vs.消火器 下
消火器「くっくっく、やっぱり俺は最強だぜ。一気に二人の能力者を殺すことができたんだからなぁ!」
右腕と左足を凍らせられた芸次は静かに地面に倒れこんでいた。
何か打開策はないのか――! 俺、もしくは消火器の能力を利用してできることは!
芸次は考える。しかし、何も思い浮かばなかった。
消火器「待ってろよ。今コンビニの自動ドアを開けて常温を外に放出している。超伝導とやらを利用したお前の電撃を食らわないためになぁ! そして、全体が常温に近くなったら、再びお前の傍に近寄って、とどめの冷気を刺してやる。お前はそこの炎を扱う能力者と仲良く凍って死ぬんだ。二人して哀れなもんだよなぁ。かっかっかっか!」
消火器はホースを上に立てて高笑いをする。あたかも人間が中指を立てて侮辱するかのように。
その瞬間、消火器は何者かに液体をぶっかけられた。
消火器「か……?」
芸次「お、お前は……」
芸次は消化器に液体をぶっかけたのが誰かを目撃していた。その者は手に青いバケツを持っている。
芸次「ジジイ!」
平賀「中からおぬしらの戦いを見ておった。そうしたらひらめいたんじゃよ」
平賀がバケツをそこらへんに捨てて、コンビニから消火器を尻目に出てくる。
消火器「なんだぁこの老いぼれがぁーっ!」
消火器は平賀にホースを向けた。
芸次「ジジイ! 死ぬぞ、逃げろ!」
平賀「大丈夫じゃよ。すでに仕掛けはしておる」
消火器「うっ!」
消火器が平賀に向かって攻撃しようとしたそのとき、消火器は鈍いうめき声を上げて地面に転がり込む。
消火器「老いぼれぇ、何をしやがった!」
平賀「ただ液体をかけただけじゃよ」
芸次「なんだって?」
平賀「やつの攻撃はあまりにも強力じゃ。どんなものでも一瞬で凍らせてしまう。しかし、それが欠点だったんじゃ。わしはやつがホースを上に向けた瞬間を狙って液体をぶっかけた。ホースの中に液体を入れるためにな。当然やつはわしを攻撃しようとする。そこでもうおしまいなんじゃ」
平賀が芸次の傍まで歩み寄ると、言葉を区切った。
平賀「やつの攻撃は外界に放出される前に、ホースの中に入った液体を冷却することによって凝固させ、栓をしてしまったんじゃ!」
消火器「な、なにぃーっ!」
平賀「攻撃を行えなくなった以上、貴様はもうわしらに勝てない。おとなしく負けを認めるんじゃな」
消火器は黙り込む。それは長い沈黙だった。消火器が何も言わないでいる間に、平賀が消火器にかけた液体がコンクリートの地を這って芸次の元まで流れてくる。
消火器「くっくっく、いいや、まだ負けていないね」
消火器は横になっていた体を起こした。そして、体を浮かせようとする。
消火器は考えたのだ。今は確かにやつらに勝てない。しかし、今勝つ必要などない。だから、今回は一旦撤収して、ホースの氷が溶けたらまた奇襲すればいいと。
芸次「いいや、お前は負けたんだよ」
芸次が流れてきた液体に左手を触れ、電気を流す。すると、再び消火器は自由を失った。
消火器「なにぃーっ!」
芸次「この液体はただの水ではない。ジジイが捨てた青バケツの中を見てみろ」
消火器はかろうじてバケツを見やる。その中には、食塩と書かれた袋のごみが二つほど入っていた。
芸次「食塩、すなわち塩化ナトリウムは電解質だ。電解質は水に溶けると電気を通すようになる。そしてお前は今、俺の触れている塩化ナトリウム水溶液の上に立っている!」
消火器「塩化ナトリウム水溶液を通して俺に電撃を食らわせたということかーっ!」
芸次「そうだ。もう逃がしはしない。電圧を高めてお前を爆破する!」
芸次が左手から発せられる電気の圧を高める。消火器は一層苦しそうなうめき声を上げた。
消火器「くそがぁーっ! だが、近いうちにお前たちは死ぬ! お前たちの捕えていた邪神や悪魔がお前たちを見つけ、そして殺すだろう! 怯えて待っていやがれ! ノミ野郎がぁーっ!」
消火器の叫び声は、それ自身の爆破音と同時に消えていった。
*
平賀「口の悪い邪神じゃったな」
芸次「邪神も悪魔もそんなもんだ」
平賀「む、あれは一体なんじゃ?」
平賀は爆発の衝撃で生じた粉塵の中から、何か霊体のようなものが宙を舞ってどこかへ行こうとするのを目撃した。
芸次もそれを確認すると、すかさず腰から数珠を取り出し、念仏を唱え始める。
芸次「仏説摩訶般若波羅密多心経」
平賀「般若心経!?」
芸次は長々と念仏を唱え続ける。その間、謎の霊体は宙にとどまり続けていた。
芸次「即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」
平賀「やっと読み終わったか」
芸次が数珠を腰に戻すと、なんと宙の霊体が芸次の元にふわふわと寄ってくる。芸次は手を差し伸べ、霊体がその上にとどまる。そして、霊体はシャボン玉のような膜に囲まれて芸次の手に落ち着いた。
平賀「それは一体?」
芸次「邪神だ。雪山のな。こいつがあの消火器にとり憑いていたんだろう。俺らはこいつのことをイエティと呼んでいる」
平賀「とてもじゃないがイエティのような容貌ではないな」
平賀の言う通り、イエティと呼ばれる霊体は小さく、白い爬虫類の子どものような姿をしている。
芸次「雪山にちなんでそう呼ばれているだけだからな。どうだ、こいつと契約でも結んでみるか?」
平賀「冗談じゃない!」
芸次「それがいい。一般人が邪神等の力を借りるのはあまりにも危険すぎるからな」
平賀「じゃあどうして聞いたんじゃ……」