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セカンドライフ――俺の記憶が戻るまで  作者: 力水
目覚め――迷宮攻略編
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第4話 初めての独力魔物狩り

聖歴2020年 5月19日(火)

 

レンが起きたのは良く知る部屋の一室だった。

無駄に広い部屋にベッドに机、テレビやパソコンが置かれ、部屋の中心には木製のしっかりしたテーブルと椅子が鎮座している。

部屋の入り口近くにはバスとトイレ、壁には冷暖房が完備されている。これは男子寮の一室。カラムの部屋に頻繁に遊びに訪れているから間違いはない。アジの力なのだろうが、こんなの万能すぎるだろう。だが助かった。キャロル殿下を迷宮の冷たい石床で眠らせるわけには行かない。

戦闘でボロボロになった衣服を脱ぎベッドの上に置いてある衣服を着る。用意された衣服は、黒色のズボンに黒色の上着。おそらく、黒はアジの好みだろう。


(昨日僕はアジの『潜在解放』のショックで気絶した。

ということは潜在能力が解放されたはずだよね。一体どんな能力なんだろう?)


突如軽い眩暈ともに、頭の中にいくつかの概念がイメージとして湧いて来る。


【レン・ヴァルトエック】

能力(アビリティ)名:《天稟》

◇クラス:SS

◇詳細:天殺授受、天眼の2つの力を有する。

 ・天殺授受   :一定の確率で殺した者の能力(アビリティ)を吸収獲得し融合させ新たな能力(アビリティ)とする。スロットはクラスの上昇と共に一つずつ加算。

 ・天眼     :あらゆるものを分析する。

 

能力(アビリティ)とは一体何だろう? 授業でも習ったことはないよ。アジの持つ特殊能力のようなもの? それとも魔法のようなものかな? 

天殺授受は殺した相手から能力を奪う程度しか予測できない。融合というのが意味不明だしさ。

天眼の『分析』は想像がつく。多分今のこの頭の中に浮かんでいるイメージが分析だと思う。僕が昨日の『潜在解放』で得た力について知りたいと思ったから分析で来たんじゃないかな。

とすると、発動の条件は思い描くこと? 色々試してみるしかない。

クラスとはこの能力(アビリティ)とやらの強さことだろう。もしかしたら、例のクラス制とリンクしているのかもね)


この部屋のテーブルを詳しく知りたいと願う。すると頭の中にイメージが湧き上がる。


【高級テーブル】

・詳細:木製の高級テーブル。ちょっとやそっとでは壊れない。


(なるほど。これは便利だ。ひょっとして生物も分析できるとか?)

 レンは自分自身の詳細を知ろうとする。


【レン・ヴァルトエック】

・種族   :人間

・年齢   :15歳

・LV   :1

・クラス  :H

能力値(ステータス)  :筋力1 耐久力1 素早さ2 賢さ2 魔力1 魔力耐性1

能力(アビリティ)   :《天稟》


相変わらずクラスが良く分からない。クラスにも天眼を発動してみる。


【クラス】

・詳細:強さの指標。クラスが上がるほど強い力を示す。LV20ごとに次のクラスへチェンジする。


 これで二つの事が判明した。一つ目、クラスとは強さそのものをいい、クラスが高くなるほど強くなっていき、LV20を超えるとクラスチェンジする。多分、Hが最低、SかAが最高と言う事だろう。

二つ目が天眼と言う能力について。天眼の対象は生物、無生物に限らず概念にさえも分析できた。分析対象には制限はないということだ。さらに、生物と無生物は視線を向けただけで分析ができ、概念は知りたいと願うだけで分析ができるということも確認できた。

これは概念とは異なり、レンの自宅の勉強机と父のルーカス・ヴァルトエックを分析しようとしたができなかった事から証明できた。天殺授受は相変わらず意味不明だが魔物を倒せばとっかかりくらい得られるだろう。



レンの部屋の扉を開けると、アジの少女趣味丸出しの部屋へ出る。部屋の真中に置かれたテーブルに備え付けられた可愛らしい椅子にはキャロル殿下と幼年学校低学年ほどの黒髪の美女が座っており、話に花を咲かせていた。


「殿下おはようございます」


「おはよう。レン。あっ、寝癖ついていますよ」


 殿下が椅子に座ったレンの黒色の髪の毛を両手で整える。レンは癖っ毛で、いくら抑えてもピンと立ってしまう。殿下はレンの髪の毛との格闘に熱中しており、レンと鼻先が触れるほど接近していることに気付いていない。

近くに憧れの殿下の顔があるのだ。カァーと全身が燃える様に熱くなる。レンの心臓は跳ね上がり、身体はガチガチに固まる。

アジはレンと殿下の姿を見ながら意地の悪い笑みを顔一面に浮かべた。


「キャロルちゃん。そのくらいしておきなよ。レン君、心停止起しちゃうよ」


「えっ……? ~~~~~~っ!?」


 レンの傍から弾かれたように飛び退き頬がみるみる紅潮していく殿下。その反応が反則的に可愛くて思わず見惚れるレン。


「朝っぱら、ラブラブだねぇ。胸焼けしそうだよ」


「そんな……」


俯きつつ両手の指を絡めてモジモジし始める殿下に苦笑しつつアジは顔を神妙なものへと変える。


「それじゃあ、レン君も来たことだし今日の修行内容伝えるよ。いいかい?」


「「うん(はい)」」


「レン君はボクの分身と修行。キャロルちゃんはボクの本体と力の制御の修行。OK?」


「「はい!!」」


 こうして、レンの生まれて始めての命懸けの修行が始まる。



◇◇◇◇


 アジの本体から万能薬(エリクサー)を1個と漆黒の剣を受け取り最初の祭壇の間でレンは腕を組みつつ思案している。

万能薬エリクサーをレンが一個、アジの分身体が二個もつ。最初は怪我をするよりレンが即死する危険性の方が遥かに高く、アジが持つ方が効率的であるからだ。寧ろレンが持つのが保険である。二個消費した時点でその日の修行は終了となる。万が一の備えであると同時に万能薬(エリクサー)のストックを溜め効率的に迷宮攻略を実行するためだ。

 レンの素の能力値(ステータス)ではいくら弱点をつこうが、この最下層の魔物にダメージを与えることはできない。ダメージを与える唯一の方法はこの魔剣だ。


【カラドボルグ】

・詳細:三つの丘の頂を切り落としたという剣。硬く巨大なものでも簡単に切断する。

・クラスB以下各能力値(ステータス)+80

・クラスの壁を越えて斬る事が出来る。

・10秒だけ視認した相手の素早さが加算される。ただし、一度使用すると30分間使用不可となる。


 装備した状態での能力値(ステータス)も確認したが筋力81、耐久力81、素早さ82、魔力81まで上昇していた。80も能力が向上したのだ。これで倒せると信じたい。

 作戦を立てるにも真っ先にこの150階層にいる魔物を分析し強さと弱点を知る必要がある。その上で、罠を張り倒すのがセオリーだろう。レンは強くない。なら頭を使うしかあるまい。5階層でのアジとの戦闘のような捨身の戦法は極力避けたい。

【カラドボルグ】を鞘から抜き祭壇の間の外へと続く巨大な扉の前まで歩を進める。

 アジ曰くこの祭壇の間には強力な結界が張ってあり魔物は入って来れない。言わば安全地帯だ。危険を感じたら真っ先に逃げ込もう。巨大な扉を両手で押すとギギギッという鈍い音を伴い開いていく。

 四方八方永遠に続くと思える迷路に、下り坂、上り坂など5階までと迷宮の基本構造はさほど変わりはしなかった。違いは通路の一辺が十五メル近くある正方形の構造であり、とんでもなく大きいということだ。レンはいつ襲われてもいいように壁沿いを周囲に気を配りつつも慎重に進んでいく。

 五百メル程進んだとき、遠方から地響きが聞こえる。十字路の隅に隠れ顔だけ出し、地響きの到達を待つ。

 言うまでもなく目視したら【カラドボルグ】の10秒だけ視認した相手の素早さが加算される機能を用いて、全力で祭壇の間へ逃げる算段だ。一目で天眼を発動し情報を収集する。 

 最悪、今日は情報の収集だけで十分だ。そう思っていた。

それがどれ程甘い考えか直ぐにレンは自らの身体をもって体感することとなる。


 ズシンッ! ズシンッ!


 【カラドボルグ】のおかげで能力値(ステータス)が向上しているせいか、視力も数倍に上がっていた。だから、五百メル程も先にいる怪物の存在を網膜に映し出す事が出来た。それは一つ目の巨人。十五メルにも及ぶ巨体に、破裂するばかりに盛り上がった全身の筋肉、右手に巨大な棍棒を持っている。


(ふ、ふざけるんなよ! あれは何だ? 

アンナ理不尽ナモノミタコトナイ! まるでアジの分身体が子供に思えるほどじゃないか!)


 恐怖が全身に津波のごとく押し寄せ視線を一つ目の巨人から離す事ができない。祭壇の間に走らなければならないのに蛇に睨まれた蛙のように足が命令を拒絶する。

 歯がカチカチと五月蠅いくらいに鳴り響く。


(あれを倒す? 僕が? 冗談……でしょ?)


 ツン! ツン! ツン!


 背中に何かが触れる感触がする。一瞬アジかとも思ったが、アジなら思念の会話ができる。態々、背中叩く意味はない。

 心臓を素手で鷲掴みにされたかのような悪寒がする。後ろを振り返るのがひたすら怖い。肺がしゃくりあげかけている。

 ギギッと機械仕掛けの人形のように振り返る。そこには毛髪が一本もない年老い苦痛に歪んだ人間の顔があった。


「~~~~~~~~ッ!?」


 声にならない悲鳴を上げるレン。もう涙で顔はグシャグシャだ。呼吸する事すらままならない。眼球運動だけでその顔の首の先に視線を移す。首はろくろ首のように伸び四メル程もある巨大な蛙の口の中に収まっていた。


「うわああああああああぁぁぁぁ!!」


 レンが絶叫を上げた途端、蛙の舌の先の顔が大口を開けレンの身体の左半分をまるで豆腐のように噛み砕く。あまりの激痛と自らの肉を咀嚼されるという嫌悪感に意識が飛ぶ。気が付き薄らと瞼を開けるとアジの分身である小竜がレンの服を咥え疾駆しているのが網膜に映し出される。そこでレンの意識はプッツンと途切れた。



 意識が徐々にはっきりしていく。

 だけど、あんな辛い現実には帰りたくはない。現実に戻ればまたあの地獄のような迷宮に足を踏み入れなければならない。ずっとこうして目を瞑っていられればどれほど楽なことか。だが、それはできない。レンにはやらなければならない事があるから。

 目を開けて首を動かし周囲を確認する。レンは祭壇の間で仰向けに寝かされていた。そんなレンを黒髪の幼女が見下ろしている。アジだ。その苦悶の顔から言いたいことは察する事ができた。この幼女竜は存外優しい奴なのかもしれない。上半身を起しまだ震える足に鞭打ち立ち上がる。


『今日はもう終わりにするかい?』


「それが出来ないことは君が一番知ってるだろ?」


『また明日もある。無理する必要はないよ』


「後に伸ばしてもやる事は同じさ。今日あと一回は死んで来るよ」


『済まない。ボクのせいで』


「らしくないな。今更君が謝っても何も変わらない。なら謝る必要なんてない」


「それに殿下に僕のこの修業の内容、黙っててくれたんでしょ? ありがとう」


『言えるわけ……ないじゃないか……』


 レンはアジの頭をグリグリと乱暴に撫でて【カラドボルグ】の柄を握る右手に力を込める。

 天眼を発動し先ほどの巨人と蛙を分析しようとするが失敗する。やはり、天眼は目視し発動して初めて効力を有する能力らしい。

 一回無駄死にした。今日は後一回しか死ぬことはできない。強がっているが内心をさらけ出せば、あんなこの世の悪夢をより集めたような場所には二度と戻りたくはない。

 だが、転移が使えない以上、上層へ行くにはあの怪物どもが跋扈するこの150階層を、殿下を連れて移動しなければならない。殿下に指一本触れさせないためにもあのような怪物どもを圧倒する力がレンには必要なのだ。



再び150階層の通路を壁伝いに歩く。十字路で地響きが再度聞こえた。足音からしてかなり近い。先刻と同様、顔だけ出し目視すると同時に天眼を発動する。


【ギガース】

・LV   :18

・クラス  :B

能力値(ステータス)  :筋力99 耐久99 素早さ1 賢さ0 魔力40 魔力耐性38

能力(アビリティ)   :《Cクラス以下物理攻撃無効》

・弱点   :前方にある一つ目と頭頂部にある極小の角。真の弱点は頭頂部にある極小の角。


【ギガース】の一つ目がギョロリとレンを睥睨する。


(ヒッ! き、気付かれた!!)


 背筋に恐怖という氷柱が突き刺さる。【カラドボルグ】の10秒だけ視認した相手の素早さが加算される機能を用いて祭壇の間へひた走る。

 ヒュッと周囲の景色が後ろに高速で流されていく。自身が風と化したような奇妙な感覚とともに目的の扉が目の前に現れた。

 だが、速いのは【ギガース】も同じこと。【ギガース】が拳を固く握り、大股で地響きを伴いながら素早さが1とは思えないほどの高速でレンに迫っていた。間一髪で祭壇の部屋へ滑り込む。一足遅れで地鳴りと爆音が祭壇の間中に鳴り響く。

 情けない。足がガクガクと痙攣し立つことができない。精神の高ぶりが収まるまで数分を要したが通常の思考ができるほどには冷静にはなれた。

 今回の分析は大きな収穫がいくつかあった。第一が【ギガース】のクラスがBなのと能力値(ステータス)が99しかない事だ。99では今のレンと10ほどしか変わらない事になってしまうが、それはあり得ないだろう。

それに素早さが1しかない【ギガース】の素早さを上乗せしただけで、体感感覚が狂うほどの速さが得られたのだ。数値がそのままの強さを示しているわけではないことはあきらかだ。

能力値(ステータス)はクラスごとに加算されていく形式をとっていると考えればしっくりくる。例えば、クラスFの場合の筋力はHとGとFの筋力の総和になるといった具合である。

 つまり能力値(ステータス)はあくまでそのクラスに固有の数値を意味し、クラスが上がる度に初期の数値に戻るということだ。

 次に、【ギガース】の能力値(ステータス)の詳細を獲得したということ。

 【ギガース】の素早さは1。150階層の魔物の中では断トツに低い値である事が予想できる。

 【ギガース】の動きを目で追いきれなかった事からも、【カラドボルグ】の10秒の素早さの加算は動体視力等まで向上してくれるわけではないようだ。つまり直進などでなければ【カラドボルグ】の能力向上の意味はない。

 素早さが1であのいかれた速さなのだ。他の魔物では事実上今のレンでは攻撃を当てられまい。それどころかエンカウント次第即死亡だ。それでは命を賭ける意味もない。これで最初に倒す魔物は決まった。

 【ギガース】を狩るには弱点の頭頂部にある極小の角に一撃を当てなければならない。【カラドボルグ】による能力向上によって【ギガース】の頭頂部の角まで跳躍する事はやればできないことはない。

 しかし、素早さが圧倒的に劣るレンは【ギガース】にとって周囲をブンブン飛ぶノロマな蠅に過ぎない。あの棍棒でたたき落とされるのが落ちだ。当初の予定通り罠を張るしかない。罠と言っても極めて古典的なものでよい。というより古典的な罠でなければならない。複雑な罠を張っても、あの脳筋巨人に力で粉砕されてるだけだ。この罠に必要な道具は頑丈なロープに弓のような時限式の飛び道具。元々当てるつもりはない。気を逸らせれば良いのだ。

 ロープはバックに入っているロープを使う。このロープは『冒険には丈夫なロープな必需品』という『世界冒険記』の言葉を信じたレンが王都中足を棒にして探し回った末に手に入れた魔法道具(マジックアイテム)の一つだ。中々見つからず最終的に父であるルーカス・ヴァルトエックの力を借りる形となってしまった。

 兎も角、このロープは特別な素材でできているのでやけに頑丈だし収納、分割の魔法も付与されているから自由に分割することができしかもかなりの長さとなる。無論、所詮人間が造るものだ。【ギガース】にとってはこのロープも細い木綿の糸に等しいだろう。そこでこの儀式の部屋にある黄金の水を使う。先ほど、この部屋にあるすべてのものに分析をかけている。その結果、この黄金の水には特殊な効果がある事が判明しているのだ。


【奇跡の水】

・詳細:無生物に対する瞬時の修復の効果を付与する。


 ロープにこの瞬時修復の効果を付与すれば切れても切れない(・・・・・・・・)ロープとなる。レンは鞄からロープを取り出し黄金の水に浸す。

 次は弓のような時限式の飛び道具。レンは魔法の素養がない。だからこの手の飛び道具の作り方は必死になって学んだ。今では材料さえあれば一から作成することができる。使える素材は次のものだ。


【漆黒竜の爪】

・詳細:極めて強力な切断能力をもつ邪龍の爪。加えてクラスB以下に対し猛毒と麻痺の効果も有する。


【漆黒竜の鱗】

・詳細:超硬度、弾力性に富む邪龍の鱗。クラスA以下の攻撃の遮断効果がある。


【漆黒竜の爪】は鏃に、【漆黒竜の鱗】は時限式の弓幹(ゆがら)、弦、矢柄に用いる。

 もっとも、これだけでは【ギガース】の気を逸らす事すらできない。そこで、漆黒の爪を粉上にして鏃の先に設置し、衝撃が与えると同時に破裂、散布するように工夫する。

 この二つの素材をレンは【カラドボルグ】により適切な形状まで削っていく。

【カラドボルグ】の切れ味は凄まじく粘土細工のようにスパスパ切れた。猛毒と麻痺の効果がある【漆黒竜の爪】の削り出しの操作はかなり困難を極めたが、最初【漆黒竜の鱗】で専用の器具を造りこれにより手で触れずに操作をすることにより何とか解決できた。

 兎も角、基本この手の作業が大の得意なレンは作業に集中し、約数時間で作戦遂行のための全ての子道具を完成させた。

 作戦も立てた。作戦のための小道具も揃えた。あとはほんの一握りの勇気だけ!



 儀式の間のある通路は袋小路であり、儀式の間から出ても暫らくは枝分かれの無い通路が続く。そして、最初の枝分かれは十字路となっている。この十字路で罠を張る。儀式の間の通路の交差点の手前に時限式の弓を設置する。この手前とは儀式の間から見て手前と言う意味だ。

 引鉄(トリガー)は【奇跡の水】に浸したロープ。【ギガース】がロープに足を引っかけたことを引鉄(トリガー)にして弓が奴の一つ目に発射されるように設置する。更に手前に【奇跡の水】に浸したロープを幾重にも張る。その後、そのロープから二十メル程手前の壁際でレンは身を潜める。

 数分に過ぎない罠を張る作業よりも【ギガース】を待つ事の方がよりレンの精神をより強く摩耗させる。

 素早さが圧倒的に劣るレンは【ギガース】以外の魔物の強襲を受ければ即ゲームオーバーなのだ。正直生きた心地がしない。だが、これしか方法はない。迷宮から地上へ抜けるにはこの方法しかないのだ。

 ここは薄暗い巨大な迷宮の深淵。本来肌寒いはずなのに、滝のような汗がひっきりなしに額から流れ出る。緊張で胃が痛いのを通り越しまるでグニャグニャに捻じれるかのようだ。当然だ。あの十字路から【ギガース】以外の魔物が出現すればレンは死ぬ。いや食われる。また生きたままボリボリと貪られる。

 【ギガース】だってこの罠が機能しなければ、いや、そもそも、【カラドボルグ】をもっても傷つけられなければあの巨大な棍棒でぐちゃぐちゃにつぶされる。

 歯がカチカチと五月蠅いくらいに鳴く。

 怖い! 怖すぎる。あんな痛い思いは嫌だ。二度としなくない。今すぐ逃げ出したい。儀式の間へ全力疾走で戻り自室で頭から布団を被りたい。

 だけど……だけど、それはできない。殿下がいるから。殿下が怖がる姿を見るのはもっと怖いから。殿下が傷つくのはもっともっと怖いから。

 ……ならもう願うしかないじゃないか! ただ願うしかないんだ!


(早く来い! 早く! 早く! 早く!)


 レンは一心に願い続ける。ただ願い続ける 

 それは実際にはほんの数分に過ぎない。だがレンにとっては無限のとき。そのときの果てにレンの望みは叶う。

 十字路の左側の通路から圧倒的なプレッシャーを撒き散らしながらズシンッ、ズシンッと大地を揺るがす轟音が近づいて来る。レンは弓に矢を番える。狙いは【ギガース】の一つ目。今のレンの筋力なら三十メルの距離でも楽々届く。この鏃が届さえすれば当たらなくてもよい。

 遂に【ギガース】の身体が十字路から姿を現した。冗談のように大きい真っ赤な体躯に、醜悪で巨大な顔には口からはみ出した巨大な牙がある。大きな一つ目の眼球がレンをギョロリと睥睨する。


「ここだぁ~~!!」


 矢が放たれ、高速で【ギガース】の一つ目目掛けて高速で飛ぶ。【ギガース】は巨躯に似つかわしくない機敏な動きで一つ目に疾駆する矢を難なく棍棒でたたき落とす。


(やはり脳筋の馬鹿だ。引っ掛かりやがった!)


 棍棒は鏃の先に設置されていた袋状の装置を見事に破壊し、【漆黒竜の爪】の粉がばら撒かれ、【ギガース】の全身に散布される。


『オオオオオオオオオオぉぉぉッッ!!』


 猛毒と麻痺の状態異常を真面に受けた【ギガース】はよろめきながらも、レンに迫ろうとする。

 その【ギガース】に二度目の矢を放つ。ギガースは愚かにも再び、棍棒でたたき落とすが、再び猛毒と麻痺の粉が散布され身体に浴びせられ身体のバランスを崩す。麻痺の効果が効いているようだ。

 同時に、【ギガース】の足がロープに触れ引鉄(トリガー)が引かれ、四方八方から矢がその一つ目に目掛けて殺到する。

 流石に、棍棒で振り払う事にトラウマでもできたのか、今度は棍棒で殴らず、頭を手で防御しようとするが、その数多もの矢の数本はその手の隙間を縫って【ギガース】の一つ目に吸い込まれ、深々と突き刺さる。


『オオオオォォッ!?』


 【ギガース】は絶叫とも驚愕ともつかぬ声を上げつつ両手で目を抑え数歩ヨロヨロと歩き、先にある幾多もの【奇跡の水】に浸したロープに足をとられ、重力に従いゆっくりと地面へと倒れて行く。

 レンは弓を地面に捨て【カラドボルグ】を上段に構えると、【カラドボルグ】の10秒間の素早さの加算の力を使い、地面を全力で蹴りつける。

 弾丸と化したレンは【ギガース】の頭頂部にある紅の角へ全力で疾駆する。チャンスは一度、【ギガース】が倒れる瞬間。その瞬間だけはギガースも受け身をとるため無防備とならざるを得ない。

 レンと【ギガース】との距離が埋まる。全身のありったけの力で両手に持つ【カラドボルグ】をギガースの角に振り下ろす。【カラドボルグ】は【ギガース】の巨大な角に触れだけでまるで豆腐のように真っ二つに両断した。


『グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!』


 断末魔の声を上げるのを最後に、【ギガース】は粉々の粒子状まで分解され魔石が冷たい石床にカランッと落ちて乾いた音を立てる。


「勝った……? 僕が……? あの巨人に……?」


 何とも表現し得ない高揚感が込み上げてくる。考えてみたらレンが独力で魔物を倒したのはこれが始めてだ。迷宮最弱の魔物であるゴブリンでさえも、ミャーとカラムの指導のもと、見守られつつ倒したに過ぎない。そのレンが十五メルもの怪物を倒した。

 おそらく、アハルやフレイザーなら同じ状況に置かれてもレンよりスマートにそして確実に仕留める事が出来たのだろう。だが、それでも勝利は勝利。レンの初めての冒険者としての一歩だ。狂わんばかりの狂喜がレンを蹂躙する。


「やっ~~たぁぁぁ~~~!!」


 天を見上げつつガッツポーズとるレン。レンの歓喜の声が迷宮中に木霊する。


『き、君は馬鹿かい!』


 小竜がレンの服を咥えて全力疾走するが構わずレンは雄叫びを上げ続けた。



 その日の修行はアジにより強制中止となった。レンの不自然なまでの浮かれように、危機意識を感じたのがその理由だそうだ。アジの部屋に戻ると、アジの本体とキャロル殿下がお茶飲んでいた。殿下はレンを見ると席を立ち上がり、喜びを顔にみなぎらせる。


「お帰りなさい。レン。今日の修行どうでしたか?」


「はい! 殿下! 僕今日初めて魔物を倒しました!」


 キャロルは一瞬表情が暗く陰る。


「レン。まさか、危険な事しているのですか?」


「怖かったけど倒しました」


 非難の籠った視線をアジに向けるキャロル殿下。


「だ、大丈夫だよ。レン君はボクが付きっきりで見ているからさ。危険はないよ」


 慌てて取り繕うアジに、大きなため息をつきながら再びレンに殿下は視線を向ける。


「おめでとうございます! レン」


 自分の事のように嬉しそうな殿下の顔が眩しくって、嬉しくってレンは殿下の身体を咄嗟に抱きしめ顔一面に微笑みを浮かべる。これはレンの嬉しいときの癖だ。ミャーやカラムにして偶に叱られている。


「殿下。ありがとうございます。僕、とっても、とっても嬉しいです!」


「え……? あ……は……い」


 顔をリンゴのように真っ赤に染めつつ視線を忙しなく動かすキャロル殿下。身体も硬直し手を小刻みに震えてさせている。それを認識したときレンの舞い上がっていた頭は急激にクールダウンする。弾かれたように殿下の身体を離し、頭を深く下げるレン。


「ごめんなさい、殿下。僕嬉しくてつい舞い上がってしまって……」


「は……い……」


 殿下は心がここにあらずで、放心している。


(マズイ! マズイよ! 咄嗟に嬉しくて殿下を抱きしめちゃった。絶対怒っているよね? それに僕が魔物と戦闘していることも話しちゃったし。僕の馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!)


  真っ青になって何度も謝るが殿下は終始、顔を桜色に染めながら頷くだけだった。アジに助けを求めるがドヤ顔を向けてくるだけで全く役に立たなかった。


 



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