惨 最後の百物語
思えばあの時、なにがなんでも止めるべきだった。
目の前で起こった惨状に顔を引きつらせながら、私はあまりにも遅すぎた後悔に身を引き裂かれる想いだった。
時間は少し遡る。
三日前、学校での昼休みの時間帯、クラスの女子のリーダー格であるいけ好かない女が、思わず殴りたくなるようなドヤ顔で私の方を見た後、私の大切な親友へ近づいて行った。
ああ、ビッチ臭が朱莉ちゃんに移っちゃう。
あとで匂い消ししないと、勘違いした男子が朱莉ちゃんに近づいてきちゃう。
このクラス、あいつの影響でただでさえビッチが多いのに、ビッチの道に朱莉ちゃんを巻き込まないで欲しい。
なんでああいう連中は真面目な人間を自分と同じ所に引きずり落そうとするのだろうか。
腐った奴らは腐った奴ら同士で仲良くしていればいいのに。
「ねぇ、朱莉さん。今度私の家で変わったパーティーを開くんだけど、あなたも来ない?」
「パーティー? 何のパーティーをするの?」
「ほら、最近暑いじゃない? だから、肝試しを兼ねて、百物語をやってみようと思うの。ほら、以前にちょっとした事件になってたでしょう?」
暑いから肝試しという短絡的な考えに呆れていた私は、百物語という言葉に、耳を疑いました。
あれだけの死傷者を出して事件にも取り上げられたようなことをこのバカ女はやろうと言うのだ。
さすがに朱莉ちゃんも耳を疑ったようで、恐る恐る尋ねるように言った。
「事件になったようなことを、わざわざやるの……?」
「大丈夫よ。幽霊とかお化けとか、そんな非科学的な物、存在するわけないじゃない」
ああ、いますよね、こういう人。
こういった人達がわざわざ心霊スポットに突撃して事故に遭ったりするんです。
なぜ危険とわかっていながら危ないことをするのか……理解できません。
「でも、実際に事件が起きてるいし、危ないんじゃないかな?」
「あら、怖いの?」
「正直、怖い話は苦手かな……」
「じゃあ、なおさら来てもらわないと! 私達、そう言う話って信じてないから、怖がりな人が一人くらい居た方が良いわ!」
「えぇ……」
なんという自己中心的な考え方だろうか。
怖いのが苦手だと言っている人をわざわざ誘うなんて、頭がどうかしているとしか思えません。
きっと男とヤリ過ぎなんでしょうね。
「ねぇ、いいでしょう? それにほら、朱莉さんって美人だし、男子も喜ぶと思うの」
「男の子も来るの?」
「ええ、男女それぞれ五人ずつでやる予定よ?」
なるほど終わった後は乱交パーティーですか汚らわしい。
朱莉ちゃん、そこはズバッと断るべきです!
「うーん……でも私、やっぱりそう言うのは……」
あ、これは……。
「悩むってことは来ても良いってことね! はい決まり!」
やはりそう来ましたか。
「えぇっ!」
押しの弱い朱莉ちゃんのことです。これは押し切られてしまいますね。
「止めた方が良いです。百物語なんて、ろくなことが起こりませんよ?」
「あら、有紗。居たの?」
さっきこちらを見ていたでしょうに。ほんと、いやな女です。
「ええ、居ましたよ。それより、百物語なんてやめた方が良いですよ。先人と同じ道を辿るオチしか見えません」
「……確かあんた、視えるんだっけ?」
「そう尋ねると言う事は、まさか信じているんですか?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、そんなことを聞くのは無駄だと思いませんか?」
「……じゃあ、あんたの忠告も意味がないわね」
なぜそうなるのだろうか。
百物語を行う事と、私の視える視えないは関係ない。
「実際に死者が出ているんですよ? 私が言わなくても、危険だとわかりきったことでしょう?」
「そんなの、ただの偶然でしょ? 集団ヒステリーだって言う人もいるじゃない」
「不特定多数の地域や国で同時多発的に起こった事象を集団ヒステリーと言うのにはさすがに無理がありますよ。いくらネット社会とは言え、あり得ません」
「ふぅん、じゃあ、あんたは何の理由もなしに何か起こるって言うの?」
「理由も何も、事実ですからね」
「私はこの目で見た物しか信じないの。だからやるのよ」
「勝手にしてください。でも、周りを巻き込むのは間違っています。朱莉ちゃんだって迷惑ですよ」
「なぁに? もしかして貴女も参加したいの?」
「誰がいつそんなことを言ったんですか……」
「どうしてもって言うなら参加させてあげてもいいわよ?」
「だから」
「どうしてもって言うなら参加させてあげてもいいわよっ!」
……めんどくさいですね。
こうなったら、参加して途中で抜け出すしかないですね。
「……お願いします」
「最初からそう言えばいいのよ!」
……経緯はともあれ、この時に止めるべきだった。
行き過ぎたバカは張り倒してでも止めろと言う母親の言葉がいまさらになって思い起こされるが、あまりに遅すぎた。
百物語の舞台となる屋敷は、満員御礼の状態だった。
それで、油断していたのかもしれない。
「あぁ……これなら大丈夫そうですね」
あの百物語はきちんとした手順で行わないと上手く行かない。
これだけたくさんの人が居たら、怪異は起こり得ない……そのはずでした。
「金持ちなめてました……」
屋敷の至る所にある呪具の類や呪詛の掛かれた札……怪奇パンデミックでも起こすつもりなのでしょうか?
この舞台を用意したどこかの誰かを張り倒してやりたくなりましたね。
「ここでやるのよ!」
と、誇らしげに言うバカ女が示す先にはご丁寧に三間の部屋と言うか、プレハブ小屋が三つ並べてありました。
ああ、配置もばっちりです。
まさか屋敷の屋上を使って行うだなんて……完全な盲点でした。
すがる思いで、私は最後の通告をしました。
「あの、本当にやめませんか……?」
ああ、しかし、言い方が悪かったようです。
「なに? 怖いの? 逃げてもいいのよ?」
逃げられる物なら逃げてしまいたかったのですが、朱莉ちゃんを置いて逃げることはできません。
「……本当に、どうなっても知りませんからね」
「う……や、やるったらやるのよ! どうせ何も起こるわけないんだから!」
私の言に少したじろいだようでしたが、無駄なプライドを発揮させて、バカ女は百物語を決行すると言い切りました。
私と朱莉ちゃん以外の面々もバカみたいにはしゃいでいます。
バカにつける薬はないと言いますが……ああ、もしバカに効く特効薬があったら、無理やりにでもこの女に飲ませたのに。
どうしようもない事態を苦々しく思っていると、朱莉ちゃんが恐々とした様子で聞いてきました。
「有紗ちゃん、これって……」
「ええ、まずいです」
「えぇっ! ど、どうするの……?」
「……あの様子を見る限り、どうしようもないでしょう。せめて、誰かが悪ふざけでもして手順を失敗しないと確実に百物語の怪異が起こってしまいます」
「じゃあ、私達で……」
「あ、これ各自が読む怪談ね。それぞれ十話あるから、ふざけないでやってよね」
そう言って、バカ女が一人一人にタブレット端末を配る。
だと思いました。
あれだけの準備をしているなら、語る怪談くらいは用意されてますよね。
「……どうする?」
「私は死にたくありません。最後の話を読み上げたら、こっそり脱出します。朱莉ちゃんもそうしましょう」
「でも……」
「危険だとわかりきっていることをやる方が悪いんです」
「……わかった。私だって死にたくないよ……」
「一応、出来る限りのことはするつもりです」
……結果から言えば、ダメでした。
徹底的に管理された状況では出し抜くことも出来ず、話は進んでいきました。
「蝋燭を消すまで部屋を出られないなんて……」
手順失敗の為、蝋燭を消さずに出ようとしたら、ドアが開きませんでした。
「なんでここまで徹底してるんだろうね……」
まったくです。金持ちの考えることはわかりません。
意地でも怪奇現象を起こそうという気概を感じます。
確かに、ここまでやって何もなければ、オカルト否定派にとってはそらみた事かと言えるところですが……このままだと間違いなく百物語が成立してしまう。
何もできないまま最後の話を終えた私は、同じく最後の話を終えた朱莉ちゃんに合図を送りました。
最後の賭けです。
話しが終わり、すべての蝋燭が消えた状態で人数が足りなかった場合、失敗して何も起こらないか、あるいは……もしかしたら、酷い結果になるかもしれない。
でも、私は死にたくはない。
ああ、せめて最後通告はしておこう。
話のトリを務めたバカ女に、私は言ってやりました。
「今ならまだ間に合います。ここで終わりにしませんか?」
「いやよ。百物語なんて嘘っぱちだって、私が証明する!」
そう言って、端末の画面を消し、蝋燭を消しに向かうバカ女。
真っ暗になった室内で、私は朱莉ちゃんと手を繋ぎ、出口に向かいました。
と、背後で、ドアの開く音がしました。
来た!
部屋に入ってきたモノを確認せずに、私達は部屋から出ました。
直後、何事かを言い争う声が聞こえ、くぐもった呻き声が数度響き、いくつかの悲鳴が上がりました。ああ、早速犠牲者が……だから止めて置けと言ったのに。
怪異をなめるからこうなるのです。
「中の人達はもう助かりません。逃げましょう!」
「う、うん!」
屋上から三階への階段を駆け下りると、思いもよらぬ光景が目に飛び込んできた。
辺り一面、血塗れでした。
どこからか聞こえる悲鳴、人間だった物の残骸、血なまぐさい匂い。
地獄がこの世に顕現したような光景です。
「ひっ……! なにっ、これっ……!」
目の前のショッキングな光景に、朱莉ちゃんはちょっとお見せ出来ないような状態になってしまいました。
「……百物語の影響ですね。屋敷中にあった呪具の類が起きてしまったようです」
触らぬ神に祟りなし。
呪具のような物は変に触ったり刺激しなければなんてことはない物なのですが……あれは解って用意していたのでしょうか?
この状況、百物語と屋敷中にあった呪具の関係性はアパートの上階の騒がしい住人とその階下の神経質な住人と言ったところでしょうか。
「朱莉ちゃん、色々ぶちまけてスッキリしたところでさっさと逃げよう」
「……有紗ちゃん、メンタル強すぎじゃないかな……」
「そうかな?」
まあ、二度目ですしね。
百物語で出てくるアレには私の切り札も敵いませんし、見つかる前に早く逃げないと。
私の切り札……私が小さい頃からずっと私の中に居るよくわからない何か。
怪異や超常の存在に対してチートじみた力を発揮するモノです。
見る人によっては非常にグロテスクな見た目をしているようですが、私からすれば可愛い子です。
いわゆるグロカワ系ですね。
「さて、行きましょっ……!」
ゾッとする気配を感じて振り返ると、奴が居ました。
その姿は、狐の面をかぶった着物姿の小柄な少年、あるいは少女の姿に見えます。
以前見た時は鬼の面でしたが……この嫌な感じは間違いありません。
「朱莉ちゃん、逃げて!」
即座にうちの子をけしかけ、朱莉ちゃんの手を引いて距離をとると、奴はげらげら笑いながら、うちの子と激しく打ち合っていました。
「くっ、前より強く……!」
「な、何なの、あれ……?」
「あれが百物語の怪異。一度現れたら十人殺すまで消えないの」
「あれが、お姉ちゃんを……」
「気持ちはわかるけど、ここは逃げ……朱莉ちゃん、逃げてっ!」
朱莉ちゃんの背後に巨大な手を見た私は、すぐさま叫び、駆け出します。
「えっ?」
そこからは無我夢中で、朱莉ちゃんを突き飛ばすと同時に巨大な手の鋭い爪に腹を貫かれ、弾き飛ばされ、私は意識を手放しそうになりました。
「有紗ちゃん!」
「げほっ! げほっ! なんなの、あの怪異は……!」
見た目通りの物理特化……!
怪異のくせに得意技は物理攻撃って!
「思えば、私を初めて貫いたのはあの怪異でしたね。どう責任取ってもらいましょうか……」
「有紗ちゃん、唐突に現在に戻ってこないで? 惣田さんが困ってるよ?」
「失礼しました。話を戻しましょう」
巨大な手の怪異は、今まで見たこともないような禍々しい物でした。
鬼の手……地獄先生ではなく、青白い蒼炎をまとい、鋭い爪をはやした、やたらと生々しくてごつい感じのマド〇ンド。これが奴とのファーストコンタクトでした。
「……応援を呼ばれたら厄介だけど……あ、逃げた」
私に深手を負わせて満足したのか、奴はあっさり引いて行きました。
あとには死闘を繰り広げている百物語の怪と私の切り札ちゃんが残りました。
「……激闘ですね」
スプラッタな光景が光景が目に入って来たので、スッと逸らしました。
「有紗ちゃん、そんなことよりその怪我っ!」
「こんなもの唾つけとけば治るよ」
我ながら人間離れしていますが、私の中に居るあの子のおかげで、怪我の治りが異様に早いんですよね。この怪我もすでに治り始めていますし。
「すごく血が出てるけど……」
「何言ってるの、月に一回ドバドバ出してるでしょう?」
「そんなにたくさんは出ないかなっ! とにかく止血しないと!」
「大丈夫。ほら、塞がり始めてる」
「傷口見せないでよ! うぅ……気持ち悪い……」
「とりあえず止血は必要そうかな。何かある?」
「えっと……ハンカチなら」
「あと、そのリボンも」
「これ、有紗ちゃんがくれた奴なんだけど……」
そうでした。
もしもの時の為の生体式GPSを搭載したリボンです。
「……まあ、黒地だし、血が染み込んでも、洗えば問題はないよね?」
「さすがに使わないよっ! とりあえず、ハンカチをガーゼ代わりにしてリボンで固定しよっか」
「いつもすまないねぇ……」
「もうっ、のらないからね?」
さすが朱莉ちゃん、看護学校を目指しているだけあって見事な手際です。
「はい、終わったよ」
「ありがとう。さあ、逃げましょう」
「えっと、放っておいていいの?」
「あの子ならどんなに離れても私の元に帰ってくるから平気だよ」
「そ、そうなんだ……」
そうして、私達は混沌とした屋敷から脱出するために行動を開始しました。
朱莉ちゃんも割と見える方なので、移動に関しては問題ないのですが……。
「酷い化け物屋敷ですね……」
あちこちにある呪具の類が非常に邪魔だったのです。
「通っちゃダメなところは、いったい何なの?」
「非常に危険な呪具だよ。近づいただけで私達には猛毒のような影響を与えてくるモノだね」
「私達って?」
「正確には女性かな。結構有名な呪具だけど」
そう、女性の天敵ともいえる、名前を口にするのも恐ろしいアレです。
「え、知らない……」
「朱莉ちゃんはホラー系のお話は見ないもんね」
「だって、怖いし……」
「まあ、ともかく、その中でも地味にグレードが高い物だから、近づかない方が良いよ」
「わ、わかったよ……」
あの呪具、少なくとも百年以上は経ってるし、中身も五人以上……最悪と言うほどではないけど、それでも十分すぎる力を持っている。
「まあ、最悪、うちの子に喰らってもらおう」
「それって大丈夫なのかな……」
「大丈夫だよ。強いモノほど喜んで食べる子だし」
「……それって大丈夫なのかな」
大事な事なので二回言ったのかな? なんだか最初とニュアンスが違う気がしたけど。
「少し迂回しよう。こっちのはそんなに危なくなさそうだし」
「危険度、わかるんだね……」
「なんとなくだよ。はずれ引くこともあるし」
「……大丈夫なんだよね?」
「運が悪くなければね」
ああ、忘れていました。
私……とてつもなく運が悪いのでした。
迂回先にあったのは、雛人形です。
「……や、厄が……」
はい、アウトです。
あの雛人形、厄が溜まり過ぎて周囲に漏れ出してます。どういうわけか首が回ってますし。
「なんか、周りに倒れてる人がいっぱい居るよ……?」
あれだけ濃い厄を浴びたら、ああもなりますよ!
「なんでこんな危ない物がたくさんあるんですか……!」
これだから金持ちは!
金に任せて呪具の類を集めるだなんて、なんて愚かな……あれ、でも厄介な物が一か所に集まればその分平和面積増えますよね? なんだ。いいことしてるじゃないですか。
「……いい仕事しますね」
「なんでっ? そのせいで私達困ってるよねっ!」
そうでした。
「この部屋の中を通りましょう。ほら、こういうお屋敷って、部屋と部屋が繋がってますし」
次の階段への通路は二本、どちらもはずれです。
だったら部屋の中を通るしかないですからね。
「大丈夫だといいね……」
「そうだね……とりあえず、雛人形の方が範囲狭いから、こっち側にしよう」
雛人形側の部屋のドアを開け、そっと中をのぞきました。
「……何もいませんね?」
この部屋は安全なようです。
血塗れでもないですし、荒らされた形跡もなし。
まるでゲームのセーブポイントのようでした。
「ねぇ、この部屋は安全みたいだし、助けが来るのを待たない?」
「それは賢明じゃないかな。屋敷中が不安定だし、百物語の怪もまだ消えてない……最悪死んじゃうかも」
「そ、そうだ! 有紗ちゃんのお母さんに助けてもらおう!」
確かに、母さんなら何とかしてくれそうな気がするけど。
「母さんは出張で北の大地に行ってるよ」
「北海道かぁ……すぐには無理だね」
「え、北極だよ?」
「なんでっ?」
それは私が聞きたかった。
「さあ、北極基地で悪霊がどうとか言ってた気がするけど……」
ちょっと北極行ってくる。っていう書置きだけ残して行っちゃったんだよね。
「じゃあ、どうにか私達だけで脱出しないとダメなの……?」
「そうなるね……まあとりあえず隣の部屋への扉はあるみたいだし、部屋を経由して下に行こう」
「それしかないよね……」
「怪異は私が何とかするから、朱莉ちゃんは変なことしないように気を付けてね?」
「変な事って?」
「大丈夫だと思うけど、あちこちうろうろしてその辺の物に勝手に触るとか……かな?」
「それなら大丈夫。この状況でそんな勇気ないし……」
ですよねー。
朱莉ちゃんは基本怖がりだから、その辺りは心配していないのですが……。
「うっかりも禁止だよ?」
うっかりでとんでもないことをやらかすのが玉に瑕です。
「う……うん、がんばります……」
「じゃあ、二階に降りちゃおう。次の部屋もなんともないみたいだし」
「そうだね」
セーブポイントの隣は異常なし、ちょっと荒らされた感があるけど、赤いものは見当たらない。
その隣は綺麗にこと切れている女性が二人。
恐らく物見遊山のつもりでやってきたのだろう。
変に首を突っ込まなければ、こんなことにはならなかったのに……。
「……? 寝てるのかな?」
「それ、死んでるよ」
「っ! し、死んでるの……?」
「ありきたりな言い方だけど、魂を持っていかれてるね」
「魂を……死神、とか?」
「……わからない。ここはあまりにも酷すぎて、なにが居るか分かった物じゃないし」
死神はともかく、魂を引っこ抜くタイプの怪異はあまり相手にしたくない。
何せあれ、一瞬ですからね。
前に一度持っていかれた時は死ぬかと思いました。
「……モノダさん、なにか?」
「惣田さん、言いたいことはよくわかります……」
「人を化け物を見るみたいな目で見ないでください、さすがに傷つきます」
とにかく、大切な物を持って行っちゃう系の怪異が居ると言う事で、私達はより一層気を引き締めて次の部屋に移動しました。
「だいぶ荒らされてるけど……」
「扉の壊れ具合からして、立て籠もったけど外から破壊されたみたいだね」
「モンスターパニック映画を見てるみたい……」
「むしろ絶賛出演中だよ?」
「……お家に帰りたいよぅ」
「これに懲りて、きちんとノーと言える女にならないといけないよ? 朱莉ちゃんは土下座したらやらせてもらえるっていう噂があるくらいだし」
「なにそれ初耳なんだけどっ! 私ってどう思われてるのっ?」
「中学時代に、だいぶはっちゃけてたのを誰かが言いふらしたみたいだね」
ちなみに朱莉ちゃん、高校デビューならぬ高校引退をしている子です。
イケテル系から地味系に転化したというのに、過去の所業が足を引っ張っているというちょっと気の毒な子です。
「ちょっと待って! なんかおかしいよね!」
「だって、前回の時点で朱莉ちゃんの情報少なかったし、今回でどんどん出していかないと」
「何言ってるのっ? ねぇ、何言ってるのっ? お願いだから私の目を見て!」
仕方がないので朱莉ちゃんのことはさておいて、私達は廊下へと出ました。
階段はすぐそこで、怪異の類も見当たりません。
「……大丈夫そうだね」
「有紗ちゃん。その……」
「どうかした?」
「……と、トイレ……」
……ふむ、この状況でトイレ、か。
「それ、死亡フラグだよ?」
「わかってるけど言わないで!」
「まあ、これは現実だから平気だよ。じゃあ、どこか適当な部屋で済ませちゃおう」
二階に降りる前に、私達はお手洗いを済ませました。
ええ、つつがなく済ませましたよ? お互いに見張りながらですが。
孤立したところで襲われたら、たまらないですからね。
まあ、あの状況もたまらない物がありましたけど。
「いやぁ、意外だったなぁ」
「な、なにが?」
「まさか生えてないなんて……」
「それは有紗ちゃんも一緒でしょっ!」
「ほら、私ってロリだし」
「そう言う問題じゃないと思うよ……?」
女子同士だと割とこういう生々しい話も多いんですよね。
自慰をしているかとか、どこが感じるかとか、それはもうエロエロなことまで筒抜けです。
まあ、同性ですし、普通ですよね?
……はい、すみません。悪ふざけはよくないですね。
でも、これ、実際の会話なんです。
「まあ、シモの話は置いといて、下に降りよう」
「有紗ちゃんから始めたのに……」
「ごめんね。気を紛らわせてあげようと思って……」
「気は紛れたけど、そう言うのはちょっと」
そう言って、顔を赤くする朱莉ちゃんでした。
「朱莉ちゃんって、実は初心だよね」
「いいから下に降りようよっ!」
「しょうがないにゃあ」
階段を下りて二階へ着くと、安定の血みどろ地獄でした。
血肉と臓物が放つ悪臭に、朱莉ちゃんが再びくじけそうになっています。
「うっ……」
「もっかい吐いとく?」
「だ、大丈夫……」
この短時間で順応しつつあるようで、今度は持ちこたえました。
過酷な環境は人を強くするとはよく言った物です。
「……叫び声が聞こえるね」
「まだ生きてる人がいるみたいだね……助けに行った方が良いかな?」
「こういう時はさっさと逃げるに限るよ。ミイラ取りがミイラになっちゃうし」
「そ、そうだね。包帯でぐるぐる巻きは嫌だよね……」
……あれ、なーんか変な答えが返ってきたぞー?
「えっ?」
「え?」
「「……?」」
疑問符を浮かべて見つめ合い、揃って首を傾げた所で、気が付いた。
朱莉ちゃんは、言葉の意味を文字通りに受け取ったようでした。
「朱莉ちゃん、いまのは言葉のあやだよ?」
「えっ、そ、そうなのっ?」
「そうだよ。本当にミイラになるわけじゃなくて、助けを求めてる人を助けに行ったら自分まで助けられる側の人になっちゃう的な奴だよ」
「そ、そうなんだ……あうぅ、ずっと勘違いしてたよぅ」
……可愛いでしょう? この子、私の友人なんですよ?
「ほら、恥ずかしがってる場合じゃないよ。ここ、なにが居るかわからないし……」
「う、うん、そうだね」
「それにしても、酷いね……」
屋敷の二階部分は三階よりも酷い有様でした。
おそらくですが、異変は上階から始まり、異変を察知した人々は下へ逃げ、途中で追いつかれ、殺されていったのでしょう。
百物語が切っ掛けのようですし、三階と違って荒れ具合が酷くなっています。
この階は付喪神系が多いんだよね……。
ああいった存在は視え難いので苦手なのです。
「朱莉ちゃん、この階は付喪神が多いから、展示品には近づかないようにしてね?」
「付喪神って、リビングアーマーとか、インテリジェントソードとか?」
「ま、まあ、そんな感じです」
朱莉ちゃんはどうしてこう偏った方向で詳しいんだろう。
まあ、それは置いといて、わかっているなら、問題はない。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
辺りを警戒しつつ移動を開始……したのですが、油断があったようです。
背後に嫌な気配を感じ、反射的に朱莉ちゃんを庇い、前に倒れ込みました。
「痛っ……!」
背中が熱い。まるで焼き鏝を押し付けられたようでした。
いや、焼き鏝を押し付けられた事なんてないですけどね?
「有紗ちゃん、いきなり何……有紗ちゃん!」
「あか、り、ちゃ……よかっ……」
背中を何かにばっさりとやられた私は、傷の治りが遅いことに気付きつつもどうにもならず、そのまま気を失ってしまいました。
「とまあ、ここまでが私の覚えてるところですね……え? あの鎧にやられたのかって? ははは、そんな馬鹿な事があるわけないじゃないですか。きっとあの巨大な手の化け物に違いありませ」
「あの時は、動く鎧にやられたんだけど……」
「……だと思ってました」
ちゃんと断ればよかった。
あの時ほど、自分の選択を後悔したことはありません。
「有紗ちゃん! 有紗ちゃんっ!」
「……」
突然動き始めた西洋鎧に背中を切りつけられ、私を庇った有紗ちゃんが大怪我を負ってしまった。
いつもなら既に傷が治り始めているというのに、その時に限っては全く治るそぶりがなかった。
有紗ちゃんの中の存在に何か異常があったのだろうか?
とにかく、私は有紗ちゃんを連れて、動く鎧の手から逃げる様に近くの部屋に閉じこもった。
幸い、逃げた先の部屋には何も居る様子はなく、多少落ち着くことができました。
「血が、血が止まらないよぉ……! えっと、こういう時は……!」
有紗ちゃんをうつ伏せに寝かせ、血塗れの服を破いて背中の傷を確認すると、深い傷が刻まれていた。
「まずは止血!」
逃げ込んだ部屋は客室として使われているようで、バスルームやトイレがあった。
私はバスルームに駆け込み、綺麗なバスタオルをとって戻ると、それを有紗ちゃんの背中の傷に押し付けた。
「うっ……」
痛いのか、有紗ちゃんが呻きます。
「ごめんね。痛いよね。でもお願い、今は我慢して!」
有紗ちゃんに呼びかけながら傷を押さえ、そのまま血が止まるのを待つ。
血が止まるように祈り続け、どれだけ時間が経ったかわからなかったけれど、どうにか出血は止まってくれた。
「後は、タオルを固定しないと……」
タオルの固定にはお腹の傷に使っていたリボンを一旦緩めて締め直し、そのままタオルの固定にも使ったけど、あと一か所、胸の辺りが足りない。
なので、その……私のブラジャーで固定しました。
「モノダさん、さりげなく朱莉ちゃんの胸を見ないでください」
「い、今は着けてますっ!」
「まったく、ちょっと胸が大きいだけで……」
と、とにかく、それで何とかなったので、私はその場に有紗ちゃんを置いて行動を開始しました。
「とりあえず包帯とお薬があれば……」
大きなお屋敷です。常備薬は置いてある筈だと思い、部屋の中を探しました。
「……あった!」
戸棚の中から薬箱を見つけ、有紗ちゃんの所に戻りました。
リボンなどでの圧迫はそのままに、はさみで切ったバスタオルを慎重に外すと、傷は辛うじて塞がりつつあるようでした。
先ほどのような治り方ではないですが、それでも早いくらいです。
「ちょっと染みるけど我慢してね?」
有紗ちゃんに呼びかけ、消毒液を傷口に振りかけて、傷口周辺を綺麗にしていく。
綺麗になったら化膿止めを塗ったガーゼを傷口に張り付け、ずれないようにテープで固定し、包帯を巻いて行く。
「……ふぅ、ひとまずは安心、かな?」
一息つくと、外から聞こえてくる悲鳴や助けを求める声が嫌でも耳に入ってくるようになった。
有紗ちゃんに言わせれば自業自得なのかもしれないけど、すぐ近くで助けを求めている人の手を振り払う勇気は、私にはなかった。
手を差し伸べたら、死ぬことになるかもしれない。
でも、私は……。
「ごめんね。有紗ちゃん……」
それでも、助けられる人がいるなら助けてあげたい。
私は、有紗ちゃんをクローゼットに隠し、部屋を出て声の聞こえる方へ向かいました。
「あの、私クローゼットにしまわれてたの……?」
「ご、ごめんねっ! あの時はそうするのが良いと思ったの!」
「まあ、こうして無事だったからいいんだけど……クローゼット……」
部屋を出た私は、周囲を警戒しながら声の聞こえる方へ向かいました。
有紗ちゃんが凄すぎて霞みがちですけど、一応、私も視ることができます。
「たす、けて……たすけ、てぇ……」
今にも途切れそうな声の元にたどり着き、それを……その人を見て、私は絶句しました。
「たすけてぇ……」
ずっ、ずっ、と、私に気付いたその女性は、こちらへ少しずつ這ってきました。
なぜ、そのような動きなのか……その答えは、彼女の下半分にありました。
腰から下が存在しなかったんです。
怪異の類ではありませんでした。
その証拠に、彼女が這ってきたと思われる道筋には赤々とした痕跡と、長く伸びる……腸と思われる物が上半身の動きに合わせて引きずられていました。
明らかに死んでいてもおかしくない状態です。
それなのに、彼女は……名前も知らない女性は、必死に、生きようとして、ここまで逃げてきたんです。
「おね、がい、たすけ、て……あし、うごかない、の……」
「あ、あ……」
なにも、出来ませんでした。
此処に来るまで、たくさんの血も、死んだ人も見てきました。
そして、今まさに死に瀕している人を見て、私は、何もしてあげられませんでした。
「あぁ……しにた、く、な……」
力を失ったように女性の頭が落ち、動くことも、しゃべることもなくなりました。
人が死ぬ瞬間を、初めて見ました。
色々な感情が一度に押し寄せてきて、パニックを起こすよりも先に頭が処理しきれなくて、頭の中が真っ白になって、その場にへたり込んでしまいました。
そして、少し冷静になって理解が追い付いてくると、後悔の念が沸き上がってきました。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ああっ、どうして……!」
せめて……せめて安心させて上げることができれば、安らかに逝けたのに……。
「……ちなみに、命が助かるかもしれない重傷者に対して、もう大丈夫、とか安心させる言葉は言っちゃダメだよ? もちろん、絶望させるようなこともダメだけど」
「あ、知ってる。酷い時はぽっくり逝っちゃうんだよね」
「うん、そうなの。だから、そういう時はとにかく声をかけて意識を繋いであげてね?」
死んでしまった女性を廊下の脇に寝かせて、私は次の声の元へと向かいました。
「こっちは……誰かを呼んでる……?」
男の人が女の人の名前を叫んでいるようだった。
もしかして、誰か怪我してるのかな?
声の聞こえる方へ向かっていくと、男の人がドアを叩きながら叫んでいた。
「開けろ! 開けてくれ! サヤカ! サヤカぁ!」
「あ、あの、なにがあったんですか?」
「うわっ! うわああああああああああああ! くるなっ! くるなああああ!」
「えっ」
私が声をかけると、男性は走って逃げてしまった。
……どうしたんだろう?
視線はこちらを見ていたし……まさか、後ろに何か……?
「っ!」
後ろを振り返るが、なにもいない。
やっぱり、私を見て逃げたのかな?
「なんかショックだなぁ……あ、そう言えば血塗れだったんだ……」
有紗ちゃんの治療やさっきの女の人の遺体を運ぶので、血塗れになっていたんだった。
うん、血塗れの女の子が居たら怖いよね。仕方がないよね。
私、怖くないよね……?
「あ、そうだ。この部屋……あれ? 開いてる……?」
さっきの人はドアを叩いていたけど、鍵はかかっていない。
そもそも、鍵のあるドアじゃない。
不可解な物を感じながらも、私はドアを開けて中を覗き、そっと閉じました。
「……え、エッチなことしてた……!」
よく見えなかったけど、男の人が女の人に覆いかぶさって、その……動いてたから、きっとそうだよねっ?
と、とにかく、大丈夫そう? だったので、私はその場を去ろうとしたんですけど、閉めたドアが開いて、女の人が顔を出しました。
「あれ? ねぇ、あなた、ここに居た人知らない?」
「え、えっと、声をかけたら逃げてしまいました……」
その女の人は、何かがおかしかったんです。
最初は私、気づいていなくて、普通に話していたんですけど……。
「あー、そっか、そうだよねぇ……ウフフ、ねぇ、あなたも、ワタシとイイコトしない? キモチよくシテあげるよ? あっ」
ごろん、と、女の人の頭が転がりました。
そして、気づきました。
私と話している間、女の人は瞬きもせず、口も動いていなかったんです。
「ひぃっ!」
「あーあ、落ちちゃった……ネェ、アタナノアタマ、ワタシニチョウダイ……?」
そうして、ドアの陰から出てきたのは、頭のない女性の身体……を模した、わけのわからないモノでした。
「いやぁっ!」
「マッテ、イタクシナイカラ! アナタノアタマチョウダイ!」
「こないでぇ!」
私は無我夢中で逃げました。
背後から追ってくる声と気配がなくなるまで逃げ続け、気が付いたら、どこかの部屋のクローゼットの中に居ました。
「…………」
扉を少し開けて外の様子を確認し、異常がないことを確認してから、クローゼットから出ました。
私が逃げ込んだのは、客室の一つのようでした。
「ここ、どの辺りだろ……」
この時になって、私は後悔し始めていました。
有紗ちゃんを置いてきたこと、早く逃げればよかったということ、こんな状況で誰かを助けたいだなんて思ってしまったことを……。
「……早く戻らなきゃ」
私は今、有紗ちゃんの命を預かっているんだ。
有紗ちゃんだけでも助けなきゃ!
「有紗ちゃん……」
今戻るから!
「朱莉ちゃんのポジションがホラー映画に出てくるアレなヒロインみたい……」
「自分でも思い起こすだけで恥ずかしいからやめてぇ!」
「まあ、朱莉ちゃんは良くも悪くも、優し過ぎですからね……」
朱莉ちゃんと一緒に生きてここから脱出する。
それを最優先の目標に据え、私は行動を再開しました。
でも、必死で逃げていたせいか、現在地がよくわかりません。
階段は使っていないので、二階であることだけはわかっていました。
「……確か、こっちから来たよね?」
おぼろげな記憶を頼りに、来た道を戻って行きました。
それにしても、さっきのはなんだったんだろう……妖怪頭置いてけ?
有紗ちゃんと付き合う内にいろいろなモノは視て来たけど、ああいうのは初めて見た。
「怖かった……」
あのお化けには二度と遭遇したくない。心の底からそう思いました。
でも……そう言うのを、フラグって言うんですよね?
「ミーツケタ!」
背後から聞こえた声に、私は振り返らずに走り出しました。
「マッテ! アタマホシイノ! アナタノアタマチョウダイ!」
「いやぁ! 来ないでってばぁ!」
幸いにも相手の足は遅く、距離を離し、角を曲がった所にあった部屋に隠れた。
『アタマアタマアタマアタマアタマアタマアタマアタマアタマアアアアアアアアア!』
ずるっべたっ、ずるっべたっ!
「っ! っ!」
悲鳴が漏れそうになるのを堪え、ナニカが這いずる音が遠ざかっていくのを待ちました。
音が聞こえなくなり、落ち着いたところで私は部屋の中を見渡し、凍り付きました。
「ひぅっ……!」
人が、天井からぶら下がっていました。
怪異の仕業か、あるいは自分達で吊ったのか、五人の男女が首を吊って居たのです。
……いいえ、違いました。
「あ、あ……」
首吊りでは……ありませんでした。
足元から頭へ向かって視線を移していくと、彼らの頭は巨大なミミズのようなモノに丸呑みされ、身体も少しずつ飲み込まれている所でした。
そのまま視線を天井にやると、そこには埋め尽くさんばかりのミミズのようなモノが蠢いて……。
「ひっ、ぁっ……!」
悲鳴をどうにか飲み込み、私はすぐに部屋を出ました。
部屋の外に私を追っていたモノは見当たらず、ほっと胸をなでおろしました。
しかし、先ほどのミミズのようなモノとその犠牲者を見て、私の心は折れかけていました。
「うぅ……死にたくないよぅ……」
思わず泣きごとが漏れました。
もう、ここまでで寿命が十年は縮んだ気がします。
と、そんな時でした。
ごとんっ、と、近くの部屋から物音がして、思わず飛び上がってから、音のした方を見ました。
私が居たのとは別の部屋です。
「だ、誰かいるの……?」
恐々と呼びかけながら、後ろへと下がって行きました。
相手が人間じゃなかったら、すぐに逃げるつもりでした。
私の呼びかけに対して、扉の向こうから、覚えのある声が聞こえました。
『あ、あんたこそ誰よ! 名前を言いなさい!』
なぜこの場に彼女が居るのか疑問に思いながらも、私は答えました。
「あ、朱莉。荻原朱莉です……」
「朱莉さんっ? 無事だったのね!」
ドアが開き、中から出てきたのは間違いなく彼女でした。
この屋敷の娘で、今回の百物語の主催者。大城英梨香さんです。
「っ! どうやって、逃げてきたの……?」
見知った顔なのに、これまでのことで怯えきっていた私は、警戒しながら彼女に尋ねました。
「どうって……戻ろうとしたら悲鳴が聞こえて、別の出入り口から外に出たのよ。それよりあれは何なのっ? 私の家はどうなっちゃったのよ!」
彼女も怖い思いをしてきたのでしょう。
顔色は蒼白で、衣服には血の跡がついていました。
「百物語だよ。有紗ちゃんがダメって言ったのに……」
「な、なんで怖い話をしただけでああなるのよ! こんなことありえないじゃない! ほ、本当は悪戯なんでしょう? そうじゃないと、じゃないと……皆、死ん……あ、あああああああっ!」
私の言葉に激高する彼女でしたが、私の背後から聞こえてきた甲高い声に顔色を変えると、背を向けて走り出しました。
私も、その後を追うように走り始めました。
「アアアアアアアアアアタアアアアアアアアマアアアアアアアアアアアアッ!」
「いやぁ!」
戻って来たのか、人の頭を狙うモノが追いかけてきたんです。
「な、何なのよアレぇ!」
「私だって知らないよ!」
二人で逃げ回り、やり過ごしてからの大城さんの第一声がそれでした。
彼女が異変を察して逃げ出した後は、屋敷の有様に驚き、いろいろなモノに襲われて逃げ回っていたそうです。
「なんか人がいっぱい死んでるし、化け物だらけだし! 聞いた話以上の被害じゃない!」
なんだか逆上しているようだったけど、自分が事の発端だと彼女は理解していたのでしょうか?
……今は理解してるといいなぁ。
「有紗ちゃんが、屋敷の中に呪具がたくさんあるって言ってたけど……」
「その……じゅぐって何?」
「お屋敷の中にある置物とかだよ。危ない物が多いって言ってたよ?」
「……パパがこの日の為に集めた物よ。要らないって言ったのに、不気味な物ばっかり!」
「そうだったんだね……」
ああ、それ聞いたら有紗ちゃん、怒るだろうなぁ。
そう思いながら、私は提案しました。
「えっと、私、これから有紗ちゃんの所に戻るんだけど、大城さんはどうする?」
「有紗が生きてるのっ?」
「う、うん、ちょっと怪我しちゃったど……」
「大変じゃない! 救急車はっ?」
「そうしたいのはやまやまだけど、この状況で呼んだら、確実に二次災害が起こるよ……」
「じゃ、じゃあ、どうしたらいいのよ!」
「ここから脱出して、必要な人と救急車の手配かな」
「必要って、その、霊能者とか……?」
「そうなるんじゃないかな。これまでのラインナップを見た感じ、軍隊でも連れてきた方が良さそうだけど……」
「軍隊なんか連れてきたら、うちが壊れるじゃない!」
「さすがに冗談だよ。でも、こんなことになって、住めると思ってるの?」
「う……」
「とりあえず、有紗ちゃんの所へ行こう。そろそろ起きてるかもしれないし」
「……わかったわ。そう言えば朱莉さんは、なんであんなところに?」
「……誰かを助けられるかも、なんて、浅はかなことを考えた結果かな」
「そう……」
その後は、特に何かに遭遇すると言う事もなく、大城さんの案内もあって、有紗ちゃんを置いてきた部屋に戻ることができました。
「色々と突っ込みたいところはあるんだけど、妖怪頭置いてけって……」
「だってそんな感じだったんだもん!」
「妖怪首置いてけじゃないんだから……いや、居ないよ? 首置いてけは漫画の話だからね?」
一応、無事に部屋に戻れた私はクローゼットを確認し、そこに変わらず居た有紗ちゃんの姿を見つけ、ほっとしました。
「良かった……」
「朱莉さん、なんでこんなところに……?」
「え、だって、クローゼットは安全地帯なんだよ?」
「ちょっと待って! 何その設定! そんな理由でクローゼットに収納されたの私っ?」
「え、だって、ゲームとかではクローゼットやロッカーに隠れて敵をやり過ごすよ?」
「それゲームの話だよね! あの時は現実だったからねっ?」
えっと……こんな感じのやり取りを大城さんともしてから、私達は有紗ちゃんを連れて、一階へ降りることになりました。
「……軽いわね」
「うん? 有紗ちゃんのこと? まあ、ちっちゃいからね」
「それもあるんだろうけど、ちょっと痩せすぎじゃないの?」
「こう見えて結構食べるんだけどね。どこに栄養が消えてるのかわからないって本人は言ってるよ」
そんな他愛のない話をしながら階段を目指しました。
有紗ちゃんの中のモノが戻ってきているのか、有紗ちゃんの容体は安定していて、得体のしれないモノが近づいてくることもありませんでした。
「それにしても起きないわね」
「有紗ちゃん、一度寝ると、ちょっとやそっとじゃ起きないんだよね……」
「こんな状況なのに寝ていられるって、すごいわね」
「あはは……あ、階段だ。気を付けてね?」
「大丈夫よ」
ようやく一階への階段に差し掛かり、踏み外さないように慎重に降りて行きました。
何事もなく一階に着き、私達はいったん有紗ちゃんを床に寝かせました。
「ふぅ、人を運ぶのって大変ね……」
大城さんがくたびれた様子で言いました。
けど、ここにきて私は今までに感じた事のない気配のような物を感じ、恐怖に身を固くしていました。
「……」
「な、なによ。急に黙って……」
「しっ! 静かにして! それと、どこか隠れられる場所はっ?」
一刻も早く隠れないといけない。
あれに見つかってはいけない。
その時は、漠然とした恐怖と不安に突き動かされての行動でしたが、結果としてその選択は間違ってはいませんでした。
「え、えっと、そっちに掃除用具入れが……」
「今すぐそこに隠れよう。なにか来る!」
「よ、よくわかんないけど、隠れればいいのね」
私達は階段下の掃除用具入れに隠れました。
しばらくして、ミシ、ミシ、と、階段のきしむ音が聞こえてきました。
「な、なにかしら……?」
「っ! な、なに、これ……」
非常事態です。
私にもはっきりマズイとわかるほどのナニカが下りてきました。
有紗ちゃんが言っていました。
視てもいないのに明らかにマズイと思うモノとは関わるなと。
アレはきっと、そういうモノだったんだと思います。
「誰か降りてきた……?」
「これ、人間じゃないよ……」
「人間じゃないって……ま、まさかあの頭くれとか言ってくるへんな奴?」
「違う……あれが可愛いと思えるくらいのだよ。絶対に出ちゃダメだよ?」
「わ、わかったわ……」
私達は息をひそめて外の様子を伺っていました。
すると、外から声が聞こえてきたんです。
『……り、か……エリカぁ……どこだぁ……』
聞こえてきた声に、大城さんが反応しました。
「パパの声! パパ! 私はここよ!」
「あっ、ダメっ!」
止める間もなく大城さんが飛び出し、ナニカを目にして立ち止まっていました。
「あっ、あっ……」 視線の先には、大きな手の形をしたお化けが居て、その指には一人ずつ、まるで百舌の早贄の様に人が突き刺さっていました。
そのうちの一人を見て、大城さんが呆然としながら、かすれた声で問いかけました。
「パパ、なの……?」
すると、中指に刺さっていた男の人がわずかに動き、弱弱しい声を上げました。
「えり、か……たすけ、て……ごぷっ」
助けを求める大城さんのお父さんは、その口から大量の血を吐き出し、糸の切れた操り人形のように、だらりと全身を弛緩させました。
「いやぁあああああああああああああっ!」
大城さんが叫び声をあげ、手のお化けを迂回して玄関に向けて走り出しました。
それと同時に、誰かが階段を駆け下りてくる音が聞こえます。
「ひいぃ! ひいいいいいっ!」
狂ったように叫びながら二階から駆け下りてきたのは、このお屋敷のメイドさんでした。
その後ろからは、聞き覚えのある声が聞こえてきます。
「アタマアアアアアアア! アタマッ! アタマァッ!」
逃げてきたメイドさんは大城さんよりも早く出入り口に着きそうになりました。
でも、その前に突如現れたのは、あの百物語の怪異で、ソレはメイドさんのお腹に腕を突きたてました。
「いやっ! いっ……! あっ、がっ……!」
ぐじゅっ、ずるるっ、と、湿った音を響かせて、百物語が引き抜いた腕には細長い物が握られていました。
「あっ」
と、メイドさんが声を上げると同時、追いついた首取りお化けが、メイドさんの頭をもぎ取りました。
ゴキュッ、ブヅッ、と、鈍い音がして、頭を奪われたメイドさんの身体が崩れ落ち、百物語の姿が掻き消え、念願の頭を手に入れた首取りお化けは、ケタケタと笑いながら、どこかへ走って行ってしまいました。
後には、首とお腹から血を拭きながら床に倒れ伏すメイドさんと、立ち尽くしている大城さん、そして……手のお化けが指先の死体を振り落としながら、大城さんに近づいて行くのが視えました。
「大城さん! 逃げて!」
「あ……いや……」
声をかけましたが、大城さんは腰が抜けて動けないようでした。
「大城さっ……!」
ふっ、と、何かが私の横を通り抜けた気がしました。
そして、手のお化けが吹き飛ぶように倒れ、玄関を破壊しました。
「大城さん! 大丈夫っ?」
幸いにも手のお化けは大城さんを避けて倒れたようで、へたり込んでいる大城さんの姿が見えました。
「あ、あ……いやああああああああああああ!」
玄関に空いた穴から大城さんが逃げて行きました。
外がどうなっているのかはわかりませんでしたが、手のお化けが追おうとしなかったので、少しほっとしました。
それよりも、手のお化けを攻撃したのはなんだったのか、その答えはすぐにわかりました。
「有紗ちゃん……?」
いつ目を覚ましたのか、有紗ちゃんが私の傍に立っていました。
「…………」
「有紗……ちゃん?」
でも、有紗ちゃんの様子は普通ではありませんでした。
顔を俯かせ、片手を前に突き出し、ぶつぶつと何かを呟きながら、ゾンビの様に、ずるっ、ずるっ、と、足を引きずって、手のお化けの方へ向かっていきます。
手のお化けも、こちらへ向かってきました。
「だめっ! 有紗ちゃん!」
「…………」
有紗ちゃんの前進は止まりませんでした。
まるで何かに引かれているかのように歩を進め、手のお化けの方へ向かいます。
そして、手のお化けが、蛇が鎌首をもたげるような動きをして、こちらに五指を突き出してきて、強い衝撃を受けてから、私は意識を失いました。
「有紗ちゃん、あの時の記憶はないの?」
「うーん、玄関が壊れた記憶はあるんだけど、ほとんど覚えてないよ……たぶん、私の中の子が回復を図って私を引き寄せた……のかな?」
「有紗ちゃんのそれって、わからないこと多過ぎだよね……」
えっと、ここからは私ですね。
たぶん、朱莉ちゃんが気を失ってすぐ、私は目を覚ましました。
すぐ傍には大怪我を負って倒れ伏す朱莉ちゃん。
そして、目の前には奴が居ました。
「行って!」
すぐに私の中の子をけしかけましたが、どうにも消耗している様子でした。
百物語との戦いでそうなったのか、それとも、目の前のこいつが原因か。
見た目からはわかりませんが、手の化け物も相当消耗している様子で、襲い掛かる私の中の子を鬱陶しそうに振り払い、逃げ出そうとしていました。
「今のうちに……」
私は朱莉ちゃんを背負い、いつの間にか居た玄関の、恐らく私の中の子と、奴がやらかしたであろう玄関の穴を目指しました。
「凄い大穴……って、見てる場合じゃないか」
朱莉ちゃんを背負ったまま、何とか外に出ました。
お腹と背中の傷が痛むけど、朱莉ちゃんの怪我の方が心配です。
なんと言うか……生きているのが不思議なくらいの怪我を負っているので。
「私どうなってたのっ?」
「えっと……オブラートに包んで言うけど、大型トラックに跳ね飛ばされたような怪我、かな」
「そんな状態の人を動かしちゃダメだよ!」
とにかく、そんな状態の朱莉ちゃんを、このままにしておくわけにはいきません。
外に出た私は、苦しそうに呻いている朱莉ちゃんを地面に降ろし、あたらめて状態を確認しました。
「……うわぁ」
きっと、轢死体と言うのはこんな感じなのでしょう。いや、生きてましたけどね?
とにかく、見ていられない状態です。
ですが、私には秘策がありました。
私の中の子を利用して、朱莉ちゃんの傷を治すのです。
以前、試したことのある方法でしたので、上手く行く確信はありました。
「朱莉ちゃん、ちょっとの間。我慢してね……?」
朱莉ちゃんを私の貧相な身体に押し込むのは忍びないですが、背に腹は代えられません。
というか、早くしないと朱莉ちゃんが虫の息です。
手順は簡単です。
幽体離脱して朱莉ちゃんの幽体(魂みたいなものです)を引っこ抜いて私に収納、そして私が有紗ちゃんの身体に憑依するだけです。
ほら、簡単でしょう?
「……終わったけど……すごく痛い」
つつがなく身体の交換を終えた私は、朱莉ちゃんの声で呟きました。
そして、肝心なことに気付きました。
「……あ、助け……先に呼んでおけばよかった……」
後悔先に立たずです。
とは言え、この感じからして、死ぬ一歩手前の大怪我です。
私の中の子も弱っていて修復速度が遅いですし、最悪死んでいた可能性を考慮すると、仕方がなかったのです。
とは言え、助けは無事に来てくれました。
誰かが上手く逃げ出したのでしょう。
警察や救急車がやってきて、中に突入していった人達がいくらか犠牲になったっぽいですが、私達は治療を受けながら、別々の救急車で運ばれて行きました。
後はモノダさんも知っての通り、認識阻害を私と朱莉ちゃんに施し、私達は見た目上、中身の姿そのままに入院したというわけです。
なんでそんなややこしいことをしたのか、ですか?
それは当然、朱莉ちゃんの身体でありえない速度で回復するだなんて、ちょっとした事件ですよ?
変な注目はさせたくないですし、私の身体に関しては母が病院に圧力かけて隠蔽していたので、結果的に有紗ちゃんが身体のことで注目されることはありませんでした。
……まあ、取材や事情聴取はウザかったですけどね。
話す内容も有紗ちゃん視点でなきゃいけなかったし、無我夢中だったから、とか、適当に言ってごまかすのにすごく苦労しました。
後は、日が進むにつれて、表向きの犠牲者が発表されて、数多の犠牲者のことは、一時話題にはなったものの、瞬く間に闇に葬られました。
◆
「とまあ、これが一年前の百物語の全容です」
モノダさんにすべてを話し終え、私は一息つきました。
途中から再び聞き手になっていた朱莉ちゃんは、紅茶を一口飲んでから言います。
「脱出そのものは割とスムーズだったよね。ゲームとかだったら、なぜかあちこち鍵がかかっていたりして、脱出するのに何時間もかかるのにね?」
「まあ、現実だし、そんな物じゃないかな?」
というか、そんなことになってたら、多分、私も朱莉ちゃんも生きてここにはいなかったと思う。
「大城さんとか、他の生存者の人は、いったい何を見たんだろうね……」
あの女を始め、重傷者以外の他の生存者は、精神疾患と称されて病院に入っていますが、中には正気な人もいるはずです。
この国では、あの手の存在はいないことになっていますからね。
幽霊だの化け物だの言うのをやめない限り、病院から出てくることはないと思います。
「まあ、あの惨劇で病んでしまうのは仕方がないよ。むしろ私は朱莉ちゃんが平気なことに驚いてるくらいだし」
そう、今回、何よりも驚いているのは朱莉ちゃんのメンタルの強さだ。
最初こそ吐いたりしていたものの、割とすんなり慣れていたので、すごく驚きました。
「看護師志望だからね。あれくらいは慣れておかないと」
いや、流石に看護師でもあんなのはなかなか見る光景じゃないと思うな。
「あの惨状をあれくらいで済ませてしまうあたり、朱莉ちゃんはきっと頼れる看護師になると思うよ……いやほんとに」
「えへへぇ、そうかなぁ?」
「うん、なれるなれる」
照れる朱莉ちゃんを適当にほめながら、お茶菓子として出されたクッキーを一口。
「あ、これ美味しい」
思わず褒めると、朱莉ちゃんがモノダさんににじり寄りながら聞いていました。
朱莉ちゃん近い! 近いから!
「これ、惣田さんの手作りなんですよね?」
「んー? ああ、趣味でな。買うより安上がりだし、記事の内容に詰まった時に、気分転換でよく作るんだ」
ああ、だからこんなに大量にあるんだ。
カタカタとパソコンのキーボードを打つモノダさんは真剣な表情です。
……別に、ちょっとかっこいいかも、とか思っていませんよ?
「私達の話は使えそうでしょうか?」
「ああ、悪くない。けど、少し怖さに欠けるから、ちょっと脚色が入るかもしれないな」
「そんなに怖くなかったですか?」
「そもそも、アリスは殆ど怖がってないし、朱莉ちゃんは、独特の世界観というか、話し方がなぁ」
ああ、うん。わかる気がします。特に後者。
「そうですか? 話していても、すごく怖かったんですけど……」
「出てきた怪異も良くなかったな。首取りお化けだったか?」
ああ、あの、狂ったようにアタマアタマ言って追いかけてくる奴ですか。
……かなり怖いと思うんですが。
「どういう物かは見ていないのでよくわかりませんが、身体の一部を欲するタイプの怪異は目的のブツを手に入れたらすぐに撤退しますからね。対処法は割と楽ですよ」
「ええっ、頭あげちゃうのっ?」
「うん、まあ、あげると言っても形代の、だけどね」
「形代って、身代わり人形とかだったか?」
「まあ、そんな感じです。形代を差し出せば必要な部分をもぎ取って満足して消えて行くんですよ。ただ、ロックオンタイプだとそうはいかないですね」
「ロックオンタイプってなんだ?」
「標的を定めて執拗に狙ってくるタイプです。これには通常の形代が効きにくいので、狙われた当人の爪、血、髪の毛等と言った身体の一部を使った形代でどうにか撃退できます」
「ふぅん、お化けにも、いろんなのが居るんだねぇ」
朱莉ちゃんは呑気に言っているけど、とんでもない。
「そんな色んなのが居る中で、単独行動をしていた朱莉ちゃんが生き残ったのは、はっきり言って奇跡だよ?」
「そ、そうかな?」
「俺だったら生還できる自信はないな」
「モノダさんはともかく、朱莉ちゃんは視える方だし、かと言って特に力があるわけでもないから、奴らからしたら格好の餌食なんだよ?」
「こ、怖いこと言わないでよ……」
「朱莉ちゃんの為に言ってるの! これに懲りたら今後、こういったイベントには参加しないこと! ノーと言える日本人にならなきゃダメ!」
「はぁい……」
「お母さんが、今後、百物語の規制を厳しくさせるって言ってたから、多分、あれが最後の百物語だと思うけど……」
「それでも、やる奴は出てきそうだけどな」
「そうなんですよね……」
「そもそも、なんで死ぬってわかっていながら、あんなにも続いたんだろうな?」
「……わかりません。けど、得体のしれない魅力があったんでしょうね。それこそ、死を恐れないくらいの……」
百物語は、本当に危険な物です。
あれは、私の兄と、親友の姉を奪っていきました。
だから、どうかお願いです。
百物語を、決して行わないでください。行わせないでください。
大切な人が失われる悲しみを、これ以上増やさないでください。
……彼らの罪を、これ以上、増やさないでください。
ひとまずこれで完結です。
あと一話、蛇足的な話がありますが、時系列が別なので、別の話として投稿する予定です。