第8話 場違いな会食
残れという女神の命に従ったレンは王族専用のリムジンに乗せられ王宮まで連れて行かれた。そして只今、オリヴァー陛下に、シンシア王妃、カルヴィン王太子殿下、クララ・ダイアス・ロイスター第二王女殿下を加えての会食中だ。
王族と関わりがあるフレイザーや、信仰の対象の女神やその女神の血統のノルニル、ブリュンヒルデがいるのはまだわかる。だが、なぜレンなのだ? 血統を重んじる貴族達の間ではレンは平民にカテゴライズされている。場違い感が半端じゃない。
女神とその神族が同席しているせいか、場は当然のごとく緊張の極地にあった。誰も口を開かず、食器の音だけが部屋に広い部屋に反響し非常に気まずい。
「ノルニル様も、ブリュンヒルデ様も大きくなられましたねぇ。6年前はまだこのくらいだったのにぃ」
この緊迫した状況の中、少し天然の入ったシンシア王妃のおっとりとした声が部屋の沈黙を破る。皆から安堵の溜息が漏れる。
「ありがとう。王妃も相も変らぬ美しさ。賛美の言葉すら思いつかない」
ノルニルの屈託の無い笑顔を浮かべる。神という存在はどうしてこうも高スペックなのだろうか。その笑みは反則だと思う。現にクララ王女殿下がノルニルを見てその幼い顔を赤く染めている。
「あらまぁ、おじょうずですねぇ」
このシンシア王女の優しそうな声で場の雰囲気は完全に弛緩した。
「ほら、ノルニル、あちち、大きくなったって。やっぱり、わかる人にはわかるんだぁ~」
「それは王妃の御世辞。それくらい気付けよ。というか大人と見られたいなら、せめて一人称の『あちち』を止めろ」
それには同感だ。ブリュンヒルデは見た目以上に佇まいからして幼い。正直、8歳児のクララ王女と同年齢にしか見えない。それを言った途端泣き出しそうではあるが。
「ときに国王、そなたは1508年前の真実について知りたくはないかぇ?」
沈黙を守って来た女神が突如言葉を発する。その悪質な笑みから碌なものではあるまい。
「1508年前……聖歴512年――ロイスター王国建国の年ですかな。是非お聞かせいただきたいものです」
ロイスター王国はこのエインズワースの世界の国々の中でもトップクラスに長い歴史を持つ。そして、現代の科学技術が発達したのはこの百年。昔は記録も書物のみ。故に、ロイスター王国の歴史の初期の記録はほとんどなく、歴史家達の強い関心の種になっている。特に聖歴512年はロイスター王国建国のときであり、詳しく記された文献は残っておらず、伝承として伝わっているに過ぎない。
聖歴512年当時は神話の時代であり、英雄フェチ(オタ)のレンとって大好物の話だ。加えて、今まで謎とされてきた建国秘話が聞けるとなれば尚更だ。
兎も角、聖歴512年におけるレンが知る神話の話と建国について史実について少し整理してみる事にする。
聖法教会の聖書によれば、約1500年以前は神話の時代。天族、魔族、龍族、幻獣族がこの大地に住まう時代。
当時、エインズワースから魔族以外の存在の排除を主張し魔神の王が全種族に対し宣戦を布告した。
結果十数年にも及ぶ激戦の上、天・龍・幻獣の連合軍が勝利し、魔神の王は地獄界へ去り世界は神の恩恵と平穏を取り戻した。
魔族の脅威は確かに去った。だからと言って魔族によって滅ぼされた国が元に戻るわけではない。ロイスター王国のあるこのエインズワース西側大陸も同様であり、小国の群雄割拠の状態であった。当然、治安も最悪であり、奴隷制度、貧困層の拡大、残存魔物による襲撃により、当時の人々は地獄を味わった。
そこで一人の英雄が出現する。英雄――ベオウルフ・バルフォアが女神から加護を受け、弱小国の王女であったルミル・ダイアス・ロイスターを盟主に西側大陸の覇権を目指し進軍を開始する。
瞬く間に、西側大陸の7割の覇権を握り、エルフ国―ミューゼルと、ドワーフ国――ドヴルと永久同盟を結び、巨大国家――ロイスター王国を建国する。
十年間でロイスター王国の基礎を築くとベオウルフは姿を消し、ベオウルフの息子が女王であるルミル・ダイアス・ロイスターを支えることになった。このベオウルフの息子がバルフォア家。バルフォア家はフレイザーの実家だ。ロイスター王国六大公爵家の一角であり、代々貴族連合の盟主を務めている。
英雄――ベオウルフの血を引くバルフォア家にとってロイスター王家とはあくまで対等の関係であり、上下関係は形式的なものに過ぎない。
だからこそ、この1500年の間、ロイスター王家とだけは一切交わらなかった。そして、1500年の年月は貴族達の間にベオウルフの血が万遍なく浸透する事になる。ロイスター王国の貴族が血統を異常に重んじるのも自身に英雄ベオウルフの血が流れているという自負故だ。
今回のキャロル殿下とフレイザーとの婚姻はベオウルフの血統とロイスターの血統の融合。近年、王族が実力主義を推し進めた結果、今まで貴族が独占していた大臣の地位を平民階級が占めるようになり、王族への不満が募っている。つまり、ロイスター王国は現在分裂危機にあるわけだ。この分裂の危機を打開する唯一無二の方法がこの融合なのである。
とまあこんな所だ。他は女神の話を聞いて照合整理していけばよい。
「そなた達も薄々気付いていると思うが聖法教会の聖書に記されている神話は半分以上が真実とは異なるゾ。
勿論、真実の部分もある。魔神が世界に宣戦布告した事や、天族・龍族・幻獣族による嘗てない程の大規模の連合軍が結成された事、魔神の王が地獄界に去りそれ以来この世界を直接的に襲う事はなくなったのはほぼ聖書通り。
でも、天・龍・幻獣の連合軍の勝利して終結したわけではないのじゃ」
魔神側に神側が勝ったのではないなど、そんな爆弾発言されてもリアクションに困る。
神族のノルニルとブリュンヒルデも、レン達と同様驚いてきょとんとしている。初耳であるのだろう。天族間でも秘密の情報をこんなレン達人間に暴露してよいものなのだろうか。それとも、ここで言う必要性があることなのか。
「……和解をしたという事ですか?」
魔神と和解など聖法教会の者が聞いたら即答しそうだ。この途方もない話に、カルヴィン殿下が難しい顔で疑問を口にする。
「まさかぁ。魔神の王はそんな甘っちょろい存在ではないゾ。和解など申し出るタイプでは絶対にないし、妾達が和解など申し出ても使者の首を刎ねられて突っ返されるのがおち」
天・龍・幻獣の連合軍が勝利したのではなく、和平でもないなら、最も大きな可能性は第三の勢力の出現だ。三竦みの状態になれば、各勢力で睨みあいの状態が続く。そのうち、睨みあいに飽きて魔神が地獄界とやらに帰ったとしても矛盾しない。
「第三勢力の出現ですか?」
女神の言葉を遮ったレンに、ノルニルはあからさまに不快な表情をしたが、当の女神は別に気にした様子もなくレンの問に答える。
「半分正解で、半分間違い。出現したのは勢力ではなく個人」
「は? んな馬鹿な! 個人が出現した程度で戦況が変わるはずが―」
「お前、さっきから失礼だろ? 女神様が仰ってるんだから黙ってろよ」
額に太い青筋を張らせている。ノルニル。
「……す、すいません。つい……」
完璧に睨まれてしまったようだ。当面は大人しくしていよう。
「妾は別に構わない。というか妾と坊やはその程度で腹を立てる関係にはないゾ。
のお?」
右隣に座る女神がレンの肩を抱き寄せる。同時に頭の中に声が響く。
『すまない。やんちゃな年頃でな。妾達も手を焼いておる』
女神が指定された席ではなくレンの隣に座ったのはこのためだろう。レンの右の席に座れば、フレイザーの母の隣にもなる。
当初、フレイザーの母と話しをしたかったのかとも思っていたがどうやらこの捻話をするためだったようだ。
伝達の魔法は、携帯の送受信に似ている。通常、送信するもと受信を受けるものがこの伝達魔法を使えなければならない。つまり、レンが魔法さえ使えれば身体を触れる必要はない。このままでは不便すぎる。魔法が使えない理由をもう一度考える必要がある。
『いえ、僕が御言葉を遮ったのは事実で――』
「早く、お話を進めてください」
静かではあるが一切の感情が消失した声色にハッとテーブルから視線を上げる。
キャロル殿下が一目で作り物とわかる笑みを顔一面に張りつかせ、レンと女神に刺すような視線を向けていた。
怒っている。絶対怒っている。キャロル殿下がこの手の表情をする時は大抵、爆発一歩手前なのだ。
慌てて、女神を押しのけて話を進めるように視線で懇願する。女神は両肩を上げて口を開く。
「ここから妾が説明する内容は実際に目にしないとそなた達は信用すまい。よって、世界が記憶する1512年前の真実をそなた達にみせる。
ちなみに、登場人物の顔や声等のプロフィールはこの部屋にいる者に変えてあるぞ。知ってる者の方が盛り上がるからのぉ」
女神がパンッと両手を合わせるとレンの頭の中に映像とその背景説明が浮かび上がる。丁度、解説者が詳細に解説している実写映画の映像を観ているようなイメージだ。
それは弱小国家ロイスター王国の滅亡と、ある魔導士の参戦による天・龍・幻獣と魔との大戦の終結。そして、ロイスター王国の建国。
歴史の裏舞台の幕がゆっくり上がり始める。
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