第28話 超特大魔法
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レンはカリーナに視線を向けている。否! 視線を外せない。
カリーナが【願望具現】を発動してからその存在が別の生物へと変わった。その変わりようも蟻から竜ほどだ。天眼によると今のカリーナはピョン子達とほぼ同格のクラスA。
観戦しているバリー達の無表情に近いその顔は恐怖と驚愕に引きつっている。タツ、ピョン子、教官役のトリスでさえも驚きで目を見開いているのだ。無理もない。
カリーナは瞬息で上空へ移動し、空に停止する。
「あれは光速飛空魔法? そんアホな! 第10階梯魔法はクラスBにならんと取得などできへん。大体わい光速飛空魔法など教えてへんよ」
ボソリと呟くトリスの胸倉をタツが額に太い青筋をたてながら再度掴む。
「おい、トリス! 悪ふざけにも度が過ぎんぞ!」
「わいにもさっぱり何が何だか……」
トリスの声が裏返り滑稽に響くのとカリーナの魔法の演唱が開始されるのはほぼ同時だった。
カリーナには【演唱破棄】の能力があり、演唱は不要なはずだ。とすると【演唱破棄】の能力が使用できない程の大魔法ということだろうか。トリスに視線を向けるが、狼狽を顔に漂わせながら首を左右に振る。トリスがわからないのではお手上げだ。視線をカリーナに戻す。
クラスが上昇し聴力が人外化した故だろう。カリーナが紡ぐ言霊がレンの耳に入って来る。
『世界は無限。
世界は螺旋。
世界は永久に続く深淵。
世界への扉は一つにはあらず。無限にもわたる扉。無限の錠前。
全てを統べる鍵にして、全世界の扉を開くもの』
草木、生物、建物、大地から此処ら一帯を枯渇させるほどの魔力が上空に集まっていく。その魔力は渦をなし空間をギシリッと歪ませ軋ませる。世界は悲鳴を上げ最後の抵抗を試みる。
「な、何だあれは……?」
「知らへん……こんなん知らへん! こないな魔法わいも見たことない!」
トリスの悲鳴にも似た声と同時に世界は変貌を遂げる。
『扉の先は雷の楽園。
数多の世界の雷を統べる世界。
雷の源泉。
雷の楽園を統べる唯一にして絶対なる神よ。
その強大なる力もて裁きの雷を我が敵に降り注がん』
上空の歪みに歪み切った空間が裂け、稲光を纏った巨大な両手がニューと裂け目から出てくる。その巨大な手は裂け目に手かけてそれを押し開く。裂け目が広がり巨大な顔がのぞかせる。それは稲妻の巨人。その巨人は裂け目から上半身を出し、金色の大金槌を振りかぶる。
(ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! あれは絶対にヤバイ!)
「トリス、タツ、ピョン子、呆けている暇はないよ! 全力で結界を張って!!」
レンの言葉に弾かれたようにトリスたちは散らばり防御結界を張る。
『世界よ我が言霊に従え!!
《雷神王の渾身の一撃》ぁぁぁぁ!!!』
巨人の金色の大金槌は巨大な光の柱となって大地に突き刺ささる。
光りが視界を埋め尽くし、地上に存在するあらゆるを存在を消滅し、音を雷の轟音で塗り替えて行く。
麻痺した聴覚と視覚の機能が戻ると、グラウンドには丁度半径10メルもの大穴があいていた。その穴の底は見えず、稲光がまだ迸っている。
上空に浮いているカリーナが糸の切れた人形のように落下し始めた。気絶したらしい。《飛翔瞬歩》を発動し空中で抱きかかえる。カリーナは力も衣服も【願望具現】発動前に戻っていた。あの生物を止めた状態のままではカリーナの祖父や父に恨まれかねない。胸を撫で下ろす。
それからが大変だった。ロイスター王国の中央軍、騎士団、冒険者機構、おまけにエルフ国ミューゼルと東側大陸の大国アベカシスの大使館からもカリーナの攻撃につき説明を求められる。説明しろと言われても教官役のトリスが知らないことはレンにもわからない。後でまとめて説明すると告げる。タツやピョン子、トリスに土魔法を使える精霊を読んでこの開いた大穴を直ちに埋める様に指示する。
今は蛇女、骸骨、巨人の3体の魔物に視線を向けているところだ。3体とも地面に震えながら正座しており、まるで叱られた子供のようだ。
トリスを交えて彼らから事情を聞く。どうやら彼らを造った存在から人間に死と恐怖と絶望を与えるように思考を操作されているようだ。強力なプロテクトがかかっているらしく黒幕の存在はもちろん、話すら噛みあわない。
トリスに人間への敵意とプロテクトを解けるかを尋ねるとあっさり肯定される。ただし、魔物の核を精霊石に変えるため魔物ではなくなるようだが、滅びるよりかは幾分ましだろう。
兎も角、思考を操作されていては真面な話はできない。彼らが素の状態になってから話をする事にする。
バリー達に労いの言葉をかけ、もう家に帰って休むように指示すると、皆を代表したフレイザーからいつ修業が開始されるのかを尋ねられる。
鮮血の黒騎士は次のクエストがあり今は答える事は出来ないと説明しておく。鮮血の黒騎士は一応冒険者となっている。冒険者にとってクエストは命である事はフレイザー達も重々承知しているらしく、それ以上しつこく頼んではこなかった。まあ諦める気はさらさらないようだが、一先ずは引いたという所だろう。
その後、協力してもらった中央軍に簡単な挨拶をしてから本事件最後の決戦の地へと向かう。そこは王立高等騎士学校の貴賓室。
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