猫の名は。
例の観音堂にて。
黒白「みゃあ」黒白色の猫が底本の足元へ擦り寄っていく。
底本「おーよしよし、元気にしてたか?」底本は猫を撫で回しながら尋ねる。
黒白「みゃあ(もちろん)」
底本「そかそか、なら良かった」猫の顎の下を優しく撫でる。
狂郷(いつも思うけれど、どういう原理で底本さんは猫語を理解しているんだろう)
黒白「みゃー、みゃー?(ところで、この前、玄関前に置いておいたチョコは食べてくれた?)」
底本「えっ?」底本は口を開ける。
狂郷「どうしたんですか底本さん?」と狂郷は底本に問う。
底本「まさか、信じたくはないけど、泥でできたチョコを玄関に置いたのは……、君?」
黒白「みゃっ(その通り)」
底本「……」
狂郷「ねえ、いったい何の話を――」
底本「あれ食べたら下痢と下呂が死ぬほど止まらなかったんだぞ! どうしてくれるんだ! んがあああぁぁぁぁっ!」底本は怒り心頭に発した。
狂郷「うわああぁぁぁ! 落ち着いてください! 相手は猫ですよ! そんなムキにならないでくださいぃぃ!」狂郷は暴れる底本を抑える。
底本「んあああぁぁぁぁ! 泥の喜びを知りやがって、許さんぞ!」
黒白「(どう? おいしかった?)」しかし、底本の感情に対照して黒白猫はつぶらな瞳で問いかけた。
底本「……はっ!」そこで底本は我(?)に帰る。
狂郷「底本さん?」
一瞬の間が空き……。
底本「おいしかったよおおおぉぉぉぉっ!」底本は黒白の魅了に負けた。
黒白「(それは良かったにゃ)」満面の笑みを浮かべる。
狂郷(ふう……、なんとか落ち着いてくれた……)狂郷は安堵した。
*
狂郷「それで、本題ですけど……」
底本「ああ、そうだったな」
黒白「?」
底本「今日はね、君のちゃんとした名前を付けに来たんだよ」
黒白「にゃっ(なるほど)」
底本「ちなみに名前はまだ無いよね?」
黒白「にゃー(吾輩は猫である。名前はまだ無い)」
狂郷「なんて言ってるんですか?」
底本「夏目漱石みたいなことを言っているでござる」
狂郷「へ?」
底本「さて、となれば、名前は何にしようか……」
黒白「にゃにゃ(プリティーキャット――略して「プリキャ」はどうかな)」
底本「なんか、某女児向けアニメみたいだなあ」
狂郷「底本さん、ポチはどうですか?」
底本「なんで拙者は狂郷を連れてきてしまったんだろう……」
黒白「ドロチョコ」
狂郷「ジョニー」
黒白「ムキムキ」
狂郷「沙悟浄」
黒白「ガオ〇エン」
狂郷「先輩」
底本「お前らもっとマシなのないのか! 特に狂郷! 沙悟浄とか先輩ってなんだよ!」
狂郷「いいよこいよ」
底本「やめろぉっ!」
女性「おやおや、今日はお友達がいっぱいいて賑やかですねえ……。あ、あなたは……」そこへある女性が一匹のダックスフンドを連れてやって来た。
狂郷「あ、あなたはこの前の……」
女性「この前はどうも」
ダッ「ワンワン!」
やって来た女性は、以前狂郷が可愛がったダックスフンドの飼い主であった。
女性「犬に好かれやすい方だなあとは思っていましたが、まさか猫にまで好かれやすい方だとは思いませんでした」女性はにっこりする。
狂郷「あ、いや、猫に好かれているのはこっちの底本という人です」狂郷は底本を指さす。
底本「どうも」
女性「あら、そうなの?」
ダッ「ワンワン!」ダックスフンドは底本に駆け寄る。
底本「わっ、わわっ!」それに底本は慌てふためく。
狂郷「大丈夫ですよ底本さん。噛んだりなんてしませんから」狂郷はゲラゲラ笑う。
底本「い、いや、ビビってねーし!」
女性「それにしてもこんな人が友だちになってくれて良かったわねえ。キミちゃん」と女性は黒白に対して言う。
狂郷「ん? キミ、ちゃん……?」
底本「キミちゃんとはいったい!」底本はダックスフンドに舐められている。
女性「ああ、私はこの猫のことをそう呼んでいるの。ここら辺に住んでいる人はその名で呼んでいる人が多いわね」
底本「なるほど……」
狂郷「底本さん、どうします?」と底本に問いかける。
黒白「にゃ?」
底本「今日から拙者達はこの猫ちゃんのことを、『キミちゃん』と呼ぶことにする!」
キミ「にゃっにゃ(やったぜ)!」
こうして、黒白色の猫の名は「キミちゃん」に固定された。