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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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3 脱出

「駄目だって! 逃げたりしたらほんとに殺される!!」


 あの人たちに俺たちの常識は通用しない。見つかった時点で二人ともお終いだろう。

 そう言って止めようとすると、ヴォルフは冷ややかな目を俺に向けてきた。


「どうせここにいても殺されるのは同じですよ」

「……っ!!」


 ずっと考えないようにしていた事を突き付けられて、俺は思わず息をのんだ。

 やっぱりそういう事なんだろう。

 どういう理由でかはわからないけど、今の俺は殺されるのを先延ばしにされているだけなんだ。

 きっとあのご主人様とやらの気分一つで、簡単に殺されてしまうだろう。

 俯いて黙り込んだ俺に気まずくなったのか、ヴォルフは慰めるように俺の肩を叩いた。


「どうせ殺されるなら、逃げ出す可能性を探す方が建設的じゃないですか? 大丈夫。僕は誰にも見つからずにここまで来たので、同じように誰にも見つからずに逃げ出せばいいだけです」

「……でも、どうやって」

「ここから先は僕の指示に従ってください。誰かに見つからないように息をひそめて。それと……生き延びることを最優先に考えてください」


 ヴォルフは真剣にそう告げた。俺もしっかりと頷き返す。

 ここの人たちが何を考えてるかなんて全然知ったことじゃないけど、ただ殺されるのを待つなんてやってられない。ヴォルフが大丈夫って言うのならたぶん大丈夫なんだろう。

 うん、絶対に逃げ出して見せよう!

 ヴォルフは俺が同意したのを確認すると、暖炉のそばの壁の方へと近づいた。

 じっと何もない壁を見つめ、指輪をはめた右手でコンコン、と軽く壁を叩く。

 するとまるで溶け落ちるように壁が消失して、人ひとり通れるくらいの通路が現れた。


「…………は?」

「ほら、ぼやっとしてないで行きますよ」


 ヴォルフに促されて、俺はおそるおそる突然現れた通路へと近づいた。

 真っ暗で良く見えないが、奥の方へと続いているようだ。

 ここに足を踏み入れたら、きっともう後戻りはできない。

 でも、行くしかない。

 俺は覚悟を決めて暗い通路へと一歩足を踏み入れた。



 ◇◇◇



 通路の中は真っ暗で、ほとんど何も見えなかった。

 見つかるのを警戒してか灯りは出すなと言われたので、俺は真っ暗な中をヴォルフの服を掴んでおそるおそる進んでいった。

 ヴォルフは時折立ち止まってあたりの音を聞いているようだ。

 たまに、どこか遠くから足音のような音が聞こえてくる。じっと立ち止まっているとすぐに遠くへ行ったので、きっと城内を歩く人の足音なんだろう。

 どうやらこの通路は城の見えない場所を通っているようだ。

 無言でしばらく通路を進み、とある場所で急にヴォルフは立ち止まって初めて俺に声を掛けた。


「……ここから外になります。くれぐれも見つからないように気を付けてください」

「うん、わかってる」


 俺がそう返すと、急に真っ暗闇の中に小さな光が見えた。光はだんだんと大きさを増していき、すぐに人ひとり分くらいの大きさにまで成長した。

 よく見ると、その光の先は外につながっているようだ。

 まずはヴォルフが外に出て、すぐに俺も後に続いた。

 夜なので薄暗いが、月の光が積もった雪に反射してきらきらと輝いている。

 今まで真っ暗な場所にいたので、その光景が随分と明るく感じた。

 ……ちょっと感動した。

 窓越しじゃなく、ちゃんと外の景色を見るのは久しぶりだ。

 

 振り返ると俺が通っていた通路はもうなくて、ただくすんだ城の壁だけがそこには存在していた。

 ……うーん、今は気にしないことにしよう。

 ヴォルフは慎重にあたりを見回している。でも、誰の姿も見えないし風の音以外は何も聞こえない。

 成功だ。俺たちは誰にも見つからずに外に出るのに成功したんだ!


「やった、外だ!」


 嬉しくてそう声をあげると、ヴォルフに睨まれてしまった。


「まだ油断しないでくださいよ……。すぐ調子に乗るのはあなたの悪い癖ですね」

「お前は堅すぎるんだよ。嬉しいときには喜んでもいいだろ?」

「だからって……っ!!!」


 何か言いかけたヴォルフは、いきなり俺の体を力強く突き飛ばした。

 思いっきり油断していた俺は、勢いよく後ろに倒れ込んでしまう。

 何するんだよ! と言ってやろうとした俺は、目の前の光景に絶句した。

 一瞬前まで俺が立っていた場所には、鋭く、巨大な氷柱が突き刺さっていたのだ。

 あのままあそこにいたら、きっと今頃は氷柱に貫かれてとんでもなくグロい事になっていただろう。


「……やはり現れたか。行動が読みやすすぎるのも考えものだな」


 その時聞こえてきた声に、俺の体がびくりと反応した。

 忘れない、忘れられるわけがない。

 この声は、俺を捕えて殺そうとしたあの「ご主人様」のものだ……!


「ぁ…………なん、で……」


 びくびくしながら声の方向へ視線を向ける。案の定そこにいたのは、あの「ご主人様」と呼ばれていた男だった。

 腕を、首を絞めつけられた時の痛みが、恐怖が蘇り、俺の体は勝手にがくがくと震えだした。

 

 だって、さっきまでは誰もいなかったのに、どうしてよりによって一番ヤバそうな奴に見つかるんだ……!?

 

 見る限りあの男はたった一人でここにいるようだ。

 でも、逃げ切れる気なんて全然しない。恐怖で体が動かない。

 そんな縮こまって震える俺をかばうように、ヴォルフが一歩前に出た。

 そして、聞いたこともないような低い声ではっきりと告げた。


「……どいてもらえませんか。僕たちは出て行きますので」


 俺は焦った。あのご主人様とか呼ばれている男は、俺たちの常識が通用するような相手じゃない。

 下手な挑発なんてしない方がいいに決まってる……!

 だが俺がそう忠告するよりも先に、男はくく……と静かに笑いだした。


「何を言うかと思えば……お前はそんなドブネズミのようにこそこそ動き回って恥ずかしいとは思わないのか?」

「あなたには関係のない事だ。もう僕の目的は達成したので、ここに用はありません」

「ほぉ……」


 男は興味深そうにヴォルフを見ていた。

 そして、その視線がいまだに尻餅をついたままだった俺の方へと向けられる。


「ひっ……!」


 思わず小さく悲鳴を上げると、男ははっきりと俺を指差した。


「その女は我がヴァイセンベルクを嗅ぎまわる密偵だ」

「……違う」

「耄碌したか。お前はいつからそんな腑抜けになった?」

「この人は密偵じゃない。ただ偶然ここに飛ばされただけだ」


 俺はただ固唾をのんで成り行きを見守るしかなかった。

 何だろう、この空気は。あんな怖い人と対峙しているのにヴォルフは一歩も引く様子はないし、あの男も明らかに俺とヴォルフじゃ態度が違う。

 まるで、お互いを知っているような……?


「なんであれ、ヴァイセンベルクに牙をむく可能性のある者を生かしておくわけにはいかん。その女はここで処刑する」

「っ!!」


 男は瞬時に剣を抜くと、その切っ先を俺に向けた。離れていても、殺気がびりびりと伝わってくる。

 俺はまるで凍らされたように動けなかった。

 そして、男が一歩こちらに踏み出した瞬間、


「……っざけんなっ!!!」


 激高したヴォルフが殴りつけるように地面に手を突いた。

 するとそこから細い氷柱が生え、目にもとまらぬ速さで男めがけて、まるで生き物のように伸びて行った。

 男は動かない。目の前に鋭い氷の刃が迫っているというのに、目を瞑ってまるで気に留めてもいないようだ。

 ついには氷柱が男の胸を貫くかと思った瞬間、男は目を開いた。


「……その程度か」


 そう呟き、男は軽く振り払うように手を振った。

 すると、男めがけて一直線に伸びていた氷柱が、更に勢いを増して、まるで跳ね返されたかのように軌道を変えヴォルフの方へと迫ってきた。


「な……」


 ヴォルフも予想外だったのか、驚愕したように目を見開いた。

 次の瞬間、細い氷柱はヴォルフの体を貫いていた。


「え…………?」


 目の前の光景が信じられなかった。

 ヴォルフががくりと膝をつく。その背中からは、赤く染まった氷の刃が突き出ていた。

 俺の見間違いじゃない。氷柱が、ヴォルフの脇腹のあたりをを貫通していた。


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