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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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28 奇妙な訪問者

 

「もう、何でこんなに遠いんだよ……!」


 リルカが目覚めて数日後、俺とヴォルフは錬金術師ルカの家から市街地へと買い出しに出かけていた。

 リルカは長い間眠っていたからなのか、そもそも一から体を作り直したからなのか、まだうまく体が動かせないようだ。

 早く元通りまで動かせるようにとリルカは毎日頑張っているが、俺としてはもう少しゆっくり休んでほしい所だ。

 例え体がうまく動かないままでも、リルカが戻ってきただけで俺は嬉しいんだから。

 あんまり無理はしてほしくはない。


 リルカがいなくなったあの時のことを考えると、今でも心がすっと冷たくなる。

 瘴気の元となっていたあの蜂を倒した後、俺たちは必死にリルカを探し続けた。それでも大学にも市街地にもリルカの姿は見当たらなかった。

 まさかと思い戻った錬金術師ルカの家で、彼は俺たちに向かって黒い袋に入った土や金属の残骸のような物を差し出した。

 何だよこれ、と尋ねた俺に帰ってきたのは、これはリルカの体の残骸だと言う残酷な一言だった。

 俺はその残骸がリルカだなんて信じたくなかったけど、残骸の中から俺とおそろいでつけているブレスレットを見つけてしまったらもう駄目だった。


 正直、その後のことはよく覚えてない。


 散々泣いたり怒ったりしてルカやクロムに当たり散らしたような気がする。

 俺がうるさかったからなのか、彼自身に何らかの考えがあったのかはわからないが、俺が泣いている間にルカは残骸からリルカの体を一から作り直したようだった。

 それでも、しばらくの間リルカは目覚めなかった。

 でも、リルカは帰って来てくれた。

 買い出しに行くのにいちいち時間がかかるのは面倒だが、ルカにはリルカを作り直してくれたということを考えればまあ、雑用ぐらいやってもいいかな……という気分になってくる。

 しばらく歩き続けていると、ずっと黙っていたヴォルフがぽつりと話し出した。


「それにしても、誰だったんでしょうね」

「え、何が?」

「リルカちゃんの体、あの袋にまとめられてルカさんの家の前に置いてあったって言ってたじゃないですか」

「……そうだっけ」


 やばい、覚えてない。

 リルカがもういないと知った後の俺はずっと泣いたり怒ったりしてたからルカの説明なんて全然聞いてなかった。

 でも、その話が本当だとするといったい誰がそんな事をしたんだろう。


「北の海岸に炎上して黒焦げになった船が漂着したって話は覚えてますか?」

「……覚えてない」


 俺がそう答えると、ヴォルフは少し呆れたような目を俺に向けてきた。

 そんな顔されても覚えてないものは仕方ないだろ!


「クロムさんが言ってましたけど、その船の中にはリルカちゃんじゃないホムンクルスの残骸らしきものもあったそうです」

「……リルカもそれに巻き込まれたって事か」

「まだわかりませんけど、その可能性は高いと思います。まあリルカちゃんが落ち着いたら聞いてみればいいですよ」


 目覚めたと言ってもリルカはまだ調子があまり良くないようだ。

 一日の大半は寝ているし、起きていてもどこかぼんやりしているように見えた。

 そんな時に刺激的な話はしづらかったので、俺たちはまだリルカの身に何が起きたのか聞けていないままだ。

 でも、たぶんそんなに急ぐことはないだろう。

 今のリルカに必要なのは休息だ。元気になるまでゆっくり休めばいいさ。


「……それで、クリスさんは何か変わりはないんですか?」


 気が付くとヴォルフが探るような目でこっちを見ていた。


「何かって?」

「あの瘴気の元となっていた魔物はあなたが倒したんですよね? 正直信じられないんですけど」

「うーん……」


 何か失礼な事を言われた気がするけど、怒る気にもならなかった。

 だって、信じられないのは俺も同じだ。


「それがよくわかんないんだよな……」


 確かにあの時俺はよくわからない魔法を使ってあの巨大な蜂を倒した。

 でも、俺は今まであんな魔法は知らなかったし、急に頭の中に浮かんだ魔法をそのまま使っただけなので、自分でも何がなんだかわからないままだ。


「フィオナさんに聞いたらさ、天啓じゃないかって」

「神の啓示、ですか」


 フィオナさん曰く、昔から神様の声を聞くことができる人がごくまれに存在するらしい。

 彼女の考えでは俺もその一人で、危機的状況に才能が開花して神の声を聞いたのではないか、という事だった。


「僕が神様だったらもっと頼りになりそうな人を選びますけどね……」

「……俺もそう思う」


 もしも天啓だとしたら、何であの場にはフィオナさんもいたのにわざわざ俺を選んだんだろう。

 それに、あの時は神様の声が聞こえたと言うよりも自然に体が動いた、という感じだった。

 他に神様の声を聞いたことがある人に会った事が無いのでわからないが、なんか違うような気がする。


「……なんにしろ、テオさんにちゃんと話した方がいいですよ。気にしてるみたいですし」

「やだ。あいつ怖いもん」


 もちろん即答だ。

 リルカがいなくなったことでうやむやになっていたが、俺が蜂を倒した時のテオの反応はどう考えても異常だった。

 褒められるならわかるけど、何であんなに怒っていたんだろう。

 俺は何も悪いことはしてない……はずだ。


「お前だってあいつに肩掴まれながら詰め寄られてみろよ。絶対怖いから!!」

「テオさんだって何か理由があったんじゃないですか? 理不尽にそんなことする人じゃないはずです」

「その理由が思いつかないから困ってるんだって!!」


 あの時は本当に怖かった。だから、まだテオとそのことについて話す勇気は出ない。

 でも、いつまでも先延ばしにできる問題じゃないだろう。


「……わかった、テオと話してみる。でも、その時はお前も近くに居ろよ!?」

「別にいいですけど……っ!?」


 いきなりヴォルフは黙り込むと、強く俺の腕を掴んだ。


「え、なんだよ?」

「…………囲まれてる」


 ヴォルフは真正面を見据えながら、低くそう呟いた。


「はあ?」


 俺はあたりを見回したが、いつもと変わらない森が広がっているだけだ。ひゅう、と強く風が吹き抜ける。

 木の枝がざわざわと揺れ、次の瞬間強い視線を感じた。

 背筋がぞわりと震える。


「な、なに……?」

「下がって」


 言われたとおりに一歩下がると、茂みから、木陰から、何人もの人影が姿を現した。


 それは、奇妙な集団だった。

 頭の先から足元まで緑色のローブを纏い、顔には真っ白な仮面をつけている。

 どうみてもこんな森の中にいるには不自然な集団だ。

 

 ……ほんと何なんだこいつら、フィオナさんが言ってた怪しい魔術結社とかだろうか。

 

 見える範囲だけで五人ほどだろうか。

 不気味な集団は一歩一歩俺たちの方へと近づいてきた。


 謎の集団の視線が突き刺さる。

 がくがくと足が震えるのがわかった。

 自分でも何でこんなに怖いのかわからないが、俺はその不気味な集団が怖くてたまらなかった。

 俺のすぐ前にいたヴォルフは懐から何かを取り出した時、不気味な集団は一斉に地面に跪いた。


「……何なんですか、あなたたちは」


 ヴォルフの問いかけにも奴らは何も答えない。

 ただ一斉に仮面をつけた顔をあげると、まるでタイミングを計っていたかのように声をあげた。


『お迎えに上がりました、我らが聖乙女よ』


 その言葉を聞いた瞬間、頭の奥がずきんと痛んだ。

 奴らが立ち上がったのと同時に、ヴォルフが地面に何かを投げつけたのが見えた。

 一瞬にして周囲が白い煙に包まれる。わけがわからにうちに、俺はヴォルフに手首を掴まれて走り出していた。



 ◇◇◇



 奴らが追ってくる気配はない。俺は茂みの中で膝を抱えて震えていた。

 結局あの後、俺たちは森の中に身をひそめて息を殺している。

 ヴォルフはちらちらと奴らの気配がないかうかがっているようだが、今の所ここは安全なようだ。


「何だったんでしょうね、あの人たち。クリスさんの知り合いですか?」

「し、知り合いなわけないじゃん……! あんな変態集団……」

「でも、あなたの事見て何か言ってたじゃないですか」

「俺じゃないって! お前のことじゃないの!?」

「はあ? 乙女とかなんとか言ってたのに僕のわけないじゃないですか」


 それはそうかもしれないけど、俺にだってあんな謎の集団に心当たりはないのだ。

 それでも、あいつらに近づいたらやばいって事だけはわかる。

 それなのに、ヴォルフは呑気にもここから出て行こうとしていた。


「よく考えたら、単に大学で仮装大会とかやってただけかもしれないですね。だったら謝らないと」


 そのまま茂みから出て行こうとしたヴォルフを俺は全力で引きとめた。


「だ、駄目だって! 絶対あいつらやばい!!」

「そんなに危なそうには見えませんでしたけど……」

「そんなことないっ!! 駄目だから近づくなよ!!」


 そのままヴォルフの腕を引っ張ってずるずると森の奥へと連れて行く。

 あいつらが何なのかなんて全然わからない。でも、あいつらのことを考えると頭がずきずきと痛んだ。

 それが何を意味するのかはわからないけど、今は絶対にあいつらに近づきたくはなかった。

 とにかくあの集団から離れたい。

 焦っていた俺はとにかくヴォルフを森の奥へと引っ張るのに必死で、足元への注意を怠っていた。

 だから、足元が崩れた時もとっさに反応できなかった。


「っ!!?」

「危ない!!」


 ずるりと滑って空中に投げ出された俺の体は、そのまま地面へと落下する直前でヴォルフに腕を掴まれてなんとか事なきを得た。

 どうやらいつのまにか崖際まで来てしまったようで、それに気が付かずに俺は足を踏み外してしまったらしい。

 おそるおそる下をのぞくと、少し下の方にちょろちょろと川が流れているのが見えた。

 この高さなら落ちてもちょっと怪我する程度で済みそうだが、やっぱり痛いのは嫌だ。このまま引き上げてもらおう。


「まったく……反対側の手も掴まれますか?」

「うん……ごめん」


 取りあえず空いていた手を掛けようとした時、俺の耳は遠くではかすかに草を踏みしめるような音を聞いた。

 かさり、かさりとその音は性急にこちらへと近づいてきているようだ。

 

 あいつらだ、あの謎の集団がこちらへと近づいてきてるんだ……!


「き、来てる……来てる!!」

「おい、暴れんな!!」


 急に恐怖感に駆られて、俺は掴まれた腕を滅茶苦茶に振り回した。

 ヴォルフが焦ったように何か言っているが、俺の耳には入らなかった。

 そして、遂には振り回しすぎた反動で俺の手がヴォルフの手から外れた。

 あっ、と思った瞬間にはもう遅い。

 俺の体はもう地面へと落下を始めていた。

 ヴォルフが焦ったように何か叫んだのが見える。

 

 俺に向かって伸ばされた指にはめられた指輪が、きらりと光ったような気がした。


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