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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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22 ホムンクルス軍団

「はぁ、はぁ……!」


 自分の母だという精霊と別れ、リルカは必死で森の中を走っていた。

 遠目にしか見えなかったけど、大学の方で何かがあったのは間違いない。

 あそこにはフィオナがいる。それに、異変に気が付いたならきっとテオ達もあそこへ行っているはずだ。

 もし彼らに何かあったら……嫌な想像ばかりがリルカの頭の中によぎった。


『遅いなぁ、もっと早く走れないの?』


 ふと耳元でそう声がした。

 どうやらリルカのきょうだいである精霊が何体かついて来てしまったようだ。


「このっ……体はっ、そんなに早く……走れないの!!」


 実態があやふやな精霊と違い、リルカは人間に似せて作られたホムンクルスの体を持っている。

 まわりの精霊のように縦横無尽に空を飛びまわったりという事は出来ないのだ。

 どうやらさっき空を飛べたのはあの「母」の力が強く作用する領域だったから特別にできた事らしい。

 今はどんなに頑張ってもリルカの体は人間と同じようにしか動かない。

 ここで空を飛べたらすぐにでも戻れるのに、とリルカは頭の中で吐き捨てた。

 必死に足を動かし続けていると、唐突に森を抜けた。そして、リルカはすぐにそこがよく知っている場所だという事に気が付いた。


「リ、リルカ!?」


 思わず立ち止まると、急に声を掛けられた。

 その声に思わずびくっとリルカの肩が跳ねる。


「クロムさん……」


 リルカが今立っているのは錬金術師ルカの家の裏手だった。

 家から出て来たのか、驚いた様子のクロムがすぐ近くに立っていた。そして、その後ろにはリルカの生みの親である錬金術師ルカの姿もあった。

 過去の記憶を少し取り戻したばかりのリルカの胸を奇妙な懐かしさが締め付ける。


 そうだ、自分はここでこの人たちと暮らしていたんだ。


 二人の顔を見ると、よりその事実が実感できた。

 だが、錬金術師ルカはリルカを解体しようとしている。

 ホムンクルスが悪用されれば危険な兵器にもなりうるからだ。

 実際に、リルカも過去に自分とは別のホムンクルスと戦ったことがある。その危険性は理解しているつもりだ。

 それでも、今この瞬間にルカの言いなりになるわけにはいかなかった。


「あ、あの……解体するのもう少し待ってくださっ! ごほっ、けほっ!!」


 必死にルカに伝えようとした言葉は、思わず咳き込んでしまって最後まで伝える事が出来なかった。

 当たり前だ、だって自分はさっきまで全力疾走していたんだから。息だって切れるに決まっている。

 ああ、こうしている間にも解体されたらどうしよう……。

 そう思って顔をあげたリルカの目に入ったのは意外な光景だった。


「だ、大丈夫!? ほら先生! お水持ってきてください!!」


 すぐにクロムが近づいてきて背中をさすってくれた。

 その後ろでうろたえていたルカはクロムの言葉にはっとしたように家の中へと入って行った。

 そのまま膝をついてげほげほとせき込んでいると、目の前に水がなみなみと入ったコップが差し出された。


「おい、飲め」


 おそるおそる顔をあげると、不機嫌そうな顔をしたルカと目があった。

 飲め、というのはこの水のことだろうか。だが、さっきまでリルカを解体しようとしていた男が何故水を差しだす必要がある?

 リルカが混乱していると、何を勘違いしたのかルカがちっと舌打ちした。


「別に変なモノは入れてねぇよ。ただの水だ」


 ずい、と口元までコップを押し付けられたので、おそるおそるその中身を口に含む。

 ……なんてことない、ただの水だ。

 全力疾走して息が切れた体にはただの水が非常に美味しく感じられた。


「あ、あの……ありがとう、ございます」

「ふん……」


 リルカが礼を言うとルカはそっぽを向いたが、コップだけはリルカの手から受け取ってくれた。

 息が整うと、やっと冷静に周囲の様子を見る余裕が生まれた。

 ここにいるのはルカとクロムの二人だけのようだ。テオ達の姿は見えない。


「あの……テオさんたちは……」

「大学の方へ行ったよ。向こうで何かあったみたい」


 クロムが心配そうに大学の方向へ視線をやった。

 ここからだと木々に阻まれて建物の姿は見えないが、それでも天高く立ち上る煙だけはここでも確認することができた。


「リルカも行きます。だから、リルカを解体するならこの事態が落ち着いた後にしてください」


 今度ははっきりと最後まで言う事が出来た。

 リルカの言葉を聞いてクロムは驚いたように目を見張ったが、ルカは少し眉をしかめただけだった。


「……ホムンクルスは危険な存在だ」

「わかってます、これはリルカの自己満足です。でも……最後くらいみんなの役に立ちたい」


 ホムンクルスが危険な存在、そんなことはリルカにもわかってる。

 だから、これはリルカのわがままだ。

 今まで皆に迷惑ばかりかけていたのでせめてもの恩返しをしたい。ホムンクルスの力が危険だというのなら、その力を敵にぶつければきっとできることもあるはずだ。

 今は時間が惜しい。

 リルカはルカの返事を待たずに立ち上がった。ルカは何も言わない。

 リルカはそのまま大学の方向へと走り出そうとした。

 だが、その瞬間ついてきた精霊の一人が騒ぎ始めたのだ。


『あっちの海、変な船がいる!! なんか嫌な感じの……』

「え……?」


 精霊が示した方向は、大学のある南とは正反対の北の方角だった。

 たしかあっちの方はずっと森が広がっていて、港どころか町すらもなかったはずだ。

 そんなところにどうして船がくるのだろう。

 大学から連絡を受けてやって来た救援にしては時間が早すぎるし、何よりもわざわざ島の北側に接近するのは不自然だ。まるで人目を避けているように……。

 リルカの胸がざわめいた。何もなければいい。ただの普通の船で、異変を避けて北側に着岸しようとしているものならそれでいいのだ。

 

 ただ、もし普通の船では無かったら……。

 

 迷ったのは一瞬だ。すぐにリルカは島の北岸へ向かうことに決めた。

 大学にはテオ達が行っているはずだ。ならば大丈夫だろう。


「テオさんたちに会ったら、リルカは北に向かったと伝えてください!」


 二人にそう言うと、返事は聞かずに駆け出した。リルカの横を、精霊のきょうだいたちもついて来る。

 大丈夫、一人じゃない。



 ◇◇◇



 再び森の中を走って、走って……リルカはやっとの思いで北岸近くの丘まで辿り着いた。


『ほら、あそこ! もう近くにいる!!』

「ほんとだ……」


 精霊の言った通り、北岸近くの浅瀬には簡素な船がこちらにむかって接近しているのが見えた。

 そして、その船上の影を見てリルカは息をのんだ。


「まさか、ホムンクルス……?」


 船には、リルカと同じくらいの年ごろの子供が数人乗っているようだった。

 奇抜の色の髪、どこか生気のない顔……以前フォルスウォッチの地下に現れた不気味な子供にそっくりだ。

 もしもあの子供たちが本物のホムンクルスだとしたら……非常に危ない。

 何せ、彼らは一人一人がテオと互角に戦えるだけの力を持っているのだ。

 リルカ一人ではどこまで足止めできるかわからないし、上陸されて大学の方へ行かれたら厄介だ。


「陸に上がる前に何とかしないと……」

『なになに? 船に乗りたいの?』

「船……でも、この距離じゃ……」


 近づいてきているといっても、まだ船は岸からは遠く離れた所を漂っている。

 もう少し近づけば魔法を使って飛んでいくこともできそうだが、そうなったら彼らを止めきる前に陸に上がられてしまうかもしれない。

 もしも散り散りに逃げられでもしたらリルカでは止められない。

 

 何体ものホムンクルスが島に解き放たれるような事態になれば、それこそ大パニックが起こるだろう……!


「どうすれば……」

『なんだ。船に乗るだけなら簡単だよ』


 そう楽しそうな声がしたかと思うと、次の瞬間リルカの体は宙に浮いていた。


「え、え…………えぇ? きゃあぁぁぁ!!」

『それいけー!!!』


 楽しそうな精霊の声と共に、リルカの体は空を飛んでいた。

 風に吹き飛ばされるようにしてリルカの体は海の方へと流されていく。そして、今度はふわりと下におろされた。


『ほら、着いたよ』

「え? あ……」


 咄嗟に目を瞑っていたのでわからなかったが、リルカが降り立ったのは件の船の上だった。

 そう気づいた途端、鋭い視線を感じた。

 顔を上げれば、いくつもの瞳がじっとリルカを見つめているのがわかった。

 乗っていたのはやっぱりホムンクルスだったようだ。

 何人ものホムンクルスの空虚な瞳が、突然現れたリルカを捕えていた。


「あ、あの……えっと……」


 まさかいきなり敵地に放り込まれるとは思わなかった。

 おかげで何の準備も心構えもできていない。

 あたふたするリルカを尻目に、ホムンクルス達の行動は迅速だった。


「標的確認。戦闘を開始します」

「や、やっぱりぃ……!」


 こうなったら仕方がない。

 リルカも対抗するように素早く杖を構えた。


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