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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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23 第一級反逆者

「ここは……?」


 大学内をどんどん人気がない方へと進んで、俺たちは木立の中に隠れたぼろぼろの教会のような建物の前にたどり着いた。

 このあたりまで来ると、さすがの俺にも雰囲気……というか空気が異常なことがわかる。

 特に目の前の建物からはヤバそうな気配がダダ漏れだ。

 フィオナさんの顔色もなんかもう青白いを通り越して真っ白だ。

 退くわけにはいかない、と言っていたけど大丈夫なんだろうか。正直心配だ。


「あの……ほんとに大丈夫ですか?」


 おそるおそるそう尋ねると、フィオナさんは手で口元を隠しながら俯いている。


「平気……とは言えないわ。……すぐにでもここから立ち去りたいくらいには気分が悪いわね」

「また、治癒魔法かけますね」


 手早く治癒魔法をかけると、フィオナさんはそっと詰めていた息を吐き出した。

 多少は効果があったようだ。


「……あんたたちは何で平気なのよ。おかしいわ……」


 フィオナさんは恨めしそうに俺とテオに視線を向けた。


「何でって言われても……」


 俺とテオは思わず顔を見合わせた。テオはまったくいつもと変わりがなさそうに見える。瘴気なんてどこ吹く風だ。

 そういう俺も、何となく危ない空気だな……ということはわかるのだが人がばたばた倒れるほどの異常というのはよくわからない。

 言ってしまえば、全然平気なんだ。それが何故かはわからないけど。


「何でなんでしょうね」

「ほんとに気楽ね……!」


 フィオナさんはイラついたように地面を踏みつけると、ずんずんと朽ちかけた教会の方へと歩き出した。


「気がついてないなら言っておくけど、おそらくここが発生源よ!!」

「発生源って……」

「瘴気がここから出てるってことよ! ものすごく危険なの、逃げるなら今のうちよ?」


 フィオナさんはそう言って挑発でもするように笑った。そんな風に言われても、残念ながら俺にここから逃げるという選択肢はなかった。俺が動かないのを見ると、フィオナさんはそっと教会の扉へと手を掛けたが、すぐにテオに制止された。


「待て、オレが開ける」


 テオが低くそう告げると、フィオナさんは黙って頷き一歩後ろに引いた。

 テオがゆっくりと扉を押すと、ぎぎぎ……と重い音を立てて、扉が開いた。

 その扉の向こうの光景が目に入った途端、俺はおもわず息をのんだ。


「な、なんだよこれ……」


 教会の中には天井や壁から無数の黒い糸が伸びて絡まりあっており、その中心にやたらとでかい黒い繭のような物体がつり下げられている。

 しかもよく見ればその繭は微妙にもぞもぞと動いている。

 もの凄く生理的嫌悪感を呼び起こす物体だ……。

 駄目だ、最高に気持ちが悪い。


「見ろ、ゲートが開いている」


 テオの指差す方を見れば、確かに黒い繭の向こうに大き目のゲートが開いており、そこから小型の魔物が這い出しているのが見えた。

 やっぱり魔物の世界、奈落アビスに通じているようだ。


「確かゲートの近くには瘴気が溜まるんだっけ」


 俺は前にテオに聞いた話を思い出した。

 ゲートが開いて魔物の世界である奈落アビスへの通路ができると、そこから瘴気という悪い気が発生して、なにやらいろいろとよくない影響がある、みたいな話だった。

 すると、今回の大学での異変もこのゲートが開いたのが原因だという事なんだろうか。


「でも、このゲートはそんな異常事態を引き起こすほどのものには見えないわ。おそらくは……」


 フィオナさんはそう呟くと、いまだにもぞもぞと動いている繭へと視線をやった。


「この気持ち悪い物体が何らかの作用を及ぼしているのかもしれないわ。例えば、長時間この物体に瘴気を溜めて、それを一気に放出するとか……」


 フィオナさんがそう言った途端、突然俺たちの頭上で不快な笑い声が響いた。


「な、何だ!?」


 慌てて声の方へ視線を向けて、俺は驚いた。

 教会の屋根近く。今にも崩れ落ちそうな柱の上に黒っぽいローブを纏った一人の男が腰掛けていた。いつからいたのだろう。入って来た時には気がつかなかった……!


「さすがはアルスター家の姫君。ご明察ですね」


 馬鹿にしたようにそれだけ言うと、男はひらりと柱から身を躍らせた。そして、結構な高さがあったのにもかかわらずまるで猫のように軽やかに着地した。

 その拍子にフードがめくれ、男の顔があらわになる。


「あ、あぁー! お前!!」


 長い耳、鮮やかな金色の髪。それに冷たそうに見えるその顔に俺は見覚えがあった。

 そうだ、あれはたしかドワーフの町の地下で、いきなり俺たちの方へ爆弾らしきものを投げつけてきた奴だ! 

 そのおかげで俺はうっかり死にそうになったんだ!!


「お前誰なんだよ! 何で俺たちにあんなことしたんだよ!!」


 俺は男に向かってそう叫んだが、男はちらりと俺を一瞥したのみでまたフィオナさんに視線を戻した。

 対するフィオナさんは、冷たい視線で男を睨んでいる。

 男の出現に動揺している、という訳ではなさそうだ。


「……ベルファス・クロウ。生きていたのね」


 フィオナさんがそう呟いたのを聞いて、男はにやりと挑発的な笑みを浮かべた。


「覚えていてくださったとは光栄です」

「えぇ、忘れるわけがないわ。邪教徒に加担して国家転覆を図った第一級反逆者の存在なんてね……!」


 フィオナさんは憎悪のこもった瞳で男を睨み付けた。


「あ、あの……こいつは……?」


 俺が恐る恐るそう尋ねると、フィオナさんは男から視線を外さないまま教えてくれた。


「……十年前にここが襲撃を受けたことは知ってるわよね。こいつはベルファス・クロウといってその時の主犯格よ。騒動に紛れて死んだといわれていたけど、やっぱり生きていたのね」


 うーん、全部理解できたわけじゃないけど、目の前の男がすごい危険人物だって事はわかった。

 さっきフィオナさんの言った事が当たっているとしたら、今魔物と瘴気をまき散らしているのもこいつなんだろう。


「どうする。ここで捕まえた方がいいのか」


 テオが大剣を構えながらそう尋ねた。

 フィオナさんもいつもの球を取り出すと、冷静に答えた。


「ええ……殺しても構わないわ。とにかく、こいつが逃げ出すことが無いようにして頂戴」


 俺はフィオナさんの口から殺しても構わない、なんて言葉が出て来たのに驚いたが、テオは彼女がそう言うのを予測していたかのように冷静だった。


「やれるなら、やってみればいいさ……!」


 二人が臨戦態勢に入ったのを見て、ベルファスは狂ったように笑い出した。

 それが合図だったかのように、テオがものすごい速さでベルファスの方へと走り出した。

 対するベルファスは、テオが見えているはずなのににやにやと笑いながら突っ立ったままだ。

 特に慌てる様子も、構える様子もない。

 嫌な予感がする。俺も思わず杖を構えた。そしてテオの剣の切っ先がベルファスの所へ到達する直前、突如現れた巨大な盾がテオの攻撃を阻んだ。

 そして次の瞬間、横から飛び出てきた影を避けるために、テオが後ろへと飛びのいた。


「ちっ、やはりいやがったか……!」


 テオが苦々しくそう吐き捨てた。

 テオの攻撃を阻んだ盾、横から躍り出てきた影。なんとなく、俺にも予想はついていた。


「ホムンクルス……」


 俺がそう呟くと、フィオナさんは驚いたように目を見張った。


「ホムンクルス!? まさか、あの子供が!?」


 テオに攻撃を仕掛けた影が立ち上がる。

 その姿は身の丈に合わない巨大な槍を構えた子供だった。

 それと同時に、テオの攻撃を阻んだ巨大な盾が軽々と持ち上がる。

 その下から現れたのも、巨大な盾よりも小さな子供だった。

 二人とも整った顔をしてはいるが、生気を感じさせない表情をしている。


 ドワーフの町の地下の時は、ホムンクルスを倒した直後にこの男が現れた。

 錬金術師ルカは十年前の襲撃でホムンクルスであるリルカとその技術を奪われたと言っていた。

 そして、目の前の男は十年前の襲撃の主犯格だという。

 きっとこの男がルカからホムンクルスを盗んで、各地でホムンクルスを操って騒動を起こしている張本人なんだ……!


「フィオナ、ホムンクルスは手強い。油断するな。それと……情けは掛けるなよ」


 テオは再び剣を構えると、静かにそう告げた。隣にいたフィオナさんが息をのむのが分かった。


「……わかったわ」


 そう答えた声は、少し震えていた。

 気持ちはわかる。相手は子供の姿をしてるんだ。攻撃するのにも躊躇するだろう。

 俺も、リルカがホムンクルスだと言われた後では目の前のホムンクルスを傷つけるのに少し戸惑いが生まれてしまう。

 目の前のホムンクルスとリルカは同じ存在だ。

 もし、何かが違っていたら俺たちと一緒にいるのはリルカではなく目の前の子供だったかもしれない……。


「……そんな事、言ってられないよな」


 起こってしまった事がすべてだ。

 どんな可能性があったにせよ、ずっと俺たちと一緒にいたのはリルカで、目の前のホムンクルスはこの大学を、ひいては国を、世界を脅かす存在なんだ。

 俺はここの人たちを守らなければならない。その為には、目の前の敵を排除する必要がある、それだけだ。

 きっと、さっきのテオの情けを掛けるなという言葉は、フィオナさんだけではなく俺にも向けられた言葉だ。

 たぶん、この場で俺にできることなんてそんなにないだろう。

 でも、覚悟だけはしておかないとな……!


 俺はあらためて杖を握りなおすと、目の前の敵を見据えた。


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