第14話 覚醒
王宮を出てラシストの商店街の方へ歩いて行くと緑に金の刺繍をした軍服の者達に取り囲まれた。貴族連盟の軍服だ。
このロイスター王国は国の直轄の中央軍の他に、貴族達が各々の領地を治める独自の軍隊である血盟貴族連盟軍がある。中央軍がある今の時代に合わぬという事で、縮小を重ねてはきたが、それでもロイスター王国では未だに中央軍に次ぐ強大な力を持っている。
もっとも、血盟軍はあくまで貴族達が領地を守るために法が特別に許した軍。このラシストの防衛は正規軍である中央軍が取り仕切り、血盟軍には一切の権限はない。
騎士校の迷宮実習に血盟軍の軍人達が一切関与していなかったのもそういうわけだ。貴族連盟はその事実に不満があるようで、何度も国会の貴族院で中央軍と血盟軍を正規軍とする二軍制の法案を提出しているが、民議院で否決となっている。
兎も角、血盟貴族連盟軍の軍人たちから銃を向けられている現状をどうするかが先決だ。
「レン・ヴァルトエックだな」
茶髪の一目で将校とわかるイケメン青年が油断なく銃口をレンに向けながら進み出る。
「はあ、そうですが……」
「連盟の詰所まで来てもらおう。聞きたい事がある」
貴族連盟に所属する大人達は平民に過ぎないレンを毛嫌いしている。だがそれは平民の分際で貴族のふりをしている事への一種の嫌悪感に過ぎず、敵意ではない。今向けられているのは嫌悪ではなく、明らかな敵意。
何かが起こったとみるべきだ。しかも一般市民に過ぎないレンに銃を突きつける程の何かが――。
両手首に手錠をかけられ連行される。貴族連盟には警察権はない。確かに、事情を聞くために任意で同行を求める事くらいではきる。だが身体を拘束する事など認められるはずもない。どの角度から見ても異常事態だ。
「お待ちなさい!」
女性の鋭い声が路上に響き渡る。視線を声のする方へ向けるとそこには、青い軍服を来た長い金髪を腰まで垂らした美女――カティ少尉が刺すような視線を兵士達に向けている。
イケメン将校はカティ少尉を見ると小さく舌打ちをして、爽やかな微笑を浮かべた。
「これはカティ少尉。先月の社交界以来ですね」
「トルネ子爵、このラシストは中央軍と中央警察庁の管轄です。血盟軍はこのラシストでは何の権限もないはず。その血盟軍が一般市民を捕縛するとはどういう了見ですか?」
「少々、話しを聞きたいと思っているだけです」
「ではその手錠は? 話を聞くだけにはとても見えませんね」
「手錠は彼が我等に暴行を働こうとしたのでその緊急の措置です」
呆れたように肩を竦めるカティ少尉。
「思いつきで言葉を発するのは止めてもらえませんか? 拳銃を所持している訓練された兵士に一般人の中等部生が暴行を振るう? そんな戯言、信じろという方が無理でしょう?」
実際にはカティ少尉には精霊の事は話している。レンがこの程度の兵士を蹴散らすのはわけないくらい少尉も理解している。だがその話を知らないトルネ達にはこの言葉は痛烈な一撃となる。
案の定、トルネは不愉快そうに顔を歪ませた。イラついているのが丸わかりだ。
「それは……ああ! もう面倒だ! これは我等ロイスター王国貴族の問題です。エルフは口を出さんでもらえませんかね!」
「私もロイスター王国の貴族の端くれです。その言葉は私の母、しいてはファーガス伯爵家に対する侮辱にもなりますよ」
「そ、そういうつもりで言ったわけではありませんよ」
「何があったのです? 貴方方も理由もなくこんな強行手段に出るような組織でもないでしょう?」
言わねば、ファーガス家に告げ口するとでも考えたのか、トルネは重い口を開き始めた。この手の組織には通常守秘義務くらいあるだろうに……。
「レン・ヴァルトエック、いえ、レンにはヴァルトエック家の御息女とアベカシス人への誘拐の嫌疑がかけられています。居合わせた貴族の子女複数人からの通報ですので真実です」
トルネの言葉の意味がわからずキョットンとするレン。いくら血が繋がってはいないとはいえ、仮にも妹だ。その妹をレンが誘拐したなど何処の馬鹿が信じるというのか?
しかし、そのトルネの神妙な顔からエーフィの誘拐自体は真実である事が判断でき、焦燥感が嘔吐のように繰り返し襲ってくる。
全身を骨まで溶かすほどの熱さがレンを襲い、その熱さが心臓を爆走させる。視界がグニャリと捻じれ歪む。滝のような汗が拭き出す。
この反応は経験がある。それは以前に貴族の子息がミャーに剣を向けたとき。
身体の自由が効かなくなり、レンの中の深層の扉から別の何者が這い出して来る感じ。それは奇妙な懐古と狂おしいほどの憤怒。
そしてレンは変質し始める。
「我等はヴァルトエック家の御息女の保護のために彼から聞き出そうした。おわかりいただけましたか、なら同じ貴族の我々が――ぐぇッ」
手錠を引きちぎりトルネの胸倉を掴み空高く上げる。
「レン……君?」
カティ少尉の不安そうな声が耳に入って来る。
一番怪しいのはレンの貴族社会からの排除を望む貴族連盟。冒険者ラシスト支部長ダッドと同様、何か遂げるべき目的があってエーフィが犠牲になったと考えるべきだ。
「答えろ。エーフィは何処だ?」
「ふざけるな! それを聞きたいのは私……ひぃぃぃ!」
トルネは苦しそうに呻似ながらも、激昂しようとしたがレンの顔を見て悲鳴を上げる。
「早く答えろ。オレはなぁ、気が短ぇんだよ」
静かなレンの最後通告にトルネは震える声で捲くし立てた。
「今日の正午頃ヴァルトエック家の御息女とアベカシス人が誘拐されたとの通報があったのだ。
その電話での通報にあった場所へ行くと、ヴァルトエック家の御息女の御学友がおり、詳しく話を聞くことができた。
彼女達は口を揃えて、レン・ヴァルトエックが不思議な魔法によって、エーフィ・ヴァルトエックとアベカシス人2人を消失させて人混みに消えたと発言した」
このトルネの様子だとエーフィを誘拐したのはおそらく貴族連盟ではない。冒険者機構のダッドはある意味、馬鹿の王のような奴だった。無駄に自信と肝っ玉があったのだ。だがこのトルネに中央軍の幹部の娘を誘拐し、それをレンに押し付けるだけの蛮勇があるとも思えない。
中央軍は血盟軍自体を不要として、その解散を主張する組織だ。レンを捕縛し誘拐の事実を先に突き止め、中央軍の幹部であるルーカスや退官しても多大な影響を持つアイザックに政治的なダメージでも与えようとしたのだろう。
貴族連盟でないとするとまったく見当もつかない。スカル達が迷宮3階であったというローブの男だろうか。
とは言え、今は行動あるのみだ。魔法を使ったのなら現場に行けばその残滓があるはず。考察するのはそれを確かめてからでもいい。
「魔法が発動された場所まで案内しろ」
「わ、わかった」
震える声でトルネが素直に頷く。おそらく、レンが本事件に無関係だと判断したのだろう。仮に誤報なら逆に血盟軍の痛手となる。この貴族連盟が黒幕の線は消えた。
「レン君……」
カティは雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な顔をしていた。
「カティ、アンタは親父と爺ちゃんに事の次第を伝えな。とんでもなく嫌な予感がする」
カティの言葉を待たずにトルネを促し目的の場所に向かう。周囲の兵士もレンの豹変と事態の展開の速さについて行けず、困り果てた顔でついてくる。
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