第11話 一目惚れ アポローン
うららかな日差しがロイスター王国王都――ラシストのコンクリート製の地面を照らしている。晴れ晴れというには聊か暑すぎる天気のために、行き交う都市の住人や旅行者が額の汗をハンカチや袖で拭っている。
「アルス、そろそろ昼飯にしようぜぇ。朝から何も食べてねぇから流石に腹減った」
アポローンの言葉に横を歩いている親友のアルスが呆れ果てたような視線を向けてくる。
「アポローン、それは貴方が寝坊したのが悪いのでしょう。
ですが、確かにお腹は減りましたね。今日はたいして動いていないのになぜでしょう?」
「天神様と女神様が一緒にいりゃあ、緊張して腹くれぇ減るさ。
それよかさっさとどっか入ろうぜ!」
日常的に思案したがる親友のアルスを促し、ファミレスに入り席に着く。ヒラヒラしたフリルの付いた制服を着たウエイトレスに十品近く注文する。
よほど腹が減っていたようだ。テーブル一杯に敷き詰められた料理が全てアポローン達の腹に収まっていた。
天界で天族は腹など好かない。食欲など無縁であるし、そもそも食感がない。一方、人間界では天族も普通に腹も好き、食感もある。故に、人間の料理に嵌り、グルメ天族として世界中を旅歩く変人天族も結構いる。
アポローンも通常の天族と同様、人間界の料理には興味はそれなりにあるが、あくまでそれなりだ。グルメ天族などと抜かしている天族のような強烈な関心まではなく、どちらかというと質より量だ。
このように人間界の文化フェチな天族は結構な数に登る。アポローンは人間界の文化などには全く興味はないが、男の天族の性として人間界でいうナンパは大好きだ。人間の女性は天族ほど美しいわけではないが、大層感情豊かで愛でがいがある。
特にこのロイスター王国王都の女性は大都会なだけあり、お洒落な者が多い。天神と女神主催の格闘トーナメントで優勝した事を、貧乏くじを引いたと後悔していたが、引いたのは存外当たりかもしれない。
この王都で数多の女性と知り合えるのなら、雑魚相手の戦闘などていのいいバイトに等しい。
そろそろ観光を開始しようと、会計書を掴み目線を出口に向けると、カラ~ンと鈴の音ともに店のドアが開き数人の女学生らしき集団が店の中に入って来た。赤と白のスカートに首下に青いリボンをしている可愛らしい制服だ。相変わらずこの国の人間達は趣味が良い。天界の住人の方が遥かに容姿は美しいが、お洒落等を総合評価するとトントンまで落ちる。さらに、天界の女性のような高飛車でないところも最高だ。
アポローンは普段通り視線を他の女学生に移していくが、その中の一人を視界に入れたとき、全身が電気を感じたようにビリッと震えるのを感じた。横のアルスも同様で狐につままれたような顔でぽかんとその少女を眺めている。それもそうだろう。
腰まで伸びた色艶の良いサラサラした漆黒の髪に、目鼻立ちのはっきりした美しい顔、白磁のように白い肌に、触れただけで壊れてしまいそうな程の華奢な体、服の上からでもわかるくらい豊かな胸。まさに、絶世の美女。この言葉しか形容しようがない。
今朝会ったロイスター王国の王女キャロルも美しかったが、あの歌姫は元より別格だ。彼女は世界中のメディアに出演しているため、天界でも超有名。男の天族の間でも熱狂的なファンは多く、もはや人間枠として皆見ていない。
目の前の少女はあの歌姫と同レベルの美しさがある。
これで口説かなければ男天族失格というものだ。アポローンが勢いよく席を立つと、アルスが呆れたように肩を竦めて首を左右に数回振る。
席に近づき爽やかに挨拶をして、目的の少女の隣に座る少女に話かける。
当初、多少、アポローンとアルスを警戒していたが東の大陸のアベカシス魔道学院の在学生であり、今日は観光だと説明し学院章をみせるとすんなり同席する事を許してくれた。
女生徒達はロイスター王国一のお嬢様学校――王華女学院の女学生らしい。場はかなり盛り上がったが、目的の女性――エーフィ・ヴァルトエックだけは一度も笑わなかった。
ただ、頬杖をついてぼ~と物思いにふけっている。その姿がとんでもなく色気があり、周りの席に座る男共が頬を染めて見惚れている。
このエーフィの様子につきそれとなく聞いて見るが、女と男の話題には目がない年頃の女の子らしく聞いてもいない事まで教えてくれる。
「エーフィは、最近失恋したんですわ」
「失恋?」
エーフィは目を潤ませ俯いてしまう。隣の女性徒がエーフィを抱き寄せて優しくその頭を撫でる。
アポローンはメソメソした鬱陶しい女は嫌いだが、彼女の涙は反則的だ。どうやっても守ってやりたくなる。これほどの魅力に溢れた女は天界中探してもいやしない。まさか人間の男でこの子をふる阿呆がいるとは思わなかった。
「そうですのよ。エーフィをふった身のほど知らずに一言申したいのですが、この子がどうしてもその殿方の名を教えてくれないのです」
ここでその男を悪く言うのは御法度だ。今までの経験則上、それをすると碌な事にはならない。寧ろ真逆の方が良いのだ。
「エーフィちゃんが、好きな奴だ。悪いやつじゃないんだろう?」
「……はい」
エーフィは涙を拭い、大きく頷く。弱々しくも微笑むエーフィの姿を見て女性徒が驚いて目を見張る。
「エーフィが笑ったの久々に見ましたわ。イケメンパワー恐るべしですわ」
訳が分からない事で盛り上がっている女性徒達はアルスに任せ、エーフィからやんわりと事情を聞く。
男の事を含めて殆ど教えてはくれなかったが、告白どころか男はエーフィが好きな事すら知らないらしい。単に男に好きな人が出来て落ち込んでいる。そんなところだ。
阿保らしい。これは失恋とは言わない。失恋とは文字通り、恋を失敗した者だけに与えられる栄誉だ。落ち込むなら思いを伝えちゃんと失恋してから落ち込むべきだ。
とは言え、今の状況はアポローンにとって都合のよい。恋敵のためにエーフィに蛇足ともいえるアドバイスをしてやる程アポローンはお人好しではない。精々、この状況を利用させてもらおう。
エーフィから話を聞き出していると、今からカラオケボックスに行こうとのアルスの提案に女生徒達も歓声を上げて賛同し、いつの間にか移動する事になっていた。
カラオケは東の大陸で開発された皆で歌い踊るために開発された遊戯の一つだ。西側にもこの数年で導入され、歌姫キャロルが一時期通っていたという噂が流れてから爆発的にヒットしたと聞く。
しかし、やはり未だに庶民の遊戯というイメージは払しょくしきれず、お嬢様達にはやや敷居が高い。チャラいアルスのような奴がいないと入りにくいのは間違いないのだろう。
会計を済ませて外に出てもエーフィは男の事を得意気に話している。
幼馴染か何かなのだろうが彼女の頭には件の男の事しかない事がヒシヒシと伝わって来る。これは少々分の悪い戦かもしれない。
「エーフィお姉ちゃん。ムッフフ~」
7~8歳の少女がエーフィに体当たりし、そのお腹に顔を押し付けて甘えている。
「リタちゃん。今日は一人?」
「うん! あのね! あのね! レンお兄ちゃんが連れて来てくれたのぉ」
エーフィの笑顔がガラスのようにひび割れ視線を前方に向ける。
アポローンも視線を前に向けると同時に、エーフィと少女リタの前に立つ。
そこには漆黒のローブを着た人物が立っていた。体つきから男である事はほぼ確定だが、背はやや低く、華奢と言ってもいいかもしれない。顔はフードを深くかぶっているから判別できない。
しかし、この男の存在感の無さは何だろうか? 男はまるで空気のように街並に溶け込んでいる。だいたいアポローンとアルスがここまで接近されるまでその存在に気付きもしなかったのが異常だ。
それに、視線を向けるだけで吐き気がするような強烈な悪寒。断言できる。此奴は今までアポローンが出会った中で最も強力な化物だ。
アポローンと同様、異常性を認識したアルスも、王華女学院の女学生を庇うように前に出て油断なく身構えている。
「お前、何者だ?」
普段なら赤面するほど間抜けな問いではるが、今はそんな事を言っている余裕がアポローンにはない。
壮絶にテンパっているアポローンの言葉にリタが変わりに元気よく答える。
「え~とね。レンお兄ちゃんだよぉ。ね?」
少女リタは満面の笑みで黒ローブを見上げて答える。
黒ローブの男がりタの言葉にフードを取る。王華女学院の女生徒が息を呑む音が聞こえる。見覚えでもあるのだろう。
漆黒の髪に、やや幼さの残る顔。此奴にはつい数時間前に会った事がある。闘いを仲間に押し付け、参加すらしなかったレンという名の臆病者の雑魚だ。
それにしても、今のレンの顔の右半面には真紅の幾何学模様の刺青がある。今朝見たときにはこんなものなかったはずだが……。
「貴方は誰ですか?」
エーフィの普段からは想像することもできないような凍える声に彼女の友達の王華女学院の女学生達が不安と疑問が入り混じった視線を向ける。
「誰ってエーフィ。お兄さんのレンさんでしょ?」
エーフィの自称親友――セイラと呼ばれた少女が尋ねる。
「兄様がそんな冷たい目をエーフィに向けるはずがありません」
黒ローブを着たレンは口角を三日月状に耳元まで吊り上げて、黒色の手袋をした右手をパチンッと鳴らす。
直後、アポローン達の足元の地面に巨大な魔法陣が浮かび、このアポローンをして一切の抵抗もできずに地面に吸い込んでしまった。
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