バレンタインデー
底本「今日は二月十四日、この時代にはバレンタインデーと呼ばれている日でござる」と底本は狂郷に語る。
狂郷「え、ええ、まあ、そうですね」狂郷はいきなりの語りにたじろぐ。
底本「狂郷、バレンタインデーとは何たるものか、ご存知でござるか?」
狂郷「そりゃあ知っていますよ。女の子が、好きな男の子にチョコを渡す日ですよ」と狂郷は人差し指を立てて説明する。
底本「ふっふっふ……、一般的にはそうだよな」底本は不敵な笑みを浮かべた。
狂郷(ああ、なんか変なことを言う予感がするなあ……)
底本「いいか狂郷! バレンタインデーとはな、そんな甘ったるいものではない!」と底本は声を上げる。
狂郷(やっぱり……)狂郷は呆れた。
底本「バレンタインデーとはな、女子が主体のイベントではないのでござるよ」
狂郷「ええ……、じゃあ誰が主体なんですか?」と狂郷は底本に尋ねる。
底本「そりゃあもちろん……、拙者でござるよ!」
狂郷「ええっ! 底本さんだけですか?」狂郷は驚愕した。
底本「あ、いや、それは誇大であったが……、そんなことはどうでもいいのだ! バレンタインデーで最も重要なのはな……」
狂郷「重要なのは……?」
底本「チョコを、受け取らないことでござるよ!」
狂郷「チョコを、受取らない……?」狂郷は底本の言ったことを反芻する。
底本「そうだ」
狂郷「どういうことですか?」狂郷はゲラゲラ笑う。
底本「笑うな! 拙者は至って真面目なんだぞ!」
狂郷「すみません、で、どういうことなんですか?」
底本「例えばな、仮に誰かが拙者にチョコを渡そうとするとしよう」
狂郷「ほうほう……(?)」
底本「そしたら、拙者はこういうのでござるよ。『拙者、甘いものは好まぬのだ……』ってな!」底本はドヤ顔を見せつけた。
狂郷「は、はあ……」
底本「そう言って拒絶することによって、女性は逆に拙者を追ってくるようになる。どうだ、拙者の作戦は!」
狂郷「えーと……」
底本「どうした狂郷?」
狂郷「底本さんって、チョコ貰えるんですか?」
底本「……はっ!」底本に衝撃が走る。
狂郷「もしかして、貰える前提で話していたんですか?」
底本「ぐはっ!」次に矢が刺さる。
狂郷「何考えているんですか! この時代に私達を知っている女性などいるはずないでしょう!」狂郷はまたゲラゲラ笑う。
底本「か、考えていなかった……」
狂郷「まったく……、底本さんは後先考えないんだから」ゲラゲラ。
そんな話をしている頃、津島家の玄関前に、黒白色の猫が一つのチョコを置いていったとさ。