強面の看守長と意外な襲撃者
政府の薄暗いアジトにて、牢屋の中の平賀と芸次は静かに黄昏ていた。
平賀「はあ、ここ数日ずっと太陽の姿を拝んでおらん。今が昼なのか夜なのかも分からんし、精神が狂ってしまいそうじゃ……」
と江戸のエレキテル、平賀はごろんと床に寝転がる。
芸次「おいじじい、こちとら三年もここに幽閉されてんだ。甘ったれたこと抜かしてんじゃねえぜ」
イルミナティの元メンバー、芸次は姿勢悪く胡座をかき、手駒の蜘蛛を操り遊んでいる。
――バンッ!
すると、突然廊下の扉が大きく音を立てて開いた。
??「おい屑共、調子はどうだ!」
と右目に眼帯をつけた強面の男は勢いよく扉を開けるや否や、二人の罪人に向けて怒号を発する。
芸次「ちっ、また鬼曹か」
蜘蛛使いはうんざりとした表情でその男を見やった。
鬼曹「芸次、なんだその口の利き方は! 貴様は我らに保護されている身なのだぞ!」
この男、鬼曹はここの看守長である。要領が非常に良く、上の者から気に入られていると言われているが、常にハイテンションな性格のため、他の囚人及び彼の部下達からは忌み嫌われている。
平賀「む、保護されている? 芸次殿、それはいったいどういう意味じゃ?」
鬼曹「じいさん、こいつがイルミナティの監視していた悪魔・邪神を解き放ったという話は聞いたか」
平賀はこくりとうなずく。
芸次「だから俺がやったんじゃないって言ってんだろ! 何度言えば分かるんだ」
と容疑者芸次は頑固な鬼曹を怒鳴りつけた。
鬼曹「では誰がやったと言うのだ。言ってみろ!」
芸次「そんなの俺にも分かんねえよ!」
鬼曹「だろうな!」
平賀「それで、保護されている、ということについては……」
間を割って再び尋ねる。
鬼曹「ああ、実はこの男、皮肉なことに自身が解放した悪魔・邪神に命を狙われているのだ。理由は不明だがな」
芸次「ちっ……(だから俺じゃねえって)」
平賀「命を狙われている、じゃと?」
芸次「そう、俺がここに入れられる前までは何度も悪魔・邪神に襲われていた。理由は本当に分からない」
鬼曹「だから我々は被疑者を収監するのに兼ねてこいつを保護している、というわけなのだ」
と鋭く芸次を指さす。
鬼曹「しかし、せっかく身を守ってやっているというのに、こいつは何一つ我々に協力しようとしない! 何も喋らないのだ! なぜ解放したのか、どうやったのか、いつやったのか、何を聞いても知らぬ存ぜぬだ!」
芸次「本当のことなんだから仕方ねえだろ!」
鬼曹「まだ言うか!」
ガタン……。
廊下の扉の向こうから何かが落ちた音が聞こえてきた。
鬼曹「何だ?」
芸次「知るかよ」
鬼曹「まあいい。負け犬は一生この狭い独房で暮らすといい。我々に協力すれば、色々と考えてやってもいいがな!」
鬼曹はそう吐き捨てると、音のした扉の中へツカツカと戻って行った。
芸次「色々ってなんだろうな。まったく、いつでもうるせえやつだ」
と小さくつぶやく。
その直後。
突然、二人が耳を塞ぐほどの爆発音が辺りを襲い、それに廊下の扉は豪快に吹っ飛ばされた。そして外からおぞましい量の煙が入ってくる。
平賀「ごほっ、ごほ……。なんじゃ!」
芸次「――っ! この爆発は!?」
煙に何者かの姿が影となって現れる。
芸次「お前は……!」
そしてその正体があらわになった。
芸次「弥七!」
弥七「おっすおっす」
突然の来訪者はいい加減に手を上げ、頭を軽く下げる。
平賀「なんじゃ、知り合いか?」
芸次「ああ、元同僚といったところか」
弥七「話は後。まずはここから出るよ!」
と、どこから手に入れたのか、鍵で牢屋の施錠を解除する。
*
無事地下のアジトから脱出できた三人は細い路地裏に隠れて息を整える。
平賀「はあ、はあ……。おい、あんた一体何者なんじゃ」
と平賀は突如現れた弥七に尋ねる。
弥七「ん、俺か? 俺はさっきこいつが言った通り、こいつの元同僚だよ。イルミナティから脱退はしていないけどね」
芸次に目を向けながら答える。
芸次「捕えられる前、予め俺は救出するように頼んでおいたんだ」
弥七「おかげで神経が削られたよ。メンバーにバレたら即追放だからね」
と芸次を睨みつけた。
平賀「じゃが、芸次殿は三年も囚われていたのじゃろう? どうしてすぐ助けに来なかったのじゃ」
芸次「それはまた別の頼み事をしていたからだ」
平賀「頼み事?」
弥七「そう、予言の示す人物を探し出せ、っていうね」
芸次「予言ってのはイルミナティに古くから伝わるものだ。『悪魔・邪神の解放せられる時、過去より使者来たりて、その二人解放しぬる者を斬らん』」
平賀(ん、過去より使者……?)
弥七「今イルミナティのやつらは血眼になりながらその二人を探しているよ。予言に記された二人しか危険人物を討てないということだからね。だけど俺は運良く先に見つけ出すことができたんだ。だからやっとこいつを助けに来ることができた」
腰に両手を当て、胸を張り、威張る姿勢をとる。
一方で、平賀にはもう一つ気になることがあった。
平賀「なあ、その二人の名前って……、底本貧三と狂郷笑吉ではないか?」