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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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27 おかえりなさい

『……ルカ、リルカ……』


 誰かの声が聞こえる。その声に応えようと、リルカはそっと重い瞼を開いた。


『私の声が聞こえますか?』


 目を開けると、すぐ目の前には精霊の「母」がいた。

 よく見ると、ここはあの精霊たちが集う小高い丘のようだ。


 ぼんやりとしていたリルカだったが、すぐに今の状況を思い出した。

 そうだ! 自分はホムンクルスの集団と戦って、それから……どうなったのだろう?

 思わず足元を確認して、リルカはひどくショックを受けた。

 

 そこには、あるはずの足がなかった。

 足だけではない。手も、胴体も、リルカの体は何もなかったのだ。


『あ、あれ……』


 リルカは自分の顔を触ろうとしたが、そもそも触ろうとする手がなかった。

 不思議と自分という存在がここにいるのはわかるのだが、実体としての体がないのだ。

 そう考えて、やっと意識を失う直前の事を思い出した。

 リルカは赤髪のホムンクルスを倒すために、自分の核ごと自分の体を破壊した。

 その後、自分や周りのホムンクルス達の体がぼろぼろと崩れ出して、そして……


『リルカ、死んじゃったんだね……』


 そう呟くと、目の前の母は悲しげに首を振った。


『今のあなたの状態を死んだと称してよいのかどうかはわかりませんが、あなたの体が無くなったは事実です』

『そっか……』


 リルカはもともと精霊だ。

 体が無くなっても実体のないエーテル体として存在はできるが、もう人間と同じようにはできないだろう。

 あの場で魂ごと完全に死ぬことも可能性として考えていたので、それに比べればだいぶ救われたと言ってもいいだろう。


 でも、無性に悲しかった。

 ごく一部をのぞいて、人は精霊を感知することができない。

 今までも、リルカには精霊が見えているのにクリスたちは何も気づいていない、という事が何度もあった。

 きっと今、リルカが声を掛けても誰もリルカには気づかないだろう。

 もう、前と同じように話したり、遊んだりすることなんてできないんだろう。

 そう思うと、どうしようもなく悲しかった。

 リルカが落ち込んだのに気が付いたのか、周囲の精霊たちが声を掛けてきた。


『そ、そうだ! 島の様子を見に行ってみない?』

『もう嫌な空気も無くなって前と同じに戻ったんだよ!!』


 嫌な空気、というのは瘴気のことだろうか。

 それがなくなったという事は、とにかく島に起こっていた異変は収まったという事なんだろう。

 リルカは精霊のきょうだい達に連れられるまま、風に乗って飛び始めた。

 体がないので風に乗るのなんて簡単だ。とても心地良いはずなのに、こうなると地面を歩く感覚が懐かしくてしょうがなかった。

 ぼんやりと風に乗っていると、不意に見覚えのある建物に気が付いた。


『あそこ……』


 そこは、錬金術師ルカの家だった。ふらふらと引き寄せられるように窓に近づき、中を覗き込む。

 そこに見覚えのある人影を見つけて、リルカは思わず窓に張り付いた。

 部屋の中では、クリスが机に突っ伏して泣いていた。そこにタオルを差し出そうとしているクロムもぼろぼろと涙を流している。

 部屋の隅ではテオが壁に背を預け、険しい顔をして立っていた。ヴォルフとフィオナは憔悴した様子でソファに座っている。


『みんな、無事だったんだ……!』


 リルカは嬉しくなって窓越しに呼びかけた。しかし、誰も反応しない。

 何回も何回も声を掛け、やっとリルカは気づいた。

 そうだ、今の自分は実体のない精霊なんだ。声なんて届くはずがない。

 ……わかっていたはずだった。

 だが、実際に目に見える場所にみんながいるのに、少し前まで自分もあそこにいたのに、今は何も届かない。自分の存在に気づいてもらう事すらできない。

 そんな状況に遭遇すると、覚悟していた以上の衝撃だった。


『リルカ……』


 周囲の精霊たちが心配そうに声を掛けてきたが、リルカは何も答えることができなかった。


『悲しいですか?』


 いつの間にやって来たのか、精霊たちの母がリルカにそう問いかけた。

 リルカが何も答えずにいると、彼女は困ったように笑った。


『あなたは愛しい私の子。元の場所に戻っただけです。何が悲しいと言うのですか』


 彼女の言う事は正しい。

 元々リルカは精霊で、何かの間違いでホムンクルスの体に入ってしまったこと自体がおかしかったのだ。

 もうみんなと話すことはできないけれど、リルカには精霊の母が、きょうだいが、家族がいる。

 きっとこれからも一人で寂しい思いをすることはないだろう。

 だが、それでは何も解決していない。


『まだ、何もできていないんです……』


 半分操られていた状態だったとはいえ、リルカは罪のないたくさんの人にひどい事をした。

 テオに助けられ、恩返しと罪滅ぼしをしたいと思った。


 テオのような勇者になりたかった。

 勇者になって、たくさんの人を救う事が出来れば自分のしてしまった事も許されるのではないか。

 そう思って今までやってきた。

 でも、それももう終わりだ。まだ何もできていない。

 何もかも中途半端な状態で、リルカの道は閉ざされてしまった。

 自分で決めたこととはいえ、どうしようもなく悲しかった。

 だって、今までのお礼もお別れの言葉すら言えてない。

 もう、何を言っても届かないのだ。


『……人と共に過ごした場所に、戻りたいと思いますか?』


 幾分か硬い声色で、母はリルカに問いかけた。

 もうどうしようもないのだ。無理な事を言って彼女やきょうだいを困らせるべきではない。

 そうわかっていても、リルカはぽろりと口に出していた。


『戻りたい……、みんなの所に、帰りたいっ……!』


 一度口に出すと、もう止まらなかった。

 きっと体があったらぼろぼろとみっともなく泣いていただろう。

 母も呆れてしまったかもしれない。

 そう思っていたが、次にかけられた声はひどく優しいものだった。


『……それなら、お行きなさい』

『え……?』


 母の声が聞こえたと同時に強い風が吹き付け、リルカは思いっきり吹き飛ばされた。


『うわぁぁぁ!!?』


 上に、横に、下に……めちゃくちゃに吹き飛ばされ、不意に何かに吸い込まれるように強い力で、どこかに突き落とされるような感覚に陥った。


「うぅ……」


 体が重い。まるで泥の中に埋まっているようだ。

 なんとか重い瞼を開けると、目の前には驚愕した様子の男が立っていた。


「なっ……! お前っ……!?」

「はい……?」


 思わず返事をしてしまってから気が付いた。

 この男は錬金術師ルカだ。

 何故彼が目の前にいるのだろう。何をそんなに驚いているんだろう。

 体を起こそうとして、リルカは倒れ込んだ。

 体中が重い。手も足も何かに戒められているかのように動かすのが億劫だ。

 

 …………手と足?

 

 リルカはおそるおそる視線を下に向けた。

 ほっそりとした白い腕が見え、力を込めると、その腕がリルカの思った通りに動いた。こわごわ足を動かそうとすると、確かに足元でぱたぱたと足がぶつかる音がした。

 

 …………体が、ある。


 そう気づいた途端、がちゃりと部屋の扉が開く音がした。


「うえぇ、せんせぇ……。やっぱり何も変わりは……えっ!?」


 ぐずぐずと泣きながら部屋へと入ってきたのはクロムだった。

 彼の視線がルカを捕え、次にリルカに移った。

 しばしリルカとクロムは無言で見つめあう。先に動いたのはクロムだった。


「うわああぁぁぁぁ!!? 生きてる、生きてる!!?」

「うっせーんだよっ!!!」


 クロムの叫びに呼応するように、半開きだった部屋の扉がものすごい音を立てて蹴り開けられた。


「なんだよそれ!! エルフ式の冗談なのか!? つまんないんだよ!! だいたい元はと言えばお前らがリルカに……、え……?」


 わめきちらしながら部屋へと入ってきたのはクリスだった。どれだけ泣いたのか、目のあたりが赤く腫れていた。

 クリスは起き上がろうとするリルカを見つけると、大きく目を見開いた。

 そして、信じられないとでも言いたげに呆然と呟いた。


「…………リルカ?」

「うん、そうだよ」


 リルカが頷くと、クリスは数秒固まった後、すごい勢いでリルカの方へ向かって突進してきた。


「うわぁ!?」


 そのまま、起き上がろうとした体ごとベッドに押さえつけられる。

 何事かと顔をあげたリルカの目に入ったのは、リルカにぎゅうぎゅうと抱き着きながら涙を流すクリスの姿だった。


「う、うわぁぁぁん!!! リルカぁぁぁぁ!!!」


 力強くクリスに抱き着かれて、リルカはおそるおそるクリスの背に手を回した。温かな体温が体全体に伝わってくる。

 どうしてこうなったのかは全くわからないが、今のリルカは前と同じように体を持っているようだった。

 人に触れることができる、言葉を交わすことができる、存在を確かめることができる。

 ぎゅっと胸の奥が熱くなる。リルカも知らず知らずのうちにクリスの体にしがみついていた。


「リ、リルカちゃん……?」

「あんたっ……起きるのが遅いのよ! 心配させて!!」


 クリスの声を聞きつけたのか、ヴォルフとフィオナもやって来た。

 よかった、二人にもリルカの姿が見えているようだ。


「……戻ってきたんだな」


 二人の後ろから、テオが顔を覗かせた。

 リルカの姿を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにテオは優しく笑った。


「おかえり、リルカ」


 その声を聞いて、リルカはやっと実感した。

 そうだ、自分は戻ってこれたんだ。迎えてくれる人がいる場所、大好きなこの場所に。

 だから、自信を持って言う事が出来た。


「うん……ただいまっ!!」


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