現実
そこにはただ津島しかいなかった。
頭の悪い貧乏な底本も、ツボが浅く聡明な狂郷も、この虚しい世界には存在しない。
全ては津島の空虚な妄想に過ぎなかったのだ。今彼の周りには何も無い。あるのは、執筆に使うためのノートパソコン、類語辞典、エナジードリンク、そしてラスクだけだった。
津島は昼下がりの外へ出かけた。例の観音堂へ向かったのだ。
ここには確かにキミちゃんがいた。黒と白の毛を身に纏った毛並みの良い猫のことだ。
しかし、最近では見かけなくなってしまった。毛並みが良かったとはいえ、所詮野良だった。寿命が来てしまったということだろうか。とても人懐っこい子だったのに……、実に残念だ。
その代わり、近頃は別の猫を目にするようになった。同じ黒と白の猫だが、前脚の毛が黒くない子である。この子は今までの猫達と違って、人間に対して少しの警戒を向けているようだ。そのせいで、津島は未だにその猫に触れたことがない。
また、以前から引き続きよく見かける猫もいた。全身真っ白で首輪をつけた猫だ。この子も少し人間からは距離を取るようにしているようだが、さっき紹介した猫程ではない。一日一回その子に出会ったら、初めだけ擦り寄ってくれるような子である。前までは首輪に鈴も付いていたのだが、今では取れてしまったようだ。
津島は観音堂の敷地内へ入り、大木の側に位置している少し大きめの岩に腰をかけた。そして天を見上げる。
季節は夏だったので、頭上に這い廻る木の枝は、多くもなく少なくもない明るい緑の葉によって煌びやかに装飾されていた。葉が重なり合わないところには淡い青空がちらりと覗く。そしてある一点には眩しい銀色の太陽が宇宙の王を名乗っていた。
蜂か虻か分からないが、何か人間を襲いそうな虫が辺りを飛び回る。どうか刺したりしないでくれよ。津島はそう願った。
そして、津島は物思いに耽り始める。自分自身について。周りの人間について。人生について――。
津島「僕は社会においてゴミのような人間なのだろう」津島はささやいた。「僕は誰の役にも立つことのない、不必要で目障りな存在だ」
津島「うるさいし、運動音痴だし、大して頭も良くないし、顔もよろしくない」
津島「へへ、良いところがほとんどないじゃないか。実に惨めだなあ」
津島「だが」言葉を切った。「それは言い訳に過ぎないのではないだろうか?」
津島は哀しい自らのために、深い自問自答を人知れず開始した。