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新説・百物語  作者: かみさか
2/3

弐 怪異の屋敷

「また、ここに来ることになるなんて……」

「……」

 俺達は、例の屋敷の中庭に居た。

 ……まずは順を追って説明しよう。

 あのニュースを見た直後、アリスは病院を脱走しようとして、俺に止められた。

 怪我が治ったとはいえ、危険だとわかっている場所に行かせるわけにはいかない。

 止めに入る俺に対して、彼女が取った行動は実にシンプルで、思いがけない物だった。

 入院患者が着ている衣服。

 紐で止まっているあの薄い奴だ。

 彼女が自分の着ているそれの紐をおもむろに引っ張りると重力に従って着ていたいたそれが床に落ち、入院生活の影響か、異様に白い肌が顕わになった。

 色々と見えてしまっていたが、その辺りは彼女の名誉の為、詳細は伏せておく。

 そして、一言。

「協力しないと叫びます」

 ……社会的に死にたくなかった俺は、協力せざるを得なかった。

 そう言うわけで、彼女が着る女性用の下着や洋服を男一人で購入と言う苦行を済ませ、こっそりと病院を抜け出した俺達は、例の屋敷の傍まで移動。

 見張りの交代時間を見計らって、バリケードの隙間(すごく目立たない所にあったのをアリスが発見)を抜けて中へ侵入。

 で、今に至る。と。

「……アリスさん、手慣れ過ぎじゃないですかね?」

「なんで敬語なんですか?」

 しまった。あまりの手際に若干尊敬入ってた。

「いや、あの手際はどう考えても女子高生のやる事じゃないだろう!」

「そうですか?」

「まったく、あんな悪い事、どこの誰から教わったんだか。お兄さんは許しませんよ!」

「ふざけないでください」

「あっはい」

 冗談が通じない子ね。把握した。

「そもそも、私の本名はアリスじゃありませんよ。モノダさん」

「俺もモノダじゃないけどな」

「まあ、どうでもいいです。そんなことよりモノダさん、どう思いますか?」

 どうやら俺はモノダさんで確定らしい。

「どう思うも何も、綺麗なもんじゃないか」

 入り込んだ中庭は、惨劇があったとは思えないほど綺麗な物だった。

 それとも、やばいのは屋敷の中だけなのか?

「ああ、そう見えるんですね。わかりました」

 え? 何言ってるのこの子? 怖い。

「そう見えるって……どう見えてるんだ?」

「……聞きたいですか?」

「ああ、遠慮しとく」

「まあ、そう言わずに」

 そう言うと、アリスは俺の手からデジカメをひったくった。

 こいつ、また俺のカメラを心霊カメラにする気だな!

「あっ、こらっ! やめろ!」

「んっ……! これでしばらくは見えるようになりますよ」

「余計なことを……!」

 くそぅ! 俺のカメラが!

「ふふっ、これで一蓮托生ですよ」

「なんでだよ……」

「これやると、寿命が縮むんです」

「は……?」

 寿命が縮む?

「嘘です。そんな気がするだけです」

 なんだ。嘘か。本気だったらどう責任取ればいいのか真剣に考えるところだった。

「冗談でも、そう言うのはやめてくれ」

 さすがに十代少女の人生の責任持てるほど、俺はできた人間じゃないからな。

「……ごめんなさい」

「ああ、いや、怒ってないからな?」

「……謝って損しました。返してください」

「いや、どうやってだよ……」

「まあ、そんなことより、早く中に入りましょう」

「切り替え早いな……ん? いや、開いてるのか?」

「あの時のままなら開いているはずです。正確には、閉まることがないと言いますが……」

 歩き出したアリスの後について行くと正面玄関の方に着いたわけだが……あまりに予想外の光景が広がっていた。

「おい……何をやったらここまで壊れるんだ?」

 正面玄関は内側から爆ぜたかのようなバカでかい穴が開いていた。

「ああ、それは……っ!」

「どうした?」

「隠れて!」

「お、おいっ!」

 アリスに手を引かれ、物陰に隠れると同時、妙な寒気がした。

「っ、今、なんか……」

「しっ」

 静かに、と言うジェスチャーをされ、口をつぐむ。

 アリスは両手で口を塞ぎ、視線を落としてガタガタと震えている。

 一体なんだってんだ? 

 それにしても寒いな。まだ残暑がキツイ時期のはずだが、異様に寒い。

 太陽だって眩しいのに、どうしてこんなに寒いんだ?

「……?」

 お、なんかじわじわと暑くなってきた。

 暑さが戻ってくるのと同時にセミが鳴きだし、周囲が驚くほど静かだったことに気付いた。

「おい、今のはなんだ?」

 何も見えなかったが、さすがに俺でもわかる。

 アリスが恐れるような何かが、すぐ傍に居たんだ。

「あれは……なんで、あんなに……」

 アリスが自分の身を抱きしめる様にして震えている。

 明らかに尋常じゃない様子だ。

「おい、アリス!」

「っ! す、すみません。今のは、私に中に居る子と争っていたモノです。でも、あの姿は、前に見た時よりも……」

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「……ごめんなさい。大丈夫です」

 そう言うが、どう見たって大丈夫そうには見えない。

「一旦戻るか? 体調が回復してからでも……」

「それはダメ! 早くしないと手遅れになっちゃう!」

「手遅れって、友達のことだよな? 元気そうにしていたが……」

「……私達が逃げた時、私、途中で気を失ってしまったんです。その時は屋敷の二階に居て、次に気が付いた時には玄関で、彼女は私の傍に倒れていて、すぐ傍では私の中の子とさっきの奴が争っていたんです。私は玄関が壊れた隙を見計らって、彼女を背負って外に出て、助けを呼んで……」

「目覚めたら病室に居たってところか」

「はい……彼女も重傷を負っていて、私と同じように治療を受けていたはずなんですけど……」

「アリスの場合は中にいるモノのおかげで怪我が早く治ったが、友達はまだ怪我が治っていないってことか?」

 それはつまり、一年やそこらでは治らないような重傷を負っていたってことだよな……?

「はい、だから、早く見つけてあげないと!」

「……そもそも、なんでそんな重傷者が普通に出歩いて、この屋敷に?」

「ありきたりな言い方ですけど、何かに憑りつかれているんだと思います」

「いよいよオカルトじみてきたな……」

 憑りつかれているとか、オカルト雑誌の記者として色々と見てきたが、だいたいがタダのいかれた奴だとか、酷い時は演技だったこともあったな。

 前者の場合はただの精神疾患や麻薬中毒による幻覚症状、誇大妄想と言ったもの。

 後者の場合は大根役者だったりマジで騙されるほどの演技力を発揮する者などピンキリだったな。

 もしかしたら、そう思っていた連中の中にも本物が居たのかもしれない。

 まあ、なんにせよ言えることはひとつだ。憑りつかれ系はマジでやばい。

 例えそれが本物でも嘘でもな。

 実体のない幽霊よりも、実態のある存在の方が、俺は怖い。

「行きましょう」

「無理はするなよ。危険だと思ったら、引きずってでも連れ帰るからな」

「大丈夫です。これで三回目ですから」

 ああ、そういや経験者だったな。

「ああ、そうかい……ん? 三回目?」

「さあ、行きますよ」

「お、おい、待てって!」

 今、三回目って言ったよな?

 真意を訪ねるが、それよりも気を引く出来事が起こった。

 屋敷に入るアリスについて行き、中に入った瞬間、身体が重くなるような感覚にとらわれた。

「ん? 身体が重い……?」

「ここからは怪異の領域です。気を強く持ってください」

「あ、ああ、よくわからんが、ビビるなってことだろ?」

「はい、恐怖心は奴らを強くしますから、怯えないでください」

「その点は大丈夫だ。俺には見えないからな」

「見える見えないは関係ありません。彼等はそんなのお構いなしに襲い掛かってきますよ」

 ……あれ、見えないって逆にきついんじゃないのか?

「……ああ、その為の心霊カメラか」

 何のメリットがあるのかと思ったら、そういう意味だったのか。

「はい、私にもしものことがあったら、そのカメラでどうにか切り抜けてください」

 思いのほか後ろ向きな理由だった!

「おい、幾らなんでも子供を見捨てたりはしないぞ」

「ああ、そう言う意味ではなく、本当に何が起こるかわからないので、あくまで保険ですよ」

「保険、ね……それはそうと、友達を探すって言うなら別行動の方が」

「いえ、一緒に行動しましょう。単独行動は命取りです」

「いや、そりゃホラー映画なんかではそうだが」

「根拠はあります。私の中の子は絶好調とは言えませんが、それでもだいたいの怪異は恐れをなして近づかない程度の余力はあります」

 アリスの中の奴ってほんとなんなんだよ。

 でもまあ、飼い主である当人がそう言うなら安全なんだろう。

「アリスと一緒の方が安全ってわけか」

「はい、ですので、もしもの場合以外は、私から離れないでください」

「あー、その、もしもの場合ってのは……」

「先程のアレですね。どうやら屋敷の中を徘徊しているようですが、アレに見つかったら余計な気を利かせずに逃げてください。私一人なら、何とかなりますから」

「おい、それは嘘じゃないだろうな?」

「はい、嘘じゃありませんよ。もし嘘だったら、私の処女を奪っていいですよ?」

 なるほど、十代少女の処女はそこまで軽い物じゃない……よな?

 まあ、そんな物をかけてまで嘘を吐く意味はないか。

「オーケー、わかった。信じよう。で、まずはどっから見て行く?」

「モノダさんが彼女を見たのはどこですか?」

「屋敷の正面にあるテラスだな」

「正面にテラスがあるのは二階です。ではまず、そこへ向かいましょう」

「そういやこの屋敷、何階建てだ? 三階くらいあったよな?」

「三階建ての屋上付きです。百物語は屋上の特設会場で行いました」

「実質四階か……探すのも一苦労だな」

「我慢してください。時は一刻を争います」

「解っている。俺は屋敷の中はよくわからないから、案内は頼むぞ?」

「はい、その代わり、力仕事は任せます」

「ああ、その程度ならお安い御用だ」

 まずは俺がアリスの友人と思われる少女を見かけた二階の正面テラスへと向かう事になった。。



 階段を上り、テラスへの通路を歩いている途中、アリスが立ち止まった。

「どうした?」

「あの鎧、どう見えてます?」

 と、通路の脇にある西洋鎧の一体を指さす。

「どうって……ただの鎧だろ?」

 俺にはただの鎧にしか見えないが、もしかしなくても、いわくつきの何かなのだろうか?

「次はカメラで見てください」

「あ、ああ」

 心霊カメラと化した俺のデジカメ。その画面越しに鎧を見ると、陽炎のようなものが鎧を覆っているように見えた。

「なんか……ぼやけて見えるな」

「あれは付喪神の類です。ただし、あまりよくない方の、ですが」

「付喪神って、長い年月を経た物に宿る神様だったか?」

「はい、この屋敷にはああいった付喪神や呪具の類が大量に置かれていますので、あまり近づかないようにしてください」

 つまり近づくだけでヤバいのがそこかしこにあるってか。

「……で、あの鎧の前はどうやって通るんだ?」

「鎧から目を離さないでください。ある程度の距離が距離があけば何もしてきませんから、近くにいる間だけで大丈夫です」

「わかった。見てればいいんだな?」

「はい」

 言われたとおり、鎧から目を逸らさずに通り抜け、しばらく行ったところで「もう大丈夫です」と声が掛かった。

「ちなみに見てなかったら、どうなっていたんだ?」

「確か、腰に差してある剣で、背後からばっさりでした」

「まるで見てきたかのような言い方だな」

「はい、見ましたので」

「そ、そうか……」

 そういや、重傷者って他にもいたな……。

 俺も犠牲者の一人にならないように気を付けよう。

「ここからは大丈夫です。行きましょう」

「ああ」

 それにしても、本当にここが惨劇の舞台になったのか?

 玄関の壊れ具合は酷かったが、こうして廊下を歩いている分にはそうは見えない。

「綺麗なもんだな。まあ、一年も経てば掃除も終わってるか……?」

 その割には、壊れた玄関がそのままってのは気になるな。

「……私達が逃げている時は酷いものでしたよ。そこかしこが、血や肉片だらけでしたから」

「そこかしこって、さすがに大袈裟じゃないか?」

 死者十名、重傷者七名、他五名は軽症って話だし、この広い屋敷がそんなになるほどの人なんかいな……いや、なんか違和感があるな?

 当時、屋敷に居たのは百物語の参加者十名、この屋敷の主人とご婦人、そんでもって、使用人を合わせて二十二名って話だったはずだ。

 この屋敷を管理するのに、使用人が十名?

 幾らデカい屋敷だからって、ちょっと多くないか? いったい何のためだ?

 疑問が顔に出ていたのか、アリスが確認するように聞いて来た。

「確か、死傷者合わせて二十二名……でしたか?」

「あ、ああ」

「その内、死者は十名、だとすれば、さっき私が言ったように、屋敷中が血肉で染まるようなことはない。ええ、それこそ何十人もの死体が必要ですね」

「……どういう事だ?」

「どうもこうも、そのままの意味ですよ。あの時、屋敷にはもっと大勢の人がいたんです」

「じゃあ、事件の記録は……」

「真っ赤な嘘ですね」

 ……社会の暗部を垣間見た気がする。

「マジかよ……じゃあ、他の奴らはいったい……?」

「勿論、全員死にました。原形を留めていなかったり、何かに喰われて痕跡すら残らなかった人もいますよ? 遺体が残ったのは、百物語の犠牲者だけです……」

 アリスは淡々と言ってのけるが、その声は震えている。

「……そりゃ表沙汰にはできないな」

 そんな状況で、女子高生二人がよく生きて脱出できたもんだな……。

「そうですね。得体のしれない何かに殺され、ましてや食べられただなんて、正気の沙汰じゃありませんから……」

 アリスの言葉には、どこか諦観の響きがあった。

 きっと、これまでも超常の存在が見えることで苦労してきたんだろう。

「あー、なんつーか、見えるってのも大変なんだな」

 そう言いつつ、俺はデジカメ越しに屋敷の中を見渡してみた。

 この辺りは特に異常はなさそうだ。

 まあ、相変わらずアリスの周囲には黒い靄のような物が見える。

 ほんと禍々しいなこれ。まあ、見てても特に怖い物は感じないんだが。

「……モノダさんは、怖くないんですか?」

 怖い? 人ならざる者が見えることが、だろうか?

「ん? そりゃ普通に怖えよ。けど、考えてみればこんなの、滅多にできる経験じゃないだろ?」

「好奇心は猫を殺すと言いますよ?」

「けど、ここで起こった真相を伝える事には命を懸ける価値がある。まあ、信じてもらえるかは、わからないけどな。いや、下手すりゃ発禁か……?」

 本物の心霊現象や怪異を求めていろんなところに行ってきたが、今回のは本物の霊能者のお墨付きだ。おまけにデジカメも心霊カメラ化しているから、録画も写真も思いのまま、のはずだ。

 ……撮れるよな?

「そう言えば、これってちゃんと見えない物も撮れるんだよな?」

「え、あ、はい。撮れるはずですけど、あの……」

「よし、撮れるんなら問題はないな」

 惜しむらくは、持ってきたカメラがデジカメってところか。

 良い画が取れても疑われそうで怖いな。

「いや、あの……戻るなら、今の内ですよ……?」

 ん? こいつはいまさら何を言ってるんだ。

「いまさら何言ってんだ。ここまで来て引き返せるわけないだろ? アリスの友達を見つけて、ついでに化け物の写真を撮って、さっさと逃げるぞ」

「……はい、お願いします」

 そういや、いまさらといえば、アリスの友達がここにいること、警察とかに話せば良かったんじゃないだろうか?

「そうだ。今からでもいいから警察とかに……」

「無駄ですよ。死者が大量に出るだけです」

「そうか……」

 無駄だそうだ。

 ……なんか不安になってきた。

 まあ、一応編集長には、電話でここに凸する事は伝えてあるし、多分、大丈夫だろう。

「アリスは誰かにここに来ることは伝えてあるのか?」

「伝えると思いますか?」

 ……思わないな。

「頼むから怪我はしないでくれよ?」

「大丈夫です。この先は死ぬか生きるかの話ですから」

「それ大丈夫って言わないよな?」

「でも、来てくれるんでしょう?」

「当然だ。そもそも、約束しただろ? 友達を探すのを手伝うと」

「脅されて無理やりさせられた約束なのに……お人好しですね」

「まあ、俺にとっても渡りに船だったからな」

 ここのところ、ロクな記事が書けてなかったからな。

 リアル事故物件と心霊現象の組み合わせは人気だから、採用されれば雑誌の売り上げもだいぶ期待できるだろう。

「写真を撮る余裕があればいいんですけどね……」

 それは考えないようにしていたんだけどな……。

「ま、まあ、例の化物じゃなくてもいいから、手頃そうなのがいたら教えてくれ」

「手頃そうとは?」

「さっきの鎧みたいにわかりにくい感じじゃなくて、わかりやすいやつだとありがたい」

「なるほど、わかりました。あ、着きましたね」

「お、ここか」

 目的の正面テラスの前に着いた。

 なるほど。確かに外から見たテラスで間違いなさそうだ。

「流石にいませんね……」

「まあ、そりゃな。というか、なぜここに?」

「手がかりがあるかもしれないので……ほら、ありましたよ」

 そう言って、アリスはテラスの手すりから何かを外し、こちらへ見せる。

「リボン?」

 それは何の変哲もないリボンに見えるが……やはりただのリボンのようだ。

「カメラで見ても何もありませんよ。これは普通のリボンですから」

「じゃあ、どういう手掛かりなんだ?」

「これ、私が作ったリボンの片割れなんです」

「へぇ、上手いもんだな」

 手作りのリボンか、アリスの手作りってことは……?

「……やっぱり普通じゃないだろ絶対!」

 カメラを心霊カメラにすることができるんだ。

 リボンでも似たようなことができるに違いない。

「失礼な。私の髪が縫い込んであって、もう片方のリボンの在処がわかる程度です。ほら、普通でしょう?」

 なにそれ怖い。

「それは普通って言わないな……」

「携帯電話のGPSみたいなものですよ」

 機械に頼らず位置情報がわかるって、すごいを通り越してどうかしてるな。

「ああ、なるほどな……って、納得すると思ってんのか?」

「悪用はしていませんよ?」

 それはそうなんだが、そう言う問題じゃない。

 霊能力者って、こんな出鱈目な存在なのか……?

「そう言う問題じゃないんだが……まあ、今はとやかく言ってる場合じゃないか。それで、どこにいるのか、わかったのか?」

「はい、この位置はおそらく三階……いえ、屋上ですね」

 友人の位置を探っているのか、ぼんやりと虚空を見つめるアリスがそう口にする。

 屋上。よりによって屋上か。

「それって、百物語をやった所だよな? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思いますか?」

 だよな……俺、生きて帰ることができるんだろうか?

「アリス、俺に何かあったら自宅のパソコンを処分してやってくれ。特にハードディスクを念入りにな」

「エッチな画像や動画の処分を私にさせようとしないでください」

 いや、まあ、うん、そう言うのもないことはない。

 けど違う! 違うんだ!

「は、ハハハ、そう言うんじゃないぞ? ほら、俺って、オカルト系の写真とか大量に集めてるからな? 中には本物とかもあって、誰かが勝手に見たら危ないだろ?」

「ああ、そういう事ですか……確かに、本当に危険な物もありますからね。でもまあ、多分その必要はないと思います」

「なんでだ?」

「一番危険なモノは既にいませんからね。残っているモノは対処次第で何とかなりますので、モノダさんはカメラで周囲を警戒して、きちんと私の指示に従っていれば安全ですよ」

「あれ、俺もしかして役立たずか?」

「いえ、彼女を連れ帰るのにモノダさんの手を借りる筈なので、来てくれて本当に助かっています」

「ああ、そういや、あっちは憑りつかれてるんだっけな……」

 憑き物を払った後、意識が戻るかもわからない……いや、そもそも重傷者だったか。

「本当はもう一人くらい男手が欲しかったところですが、モノダさんの様に全く見えない人は少ないですからね」

「ん? 見えた方が良いんじゃないのか?」

「……世の中には、見なくて良い物があるんですよ」

「まあ、そういう物があるのはわかるけどな。でも実際、見える人にも見える時と見えない時があるよな?」

「ええ、大多数の人は、そこに当てはまりますね。程度は有れど普段は見えなくて、条件が整えば見えると言いますか……」

「じゃあ、全く見えない俺は?」

「先程も言った通り希少です。きっと守護霊がすごい人なんですね」

「守護霊ねぇ。そう言うのも見えるのか?」

「守護霊は見えないことの方が多いですね。見える守護霊はだいたい何かを言いたそうにこちらへ訴えかけてくるので苦手です。ちなみにモノダさんの守護霊は見えません。何かが居るのは間違いないですが」

 こんな俺にも守護霊が居るようだ。

 しかし、視えないのは守護霊のせいか……まあ、視えない方が良いみたいだし、このままの方が良いのかもしれない。

 ってことは、あれか。アリスの中に居るのも守護霊なのか?

「アリスのアレも守護霊なのか?」

「あの子はそう言うのじゃないですよ。とりあえず、生きている人に害はないようなので放置していますが……まあ、人間霊ではないですね」

「守護霊って、人間霊なのか?」

「そのケースが多いです。たまに動物の霊が守護霊になって居る方もいますね」

「確か、動物霊ってヤバいんじゃ……」

「いえ、守護霊になるような子は安全……と言うわけではないですが、大丈夫ですよ。ええ、少なくとも憑かれている人の命は大丈夫なはずです」

 なんか不安になるようなことを言っているが、これは突っ込まない方が良さそうだな。

 触らぬ神に祟りなしって言うからな。

「よし、じゃあ、アリスの友達を探しに行こう。屋上だったよな?」

「はい、では、覚悟を決めて行きましょう」

「お、おお……」

 不安だ……。



 そう思っていた時期が俺にもありました。

「お、あれは?」

「雑魚ですね」

 カメラで周囲を見渡し、うつり込むナニカを指さすと、瞬く間にアリスが処理をする。

 まあ、正確にはアリスの中のナニカ、なんだが。

 現在地は三階のロビーだ。

 ゲームのように鍵を探して屋敷を歩き回るようなことはないんだが、時折現れるヤバい奴を避けて迂回する以外は実に安全で、俺は呆気なさすら感じ始めていた。

「……怪異ってのは、こんなに簡単に処理できるもんなのか?」

「誇る気はないですが、私が特殊なんですよ。正確には、私の中の子が、ですけど」

「それって、いつ頃から憑いてるんだ?」

「さあ? 物心ついた頃にはいましたけど、流石に生まれる前から、と言う事はないかと……」

「それが原因で体調不良になったとか、悪いことは?」

「特にデメリットは……いえ、見たくもない物が視えるのはどうなんでしょうかね?」

「ああ、それな。カメラ越しとは言え、俺も見えるようになって考えが変わったよ」

「どう思いました?」

「世の中には見なくて良い物がある。ってことだな」

 ああいうのを見て居ると、なんと言うか……上手く言葉にできないんだが、自分の中のありとあらゆる負の感情が刺激されて、気が狂いそうになる。

 アリスが言うにはそういう物だそうで、注視しないように、意識しないで視ると良いらしい。

 わけがわからなかったが、生き物ではなく物として眺めると良いと言われて、そうすると何となく気分が軽くなった気がした。

 まあ、とにかく、見ていて気分のいい物じゃないことは確かだ。

 あんなのが四六時中見えているとなると思うと、気が狂いそうになる。

「でしょう? 視えたって、ろくなことがないんですよ」

「そのろくでもない物を見せられてる俺に何か言う事は?」

「良かったですね。念願の霊的存在ですよ?」

「ははは、その貧相な胸を揉んでやろうか?」

「私にいやらしいことする気ですか? エロ同人みたいに! エロ同人みたいにっ!」

「するか! 冗談に決まってるだろ!」

「知ってます。それにしても、意外と余裕そうですね」

「子供が落ち着き払ってんのに大人が余裕なくしてどうするんだ」

「まあ、それもそうですね。でも私、無様な大人の姿を見るのが好きなんですよね。モノダさんが思いのほか狼狽えていなくて助かりますけど、それ以上に残念です」

 そう言って、うっすらと微笑むアリスが怪異以上に怖いと感じる。

「褒めるか貶すかどっちかにしてくれ……」

 なんだろう。怪異よりもアリスの相手で挫けそうだ。

「褒めてるんですよ。これでも」

「言うと思ったよ……」

 付き合いは短いものの、この短時間で何となくアリスの性格はつかめてきた。

 良くも悪くも正直な子なんだな……。

「ん、後ろから来ますね。モノダさん、屋上に行ってしまいましょう」

 どうやらヤバい奴が来たようだ。

 俺もカメラで見たが、見た目からしてグロテスクで、とにかくデカい奴だった。

 それこそ、あれが邪神だと言われても信じてしまいそうなくらい禍々しい姿をしていた。

「上に行っても逃げられるのか?」

「大丈夫ですよ。だいぶ破損しているでしょうが、上にも隠れる場所はあります」

「破損って、本当に何があったんだよ……」

「私にもわかりませんよ。手順こそ通常通りでしたけど、場が異常でしたからね。現れた何かは通常の百物語で出てくるモノとは違ったはずです」

「それって、屋敷をうろついてる奴か?」

「いえ、あれはこの場が呼び寄せたモノです。百物語で呼び出されたモノは十人目を殺すと同時に消えました」

「十人……ブログにも書かれていたな」

 一つの百物語の犠牲者は十人。

 実施する者が十名だからと言うのもあるのだが、確実に十名の死者が出るのが以前まで行われていた百物語だ。

「はい、あの百物語は、そういうモノですから……」

「だろうな。きっちり十人死んでるのは、何か関係あるのか?」

「……わかりません。ただ、確実に十名死ぬとしか……」

「そうか……」

 まあ、アリスに聞いたところで仕方がないか。

「あ、ここから上に行けます」

「お、此処か」

 こちらに向かってくるモノから逃げ、屋上への入り口に到着する。

 後付けと思われる真新しい扉を開け、階段を上って行き、屋上へ着いた。

 ずっと屋敷の中に居たせいか、新鮮な空気がありがたい。

「外の空気がありがたく感じるな……」

「落ち着いてる暇はないですよ。次はあそこです」

 そう言って、アリスが次の目的地を指さした。

「……見ないようにしてたのに」

 アリスが指さす先には、穴だらけになったプレハブ小屋のような物が建っていた。

 一体、何がどうなってああなるんだ……?

「玄関の惨状よりは可愛い物でしょう?」

「まあ、そうだけどな……」

 確かにそうなんだが、そうじゃない。と、声を大にして言いたい。

 あのプレハブ小屋をさして穴だらけと言ったが、ああも綺麗な円形に穴が空くって明らかにおかしいだろ!

「なあ、一つ聞きたいんだが、あの穴って……」

「中にいた人達を殺した時に空いた穴がほとんどですね」

 だよなぁ……。

「いったい、何が現れたんだよ……」

「今、屋敷をうろついているのが可愛く思えるくらいのモノだと思いますよ? 私の中の子が唯一怯えたモノですからね」

「……死んだ十人には申し訳ないが、残っていなくてよかったな」

「まったくですね。この家の人達は怪異を舐めすぎでしたので、自業自得とも言えますけど」

「まあ、信じていない人はとことん信じていないからな」

「そう言う人って、本当に愚かですよね。自分の目で見た物しか信じられない結果が死を招くことになるなんて、夢にも思わなかったでしょうに……」

「そうかもな……よし、じゃあ、アリスの友達を見つけて帰ろう」

「……はい、あの子は奥の部屋にいるみたいです。最後まで油断しないでくださいね?」

「解ってる」

「ここからが本番ですからね」

「ああ、わかって……なんだって?」

「ここからが本番だと言ったんです。なぜあの子がここに居るのかを考えてください」

「あ、ああ、そうだったな……」

 そうか、何かに憑りつかれてるんだよな。

 確かに、ここからが本番だ。

「帰るまでが遠足ですからね?」

「遠足感覚かっ!」

 アリスが頼もしすぎて惚れそうだ。

 まあ、冗談はともかく、アリスの肝の座り方は半端ないな。

 うちの女性スタッフ達にも見習ってほしい物だ。

 無事に帰ることができたら勧誘しようかな。

 まだ女子高生だから、まずはアルバイトか。

 いやでもうちの編集長、ロリコンだからなぁ……とりあえず保留だな。

「……変な顔してどうしたんです?」

「ああ、いや、何でもない。それより早く友達を保護しよう」

「はい、では中にっ……開きません」

 扉を開けようとしたアリスがつんのめるように動き、苦々しく呟く。

「はっ? おい、冗談だろ?」

 ここにきて鍵が必要とかじゃないだろうな!

 だが、そんな俺の不安は外れたようだ。

「これは……扉が歪んでいるみたいです。モノダさん、お願いしてもいいですか?」

「なんだ。そういう事なら任せとけ……ふんっ!」

 扉が歪んでる程度なら、こじ開ければいいだけだ。

 俺は扉のドアノブを掴み、思い切り引っ張った。

 バキィッ!

 ……ドアノブごと扉がもげた。

「……ドアノブだけが取れた方が笑いが取れましたね」

「いや、それは笑えないだろ……まあ、とりあえず開いたな」

「そうですね……ここは電気が点いてないですね」

「そういや、屋敷の中は点いてたよな?」

「あの時のままなのでしょう……ああ、そう言えば、ここは電気が通っていないんでした。百物語を行ったので、光源は蝋燭だけでしたからね」

 蝋燭か……ライターがあるから火を点けられるな。

 タバコって、なかなかやめられないよな……。

「ライターならあるぞ? 蝋燭がないか探してみよう」

「そうですね。穴が開いているので、真っ暗と言うわけでもないですし……あ、これが使えそうですね。ちょっと汚れてますが」

 探すまでもなく、アリスが蝋燭を見つけて持って来た。

 持って来た当人が言う通り、なんか黒い汚れがついているようだ。

「なんだこの黒いの……って、血塗れじゃねぇか! これ乾燥した血液だぞ!」

 触れるとボロボロと落ちる黒い汚れは固まった血液だった。

 思わず放り出す俺に対し、アリスは平然とそれを拾い直し、こともなげに言った。

「ああ、どうりで鉄臭いわけですね」

 なんなのこの子、冷静すぎぃ……!

 ああ、それにしてもびっくりした……まあ、事件が起こった後からそのままなら、血塗れの蝋燭が残っていても、おかしくはないか。

 と言うか、此処ではいったいどんな惨状が起こって居たんだろうか……。

「ここから回収された遺体は、それはもう酷い有様だったようですよ? 警察の方が事情聴取の時に教えてくれたんですけど……聞きたいですか?」

「あー……うん、後にしてくれ」

 今聞いたら挫けそうだ。

「ちなみに私の友人は吐きました」

「そんな報告はいらん……ほら、蝋燭」

 アリスから蝋燭を受け取り、火を点けると同時に、アリスが提案してきた。

「あ、蝋燭は私が持ちます。モノダさんはカメラで周囲を見ていてください」

 確かに、視えざるモノが視える目は多い方が良いか。

 しかし、女の子に蝋燭を直持ちさせるわけにはいかないな。

 これ、蝋が垂れて地味に熱い。

 せめて燭台が欲しい所だな。

「それもそうか。じゃあ、何か燭台は……君は行動が早いな」

 アリスは既に燭台を持ってスタンバっていた。

 燭台に蝋燭を突き刺し、アリスを先頭にして歩き出す。

 いやぁ、それにしてもこの絵面は……。

「……女の子を先頭にしてサイテー、だなんて思っていませんよ?」

「お前、さては預言者か!」

 同じこと思う前に言われたぞ!

「モノダさんが解り易いだけですよ。ふざけてないでまじめにやってください」

「あっはい」

 ふざけているつもりはないのに怒られた。

 それにしても、酷い有様だな。

 外から差し込む光に蝋燭の光が加わり、室内がより見やすくなった。

 光に照らされた室内は所々黒い汚れ――おそらく血液と思われる――が付着しており、それが不自然に途切れた箇所には、おそらく遺体があったのだと思われる。

「それにしても、此処だけ掃除が行き届いてないって言うか、完全に放置されているみたいだな」

「ここは百物語の為だけに用意された場所なので、用が済んだらそのまま処分する気だったのでしょうね」

「ああ、そういう事か……」

 処分するにしたって、このまま放置はなんか怖いな。

「大したモノはいないので大丈夫ですよ。さあ、奥に進みましょう」

「あ、ああ」

 大したモノはいないって、ナニカがいるのは間違いないようだ。

 次の部屋に移動して、カメラで周囲を見てみると、所々に点在する暗がりに、小さいナニカが居た。

 その姿は様々で、大きさも五百円からこぶし大程度だ。

 ははは、これぞ本当のポケット〇ンスターだな。

 ……笑えない。

「魑魅魍魎の類ですね。いわゆる雑魚です」

 俺の視線に気づいてか、アリスが言った。

 あのクリーチャーをさして雑魚と申すか。

「そりゃ、アリスからしてみりゃそうなんだろうけどな」

「いえ、実際、あの程度なら大した影響は与えられませんよ。ちょっと気分が悪くなる程度です。ゲームで言う所のスライム、ゴブリン、メッ〇ールと言ったところです」

「そういうもんなのか……」

 ちょっと気分が悪くなる程度じゃすまない気がする見た目なんだが……。

 でも、最近の女子高生がロッ〇マンの雑魚敵を知ってることにちょっと心が安らいだ。

「そういうモノです……ここにもいませんね。次の部屋に行きましょう」

「百物語は三間の部屋だから、次で最後だよな?」

「はい、百本の蝋燭が置かれていた部屋です……彼女が居るはずです。油断せずに行きましょう」

「ああ、怪我をしているし、暴れられたら不味いからな」

「結構シャレにならない傷を負っていたので、あまり乱暴にしないでくださいね?」

 確か、重症だったって言ってたな。

「さすがに一年前も経ってたら完治とは言わないまでも、多少は治ってるだろ。まあ、それ以前に相手は女の子だし、そんな苦労はしないんじゃないか?」

「憑依状態にもよりますが、憑りつかれた人は、場合によっては信じられないほどの力を出しますからね」

「怖いこと言わないでくれ……大丈夫だよな?」

「手が付けられそうにない場合は、私がどうにかします」

「わかった。その時は頼む」

「では、開けますよ?」

「ああ」

 言ってカメラを構えると、アリスがドアを開けた。

 暗くてよく見えないが、カメラに映る映像には特に異常はない。

 異常はないのだが……。

「……誰かいるな」

 部屋の中央に、ぼんやりと人影が見えた。

 シルエットからして、アリスと同じくらいの身長の子供だろう。

「…………アカリちゃん?」

 アリスが声をかけるが、人影は微動だにせず立ったままだ。

 ……人間、だよな?

 暗がりでよく見えないというのもあるが、まったく動きがないので、マネキンか何かが立っているものと思ってしまう。

「大人しいし、近づいても大丈夫……だよな?」

「……油断しないでください。それがあちらの魂胆かもしれません」

「じゃあ、どうすんだ?」

「私が行きます。彼女の中にいるモノをあぶり出します。モノダさんは、私が合図したら彼女を保護してください」

「わかった」

「……アカリちゃん、私だよ。一緒に帰ろう?」

「ぅ、ぁ……」

 アリスが近づくと、人影が小さく震え、後ずさった。

 怖がっているのか……?

「アカリちゃんから出ていけ……!」

「ぁ、ぁ……ぁ……さちゃ……て……」

 今、なんて言ったんだ。

 聞き取りにくかったが、今、あの子は……。

「アカリちゃん! 気を強く持って! そんな奴追い出して!」

「おい、様子がおかしいぞ」

「黙っててください! 今すぐ……」

「に、げ……て……ここ、から……はや、く……!」

「っ! えっ? そんな……!」

 不意に、アリスが燭台を投げ捨てた。

「どうした!」

「……囲まれています」

「は? 囲まれているって……まさか!」

 俺はカメラを構え、周囲を見渡し、驚愕した。

 暗闇の中でもはっきりとわかる程のナニカが、辺りの床一面に、うじゃうじゃと沸いていた。

 いや、正確には、居たのだ。最初から、この場所に。

「この場にあった蝋燭が、付喪神化してしまいました……」

 先程燭台を投げ捨てたのは、そう言うわけか。

「……マジかよ」

「ここにきて、私が冗談を言うでも?」

「だよな……どうすりゃいい?」

「少々手荒ですが、彼女を気絶させます。その後、この場の付喪神を蹴散らしますので、モノダさんは彼女を運んでください」

「気絶って、いったいどうやって……」

「憑き物を押し出します! ていっ!」

「ごふっ……!」

 アリスの当て身を食らい、人影が崩れ落ちた。

 押し出し(物理)かよ!

「無茶苦茶だなおいっ!」

 憑りつかれている相手を気絶させるってすげぇな!

 いや、押し出すって言ってたし、もう大丈夫なのか?

「そんなことより早く!」

「お、おう!」

 そうだった。さっさとここから逃げ出さないと!

 俺が倒れた人影に駆け寄ると同時に、アリスが周囲に向かって腕を振る。

 すると、ぶわっ、と、周囲にいた蝋燭の付喪神が吹き飛び、壁にぶつかってバチバチと音を立てた。

「そう言うことができるなら早くやれよ!」

「以前ならともかく、今のこの子には、これが限界です! ほら、早く逃げますよ!」

 よくわからんが、逃げるなら今しかないようだ。

「ああ!」

 俺は倒れた少女――抱き上げて確信した――を抱えたまま、アリスの後に続いた。

 二つ目の部屋、一つ目の部屋を駆け抜け、すぐさま屋上に出た。

 眩い太陽の光を浴びて、ようやく一安心する。

「あー、やっべ、まだ心臓バクバク言ってるぞ……」

「あれくらいで大袈裟ですよ?」

「こっちは人をひとり抱えてたんだぞ!」

「冗談ですよ。感謝しています……でも、本当に、良かった……」

 アリスの目元に、雫の粒が光って見えた。

「泣くのはまだ早いぞ。一応、外とはいえ、まだ屋敷の敷地の中なんだからな。それに、この子だって、早く病院……え……?」

 アリスに注意を促しつつ、腕の中の少女を見下ろした俺は、唖然とした。

 ……違う。俺が見たのは、この子じゃない。

 しかし、この顔には見覚えがあった。いや、ありすぎた。

 何しろ、これまで見ていた顔と、瓜二つなのだから……。

 思わずアリスの方を見ると、彼女は苦笑して言った。

「……流石に、もう騙せませんね」

 その姿が一瞬霞んで見えたと思ったら、見覚えのある顔が、そこにはあった。

 間違いない。下見の時に見た、テラスの少女だ。

「ど、どういうことだ……?」

 尋ねる俺に対して、アリスは歩き出しながら答え、俺もその後を付いていった。

「時間がないので端折って説明しますが、そちらが私の本来の身体なんです。そして、この身体は私の友人であるアカリちゃんの身体です。彼女は百物語の際、致命傷を負ってしまったので、私と身体を交換したんです」

 確かに、かなりの重傷を負ったとは言っていたが、致命傷だったのか。

 いや、だからって、身体の交換なんてできるのか?

「交換って、ファンタジーにも程があるだろ……」

「はい……でも、出来る確信はありましたし、実際にできました。私は、私の中の子と一緒にこの身体へ移動し、宿主を守ろうとするこの子の作用で、彼女の身体はこの通り、一命を取り留めました」

「致命傷から治るって……むちゃくちゃだな」

「何度か経験していましたからね。幽体離脱と憑依はコツさえつかめばなんとかなります」

 幽体離脱と憑依を何度も経験したって、そんなの、どういう状況で起こるんだ。

「……ダメだ。ツッコミが追いつかない……」

 あまりに現実離れしすぎている。

 いや、アリスみたいなのからすればよくあることなのかも知れないけれども。

「諦めてください。ちなみに、こういった現象を視認できないはずのモノダさんに私が正常に見えていなかったのは、実を言うと、私の居た病室に入ってからなんです。それと、私が傍にいたのも関係していますね」

 ……まさか、アリスが近くにいるだけで怪異の類が見えるようになったりするのか?

 ということは……?

「じゃあ、このカメラは……?」

「特に何も。私が近くにいるだけでいいですからね」

「……じゃあ、俺の目は?」

「カメラ越しでなくても視えているはずですよ。モノダさんほどの鈍さだと、注視しないとダメでしょうけどね」

 なるほど、カメラ越しなら確実に一点を注視するから見えていたわけか。

 人と話す時だって、顔を見て話す癖がついているし、写真やテレビに映った顔だって、そこを注視するが……生身の人間はともかく、写真やテレビはどうやったんだ?

「見せてもらった写真とテレビに映った写真はどういうことだ?」

「同じ原理です。簡単に説明すると、私の顔がアカリちゃんに、アカリちゃんの顔が私に見えるように化かしていました。認識阻害とも言いますね」

 ははっ、どうやら俺は化かされていたらしい。

 アリスの存在が霊能者と言うよりも怪異じみている気がしてきた。

「……いや、いやいやいや。俺がこの子を見た時はその姿だったぞ?」

 と、今のアリス、アカリちゃんの姿を指して俺は言った。

「それは思い込みです。私の掛けた認識阻害でそう錯覚しているだけで、実際は本来の私の姿に見えていたはずですよ」

「そう言うもんなのか……?」

「そういう物です。まあ、紛らわしいので、この話はここら辺にしましょう」

「それもそうだな……」

「それはそうと、問題が発生中です」

「みなまで言うな。蝋燭がいきなり付喪神になったんだろ? この子の中に居た奴の仕業か?」

「……わかりません。詳しい原因は特定できませんが、私達がきっかけになったのは間違いありません。そうでなければ、あのタイミングで付喪神化はあり得ませんからね」

「まあ、確かにな。この子も、逃げろって言ってたし」

「……はい」

「とりあえず、玄関にはまっすぐ向かっているみたいだが、さっき時間がないって言ったのは……」

「すぐにわかりますよ」

 すぐにわかると言われてもな……。

 カメラで見る暇もないし……って、そうか、注視すりゃ大丈夫だったか。

 む、移動していると難しいな……ああ、アリスを見よう。

「……この状況でセクハラですか?」

 こいつ、背中への視線に気づいたぞ!

「何か視えないか注視してただけだ」

「今はそんなことしている場合じゃありません。早くここを出ないと……」

 二階への階段を下りながらアリスが言った時、それは不意に起こった。

 ふわりと、いや、ぬるりとした生温い空気がねっとりと身体にまとわりつくのを感じ、俺は思わず総毛立ち、その場に立ち止まりそうになった。

「立ち止まらないでください!」

「あ、ああ」

 アリスに叱咤されて歩みを進めるが、まとわりつく空気が重くなっていくような気がする。

 ……この状況に不安しかない。

「……おい、大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫じゃないから、こうして出口に向かっています」

 ああ、やっぱりやばいのかこれ。

「よく視えないけど、何かいるのか?」

「……視ない方が良いですよ」

 視えない方が良い。ではなく、視ない方が良い。ときたか。

「……」

 一体、何が視えてるんだ……怖ぇ。

 とは言え、こちらの被害はなんか生温かくて気持ち悪い程度なので、黙ってアリスの後をついて行く。

 周囲を警戒しながら、時折立ち止まっては何かをけしかける様に腕を振り、再び歩き出す。

 これ絶対、アリスの中のナニカが活躍中だよな……。

 少しずつ玄関に近づいてはいるんだが、嫌な空気は収まらず、だんだん酷くなっていく。

 嫌な想像が一瞬頭の中をよぎるが、考えないように……。

「待ち伏せされていますね」

 二階の、玄関を見下ろせる位置にやって来た時、アリスが淡々と言い放った。

「考えないようにしてたんだけどなぁ」

 最後の最後まで油断できないのはホラーの鉄板だが、現実に起こらなくたっていいだろ……。

 アリスの視線を追って、玄関に待ち構えているナニカを注視してみた。

「ぅひっ……!」

 思わず情けない悲鳴が漏れた。

 玄関に居座っていたのは、全長三メートルはありそうな蜘蛛で、その頭に該当する部分は左右非対称の歪んだ顔をした人間のようであった。それだけならば、まだ良かったのかもしれない。

 その蜘蛛の目にあたる部分は複眼の様に小さな人の顔がびっしりとひしめき合っており、呻き声や助けを求める声がわずかに聞こえてくる。

 腹部に至っては、欠けた人体のパーツがそこかしこに埋まり込んでいるように見える。

 不意に、どんっ、と背中を叩かれた。

「魅入られていましたよ。気を付けてください」

 どうやら危なかったらしい。

「あ、ああ、悪い、助かったよ……」

「視ない方が良いという意味が分かりましたか?」

「充分にわかった。すまん。もう視ないようにする」

「見ても構いませんが、見入らないようにしてください。視界に収めたらすぐ視線から外せば大丈夫ですから」

「……難しそうだな」

「慣れてください。魅入られても、私が居るので大丈夫です」

 つまり視ろってことか。

 試しにもう一度蜘蛛の居た所を見た。

 ……目(顔?)が合った。

 俺はすぐさま視線を外し、アリスに言った。

「目が合ったんだが」

 しかも、すごく悔しそうに顔が歪んでいた。

「あれはなんでも見境なく襲える化け物とは違いますからね。そもそも、怪異という物は条件を満たした者を襲い、引き込む存在です。意味もなく襲い掛かってくるのは人間か、たちの悪い化け物だけですよ」

「いや、さらりと人間と化け物を同列に扱うなよ」

「何言ってるんですか……化け物に失礼ですよ?」

「人間は化け物以下か……」

「人間が一番わけがわからなくて怖いですからね」

 そりゃごもっとも。

「それにしても、あの化け物の姿は……」

「……アレの見た目はそういう物ですからね。気にしなくていいですよ。あと、あれは怪異の類です」

「そう言うもんか……怪異ってことは対処方法はあるのか?」

「はい、あれは巣に掛かった獲物しか襲う事が出来ません」

 そういや、巣もあったな。

 蜘蛛の方のインパクトがデカくて気にしてなかった。

 とは言え、あの外見で、そんな受け身な姿勢には見えない。

「……そんなの関係なしに襲ってきそうだけどな」

「あれには実体がないですからね。ただ、糸の方が霊体をからめとる性質を持っていますので、迂闊に触れるとアウトですね」

「……視えない糸をどう避けろと?」

「今は視えるでしょう?」

 そうでした。

「……つまり、あの蜘蛛を見ないようにしつつ、糸を避けながら外に出ろと?」

「そういう事ですね」

 ……あれに突っ込むのか。

 視えていないとはいえ、あんな不気味な蜘蛛に突っ込みたくはない。

「アリスの中の奴じゃ追い払えないのか?」

「出来ますが、厄介なのが追いかけてきているので相手にしている暇がないかと……」

 悪あがきしてみたが、どうも無理なようだ。

 しかも後ろからなんか来ているというダメ押し情報が出てきた。

「後ろからって……追い出した奴か?」

「はい、それと、屋敷を歩き回っていたのがその後からついて来ています。どうも誘導しているようですね」

「それって、まずいんじゃないか?」

「不味いですね。だから急ぎましょう」

「あ、ああ!」

 再び歩みを進め、屋敷の中を進んでいく。

 どうにも、さっきから湧いてくるモノが多いらしく、アリスの歩がなかなか進まない。

 あまりに遅いんで、少し視たんだが、すげぇ後悔した。

 アリスの中のアレ。あれは、何というか……何なんだろう。

 見た目は獣なんだが……いや、獣か? 鳥? 魚? 虫? 蜥蜴?

 とにかく、わけがわからないナニカだった。

 それがわらわらと寄ってくる幽霊っぽいのを片っ端から喰らい尽していた。

 おまけに、元気を取り戻しているのか、だんだん大きく、凶悪な見た目になってきていた。

「……大丈夫か?」

「わらわらと沸いて面倒ですね……」

 一応、二重の意味で聞いてみたんだが、沸いてくる幽霊っぽいのが面倒だという感想しか返ってこなかった。

 アレって、元々はどんな姿だったんだ……?

「あっ」

「なんだっ!」

「いえ、問題はありません。追いつかれただけです」

 淡々と言う事じゃねぇ!

「なっ……! どっちだ!」

「……最初に見た奴です」

 あいつか……この落ち着きようだし、今のアリスなら、やれるのか?

「どうにかできるか?」

「……この子はやる気みたいですが、このまま逃げましょう」

「いいのか?」

「アレのおかげで、弱いのが逃げて行きました。この先は霊体を食らう蜘蛛の巣……寄って来るモノは減ります。この子、物量戦には弱いんです」

 なるほど、襲ってくる奴らの数が減ったのか。

「運がいいのか悪いのか……とにかく逃げよう」

「はい、あと少しです。頑張ってください」

「アリスこそ、無理はするなよ?」

「私は平気です。それより、アカリちゃんの入った私の身体を落とさないでくださいね」

 字面だけを見たら奇妙だろうが、事実なのだから仕方がない。

「このくらい、軽いから平気だ」

「貧相で悪かったですね……」

 ここに来てめんどくさいな!

「じゃあどう言えとっ!」

 くそぅ、結局終始こんな感じだな。

 せっかく霊的な経験してるっていうのに、緊張感がない!

「そういう時は黙って頷くものです」

「……」

 黙って頷いた。

「何か言ってください」

「ほんとどうしろと!」

「女心は秋の空模様のように変わりやすいんです」

「よし分かった。さっさとここを出るぞ」

 そして説教だ。

「ええ、そうしましょう」

「とりあえず、このまま、まっすぐだな?」

「はい、気にせず突っ切りましょう」

 と言う事は、まだいることには居るようだ。

 まあ、アリスが何とかしてくれるのだろう。

 俺はアカリちゃんを抱きかかえたまま、早足気味に一階への階段へ向かった。

 この先は、蜘蛛の化け物が居るところだな。

「そのまま降りてください! 中央をまっすぐです!」

「わかった! 中央をまっすぐだな!」

 後からついてくるアリスの言葉に従い、階段の中央をまっすぐ降りて行く。

 先ほど見た感じだと、玄関の壁際は完全に蜘蛛の巣だらけだったはず。

 中央に陣取っていた奴の周囲には、なぜか巣が全くなかったようにみえたし、このまま行って大丈夫か?

 一階に着き、足を止めて後ろを振り返ると、階段を駆け下りながらアリスが叫ぶ。

「伏せて!」

「っ!」

 反射的に伏せると、頭上を嫌な気配が通り抜けて行った。

「な、なんだ……?」

「糸を飛ばして来ました。今どうにかします」

「は?」

「やりなさい」

 アリスがそう言った直後、バゴォッと、玄関の穴が広がった。

「なっ、なにやったんだ!」

「この子が少し小突いただけですよ。ふふっ、元気いっぱいですね?」

 視えないナニカを撫でながら、アリスが嗤う。

「元気有り余ってんだろ!」

「先程の沸きポイントで、すっかり力を取り戻したみたいです。これなら後ろから来ているのもやれそうですね。やりましょうか」

「やらんでいい! もう大丈夫ならさっさとここを出るぞ!」

 どうしてこうも好戦的なんだ!

 中の奴の影響か? とにかく、出られるんならさっさと出ないと!

「……すみません。なんだか昂っていたようです」

「だろうな! ほら、行くぞ!」

「はいっ」

 アリスと共に、さらに大きくなった玄関の穴から外に出ると、正門が開いて警備員と思われる奴らがこちらへ向かって駆け寄ってくるところだった。

「来るな! それよりも救急車を呼んでくれ! 行方不明の子を発見した!」

「モノダさん、早く出ましょう。性懲りもなく追って来るようです」

「どっちだ?」

「蜘蛛の方ですね。アカリちゃんを助けた時に沸いた奴です」

 そのタイミングで沸いてたのかあれ。

 どうにも人為的な物を感じるが、考えている暇はない。

「あいつは、屋敷の外には?」

「出られそうですが……あ」

「今度はなんだ?」

「……捕まえられました。屋敷の中のアレに」

 屋敷の玄関の方を視てみると、例の蜘蛛が巨大な手に掴まれて、屋敷の中へ引きずり込まれている所だった。

「あれは……仲間割れか?」

「ああいった怪異に仲間意識なんかないですよ。喰うか喰われるかですからね」

「じゃあ、とりあえずはこれで終わり、か……?」

「はい、ありがとうございました。ようやく自分の身体に戻れそうです」

「ああ、そうだったな。そういや、救急車頼んじまったけど、大丈夫か?」

「大丈夫です。今のうちに戻ってしまいましょう」

「そんな簡単にできるもんなのか?」

「出来ますよ。子供の頃はちょくちょく幽体離脱していたので、慣れています」

「慣れてるのか……すげぇな」

「あ、ちょっと、寄りかからせてください。倒れてアカリちゃんが傷ものになってはいけません」

 そう言いながら寄りかかってきたアリスは自身の身体に触れると、一気に脱力してこちらに体重を預けてきた。

 そして、腕の中の少女が身じろぎして、目を覚ます。

「……初めまして、モノダさん」

「モノダじゃない。惣田って読むんだあれは。そ、う、だ。な?」

「知ってました」

「お前なぁ……」

「有紗です」

「うん?」

「私の名前」

「ああ、一文字違いだったのか」

「不思議の国のアリス、好きなんです」

「ああ、そこから取ったのか……こうして見るとしっくりくるな」

「アカリちゃんをディスってるんですか? うちの子をけしかけますよ?」

「そう言う意味じゃないし止めてくれ! つーかできるのかそんなこと!」

「出来ません。それより、今のはどういう意味ですか?」

「あー、言動と見た目だな。見事に一致する」

 アカリちゃんの方は一見すると地味系だが、顔立ちから判断するにクール系か勝気系だな。

 よく見ると美少女だし、隠れ美少女ってやつだ。

 アリスの方は儚げな印象の薄幸系で、目元の泣き黒子が印象的な正統派美少女だ。

 この顔であの言動……なぜか不思議とマッチするんだよなぁ。

「……そんなこと言われたのは二度目です」

「そうか? 案外あってるが……」

「そ、そんなことはどうでもいいです! とにかく、これで全部元通り……とは行きませんが、ひとまずは安心です」

「そうか……そういや、アカリちゃんに憑りついていた奴はどうなったんだ? とちゅまで追って来てたよな?」

「はい、それなら、途中でアレに喰われました」

 と、玄関の方を指さす。

 ああ、アレか……。

「まあ、アレはともかく、アカリちゃんに憑りついてた奴って、いったい何だったんだ?」

「……じきにわかると思いますよ」

 そう言って、ばつが悪そうに俯くアリス。

 その様子を見て、その時の俺はさすがに疲れたのかと思って質問を切り上げたのだが、そのことを深く後悔する羽目になるとは、この時は思いもしなかった。



 あれから一月が経った。

 が、俺は相変わらずネタを求めて日本各地の心霊スポット巡りや怪異の噂を集めている。

 あの時の写真や記事は俺を除いた編集部全員の身の回りに怪奇現象が起こると言う嫌がらせのような事態を引き起こし、見事にお蔵入りとなった。

 お蔵入りになった途端に怪奇現象も収まったのだから、今後、あれが日の目を見ることはないのだろう。

 さて、俺の方はこんなもんだが、あの百物語の関係者周囲では色々とあったようだ。

 まずは悪い知らせから行こうか。

 俺達が屋敷に入ったあの日、重傷で入院していた屋敷の主人の妻が脳死状態、つまり、植物人間になってしまった。

 直接的な因果関係はないように思えるんだが、後になってアリスから聞いた話だと、アカリちゃんに憑りついていたのが、その人の生霊だったようだ。

 ……つまり、あの時アリスに追い出され、俺達を追って来て、屋敷の化け物に喰われてしまったのは、彼女だったのだ。

 何の目的があってアカリちゃんに憑りついたのかは、今となってはわからない。

 アリスが言うには、アリスやアカリちゃんに対して、強い憎しみを抱いていたそうだ。

 恐らくは、百物語によって夫を失い、娘が精神を病んで入院することになったのが原因だろうとのことだ。

 あの生霊は彼女の恨みなどの負の思念や感情が生霊化した物で、本来であれば生霊がどうなろうと、当人に影響が出ることはないそうだ。が、彼女の場合、その恨みが強すぎたのだろう。

 その結果が、肉体への影響、脳死状態になってしまったというわけだ。

 アリスいわく、強すぎる思念は強い生霊を作り出すが、生霊が失われた時の反動も大きくなるという事だ。

 当人の思惑は最後までわからなかったが、なんとも後味の悪い結果になってしまった。

 他には、重傷者及び精神を病んでしまった者達はともに社会復帰は無理だと言う事か。

 唯一無事だったのは、アリスとアカリちゃんの二人だけだ。

 次は良い知らせだが、アリスが先日退院した。

 屋敷から脱出した時点ではまだ怪我が治りきっておらず、傷口が開いて一時意識不明にまで陥ったが、例のアレのおかげか、瞬く間に持ち直していった。

 一週間経つ頃には完治していたのだが、直るのがあまりに早かった為、検査入院をしている間に一月も経ってしまったのだ。

「なんともないのに検査と称して高い金払わされました。これは訴訟ですね」

 というのがアリスの弁だ。

 いや、医学的に見てあり得ない回復されたら検査するだろうよ。

 まあ、それでも検査料よりも高い入院代は病院側が自腹を切ってくれたらしい。

 アカリちゃんの方は日常生活に戻ったようで、アリスの見舞いに行くと必ずと言っていいほど居る。

 何か勘違いしているのか、俺とアリスの仲を疑っているらしい。

 さすがに女子高生とまっとうに交際出来るような年齢じゃないし、無論、手も出していない。

 ……そのはずなんだが、たまたま鉢合わせしたアリスの母親から公認でのお付き合いを認められてしまった。

 あの子にしてあの母親か……何となくアリスの性格がああなった理由が分かった気がする。

 まあ、あのインパクトのある母親はともかく、アリスだ。いや、アリス達と言うべきか。

「なにやってるんです?」

 実はあの二人なんだが……。

「有紗ちゃん、お仕事の邪魔しちゃダメだよ?」

「モノダさん、暇です。ゲームしましょう。ゲーム」

「ゲームの相手なら私がするから、ね?」

「朱莉ちゃんは強いのに手加減するので嫌です。本気なのによわっちぃモノダさんが良いです」

「……悪い。後にしてくれ」

 ……どういうわけか、俺の部屋に住み込んでいる。

 いや、ちゃんとした理由はあるんだ。

 というのも、あの日以来、俺の周りで怪奇現象が多発するようになったのだ。

 ……相変わらず俺には見えないんだけどな。

 けど、カメラやPCまでもが被害に遭うようになってきて、仕事どころじゃなくなった。

 で、あまりに酷いってことでアリスに見てもらったら、疫病神的なモノが俺に憑いていると言う事が判明した。どこで憑いたんだ一体……。

 どうにも相手は潜伏するのが上手いようで、上手く祓う事が出来ないらしい。

 さすが神様と言いたいところだが、疫病神は本当に勘弁して欲しい。

 アリスの中のモノを使うと俺にも被害が及ぶ恐れがあるらしく、結果として、一番穏便な方法をとることになったのだ。

 つまり、疫病神の方から出て行ってもらうのだ。

 その方法が現在の通り、アリスとの共同生活と言うわけだ。

 アリスの中のアレは疫病神にとっても恐ろしい物らしく、アリスが傍に居る時は何も起こらない。

 そうやって力を振るえない状態を意図的に作ることで、出て行ってもらおうってわけだ。

 正直、効果のほどは定かではないが、周りで何も起こって居ないのは事実だ。

 早いとこ疫病神には出て行ってもらって、気ままな独り暮らしに戻りたいものだ。

 年頃の女子が一緒だと女を連れ込むこともままならないからな。

 ちなみに、オプションの如くアリスについている朱莉ちゃんは見張りだそうだ。

 さすがに女子高生に手を出すほど、俺は人生捨てていない。

 世の成人男性は、未成年女子に手を出すリスクをしっかり考えた方が良いと思うんだ。割とまじで。

 なんせ、同居してるってだけでもかなりまずいんだからな……。

 俺の社会的地位が死滅する前に疫病神には出て行って欲しい物だ。

 疫病神追い出すために厄を抱え込んでいたら世話ないけどな。

 まあ、近況はこんな感じか。

 結局、百物語に関しては実施方法しかわからず、呼び出される怪異に関する情報はあやふやで、何よりも対処方法がないという、危険すぎる物として、うちの雑誌でも取り上げることは禁止された。

 どっかに安全な怪奇現象が転がってないかなぁ……。

「……そうだ。なぁ、二人があの屋敷から脱出する時の話を教えてくれよ」

「私達のですか? 百物語の取り扱い話になったのでは?」

「ふっふっふ、世の中には創作という物があってだな。二人の体験をフィクション扱いにして、読み物系の記事にしようと思ったんだ」

「なるほど。確かにそれなら大丈夫……なんでしょうか?」

「創作だし、大丈夫なんじゃないかな?」

「まあ、さすがに百物語のやり方とかはぼかして書くさ」

「それなら大丈夫でしょうね。手順が必要な怪異は手順を違えると最悪なことになりますが、この百物語はまだ新しい怪異ですし、手順をきっちりしないと不発に終わりますからね」

「うん? 百物語って大昔からあっただろ?」

「今回……いえ、あの日、あの時から始まった一連の百物語は、昔からあった物とは違うんです」

「有紗ちゃん、その話は……」

 ああ、思い出した。

「そういや、この一連で最初の百物語は、アリスの兄ちゃん達が行ったんだよな?」

「……はい、幸いにも兄は生き残りましたが……」

「意識が戻らないんだよな」

 そういえば、奇しくも屋敷のご婦人とアリスの兄の容体が同じことになっているのか。

 ……偶然、だよな?

「はい、恐らく、今後も戻ることはないでしょう。母はまだ諦めていないようですが……ちなみに、朱莉ちゃんは昔、兄と付き合っていました。あと非処女です」

「有紗ちゃんっ?」

「ほう、詳しく」

「嘘です! どっちも嘘ですからねっ!」

「なんだ嘘か」

「でも、朱莉ちゃんは結構惚れっぽい所がありますからね。要注意です」

「そんなことないから! 惣田さん、信じちゃダメですからねっ!」

「お、おお、わかった。まあ、そんなことより、最後の百物語の話を教えてくれよ」

「そうですね。私は覚えているのは前半少しと後半でしたから、空白部分は朱莉ちゃんが保管する感じで話していきましょうか」

「そうだね」

 最後の百物語、いったい二人は何を見て、どう逃げおおせたのか、実に楽しみだ。

 パソコンのワードソフトを開きながら、俺はどのように書いて行くかを思案するのだった。

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