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栗鼠

 津島つしまは瞑想の森へ足を踏み入れる。辺りには白い綿毛が舞い踊り、見たことのない小鳥達が小さくさえずっていた。陽の光が木漏れ日として彼や低い植物達に降りかかる。空は白かった。しかし、それは決して雲によって白いのではなかった。眩しい光が天を覆っていたのである。静かな土の香りが彼の鼻の中に広がる。騒がしい心の落ち着く匂いだった。


 ここは現実の世界ではない。これもまた津島の空想の世界だった。彼が目を閉じて、そしてまぶたの裏に広がる錯覚だった。しかし、彼はこの幻を空虚なものとは捉えなかった。この夢幻は今の自分にとって必要不可欠なものだ。彼はそう確信していた。そして思考のざわめきを森中にとどろかせ始めた。


 ふと、栗鼠リスのような形の小動物が木陰からヒョイと飛び出してきた。見た感じはほとんど栗鼠そのものだ。しかし、それは現実のものではない。



津島「まずは僕がうるさいという点について考えてみよう」



 そう津島がつぶやくと栗鼠はくるりと体を丸めた。



津島「僕がうるさくする理由、それは……」短く言葉を切る。「僕が孤独を恐れているからだ」


津島「しかし結局はどうだろう?」と彼は栗鼠に尋ねる。「より孤独感が増している」


津島「ほとんどの人が僕についてこない。ただ独りで突っ走っているだけだ」やれやれと首を横に振る。「それはどうしてだ?」



 すると栗鼠は丸まったまま動かずに答えた。



栗鼠「みんな君のことを下に見ているからだ」透き通った濁り気のない声である。「もし君が目上の人間だとしたら、人々は君がどんなに面白くないことを言ったとしても無理して相槌を打ってくれるかもしれない」


栗鼠「だけど周りの人は君を下に見ている。だから君がどんなに面白いことを言ったとしても他人は話についてこないんだ」


津島「どうして僕は下に見られているんだ?」


栗鼠「君を下に見ないと自分が上になれないからだよ」と栗鼠は答えた。「しかし本来ならば、全ての人間は対等であるはずなんだ」


津島「それは一体どういうこと?」


栗鼠「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』」


津島「福沢ふくざわ諭吉(ゆきち)の『学問のすゝめ』?」


栗鼠「そう、有名な言葉だね」と栗鼠は言った。「これはどのような条件を持っていても人全ては対等で平等であることを言っている」


津島「どのような条件を持っていても?」


栗鼠「例えば、君は運動が苦手だ。特に球技が」津島はその通りだとうなずく。「一方で運動の得意なA君がいたとしよう。そしてA君は運動音痴な君を見下す」


津島「当然のことだろう。僕の方がどう見ても下なのだから」


栗鼠「これだけで判断するとね」と栗鼠は同意した。「しかし、A君には欠点があるとしよう。それは自己中心的でありすぎるという点だ」


栗鼠「一方で君はそれにまさっている。君は他者に少しでも貢献しようとする心得を持っている」と津島を持ち上げる。「すると君とA君はどんな関係だと言えると思う?」


津島「対等、かな」


栗鼠「その通り」と栗鼠は言う。「そしてこの関係は全ての人と例外なくある」


津島「本当に?」そして彼はこう尋ねた。「じゃあみんなが僕を見下すのは間違った行為だということ?」


栗鼠「そう、間違っている」そう断言する。「人間は皆対等であるべきだ。どんな過去があろうとも」



 栗鼠はそれだけ言うと、突然(まばゆ)い光を発して空気中に閑として消えていった。

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