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第29話 本事件最終決戦(デキレース)

 

 貴賓室が入ると一斉に視線が集中する。レンは部屋内をゆっくり見渡す。

 中心にいるのはオリヴァー国王陛下。その両脇にレンの祖父アイザックとカリーナの祖父ランディが控える。その傍に王国の重鎮達。レンの父ルーカスをはじめとする中央軍の幹部達、カルヴィン殿下率いる近衛騎士団、御叮嚀に各国の外交官達までいた。あとは校長、教頭、アラベラ先生等の学校関係者にハミルトン。

 そして今回の首謀者側の冒険者機構。壮年の厳ついおじさんとその周囲でおべっかを振りまくラシスト支部の幹部達。カリーナの父プルートとデリアの父シーザーは彼らと離れた場所にいた。プルートとシーザーからすれば冒険者機構は娘を殺そうとした怨敵だ。それはそうだ。

 鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)姿のレンを見るとラシスト支部の幹部達の顔が若干険しくなる。彼らはアラベラ先生か教頭にレンと鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)が同一人物であると聞いている。もっと慌てふためくかとも思ったが意外に冷静だ。それはDランク冒険者マルツも同じ。たいした動揺は見られない。

 ピョン子の配下の兎にマルツの監視をさせていたが今の所口封じされるといったこともない。

間違えなく起死回生の手でも思いついたのだろう。まあ予想はつくが。


「全員揃ったようだ。鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)殿、今回の事件の概要につき説明していただこうか」


 オリヴァー国王陛下に一礼し説明を始める。

まず迷宮内の経緯をレンではなく鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)の立場でほぼ正確に話す。

 話終えるとオリヴァー陛下は人目もはばからず、天真爛漫に大口をあけて笑い始めた。


「理解した。我が国の子供達を守ってくれた事深く感謝す――」


「お待ちください! 陛下!」


 オリヴァー陛下の言葉を冒険者機構ラシスト支部のスキンヘッドの太った中年の男性が遮る。ピョン子から報告は受けている。此奴が黒幕ダッドだろう。


「ダッド君、陛下はまだお話中だよ。不敬じゃないかい?」


 カルヴィン殿下だ。近衛騎士団は元々忠誠心が高い。その感情が籠っていない口振りからも近衛騎士団が暴発しかねないので仕方なく発言したようだ。近衛騎士団は今回の演習で全員覚醒していると聞く。そんな人外達に暴れ回られたら一瞬で挽肉だ。妥当な判断といえる。


「不敬は重々承知でございます。ですが今申し上げねば陛下が不埒者に謝意をお示しになられてしまう。ああ! それだけは王国民として許せない事です」


「ダッド殿! 鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)殿は王都を救ってくれた英雄ですぞ。その英雄に向かってその発言、ちゃんとした根拠がおありなのでしょうな?」


 中央軍の黒髪の屈強な男性がすかさずダッドに疑問を投げかける。この人はパットの父親で事情を全て把握している。怒り心頭のはずなのにこの冷静さ。大した人物だ。


「王都を救った英雄? 御冗談を! 兵士や騎士、冒険者の死傷者は零。しかも中等部生が活躍できたくらいです。この魔物の襲来自体大した事件ではなかった。それをその者がジュラルド校長と結託しあたかも強い魔物の襲来であるかのように吹聴したにすぎません。

そしてその弱い魔物を自身が鍛えた子供達に倒させ自身の評価を高める。利用されたとも知らずに自身が強いと勘違いした子供達は実にかわいそうな事です」


ダッドの言葉を耳にしたエルフの外交官はぷっと噴き出した。


「ディミトリアス殿! 何がおかしいのですかな?」


「いや、お気に触られたのなら申し訳ありません。

ダッド殿は冒険者側の指揮官だったお方。その方ならば十分にこの度の戦も御自身の目で御覧になられていることでしょう。それなら(・・・・)その判断も正しいのではないかと」


「おお! ディミトリアス殿はわかっておいでだ。

 そ奴はラシスト支部魔物対策課の課長と共謀し此処にいるマルツの家族を誘拐し、実習の子供達の身を危険にさらした大悪党。証拠もありますぞ。即刻捕縛すべきと進言いたします」


 ダッド達は貴賓室の机の上に魔物対策課の課長と鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)の密会の写真と本計画の委細が記された魔物対策課の課長の筆跡の鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)宛ての手紙を出す。

 手紙の中には鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)が計画したとされる本事件の一部始終が記載されていた。

 鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)は冒険者機構ラシスト支部魔物対策課の課長から金で雇われ、冒険者機構ラシスト支部長ダッドの失脚を狙っている。

 鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)はダッドに罪を着せる事が目的だった。従って鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)には子供達の暗殺を成功させるつもりは端からなく、予め決めておいた迷宮内の安全地帯(セーフティーポイント)を終点にして空間転位装置を起動させた。あとは子供達を上手く丸め込み、子供達に一見強そうに見える魔物を狩らせると言う茶番を演じ、自己の評価を高め、自信から疑いを逸らそうとした。

 さらにマルツが涙ながらに鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)の卑劣な罠に嵌り自身の妾の子供を誘拐されやむを得ず犯罪に及んだことを語ってきかせた。そして床に額をこすりつけ泣きながら謝りつづける。

 証拠の存在とマルツの貴族とは思えぬ壮絶な姿に、魔物との戦闘を見ていない一部の大臣達が鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)に罵声を浴びせ始めた。

 色々突っ込むところが多すぎる。主張はギリギリ辻褄が合うような破綻寸前の理論構成であるし、証拠も鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)が犯人であることを決定付けるものは何一つない

 次の行動を思案しているとエルフの外交官ディミトリアスがレンに向けて右手を胸に当て頭を下げて来る。こうして事態はレンの予想から徐々にずれ始める。


鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)様。今回魔物の襲来による御身の加護を享受しておきながら恩を仇で返す幼稚で愚劣極まりない行為。そして、赤子でも信じぬ虚偽を簡単に信じる愚かな種族。

 失礼ながら人間族は御身が加護を与える存在ではないと愚考します」


(か、加護って言われてもねぇ……。それに貴方外交官でしょ? そんな事言って良いの?)


 背の小さい髭ずらのおっさん顔、丸太の様に太い両手両足を持つ外交官がレンに一礼する。


「高慢ちきな長耳族(エルフ)の言葉じゃが、今回ばかりは同感ですじゃ。貴方がなぜにそこまで人間族に拘るかは儂らにはわかり兼ねますが、今回の件は聊か度が過ぎているかと」


 白と赤の民族衣装を着用し長い青髪を後ろに束ねた美しい青年が傍にいたドワーフを押しのけてレンの前に進み出る。


「人間族って勝手に一括りにしてんじゃねぇよ。あんな最高の見世物(ショー)を観もしねぇ阿呆共と俺達アベカシスを一緒にすんじゃねぇ! 

 俺が言いたいの一つだけ! 旦那、うちに来いよ。絶対に退屈はさせねぇぜ!」


 押しのけられたドワーフは深い溜息をついた後、半眼で青髪の青年を見る。


「ロト。お主、一応はアベカシスの第一王位継承権者じゃろう? こんな所に来て何やっとんじゃ?」


「シム爺、一応ってのはヒデェぜぇ! 配下の者が血相変えて報告してきたんで飛空艇で飛んできたってわけだが、すげぇ面白ぇ事態になってるよなぁ」


 『飛空艇』とは古代の遺跡から発掘された特殊な鉱石と現代の魔法技術と科学技術の粋を凝らして作成された空飛ぶ船だ。この世界最速の乗り物であり極めて希少である。


「あ、あ、あ、貴方方は冒険者機構支部長の私の言葉が信用できんというのですか!?」


 ダッドはディミトリアス、ロト、シムに射殺すような視線を向け、賛同者を得ようと周囲に視線を向けるが直ぐに凍りつく。中央軍ばかりか、近衛騎士団、部下であるはずの冒険者達までもダッドに強烈な疑心の視線を向けていたからだ。

カルヴィン殿下がオリヴァー陛下とアイザックに非難めいた視線を向けながら口を開く。


「いや~、ダッド君のおかげでようやく僕も父上やアイザック様の御戯れに気付いたよ。薄々そうじゃないかなとは思ってたんだどさ。確信までは持てなくてね」


「御戯れで……ございますか?」


 陽気な声色とは対象的な無表情なカルヴィン殿下の顔にビクつきながら尋ねるダッド。


「悪いがダッド君、君の言葉を信じているのはあのグラウンドの戦場を見ていない者達だけさ。

 君、冒険者側の指揮官なのに戦場を見さえもしなかったんだねぇ……」


「何を仰いますか! 私も画像からですが常に確認はしていましたぞ」


「じゃあ、聞くけどさ。君あのグラウンドに現れた魔物の強さをどのくらいだと推測してる?」


「私もAランクの冒険者。魔物の強さは十分に判断できますぞ。

 確かに最初のうちはLV15台の魔物もいたようですが数十分後には殆どがLV1~3の魔物に変わっていました。確かに一見強そうではありますがプロの私の目は騙されません」


 貴賓室の中が静寂で包まれ、次第に笑い声がそこら中で上がり始める。無論嘲笑だ。

 哀れだ。あまりに滑稽で哀れすぎる。確かに、兎達、トリス、中央軍の協力で彼らには常に偽りの情報を流していた。だが常に偽れるわけもない。自身の目で戦況を見ていればその不自然さに気付いたはずだ。そうすればもう少しましな理論構成が出来ただろうに。


「もういいや。僕としてもこんなくだらない茶番を終わらせて本事件について詳しく聞きたい。

父上、御戯れはこの辺で終わらせてよ」


「ああ、少々興醒めもいいところだが、その方らは悪役(ヒール)の資格すらない。警察庁長官。罪状を!」


 仕立てのよいスーツを着た紳士がダッド達に蛆虫でも見るかのような視線を向ける。


「冒険者機構ラシスト支部長ダッド・ブル。騎士校の子供達への殺人未遂及び冒険者機構ラシスト支部魔物対策課課長及びその家族への殺人未遂、孤児の少年の殺人未遂の容疑で逮捕する。

 冒険者機構ラシスト支部の幹部達、マルツ・ドルマン、それに騎士校の教頭、君達も同様の罪の共同正犯の罪状で逮捕する。

 これもほんの一部だ。この戦いは300年ぶりの魔王の襲来。その中でのこの事件。国家反逆罪も十中八九つく。最低でも全員多額の賠償、爵位の剥奪、無期懲役は覚悟しておけ!」


「な、何の証拠があって――」


 ダッド達の言葉に警察庁長官が心底鬱陶しそうに右腕を上げると貴賓室に設置されている薄型の巨大テレビから画像が映し出される。それは魔物の襲来から数時間後と思わえるダッド達が一堂に介した悪巧みの映像。この映像は中央軍、警察庁、トリスが協力して取得したものだ。

 カリーナ達を殺そうとしてレンに全責任を押し付けようとしたこと。革新派のラシスト支部の筆頭であった魔物対策課課長の家族を誘拐し人質にとり、手紙を書かせて罪を擦り付け殺す計画。マルツの妾の子という事で孤児の少年を誘拐し殺す計画。

 ちなみに、魔物対策課の課長とその家族、孤児の少年はピョン子と警察庁により保護されている。無論、賊は皆捕縛だ。実はこの貴賓室の前にすでに勝敗は決していたのだ。

 映像の中でイラついていたダッドはレンだけではなくディアナ少佐、祖父アイザック、ランディを誹謗した。終いにはキャロル殿下さえも口汚く罵った。キャロル殿下への侮辱は本来なら怒りで我を忘れそうになるところだが、貴賓室内全体が鉄火場のように怒りで燃え上がっており逆に冷静になってしまった。特にカルヴィン殿下は怖すぎた。隣の赤い鎧を着た騎士と副団長のアハル・エイブラムに自身が暴れたら抑えるように厳命していたくらいだ。

 その後もダッド達一行はこの映像が偽造だと一貫して主張していたが、映像の録画は中央軍と警察庁が共同で撮影した事の指摘を受けやっと諦めた。

もっとも、ダッド達は最後まで足掻き続け、厳つい顔の冒険者機構中央局の幹部――アッカー伯爵に助けを求めるがガン無視され警察に連行されて行く。

 後で知ったことだがアッカー伯爵は父ルーカスの親友らしく、ルーカスから事情を聞き冒険者機構の代表としての謝罪をするために来たらしい。当然事件への関与などない。



お読みいただきありがとうございます。

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