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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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9 破壊の杖

「何で、ドラゴンがっ!?」


 ドラゴンが地上に向かってブレスを吐くと、また城の一部が燃え上がった。

 ……明らかに攻撃されている。でも、何でこんな所にドラゴンがいるんだ!? 

 少なくとも、俺たちが朝出発するときは何の兆候もなかったはずだ!


「ヴォルフリート様、我々は先を急ぎます」

「わかった。僕もすぐに行く」


 何故かこんな状況にも動じずに、兵士たちは落ち着き払っている。彼らはヴォルフにそう告げると、早足に山道を駆け下りてしまった。

 呆然とする俺の所に、ヴォルフがゆっくりと近づいてきた。


「どうしますか、今なら逃げ出せますよ」

「お前、何言って……」


 ヴォルフは気味が悪いほど冷静にそう告げた。

 確かに監視役の兵士たちはどこかに……おそらくは攻撃されている城に行ってしまった。

 今俺たちを咎める者は誰もいない。


「あなたが逃げたいと言うのなら、僕はそれに従います」


 一瞬、逃げる方向へと心が動いた。

 だって、あんなに大きいドラゴンがいて、今は前にドラゴンと戦った時とは違って、テオもレーテもいない。

 まともに戦ったって、俺たちに勝ち目なんてあるわけがない。

 

 でも、あそこにはおそらくまだたくさんの人がいる。

 俺に掃除を押し付けたメイドさん、さっきの兵士達……俺を殺そうとしたグントラムもだ。

 その人たちを見捨てて逃げるのか? 

 それは正しい判断かもしれない。俺が行ったってドラゴンに太刀打ちできるとは思えない。

 ……でも、だからといって一応勇者の仲間の俺たちが尻尾を巻いて逃げるのか!?


「お前はどうなんだよ! 身内も、城の人たちも見捨てて逃げたいのか!?」


 俺は逆にそうヴォルフに問いかけた。

 ヴォルフは俺から目をそらしながら、どこか自信なさそうに呟いた。


「僕は……あなたを無事にテオさんの所に……」


 その顔を見たらわかってしまった。

 やっぱりだ。やっぱり、こいつだって逃げたいなんて思ってないんだ!


「そんな事はどうでもいいんだよ! 大事なのはお前がどうしたいかだろ!?


 俺が逃げだそうとしてるから逃げる? そんなの馬鹿げてる!

 たぶん、ヴォルフは俺以上にあの城の人たちの事はよく知っているだろう。

 そんな人たちを見捨てて逃げれるような奴じゃないのは知ってる。

 だから、俺は後悔して欲しくなかった。

 本当はあそこに残っている人たちを助けたいのに、俺が逃げるから一緒に逃げる、そんな事だけはやめてほしかった。


「せっかく契約に成功したのに、あの叔父さんに何も言わずにいなくなっていいのか!? 一発がつんと言ってやれよ!! もう一人前だって!!」


 ヴォルフははっとしたような顔をした。

 その途端、フェンリルが姿を現した。


「ほら、今は精霊がいるし……もしかしたらドラゴンにも勝てるかもしれないじゃん」


 その言葉に呼応するように、俺の足元にもスコルとハティが現れた。二匹はやる気満々、といった様子で俺の周りをぐるぐると回っている。

 ……こいつらはともかく、フェンリルは中々強い精霊らしいし、ドラゴンを倒すことはできなくても城の人たちが逃げ出す隙を作るくらいならできるかもしれない。


 ヴォルフは俯いていた顔をあげると、しっかりした声で告げた。


「……行きます」

「よし来た!!」


 そうと決まったら急ぐしかない。

 俺たちはさっき兵士たちが下って行った道を急いで追いかけた。



 ◇◇◇



 たどり着いたブライス城は、思っていた以上にひどい有様だった。

 離れていた所にある別棟はまだ無事のようだが、本棟はごうごうと建物自体が燃え盛っている。

 逃げる人、戦う人……地上は混乱状態だった。

 ドラゴンは地上にいる人を見つけ次第ブレスを浴びせているようだった。


「叔父上はどこにいる!?」


 ヴォルフが近くにいた使用人を捕まえてそう聞くと、使用人は震えた手である方向を指差した。


「塔の、所に……」

「…………わかった!!」


 俺が過ごしていた部屋からは見えなかったのだが、城の近くには高い見張り塔が立っている。

 どうやらグントラムはそこにいるようだ。


「……ほぼ壊滅状態ですね。もう長くは持たない」

「なにか策は!?」

「叔父上なら……!」


 俺たちが走っている間にも、ブライス城の兵士たちは果敢に投石器や弓矢で上空のドラゴンへと攻撃を仕掛けていた。

 だが、ドラゴンにはほとんど効いていないようだ。ぐるりと旋回したドラゴンが地上に向かってまたブレスを吐いたのが見えた。

 どうか、あそこにいた人が逃げていますように……俺はそう祈りつつ塔へ向かって走り続けた。



「…………叔父上!!」


 見張り塔は単にドラゴンの攻撃を受けなかったのか、それとも他よりも丈夫な作りなっているのか、燃えもせずにその形を残していた。

 勢いよく扉を開け放し中へ入ると、そこにはグントラムとフリッツと、何人かの兵士たちの姿があった。

 俺たちの姿を認めると、フリッツが驚いたように目を見張った。


「……ふん、わざわざ戻ってきたのか」

「約束通り精霊と……え?」


 勢いよく口を開いたヴォルフが、グントラムの姿を見た途端言葉を失った。

 俺もグントラムの姿に視線を走らせて、そこで気が付いた。


「それ…………」


 グントラムの右手が服越しにも焼けただれているのがはっきりとわかった。

 腕だけじゃない。よく見ると、体中ひどい傷ややけどを負っているようだった。


「なに、やってるんですか……」

「…………ヴォルフリート、精霊を見せてみろ」


 グントラムはフリッツの肩を借りつつ立ち上がると、真正面からヴォルフを睨み付けた。


「……フェンリル」


 呼びかけると、すぐにフェンリルが姿を現す。

 グントラムはその姿をじっと見つめると、にやりと笑った。


「なるほど……そうか……!」


 グントラムはそのまま声をあげて笑い出した。


「あの……回復……」


 彼がひとしきり笑った後そっとそう申し出てみたが、グントラムは俺を制した。


「必要ない……破壊の杖(ヴァナルガンド)を発動させる」


 グントラムがそう言った途端、周囲の者達が一斉に息をのんだ。

 俺は一人だけ状況が分からずにぽかんとしていた。

 何を起動させるって?


「ヴォルフリート、フリッツ。ドラゴンを誘導しろ。他の者は残った者達を退避させろ」

「待ってください!!」


 ヴォルフがいきなりグントラムに掴みかかった。

 その顔には焦りと恐怖が浮かんでいる。


「何言ってるんですか!? 破壊の杖(ヴァナルガンド)を発動させるって……」

「あのドラゴンはかなりの手練れだ。並大抵の手段では殲滅できん」

「……だったら僕が!!」

「お前のような若輩には任せておけん。……ヴォルフリート」


 グントラムがヴォルフの名前を呼ぶと、ヴォルフはびくりと肩を跳ねさせた。


「貴様はもう正式なヴァイセンベルク家の一員なのだろう。ならば、自分の務めを果たせ」


 グントラムがそう言うと、ヴォルフは俯いて黙り込んでしまった。

 数秒の間、誰も、何も言わなかった。


「…………わかりました」


 しばらくして顔をあげたヴォルフは、グントラムを真正面から見据えるとそう告げた。

 グントラムはしっかりと頷くと壁に手をついて立ち上がった。


「……ニーズヘッグ」


 グントラムがそう呟くと、以前見た黒く美しいヘビが姿を現した。

 あの時は気づかなかったが、あのヘビがグントラムが契約する精霊だったようだ。

 黒いヘビは頭を愛しげにグントラムの体にこすり付けた。


「あと少し、付き合ってくれ」


 グントラムは立ち上がると、よろよろと棟の階段を上って行った。

 てっきりフリッツもついて行くのかと思いきや、彼は残っていた兵士たちに指示を出し始めた。


「聞いた通り、生存者を退避させてください。……くれぐれも、ご主人様に恥じぬ働きを」

「……了解いたしました」


 兵士たちはさっと立ち上がると、そのまま塔を出て行ってしまった。

 ぼけっとその様子を見ていた俺は、ヴォルフに強く肩を掴まれて意識を引き戻された。


「……クリスさんも、外の生きている人たちにできるだけ遠くに逃げるようにと伝えて下さい。破壊の杖(ヴァナルガンド)の発動といえばわかりますから。それで……少しでも異変を感じたらすぐに近くの物陰に隠れてください」

「それはいいけど……お前は……?」


 何がなんだかわからないけど、たぶん詳しく聞いている時間はないのだろう。

 ヴォルフは何をするつもりなのかと聞くと、掴まれた肩に痛いほどに力を込められた。


「大丈夫、大丈夫ですから……」


 まるで無理やり絞り出したようなひどい声だった。これはよくない兆候だ。


「……なぁ、俺の目見て大丈夫だって言える? 二人でテオとリルカにまた会うって、約束できるか?」


 俺は少し近づいて真正面からヴォルフと視線を合わせた。

 こいつは落ち着いてるように見えて、割と年相応に感情の変化がわかりやすい。

 こんなに至近距離だったら、嘘をついていればすぐにわかる。


「…………はい」


 ところが、俺の予想に反してヴォルフはしっかりと頷いた。どうやら嘘はついていないようだ。

 だったら、何がそんなに苦しいんだろう。


「ヴォルフリート様、時間がありません」

「……わかった。クリスさん、行ってください」


 二人に促され、俺も急いで塔を離れる。

 少し離れると、ドラゴンが集中的に塔に攻撃を加えはじめたのがわかった。きっと、塔に残った誰かがそう仕向けているんだろう。

 心配だが、今は戻れない。

 

 俺はひたすら残っていた人たちに遠くへ逃げるようにと伝え続けた。

 使用人や兵士はいきなり現れた俺の事を訝しげに見ていたが、「破壊の杖(ヴァナルガンド)」という単語を出すとすぐに血相を変えて遠くへと移動を始めた。

 そうしているうちに、いきなり塔の方から轟音が聞こえた。慌てて振り返ろうとした俺は、近くにいた使用人に物陰に引きずり込まれた。


「死にたいんですか!? すぐに隠れてください!!」


 どうやらそこはドラゴンの攻撃で崩れた建物の陰の様で、使用人は這いつくばりながらきょろきょろとあたりを見回している。


「何か……盾!」


 近くには多くの武器や防具が散乱している。

 使用人は俺に一つ転がっていた盾を手渡すと、自分もその盾で何故か頭をかばうようにしていた。


「早く、あなたもっ!」

「う、うん……」


 俺もよくわからないまま、慌ててしゃがみこんで頭上に盾を持ち上げた。

 使用人のそんな奇行の訳は、すぐにわかった。

 

 まず感じたのは、雪交じりのもの凄い強さの風だった。

 冷たさで体が引きちぎれそうになる。

 ここが物陰でよかった。まともにこんな猛吹雪を浴びたらきっと無事ではいられなかっただろう。

 猛吹雪が止んだと思った瞬間、頭上の盾に何か軽いものが当たったのがわかった。


「…………なに?」


 最初は小石かと思った。でも違った。

 間髪おかず落ちてくるそれは、俺の頭だけでなくあたり一帯に降り注いでいる。

 地面に落ちたその物体は、小さな氷の粒だった。

 みぞれでも降り始めたのか? そう考えた途端、頭に重い衝撃を感じた。


「な、なに!?」

「身を小さくして! できるだけ当たらないように!!」


 使用人から厳しい声が飛ぶ。その言葉に従うように、俺は体全体を守るように身をかがめた。

 幸い俺たちが持っている盾はかなり大きいもので、小柄な人間ならすっぽりと隠れられるくらいの大きさはあった。

 そうじゃなかったら、きっと耐えられなかっただろう。

 

 ガンガンと激しく氷塊の降り注ぐ音が響き渡る。

 俺は盾の下で必死にその衝撃に耐えていた。

 ……なんだこれは。あのフェンリルと戦った時だって、もうちょっと手加減してくれたような気がするのに!

 

 遠くから悲鳴が聞こえた。物陰に隠れるのが遅れた人だろうか。

 ……何もなしにこの氷塊の雨を浴びたら、きっと無事ではいられないだろう。


 随分と長時間氷塊の雨は続いた気がする。

 やがて氷の粒が小さくなり、完全に止んだようだった。

 一緒に耐えていた使用人が盾を置いたので、俺も慌てて盾の下から這い出す。

 そこに広がる光景を見て、俺は絶句した。

 

 辺り一帯、様々な大きさの氷塊が散乱している。

 そして、その向こうには竜が巨体を横たえるようにして倒れていた。その喉元には深々と巨大な氷柱が突き刺さっている。


「……そうだ、ヴォルフ!!」


 ドラゴンも気になるが、今はヴォルフの方が大事だ。

 俺は慌てて塔の方へと走り出した。あそこに残っていたヴォルフ達が心配だ。

 塔に近づくと、塔のすぐそばに傷だらけのヴォルフとフリッツが座り込んでいるのが見えた。


「ヴォルフ!!」


 俺が大声で呼びかけると、ヴォルフはゆっくりと顔をあげた。

 ……よかった、ちゃんと生きてる!


「……無事だったんですね」

「うん、近くにいた人が盾の下に隠れろって……あれ?」


 そこにいたのはヴォルフとフリッツの二人だけだ。

 グントラムはどうしたんだろう。まだ塔の中にいるんだろうか。


「お前の叔父さんは?」


 俺は何気なくそう問いかけた。

 だがその途端、ヴォルフは顔をひきつらせてぎゅっと唇を噛みしめた。


「…………え?」

「叔父上は……」


 ヴォルフは俯いてそう声を絞り出した。その肩が小さく震えている。


「叔父上は…………死にました」


 ヴォルフがそう言った途端、フリッツが悔しそうに顔をそむけた。

 

 だから、それが本当のことだって俺にもわかってしまった。


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