10 わずかな手がかり
それから十数日かけて、テオはメルラ山の中を調査した。
その間俺はテオの調査について行ったり、ついて行かずに宿屋でだらだらしたりしていた。
メルラ山はそう大きくない山だ。この十数日で、おそらく山のだいたいの場所は見回ったが、門が見つかることはなかった。
テオの話によると、門というのは常に開いているわけではなく短い期間で空いたり閉じたりしているらしい。
空いている間に奈落から門を通って魔物がやってくるという事らしい。
見た限りメルラ山には俺でもなんとか倒せる程度の弱い魔物しかいなかった。
あのカエルのような変異体が生まれたのもきっと偶然だったんだろう。
調査を終えて、しばらくは魔物の脅威にはさらされないだろうから大丈夫だ、とテオは結論付けた。
そうこうしているうちに、魔物がいなくなったとの噂でも流れたのか、この山中の宿屋にもぽつぽつと人が戻り始めていた。
◇◇◇
「本当に何とお礼を言っていいのやら……」
「いえいえ、こちらこそ長い間お世話になってしまい申し訳ない」
もう大丈夫だろうから明日出発する、と宿屋の夫婦に伝えると、二人は今までの礼にと近くの川で取れた豪勢な魚料理を振る舞ってくれた。
ここでの生活は、食って寝て風呂入ってたまに山の中を散策してと中々快適だった。だが、世界にはきっとまだ勇者の力を必要としている人が大勢いる。
俺たちは立ち止まる訳にはいかないんだ。もっとも、俺にとっては何よりも元の体を取り戻すことが最優先なんだけどな!
「へえ、あんたかい。あの化け物を倒したっていうのは。ありがとな、おかげでまたここに通えるようになったよ」
客の一人がそうテオに声を掛けてきた。
聞けば、元々ここの常連だったが、あの巨大ガエルのせいで近頃は足が遠のいていたという事だった。
「勇者ってのはすごいもんだな。そういえば、西の方の町でもすっげぇ強い勇者をみたぜ!」
常連客の一人が目を輝かせてそんな話をし始めた。
そうか、別に勇者っていうのはテオと俺の偽物だけじゃない。
もっと他にも、頑張ってる人はいるんだろう。
「へーえ、ライバル出現だな。どうする、テオ?」
「おいおい、別にライバルって訳じゃないさ。オレ達は成果を競ってるわけじゃないんだ。魔物の脅威から世界を守る、同じ志を持った仲間なんだ。クリス、おまえも勇者になろうとしてたんだからわかるだろ?」
テオは酔っぱらっているのか上機嫌だ。
わかるけど、やっぱり他の勇者より目立ちたいじゃん、と言おうとした俺の声は、先ほどの常連客の男に遮られた。
「クリス? その子クリスっていうのか?」
「え……どっかで会いましたっけ」
悪いが、その男に見覚えはなかった。
今の俺はかわいい顔をしてるし、質の悪いナンパか?
そう身構えたが、男はとんでもない事を言いだしたのだ。
「いや、その西の町で見た勇者もクリスって名前だったから、でも別に珍しい名前でもな――」
「どこだっ!?」
俺はおもわず男に掴みかかった。
勇者クリス、間違いなく俺の体を乗っ取ったあのクソ女だ!!
「その勇者クリスはどこにいるんだって聞いてるんだよ!!」
「クリス、やめろ!!」
後ろからテオに羽交い絞めにされる。それでも、俺は目の前の男を睨み付けた。
「早く教えろ!!」
俺の気迫に押されたのか、男は簡単に口を滑らせた。
「あ、ああ。西のサリエトの町だ……でも、もうそこにはいないと思うぜ……」
「いない!? 何で!!」
「北を目指してる途中で、ここにはたまたま立ち寄ったって言ってたんだよ! 俺が見たのはもう何日も前だし、もうあそこにはいないだろうよ……」
「北……」
やっと見つけた。あの女の、俺の元の体の手掛かりだ!
「おいおい、いったい何だってんだ?」
「すまない、こいつは自分と同じ名前の人間の話を聞くと興奮する性質でな」
テオはそんなバレバレの嘘をついている。
男も怪しんではいるようだったが、それ以上俺に関わりたくないのか何も聞かなかった。
「ほら、クリス。おまえも謝れ」
「ごめんなさい」
「お、おう……」
男はまだ何か言いたそうに俺を見ていたが、俺の頭の中はあの偽勇者の事でいっぱいになっており、男の事を気にかける余裕はなかった。
あいつは北を目指している。理由はよくわからないが、北に行けばあいつに会えるかもしれない!
そして翌朝、世話になった宿屋の夫婦に別れを告げて、俺とテオは北を目指す旅へと出発した。
◇◇◇
「疲れたー! もう歩けない!!」
「だから言っただろう。そんなにハイペースで進むからだぞ」
メルラ山を後にして数日後、俺とテオは絶賛迷子中だった。
宿屋を出発した後、俺たちは付近の村や町で偽物の勇者クリスを探した。
だが奴を見つけることはできなかったし、断片的な情報しか得られなかった。
俺は焦っていた。やっとあいつの手掛かりをつかんだのに、もたもたしていたら逃げられてしまうかもしれない。
なんとしてでもここで奴の尻尾を掴まなくては!
ろくに休息も取らずに、俺たちは進み続けた。
テオはそう急ぐなと何度も忠告してきたが、俺は聞き入れなかった。
……その結果がこれである。
数日分の疲れが全身にのしかかってくる。足をはじめとして、体中がずきずき痛い。
おまけに、次の町まで近道をしようと俺が言ったせいで、街道を外れて草原に迷い込んでしまった。
周りは一面草の海。背の高い草がちくちくと刺さって地味に痛い。
「もう無理、限界!!」
思わずその場に座り込んだ。
早く偽勇者を追いかけたい気持ちはあるが、もう体がついていかない。
「くそっ、こうなったのも全部あのクソ女のせいだ……」
ぶつぶつと呪詛を吐いていると、少し前を歩いていたテオが引き返してきた。
その顔には苦笑が浮かんでいる。
「まったく、人の言う事を聞かないからだぞ」
「だって、あいつに逃げられたら困るし……」
「逃げないだろう。今のところ勇者クリスは模範的な勇者道を歩んでいるようだしな」
そう、それが一番不可解な所だ。
勇者クリスがこの辺りにいたというのは間違いないらしく、近隣の町や村では奴の噂話を聞くことも何度かあった。
いきなり人に電撃を浴びせかけるような奴だから、どんな悪行の限りを尽くしているのかと思いきや、聞こえてくる奴の話は凶悪な魔物から村を守ったとか、洞窟の奥に取り残された子供たちを救い出したとか、いってしまえば理想的な勇者の活躍そのものだった。
……意味不明だ。あいつは一体何がしたいんだ。
「案外、本当に勇者になりたいだけだったりしてな」
テオが茶化すようにそう言った。
冗談じゃない。勇者になりたいなら普通に自分の体でなればいいだろ。このムキムキゴリラみたいに。
何で俺の体を奪う必要があるんだ!
「いくら勇者っぽい活躍してても、俺にとっては敵だからな! お前もあいつに会ったら手を抜くなよ!!」
「わかってるさ。どれだけの人を救おうが、おまえを傷つけたという事実は消えないからな」
テオは真剣な顔で大剣を握りしめた。
その決意はいいが、奴に会ったらできれば素手で戦ってくれ。
お前はそっちの方が強いだろう。
「ほらクリス、立て。どいつを見つけないと文句を言う事も、一発殴ってやることも出来ないぞ!」
ああ、またむかついてきた。
怒りを力に変えて、俺は何とか立ち上がった。きっと次の町はもう近くだろう。
間違いない、俺の感がそう言ってる!
「よし、たぶんこっちだな!」
何となく、こっちかな、と思った方向へ歩き出した。
無限に草原が続くわけじゃないんだ。歩き続けてればどこかには辿り着くだろう。
そう思って踏み出した俺の足は、少し歩いただけで盛大に何かに蹴躓いた。
「いったあぁ!」
疲れていたせいで、ろくに受け身も取れずにべしゃりとその場に倒れてしまった。
せっかくまたやる気が出て来たのに何てことだ。
石か岩だか知らないが、俺の足を引っ掛けるなんていい度胸だ!
石だったら放り投げてやろう、そう思い振り返った俺の目に映ったのは、白い大きなかたまりだった。
「……ん?」
その物体は、草の中に埋もれていた。
よく見ようと草をかき分けた次の瞬間、俺の体は固まった。
白い髪の毛をした、人間がそこに倒れていた。
「え、ええぇ!?」
「おいっ、どうした! ……誰だ?」
俺の声を聞きつけて、テオがやって来た。
座り込んだ俺と、倒れた人間に目をやると、躊躇なく倒れている人に触れた。
「お、おいっ!!」
「安心しろ。まだ生きてる」
テオが抱き起こした人間は随分と小さい。顔を覗き込むと、まだ子供のようだった。
これが可愛い女の子だったら俺の疲れも一気に吹っ飛ぶのだが、残念ながら男の子だった。
こんな何もない草原の真ん中で彼は一体何をやっていたんだろうか。
「かくれんぼか宝探しとか?」
「さあな、何にせよこのまま放置しておくわけにはいかないな」
テオは軽々とその子供を肩に担ぐと、そのまま歩き出した。
「おい、どっちに行けばいいかわかってんのかよ」
「わからん、歩き続ければどこかには辿り着くだろう」
まったく、脳筋ゴリラらしい答えだった。
 




