『モナ・リザ』
底本「おっ、これは『モナ・リザ』でござるね!」と底本はその絵画の前へ立ち寄る。「1503から1519年頃にレオナルド・ダ・ヴィンチが制作した世界で一番美しい肖像画でござる」
狂郷「底本さん詳しいですね」と狂郷は底本の後に続いて絵画を前にする。
底本「拙者は賢いからなあ」とドヤ顔。「この絵のモデルはフィレンツェの裕福な商人の夫人、リザ・デル・ジョコンドなんだぞ」
狂郷「へえ、そうなんですか」狂郷は絵画の詳細が書かれた札を見る。「でも、この札には底本さんの言ったことと全く同じことが書かれていますね」
底本「いやいや、見てねーし!」若干焦っている様子である。「それにしてもこの女性は端麗な顔をしているなあ。拙者の好みではござらんが、世界で一番美しいと言われるだけあるなあ」
狂郷「底本さん、それ、間違っています」札の内容を読んでいた狂郷は底本の方を振り返る。
底本「え? なんで? この絵に描かれているのはこの女性と、ちょっとした背景だけじゃないか。他に何を描いているというのだ?」底本は戸惑いながら狂郷の顔と『モナ・リザ』を交互に見る。
狂郷「『ちょっとした背景』って言うのは少しばかり失礼だと思いますが……」と頭を搔く。「まあそれは置いときまして、この絵で一番美しいと言われているのは、レオナルドが生み出したある技法なんです」
底本「ぎほー?」底本は首を傾げる。
狂郷「はい、スフマート呼ばれるボカシの技法です」狂郷は底本の横に立って絵を見つめる。「レオナルドは『自然のものに輪郭などない』と考えていました」
底本「自然のもの……、輪郭……?」よく分かっていない。
狂郷「そこで彼はスフマートという技法――僅かな色と色の混合――を用いたんです。そうしたら、それが完璧に美しかったんです」
底本「ほう……」とりあえず狂郷と同じ方を見る。
狂郷「だから、『モナ・リザ』において一番美しいものとは、女性のことではなく、技法のことを指しているんです」狂郷は底本の方を向き直る。「ちなみにラファエロというこれもまた有名な画家は、その技法の美しさに感動して、泣きながら『モナ・リザ』を模写したらしいですよ」
底本「へえ……」思考停止中。
狂郷「底本さん聞いていますか?」
底本「き、聞いていたぞ!」とっさに狂郷の顔を見る。
狂郷「それならいいんですが(絶対聞いていなかったな)」
底本「ところで、『モナ』ってどういう意味なんだ?」と底本は尋ねる。
狂郷「イタリア語の『ma donna』の略ですから、『私の貴婦人』ってところですかね」と狂郷は答える。
底本「貴婦人……? ちょっと待て、この女性はレオナルドの夫人とかじゃなかったよな? それなのに貴婦人って、どういうことだ!」底本はまるで自分のことかのように戸惑う。
狂郷「落ち着いてください底本さん。この作品はリザの夫、フランチェスコの依頼によって制作されたんです。だからそういう題名になっているんですよ」狂郷は底本をたしなめながら言う。
底本「ああ、そういうことか。びっくりしたあ」底本は一息つく。
狂郷「底本さんは浮気されるのを毛嫌いしていますからねえ」
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