第10話 嫌悪
◇◇◇◇
映像が終了しレンは苦虫を噛み潰したような顔で、両手で膝を握り締め、視線をテーブルに落していた。視線を上げたくない。
この映像が真実なら、あの人格破綻した最低魔導士がこのロイスター王国を造った事になる。フレイザーなど直接的な血の繋がりはないとは言え、形式的には直系の子孫だ。レンだったら絶対にこんな魔導士の子孫など御免被る。
確実に阿鼻叫喚の状態になっている。その認識のもと恐る恐る顔を上げるが、若干名以外、皆思ったほどショックは受けていないようだった。
キャロル殿下やシンシア王妃は通常運行で微笑を浮かべ上品にお茶を飲んでいる。クララ殿下など眠くなったのか目をこすっていた。祖国の建国の話も彼女達にとっては千年前の単なる昔ばなしに過ぎないのかもしれない。
フレイザーは頬杖をつき、カルヴィン殿下は両腕を組み思索にふけっており、当分戻って来まい。
オリヴァー陛下に至っては興奮気味に目を輝かせ、ブツブツ呟いている。悪いが壮絶に気持ちが悪い。
「嘘だ……嘘だ! 嘘だ! こんな馬鹿な事があるはずない! 女神様、何故こんな出鱈目な映像を僕らに見せるんですか?」
ノルニルが睨みつけるほど真剣な目つきで女神に尋ねる。
「いくつか登場人物の姿や声は変えておるが、それ以外は真実だゾ。妾の映像が虚実だと思うなら天界でロキやタナトスにでも聞いて見ればよかろう」
「じゃあさぁ、じゃあさぁ、女神様ぁ、あの優しいロキ様と物静かなタナトス様が昔、荒くれ者だったという噂ってホントだったのぉ?」
「ああ、マジだゾ。あの2柱は天界切ってのやんちゃ者でなぁ、先ほどの戦いでも妾達の命を振り切って勝手に戦端を開きおったのよ。
まあ、その結果、死ぬほど恐ろしい目に合って性格が激変したのじゃが……」
『今のタナトスは物静かというより根暗なんじゃがな』と呟き、フッと投げやりな暗い笑みを浮かべる女神。
ノルニルは無言でガチガチと爪を噛みだした。どうやら精神が限界に達したようだ。アジが好きそうな少年漫画でも出て来そうもない展開が真実と言われれば無理もない。
「女神様、最後に一つだけ宜しいですかな?」
オリヴァー陛下だ。陛下が興奮して酔ったように赤くなりながらも女神に尋ねる。このような冷静さを欠いた陛下は初めて見た。もしかしたら、これがこの人の素なのかもしれないが……。
「妾に答えられることならのぉ」
「ベオウルフ・バルフォア様はまだ生きておいでなのですね?」
陛下の断定した言葉使いに室内からどよめきが起きる。
英雄――ベオウルフは1500年前の人物だ。エルフでもない限り生きているはずもない。とするとベオウルフはエルフ族なのだろうか。ベオウルフの外見をレンの姿に変えたのもその事実を隠すためか。
確かに建国の父――ベオウルフが生きているとわかれば、ロイスター王国中が大騒ぎとなる。加えて子孫がエルフともなれば尚更だ。
目を瞑っていたカルヴィン殿下が片目を開け、フレイザーが驚きに目を見開く。
「……どうしてそう思う」
女神から親しみが消え、警戒心を込めた目でオリヴァー陛下を見る。
「この数ヵ月で余、いえ、私達が経験して得た事実に今日御見せ頂いた事情を総合すればこの結論には誰でも辿り着きます。元々私達を試していたのでしょう?」
一呼吸を置き、女神は口角を耳元まで吊り上げる。その聖なる神というより邪神にしか見えない女神の姿にドン引きするレン。
「ほお。気付いた者がおったか。気付くとしても最初はアイザックという者かと思っておったがのぉ
わかっておると思うが他言無用じゃ。特にあの者にはな……」
「はい。重々承知しております。我々のあらゆる手を尽くして御存知になられないように致します」
悪いがオリヴァー陛下と女神の言っている意味がチンプンカンプンだ。
「なら良い。では、妾はそろそろ失礼するゾ。
7年ぶりじゃろう? ノルニル、ブリュンヒルデ、お主達は今日1日、オリヴァーに世話になるがよい。レンとフレイザーも一晩泊まるがよかろう。オリヴァー、それでよいな?」
「勿論でございます! 最高のおもてなしをさせていただきますぞ」
キャロル殿下、クララ殿下が顔一面に喜色を浮かべる。フレイザー達も嬉しそうだ。
だが、この面子の中でレンだけ場違いも良いところだ。それにアニータ、ルーカスとキャロル殿下とは今後会わないと約束してしまった。
理由を付けて帰らせてもらうとしよう。
椅子から立ち上がり、女神とオリヴァー陛下に片膝をついて胸に右手を当てる。
「女神様、オリヴァー陛下、お心遣いに心より感謝申し上げます。
ですが僕には午後から寄らなければならない場所がありますれば、本日はこれでお暇させていただきます」
「坊やがそういうなら仕方がないのう」
女神の申し出を断るのだ。相応の非難は覚悟していたが、当の女神は別にどちらでもいいようだ。
そもそも女神にとってレンなどノルニル達の単なる教官役に過ぎない。今回の口添えも教官役を引き受けるレンに対する最低限の礼儀故だろう。犬に断られて怒る者はいない。それと同じだ。
多少複雑な気持ちではあるが、この場をすんなり去れてよかったと考えるべきだろう。
立ち上がり一礼してから背を向け部屋を退出しようとするが、背後からカルヴィン殿下の恐ろしく厳粛した声が聞こえる。
「レン君。君と少し話がしたい。午後の用事が済み次第また王宮に戻って来てもらいたい」
殿下の口振りから拒否権はあるまい。内容もキャロル殿下との仲についてだろう。アニータと同様、必要以上にキャロル殿下に近づくなという事だと思われる。その話ならせいぜい1~2時間程度で終わる。問題はない。
振り返り、了承する旨を告げ今度こそ王宮を後にした。
お読みいただきありがとうございます。




