津島が道化を演じる理由
津島家にて。
津島「お二人さん、どうか聞いてください!」津島はどこからかホワイトボードを移動させてくる。
底本「どうしたのでござるか、津島君」と底本は応ずる。「そんなホワイトボードは一体どこから持ってきたんだ? この家にそんなものを置いておくスペースはないはずだが……」
狂郷「底本さん、そういうことは言ってはいけないのですよ」と狂郷は底本を指摘する。「いくら津島君の家がボロ屋だからといって、ホワイトボードを置いておくスペースがないとは限らないでしょう」
津島「狂郷さん、平然とした顔で、そんな痛いことを言わないでください」ホワイトボードの位置を調整しながら、額に血管を薄く浮かべる。
狂郷「おっと、これは失礼しました」苦笑いをして見せる。
底本「それで、拙者達は何について聞けばいいのでござるか?」
津島「ああ、そうでしたね。今回僕がお話するのは――」ホワイトボードに素早く文字を書き込む。「こちらです!」
ホワイトボードにはこう書かれた。
『僕が道化を演じる理由』
底本「道化、とは一体?」
狂郷「謂わばピエロってやつですね」
津島「そうです。今日は僕がピエロになってしまった理由をお話します」ホワイトボードを強く叩いた。「まず、僕にとって道化とは何なのか、お話しましょう」
このとき、狂郷は感じ取った。津島の中にあるただならない心の嵐を。津島君は暗い夜の海を漂う船の中で嵐に見舞われている。
津島「僕にとっての道化は、自らを守るためのコーティングでした」表情に曇を映す。
底本「コーティング?」底本は津島の異変に気付いていない様子である。
津島「周りに良く見せようとしたんです。明るく、面白い人間のように思われるために」と淡白に言った。「僕は怖かったんですよ。地味な人間、謂わば陰キャとして貶され、馬鹿にされるのが」
狂郷「どうして馬鹿にされるのがそんなに嫌だったんですか」
津島「なんででしょうね」不気味な笑みを浮かべる。「孤独を恐れていたのかもしれませんね」ホワイトボードに手を掛ける。「まあ、とにかく、僕は周りと波長を合わせるために自分でない何かのベールに身を包んでいたんです」
底本「自分ではない? 例えばどのような?」
津島「端的に言えば……」言葉を切る。「キチガイ、かな」
底本「キチガイ?」
津島「頭のおかしいやつ、ってことですよ」と静かに答えた。「しかし、僕はキチガイを演じているうちに、ある問題を抱え始めました」
狂郷「問題ですか」慎重にささやく。
津島「ええ、本当のキチガイと化してしまったのです」と言った。「実際、僕はキチガイを演じようとしたわけではなかったのです。しかし、いつの間にかキチガイを演じていました。そして最終的には、キチガイと思われ、キチガイとなりました」
二人は沈黙した。言葉を挟むのには必要な材料がなかったのである。
津島「本当は毎日を静かに過ごしたかったんです。本をよく読み、適度に勉強や運動をして」一瞬だけ言葉を詰まらせた。「だけどそれ以上に周りからの視線が気になった。馬鹿にされたくない。普通の人と同じでいたい。そう強く望んでいた。」
狂郷「普通の人」とささやく。
津島「だけど、今じゃ普通の人だなんて嫌で嫌で仕方がありません」微笑した。「普通の人に僕のような思考は通用しません。僕のボケも、真面目な話も、彼らは聞きやしませんでした。おそらく、理解できなかったからです」
津島「本当に理解できなかったんでしょうか?」と尋ねた。
津島「もしくは、理解しようとしなかったのでしょう」
津島「ううむ、拙者もよく分からないのだが」
津島「分かりませんか。それも仕方のないことでしょう」
津島「私も分かりません。何のために生きているのですか?」
津島「僕に生きる価値はあるだろうか?」