21 王族の誇り
大学内には魔物が溢れていた。これはどう考えても自然発生じゃ無い。
誰かが、故意に魔物を放ったんだ。そうに違いない!
それに、俺にはよくわからないがどうやら瘴気という良くない気も漂っているらしい。
「瘴気や魔物がこんなに出てくるなんて考えられないわ。どこかに糸を引いている奴がいるはずよ……」
少し顔色の悪いフィオナさんがそう呟いた。その考えに俺も同意だ。
誰かが糸を引いている。きっとあのドラゴンが現れたラヴィーナの街と同じなんだろう。
俺は思わず空を見上げた。空は雲一つなく青く澄み渡っている。
……いきなりドラゴンが現れる、なんて事は今のところなさそうだ。でも、油断はできない。
「これだけの数の魔物がいる以上、どこかに門が開いていると考えるのが自然だろう。まずはそれを壊すぞ」
テオは大剣を構えながらそう言った。なるほど、確かにそれは一理あるかもしれない。
でも、俺には気がかりがあった。
「ここの人たち、助けなくて大丈夫か……?」
魔物たちの中には、さっきの蜘蛛みたいなヤバそうなのも混じっている。
放置しておいたらやっぱりまずいだろう。
「数が多すぎる。一体一体倒していくよりも、先に大本を絶った方が犠牲は少なく済むだろう」
「犠牲……」
テオの口からそんな言葉が出てきて俺は思わず押し黙った。
そんなことは当然だ。これだけの魔物がいて、すべての人が無事に……なんてどう考えても無理だろう。
頭ではわかっていた。わかっていたけど、実際に言葉にされるとその事実は俺の心に重くのしかかってきた。
勇者だって万能じゃない。こんな状況ですべての人を救うなんて無理に決まってる。
それでも、俺は悔しいというか……なんというか少しショックを受けた。
そんな俺の心中を推し量ったかのように、フィオナさんが後ろからぽん、と軽く俺の肩を叩いた。
「ここにいるのは腐っても魔術師よ、魔物相手でもある程度なら太刀打ちできるはずよ」
それを聞いて、俺は少しだけ安心した。
確かに、フィオナさんは並の魔物なら蹴散らせるくらい強力な魔法道具を所持している。他の魔術師にも同じような人だっているんだろう。
もしかしたら俺を安心させるためについた嘘なのかもしれないが、それでも今はずっとここで立ち止まっているわけにはいかないんだ。
俺は気合を入れなおすとテオに声を掛けた。
「門の場所の心当たりは?」
「今のところ思い当たる場所はないな。ただ、門を通って魔物がこちらの世界にやって来ることを考えれば魔物の多い方へと進んでいけばたどり着けるはずだ」
テオが珍しくまともな事を言ったので俺は驚いた。
ただの脳筋野郎かと思ったけど、こいつも結構真面目に考えてるんだな。ちょっとだけ見直したぞ。
「そうと決まったら行くわよ!」
「あ、ちょっと! 危険ですって!!」
焦れたようにフィオナさんが走り出したので、俺とテオも慌ててその後を追った。
◇◇◇
魔物を蹴散らしながら大学内を走る。フィオナさんが言った通り魔物に応戦している人の姿も見たが、瘴気の影響がぐったりと倒れている人も多い。
フィオナさんは右往左往する人に負傷者を建物の中に運び込むように指示すると、いらいらしたように唇をかんだ。
「まったく、どこの誰だか知らないけどとんでもない事をしでかしてくれたわね……」
「十年ほど前にも過激派の襲撃を受けたらしいじゃないか。まあ、お前がその当時ここにいたのかどうかは知らんが」
飛び掛かって来た魔物を袈裟切りにしながら、テオは何気なくそう言った。
その途端に、フィオナさんはタガが外れたように大声を出した。
「そうよ、ずっと前から何も変わってないわ! 警備を厳重にしたって言っても見かけだけ!! 危機感のない奴らばっかりなんだから!」
フィオナさんはそう叫ぶと、いら立ちをぶつけるかのように集まっていた魔物の群れに球型の魔法道具をぶち込んだ。爆発音とともに魔物たちが宙へと舞い上がる。
俺はその光景を横目で見つつ、ぐったりと座り込んだ人に治癒魔法をかけていた。
見たところ怪我をしているわけではなさそうだ。となると瘴気の影響だろう。
瘴気で弱った人に治癒魔法が聞くのかどうかはわからなかったけど、試しに治癒魔法をかけると立ち上がれる程度まで回復したようだ。よかったよかった。
「ありがとうございます……」
「外はこんな状態ですし、たぶん建物の中の方が安全だと思いますよ」
「はい……」
俺が治癒魔法をかけた人はよろよろと立ち上がるとそのまま近くの建物に入って行った。後はあの建物が魔物に襲われないように祈るだけだ。
それにしても、と俺はちらりとフィオナさんを振り返った。
さっきの言い方だと彼女も十年前の襲撃の事をよく知っているようだった。きっと当時もここにいたんだろう。
見た目通りの年齢じゃないという事は聞いていたけど、あらためて考えるとちょっとびっくりだ。
「む、あっちの方が魔物が多いな。行くぞ」
「ちょっと! 待ちなさいよ!!」
急に走り出したテオの後をフィオナさんが追いかける。
俺も二人を見失わないように慌ててついて行った。
進むにつれて段々と魔物の数が多くなってきている気がする。それに、フィオナさんの顔色もどんどん悪くなっている。
「おい、無理はするな。おまえは戻れ」
「ふざけないで。あなたたちだけに任せておけないわ……!」
フィオナさんは気丈にそう言い放ったが、どう見ても辛そうだ。
壁に手をついてはあはあと苦しそうに息をついているが、目だけは真っ直ぐに前を見据えている。
「でもフィオナさん、このままじゃ危ないですよ! 俺たちがなんとかしますから、フィオナさんは安全な所に……」
「いいって言ってるでしょ!!」
フィオナさんはよろめきながらも自分の足でしっかりと立つと、鋭い目つきで俺たちを睨み付けた。
「私は末席とはいえ王族なのよ。国民が危機にさらされている時に退くことなんてできないわ」
フィオナさんははっきりとそう告げた。
それを聞いて俺はおもわず息をのんだ。
テオですら驚いたようにフィオナさんを凝視しているのが分かった。
こんな状況でも、フィオナさんは自ら危険な場所へと赴こうとしている。
きっと彼女が望めば真っ先に安全な場所へと避難することだってできるだろう。でも、目の前のお姫様はそれをよしとしない。
本当は、彼女こそが大勢の人に守られる立場のはずなのに、自ら最前線に立って守るべき人々の為に戦おうとしている。
……たぶん、それが彼女の誇りだから。
「例え私一人でも行くわ。邪魔だけはしないでちょうだい」
「お、おい……」
フィオナさんはそのままふらふらと歩き出した。
テオが止めようとしたが、ぱしん、とフィオナさんはその手を振り払った。
彼女の決意は固いようだ。こうなったら何を言っても無駄だろう。
「……生命の息吹よ、どうか彼の者に力を与えん。“癒しの風”」
フィオナさんに向かって杖を掲げそう唱えると、彼女は驚いたようにこちらを振り返った。
「さっきの人にはちょっと効いたみたいなんです。どうですか?」
「……少し楽になったわ。……ありがとう」
フィオナさんが俺に向かってそっと微笑んだので、俺は嬉しくなった。
「辛くなったら言ってください。また治癒魔法をかけますから」
「ええ、そうするわ」
フィオナさんはこころなしか先ほどよりもしっかりと大地を踏みしめると、また歩き出した。
俺もその後に続こうとして、じっと動かないテオに気づいて声を掛けた。
「何? お前まさかここで退くとか言わないよな?」
「い、いや……そうではないんだが……」
テオは奥歯に物が挟まったように、珍しくはっきりしない言い方をした。その目は探るように俺を見ている。
「何だよ。何か気になる事でもあったのか?」
「……クリス、おまえ……」
テオは何か言いたそうな、まるで信じられないものでも見たような目で俺を見ていた。
……ちょっと居心地が悪い。思えばテオがこんなに真剣に俺を見た事なんて今までないような気がする。
初めて会った時ですら俺よりも食事の方に興味がありそうな感じだったし……。
じゃあなんだろう。俺は何か変な事でも言ったんだろうか。まったく心当たりがない。
「おい、早くしないとフィオナさんが行っちゃうだろ」
「そうだな……あいつを追おう」
結局テオは煮え切らない態度のままフィオナさんを追って走り出した。俺もその後に続く。
普段なら何を言おうとしたのか問いただしている所だが、今は非常事態だ。目の前の問題に集中しよう。




