第13話 蹂躙
眩しさにやっと目が慣れたときそこは遥か上空だった。アスタロト達は当然のごとく、重力に従い落下していく。
寧ろ不可解なのはアポローン達だ。上空には透明の床があったのだ。気が付いたときには身体は動いていた。エーフィとアルスの元までひた走る。エーフィは気絶されているだけで無事だった。リタも可愛らしい寝息を立てている。
サルガタナスに首を掴まれていたアルスも滝のような汗をかいてはいるが体調には影響がないようだ。
寧ろこの中で一番重症なのはアポローンだ。ほっと溜息をつくと、白服のリーゼント男が右手の掌を向けるとエーフィ、アポローン、アルス、リタの身体が発光し、傷が急速に癒えて行く。
リーゼントの男は白衣の女性と女装男と話始めた。
「おい、トリス! このふざけた世界はなんだ?」
「知らんて! 坊ちゃんの能力やろ。何でもかんでもわいが知ってるわけではあらへんで!」
「世界を造る能力……女神・天神でさえも為せぬ、絶対にして偉大なる真の神にのみ許された奇跡の御業……素晴らしい……」
うっとりと恍惚の表情を浮かべながら地上を見下ろすオカマ兎男。今までのやけに高い声から一転して野太い声だ。
「おい、ピョン子、お前素が出てんぞ!」
「あっ、これは御免遊ばせピョン」
ホホホと、気色悪い高い声に戻るオカマ兎――ピョン子を尻目にアポローンは地上に視線を向ける。
アポローンは目が良い。というより能力《鷹の眼》によりはるか上空からでも詳細に地上を確認できるのだ。
しかし、アポローンは好奇心に負けて地上を見たことを真に後悔した。なぜなら、地上はまさに悪夢の具現だったのだ。ありとあらゆる悪行がそこにはあった。
一つ目。山よりも遥かに高い口から火を吐く巨人が肩に担ぐ棍棒を叩き付けると、たった一撃で半径数kmが吹き飛び、巨大なクレーターが出来上がる。
二つ目。百メルを超える鋼鉄の竜が、口から吐息を吐くと、遥か遠くの山脈が丸ごと消し炭となる。更に、尻尾の一撃で湖が消し飛んだ。
三つ目。数百メルにもなる巨大なナメクジが瘴気をばら撒きながら、大地を蹂躙する。その歩みは草木を、水を、大地を、大気さえもグズグズに腐らせる。
四つ目。50メル程の大猿が棍棒を器用に操り、飛び回り、暴れ回る。その巨体とは到底考えつかぬ凄まじい速さは、体感時間を限界まで引き伸ばす効果を持つ《鷹の眼》でも視認するのがやっとだ。しかも、この大猿は分裂する。既に見る限り、数十体にまで増えている。
五つ目。14枚の漆黒の翼をもつ全身黒一色の美少女が、空中に幾多もの魔法を雨霰と生み出し地上へ降り注いでいる。
六つ目。頭に三本の角を生やしたマッチョの男が、剣を光速で振う。その度に、あらゆるものが分子レベルまで細切れになる。剣は武御雷様に稽古を付けてもらっているから推測くらいはできる。剣の腕も神格を得ている武御雷様クラスはあると思われる。
七つ目。最後がレンの傍でバケモノ共の指揮を執っている赤装束の男。顔まで赤い布で覆われているからその表情は分からない。だが、真紅の目がその布の隙間ら覗いている。おそらくこの中で最も強いバケモノだろう。
戦況だが、端から闘いが成立していない。こんなものを闘いだとアポローンは認めない。これはただの蹂躙劇だ。
巨人の棍棒に潰される者。鋼鉄の竜の吐息により消し炭になる者。ナメクジにグスグスに腐らせられるもの。猿の棍棒で粉砕される者。まさに地獄絵図だった。
クラスAの百戦錬磨の魔族達が次々になすすべもなく消滅していく。ちなみに、消滅といってもクラスC以上の純粋な魔族は天族と同様、死の概念はない。消滅しても再び、地獄界で蘇る事になろう。
とは言え、抗っている者も魔族にはいた。
一つは、言うまでもなくアスタロト。三本角の鬼、漆黒の翼を持つ美少女を一柱で相手にしていた。その表情は真剣そのもので余裕など微塵も感じられない。
二つ目はサルガタナスを筆頭とするアスタロト五大将だ。アスタロト五大将達は、分裂した猿たちを相手に激戦を繰り広げている。大猿に押され気味だが、一応闘いが成立している。
白服リーゼントは地上の光景を暫し無言で眺めていたが、いつしか笑みを漏らし始め、こみ上げてくる子供のような笑い声でいつまでもおかしそうに笑っている。
「くくく……くあっははは! 坊ちゃんの配下になり、世界は広いと実感したつもりだったが、広いというより、もはやこれは別の世界だな」
「タツ、また言っとる事が意味不明やでぇ。でも坊ちゃんがおかしいのには激しく同意!」
白衣の女性――トリスが白服リーゼント――タツにすかさず満面の笑みで同意する。
「すげぇ、すげぇぞぉ! ありゃあ、1体、1体が俺よりも強い! 坊ちゃん! どこまで、俺を楽しませてくれるんだぁ?」
兎オカマ――ピョン子が野太い大声を張り上げる。その表情はまるで魂をとろかすような甘美な経験でもしたかのようだ。
「せやから、ピョン子、地が出てるって!」
トリスのツッコミに、ホホホッと身体をくねらせるピョン子
どうでもいいがこのイカレタ光景を見て笑っていられる神経がアポローンにはわからない。脇にいるアルスもそうだが、自身の歯がカチカチと引っ切り無しに鳴って五月蠅くて敵わない。
「あ、あんたら、あれを見てなぜ笑ってられるんだ? 怖くないのか?」
「怖い? 馬鹿いえ! こんな最高な娯楽はねぇ。手前も天族ならこの状況を楽しむんだなぁ!」
「そうや、そうや。天下の魔神様が道化を演じる所など滅多に観れへんで」
この言葉は神格を獲得し敵がいなくなり退屈に身を焦がした天族の言葉を想起させた。大きい声では言えないが、表面上天神も女神も理性的に振舞ってはいるがこの傾向が強い。どうやらこの3柱も天神達と同類らしい。なるほど。ならばこの非常識も順応できてしかるべきだ。
「坊ちゃん、そろそろ遊びは止めて、お決めになるようだな」
タツの言葉に視線を再び地上へと戻す。
アスタロトとアストロ五大将以外の全ての魔族は消滅している。そのアストロ達も傷だらけで疲労困憊。真面に戦闘ができそうにも思えない。
レンが右手を上げると、赤装束が胸に手を当て一礼をすると姿を煙のように消す。同時に他のバケモノ達も次々に姿を消していった。
もっとも、レンに攻撃をしかければ他のバケモノは兎も角、あの赤装束は瞬時に姿を現しアスタロト達に反撃するだろう。
それを十分に認識しているから、アスタロト達は地面に針で縫い付けられているかのように動けずにいるのだ。
レンが口角を吊り上げ邪悪に顔を歪ませる。その途端、丁度、アポローン達のいる場所を避ける形で上空に数十万にも及ぶ漆黒の隕石が出現する。その隕石は巨大な事はもちろんだが、禍々しい邪気を纏っており、ただの隕石とは到底思えない。
アスタロトは上空の隕石群を呆けたように眺めていたが、手に持っていた紫色の大刀を落とし両膝を地面につけ、狂ったように天に向かい絶叫を上げる。
幾多の隕石が神速で落下していくのはほぼアスタロトのこの絶叫と同時だった。
地上に降り注ぐ黒色の流星群は地上を抉り、破壊する。元々巨大な隕石が遥か上空から神速で落下するのだ。その破壊力は想像を絶する。
しかも、その隕石は案の定ただの隕石ではなかった。隕石は大地を炎滅し、凍結し、落雷し、風で切り刻み、隕石から延びる漆黒の針で串刺しにし、漆黒の液体で溶解する。さらに、暗黒の光や闇で存在自体を消滅させ、触れたものから生を奪っていく。
瞬く間に想像を絶する力の塊は地上を破壊し尽しこの仮初の世界からアポローン達は強制的に退去する事と相成った。
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