫か? オレ達のことはわかるか?」
「わかるけど……なんで、俺……瓦礫の下敷きになったはずなのに……」
今は本当に現実なんだろうか。それすらもよくわからなくなってきた。頬をつねってみたが普通に痛い。
たぶん現実だ。……たぶん。
「そこまでは覚えてるんだな。その後の事はどうだ?」
「……気が付いたら今だった」
俺がそう答えると、三人は困ったように顔を見合わせた。
そして、最初に口を開いたのはリルカだった。
「……うんとね、リルカは遠くにいたから良く見えなかったんだけど……くーちゃんが押しつぶされた……と思ったらいきなり自分で瓦礫を吹き飛ばして」
「え?」
「それでね、自分で自分に魔法をかけ始めて……その後すぐに立ち上がって……」
「ちょ、ちょっと待って……」
まったくそんな事は記憶にない。……というかそんなことできないだろ、普通。
だが、目の前の三人は結託して嘘をついている、という風には見えなかった。
少なくともリルカは俺に対してそんなよくわからない嘘をついたりはしないだろう。
ということは、今の話は本当に起こった出来事……のはずだ。
黙り込んでしまったリルカの言葉を引き継ぐように、今度はヴォルフは話し始めた。
「僕はリルカちゃんよりはあなた達の近くにいたからわかるんですけど……クリスさん、急に立ち上がってテオさんに説教を始めたんですよ」
「はぁ?」
「何だっけ……確か、お前はお前の使命を果たせとかそんな感じの事を言いだして、それでいきなりテオさんに魔法をかけ始めて……すぐにテオさんの姿がドラゴンに変わったんです」
「いやいやいや……」
そんな事は全く記憶にない!! というか人がドラゴンに変わるとか、ないだろ。
それでも、やっぱりヴォルフも嘘をついている、という事はなさそうだ。
俺はとにかく話の続きを聞こうと促した。
「それで、サイクロプスは……」
「安心しろ、オレが倒した。巨人族の中では弱い方だったな。大したことは無かったぞ!」
テオは胸を張ってそう答えた。
そっか、ちゃんと倒せたならよかった。よかったんだけど……やっぱり意味が分からなすぎる。
そもそも、テオがドラゴンに変わるって何なんだよ。おかしいだろ……!!
「人をドラゴンに変える魔法……なんて、俺使えないんだけど……」
そんな魔法は使えないどころか聞いたことすらない。そう呟くと、テオはとんでもない事を言ってのけた
「まあ人をドラゴンに変えるというか……オレは元々ドラゴンだから元に戻すというのが正しいな」
「…………え、ええぇぇ!!?」
いきなり何を言ってるんだこいつは!!
だが、そのテオの言葉に驚いたのは俺だけではなかった。
何故かヴォルフとリルカまで信じられないといった顔をしていた。
……なんだよお前ら、知ってたんじゃないのかよ!!
「ちょっと待ってください! テオさんが元々ドラゴン……? えぇぇ……?」
「に、人間じゃなかったの……?」
混乱するヴォルフとリルカに対し、テオはくすりと笑った。
「済まない、クリスが起きたらはっきりさせようと思っていてな。あえて詳しい話は控えていたんだ」
「はっきりさせるって、何を……」
そう聞き返すと、テオは真剣な顔をして俺を見据えた。思わずどきりとしてしまう。
まるで自分か何か悪い事をしているような気分になってきた。そんな事はないはずなのに。
「クリス……ヴォルフにリルカも。オレは今から自分の事を包み隠さず話そう。だからお前たちも……」
そこまで言うと、テオは大きく息を吸った。
「……もう、隠し事はなしにしようか」
その言葉を聞いて、リルカは困ったように視線を彷徨わせ、ヴォルフは俯いた。
俺たちが出会ってもう半年以上が経つ。それでも、俺たちはお互いに知らないことだらけだ。
リルカが精霊だってことも、ヴォルフがすごい貴族の家の子供だってことも……テオがドラゴンだなんてことも、俺は何も知らなかった。
いくら親しい間柄でも踏み込まない方がいい領域もある。それは俺たちの間では暗黙の了解だった。
でも、今テオはそれを踏み越えようとしているんだ。
結局は黙っていたヴォルフもリルカも小さく頷いた。
それを確認すると、テオは何かを悟ったような笑みを浮かべた。
「そうだな、言い出したからには……まずは、オレの話をしようか」




