第15話 相良氷雨
このお話は個人的には一番書いていて楽しかったです。お楽しみいただければ幸いです。
そこはラシストのアーケード街の大通りのど真中。魔道の知識が抜け落ちている今のレンでは追跡をするのは不可能だ。
精霊達を呼び出すが、よほどひどい顔をしていたのか、精霊達は皆レンを見ると顔を強張らせた。
転移魔法が得意なピョン子なら魔法の発動を一度見れば使われた魔法を解析できるだろう。なら話は早い。ヒントは先ほど女神に見せられた大地の記憶だ。
《万能創造》により大地の記憶とやらを視可能なメガネを造り出す。この眼鏡はフレームにあるタイマーの時間をセットすれば、その時の大地の記憶を見る事ができるという優れものだ。
時間はトルネがエーフィの学友とやらに委細を聞いていたからほぼ正確に知る事ができた。ピョン子にメガネを渡し解析するように命じる。
ピョン子は半信半疑のようだったがメガネを受け取ると、魂を奪われたみたいにぼんやりしていたが、笑顔が悪鬼のようにゆがむ。
「坊ちゃん。解析が完了しましたピョン」
「で、行けそうか?」
「転移の先はこの場所から約1000キロメル南方の海底内。多分、遺跡か何かの中ですピョン。
今の私の力では転移魔法は500キロメルまでが限度。1000キロメル先への転移は不可能ですピョン」
回りくどい言い回しをする奴だ。何時もならば気にもならんが、今はこの事態だ。本心を言って欲しいものだ。
「今の私の力とはどういう事だ? 悪いが今はもったいぶった言い方はなしだ! 時間がない」
「では、僭越ながら我等精霊はこの人間界では本来の力がクラス1だけ減少しますピョン。私の本来の力クラスSなら、1000キロメルの転移もおちゃのこさいさいピョン」
「なんだ。そんな事でいいのか? なら早く言え!」
くだらん。その程度の事なら勿体付けんでもよいだろうに。
迷宮内にいる際に一度、アジに聞いた事がある。精霊全てのクラスが下がると勘違いしているようだが、おそらく精霊達が人間界で本来の力をふるえないのはこの世界に展開されているクラスA以上にのみ発動する能力制限術式のせいだ。レンはクラスAに到達したときに、《Aクラス無限の盾》を獲得しており、この術式の効果はなかったのだろう。
この傍迷惑な術式は天神か女神が世界に展開したのだろうが、術ならば無効化させてしまえばよい。
《万能創造》で【クラスSS全能力異常無効化の指輪】を3つほど創り出し嵌めるように指示する。
精霊達は指輪を装着し、力が戻っているのを確認すると、三者三様のリアクションを取り始めた。
これでお膳立ては揃った。行動に移そう。
レン達を遠巻きに呆然と眺めているトルネに、この場に待機し道の一時的な通行止めと中央軍や警察への説明を指示すると大人しく従う。根性なしではあるが、ダッドほど根がひん曲がってはいないようだ。
力の制限がとれて浮かれているピョン子に命じ、海底遺跡へ飛び、遺跡内の蒼色の石床をひた走る。
(エーフィ……頼む無事でいてくれ!)
エーフィはレンにとってヴァルトエック家の養子なってできた初めての同世代の家族であり、友達だ。何よりエーフィには返せないほどの恩がある。
レンは養子なってから誰とも話さず、一日中家にいた。自身に過去の記憶がない事がどうしょうもなく不安で怖かったからだ。仮に、記憶が戻ればそれは今のレンという存在の死を意味するから。
さらに、毎日不吉な夢を見た。起きるとその夢の内容は綺麗さっぱり忘れていたがその夢がレンの心に何度も鋭い杭を突き立てていることだけは感覚として理解できた。
だから寝るのがひたすら怖かった。寝ればまた意味不明の夢をみるから。心がカラカラに干からびるから。
毎晩、寝るのを我慢し、結果少しずつレンは壊れて行った。
そんな調子だ。エーフィとは半年間、目も合わせず、一言も話さなかった。エーフィも無愛想なレンが怖いらしく殊更話かけては来なかった。
半年が経過したある晩、いつものように転寝をして飛び起きると、レンの横にはエーフィがいた。エーフィはレンの腕にしがみ付いて寝息を立てていた。頭が著しく混乱したが、振り払うのも違うような気がしてそのままにしておく。
次の日も、その次の日も、またその次の日もエーフィはレンの腕にしがみ付いて寝る様になった。
エーフィという家族の温もりはずっとレンが憧れていたもので、戦災孤児であるレンが手を伸ばしても届かなかったもの。その温もりを手に入れたレンの心はゆっくりと癒えていく。いつしか寝ても不吉な夢は見なくなっていた。
それからのレンの人生には幾多もの色が灯った。一緒に食事もしたし、昼寝もした。遊びもしたし、喧嘩もした。いつも一緒だった。
長い時間を共に過ごすうちに、レンにとってエーフィは命よりも大切な家族となっていた。命を賭して守らねばならぬ妹となっていた。
エーフィはレンに初めて人間らしい温もりくれた人だ。そのエーフィが傷つく? それだけはさせない。例え何者であってもそれをしようとする奴は絶対に許さない。
壊し尽くしてやる。それを為せるのならもう英雄なんてなれなくていい。
巨大な扉の前に立つ。タツが扉を開け中に入る。落ち着けようとしても身体から無限に湧き上がる憤怒は収まらない。レンから大切なエーフィを奪おうとした奴らに対する憎悪に気が狂いそうだ。
広大な部屋の中は頭が獣の魔物、角や翼を生やした魔物で埋め尽くされていた。
その中心にはメガネをかけた紫色の髪の男と、そして、鳥頭と大男に刃を向けられていたエーフィがいた。
その事実に心がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。怒りの器はもう一杯だ。もう我慢は出来そうもない。決壊も近い。
レンは徐々に変質している。いや、変質というより、この懐かしい感じから、回帰しているといった方が正確か。アジと出会ってからいくつか片鱗はみせていた。それが、顕在化したのはミャーが襲われたかけたとき。そして、大事な、大事なエーフィが攫われたと知り、自身の性質を完全に取り戻した。
それは傲岸不遜、自身の守りたい者以外は興味がないという女神に見せられたあの糞ったれ魔導士と同じ最低な性質。
攫われたと聞いただけで自身の性質さえ取り戻したのだ。この上、エーフィが傷つけばレンの記憶まで戻るかもしれない。それは今のレンの死を意味する。それは嫌だ。まだ別れたくはない人達がレンには多すぎる。
「エーフィを返せ。今ならまだ許せる。今なら戻れる。これ以上オレを変わらせるな!」
だからレンは言葉を絞り出す。
「この娘を傷つけられたくなくばそこから一歩も動くなよ。
言っておくが、この遺跡には魔法封じの特殊な結界が張ってある。貴様御得意の魔法もこの遺跡内では使えんぞ。
無駄な抵抗はせずに吾輩に殺されろ!」
エーフィを傷つける? 今そう言ったのか? 胸の中を灼熱の怒りが貫く。
「兄様、逃げてください! この人達はエーフィには――」
エーフィの鳩尾に剣の柄の先がめり込み、糸が切れた人形のように床に倒れる。
頭が真っ白となる。暫らくこのふざけた事象を理解できなかった。
それを理解したとレンの器は呆気なく決壊し、相良氷雨は深い眠りから覚める。
この目の前にいる下種共を滅ぼすだけなら簡単だ。だがそれでは駄目だ。全然駄目だ。
今まで思いついてはいたが試みようとまでは思わなかった方法。即ち、複数のスロットの融合。
クラスSS同士を融合するなど正気の沙汰ではない。だが元々、氷雨は真面じゃない。
《万能創造》と《無限の世界》を融合させる。景色が捻じれ、魂が巨大なペンチで引きちぎられたような苦痛が襲う。この苦痛さえもこの遊戯を盛り上げる絶好のスパイス。
もういいだろう。忠告はした。扉を自ら開けたのは目の前のドアホウ共だ。
「そんなに見たいか? いいだろう。見せてやる! 味あわせてやる! 正真正銘の地獄ってやつを! 絶望ってやつを――!」
右手を天に掲げる。そして破滅の鐘を鳴らす。
「《万物開闢》――幻想世界!」
パチンと右手の指を鳴らすと同時に光が世界を塗り潰し、食い潰す
上空へ放り出される。もっとも、それはアスタロト魔族共だけの話。この世界の生み親である氷雨には無関係だ。
空間を捻じ曲げ、地上へ移動する。魔族達は突如出現した世界に面食らって、浮足立っている。
それはアスタロトも同じ。幽鬼のように血の気の引いた顔をしていた。
「餓鬼共。引っ掻き回してくれた礼だ。楽しい遊戯に招待してやる」
「貴様、何を言って――!!」
言いかけるアスタロトを無視して右手の指を慣らし、過去に氷雨が闘った極上のバケモノ共を招待する。
無論、此奴等は本人ではない。この幻想世界で造り出したこの世界でしか実態を保てない幻影に過ぎない。だが、幻影でも強さは其のままだ。
まずはクラスSSレベル2の火を吐く巨人。此奴は8000年前北部大陸で暴れ回ったのを退治した。全てを灰燼と化す吐息と、強烈な一撃がウリのバケモノ。
次がクラスSSレベル5の鋼の竜。7000年前に人間界を震撼させた邪悪な魔竜。ありとあらゆるものを反射する鱗に、全てを炎滅する吐息。しかも高速飛行までできるというおまけが付いたバケモノ。
巨大ナメクジは7500年前に人間の国を5個ほど腐敗させ、天界にすら進行しようとしたクラスSSレベル7のバケモノ。動きが鈍いが攻撃すればいかなる伝説の業物でも腐り、直接攻撃は無理。しかも、距離を取ると広範に腐敗化とゾンビ化の瘴気を発生させ、眷属を無限に増やすという厄介な奴。
クラスSSレベル10の大猿。伸縮自在の棒を持ち、数十体に分裂する巨大猿。此奴の恐ろしさは分身体もクラスSの強さを持つ事だ。しかも、本体は分身体に自在に移転する事も可能。つまり、一度にこのバケモノ猿を倒さなければならない。6000年前、氷雨が召喚魔法の失敗で異世界からこの世界に呼びよせしてしまった一体だが、倒すのは殊の外苦労した。
黒色の髪一房を横っちょに結び、残りの髪は下に下ろした髪型、スケスケの黒いエロ服を来た餓鬼は1万年前に女神と犬猿の仲の神格をもつ天族――黒姫だ。なぜか気に入られて何度も襲撃された。その度に撃退はしたものの、人間界が凄い事になったので、女神に頼んで頭が冷えるまで幽閉してもらったのだ。此奴はSSクラスレベル15。魔法を得意とし、クラスSSで取得可能な第13階梯魔法をバンバン使う。そんな無茶苦茶な奴だ。
このマッチョの鬼は9000年前、氷雨の目的に付き合ってくれた数少ない仲間。9000年前に鬼界と人間界との門を閉じ、現在嫁さんと鬼界でイチャラブしているはずの奴だ。クラスSSレベル20。得意なのは剣術と鬼術という能力。
最後の赤装束についてわかるのは世界最強の1柱。それ以外、名前も種族も不明、顔も不明、性別さえも正確なところはわからない。此奴と出会ったのは今から1万2000年前。当時、このエインズワースに召喚されてから数百年に過ぎない氷雨は此奴に幾度となく挑み、半殺しの目にあった。それから凡そ、2000年間挑み続け、たったワンパンだけ当てると姿を消してしまった変人だ。
此奴のクラスはSSSレベル10。7個の強力無比な能力を持つ。よくもまあ、こんなバケモノに挑む気になったものだ。若さってやつは恐ろしい。
忽然と現れたバケモノ共に至る所で魔族達から叫声が起こる。当り前だ。アスタロトはクラスSSレベル10。能力値だけでもアスタロトと同等以上のバケモノが4柱も出れば無理もない。
「ば、馬鹿な……こやつ等は古代神話時代の……?」
震える声色で言葉を紡ぐアスタロト。
「よくわかってんじゃねぇか。此奴等はオレと戦った猛者揃い。たっぷり遊んでもらいなぁ!」
巨人、鋼鉄竜、ナメクジは雑魚魔族の掃討、大猿はアスタロトの5柱の腹心共、黒姫と、羅刹鬼はアスタロトと遊ぶように命を飛ばす。
黒姫と羅刹鬼がマジでぶつかれば、アスタロト等一瞬でき挽肉だ。それでは足りない。このクラスの魔族達は死んでも直ぐに地獄界で蘇る。力の差が分からない馬鹿が復讐を考え、エーフィ達を再度襲うかもしれない。氷雨の身内に手を出す事の愚かしさを真の髄まで叩き込まなくてはならない。
こうして、戦いの火蓋は切って落とされ、約15分後にアスタロトとその腹心の5柱以外、魔族達は皆仲良く消滅した。
アスタロトも馬鹿ではない。黒姫と羅刹鬼1柱でさえも、アスタロトとは大人と子供ほどの力の差がある事は骨身にしみているはずだ。そして、それは分身体の大猿一体さえも倒せなかったアスタロトの腹心達もその程度は理解している。
「貴様は……ヒサメ・サガラなのか?」
「一応、そうなるな」
(今後、どうなるかまでは知らねぇけどな……)
「なら、魔法は使えないはず。いや、魔法ではない……魔法無効術式に穴はないはず。それに魔法に世界を造る力などない。これは……能力?」
「御明察。もう無駄話は終わりだ。てめえらに慈悲は一切かけねぇ。魔族のてめえらにいうとやけに陳腐に聞こえちまうがよぉ。俺から最高の言葉をプレゼントしよう!
真の地獄と恐怖を味わえ!!」
氷雨が右手を上げると、バケモノ達は一礼し姿を消していく。アスタロト達は顔に追い詰められた獣のような哀れっぽい表情を浮かべている。
ここからは本来不要な行為。ズタボロのアスタロトを消滅させるのは赤装束だけで十分なのだから。
そして、《万物開闢》でこれほど巨大な世界を造ったのだ。既に魔力等すっからかん。その上、次の能力を使えば数週間はベッドで唸る事になるだろう。
しかし構わない。ここで怒りの全てをぶつけておく。それで魔族に対する怒りは全て水に流してやる。それこそがこの1万2000年近く生きた中で学んだ狂わないための経験則。
まあ、この思考自体がとうの昔に狂っているとも言えるわけだが、今それは置いておく。
「《黒星雨》」
氷雨が言葉を発すると、今まで照らしていた灼熱の日差しが消え辺りは月あかりすらない暗闇へと包まれる。
アスタロト達は上空に恐る恐る眼球を移動し、悲鳴を呑みこむ。頭上高く、漆黒の隕石で埋めつくされていたからだ。
この《黒星雨》は神眼でもクラスの判別がつかない能力。レン・ヴァルトエックが面倒になり迷宮中の魔物の攻撃系能力を一つのスロットにブチ込んだ結果生まれたイカレタ能力であり、狂気の産物。
これはあくまで憶測であるがこの能力は攻撃系能力を融合させた結果、制御等の攻撃以外の効果は一切あるまい。世界観測史上最強の威力を誇るただの純粋な破壊の塊。
アストロトの手から紫色の大刀が滑り落ちからカラーンという硬い土に衝突する金属音が響く。ドサッとアスタロトは両膝を地面につける。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アスタロトが上空を見上げ、涙を流しながら絶叫をするのと氷雨が振り上げた右手の指を鳴らすのは同時だった。
漆黒の隕石群は神速で大地に殺到する。瞬時にヒサメは空間を捻じ曲げ、エーフィ達のいる安全地帯に自身の身体を転移させるが、そこで意識は暗い、暗い闇に沈み込む。
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