第27話 星の銀貨
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カリーナは目の前の獅子と兎ともつかない化物を冷めた目で眺めている。
カリーナの能力なら倒すだけなら瞬きする間に倒せる。だがそれでは意味がない。
敵にカリーナの力を見せつけてやらなければならないのだ。無論、敵とはマルツや冒険者機構などの小物ではない。この世界の理を造りし存在。
カリーナは能力――【願望具現】を発動させる。
この能力はカリーナの願望を実現する能力。鮮血の黒騎士の分析ではこの能力は世界に干渉し、世界をカリーナの願望通りに改変する能力。この能力はただ願うだけで、デリアの【植物世界】、ドロシーの【爆弾化】と同等以上の事が出来る。もっともこれは本来もっと上位のクラスで覚えるはずの能力であり、今のカリーナの魔力では1日1回が限度。
今回この【願望具現】を使って試してみたいことがある。世界にまで干渉できるなら、カリーナを一時的に改変する事も可能なはずだ。カリーナを憧れの人物に改変する事も可能なはずだ。
そのためには思い出さなければならない。愛しいあの人の事を。あの憎むべき敵の事を。懐かしいあのギルドのことを。そしてあの日の出来事を!
――カリーナ・キーブルは女神を憎んでいる。女神が憎くて憎くて仕方がない。9年前愛しいあの人を殺した存在だから。大好きだったあのギルドを消滅させた存在だから。
凡そ9年前、ロイスター王国の地方都市――ガルトレイドはギルドの活動で潤うギルド都市であった。そしてガルトレイドに無数に存在するギルドの中にカリーナが大好きだったギルドはあった。
『星の銀貨』。ギルド時代の終焉と共に名前さえも忘れ去られた100人足らずのメンバーで構成された小規模ギルド。
今から十年ほど前は父プルートが四大ギルドの一つ《小さな妖精》参加の中位ギルドに所属し波に乗っているときであり、今以上に家にはいなかった。そしてそれはまだロイスター王国の軍属であった祖父ランディも同じであり、数ヵ月にも及び家を空ける事もざらだった。
もっともカリーナには姉妹同然のデリアとドロシーがいたから寂しくなどなかったが、ランディが留守中にカリーナが身代金目的で攫われかけたことがあり、それ以来、頻繁に『星の銀貨』に預けられるようになった。
『星の銀貨』のギルドメンバーは皆変人ばかりだ。カリーナが話かけるだけで笑い出すおじさん、いつも寝ているお兄さん、祭りと博打が命のお姉さん、いつも半裸のムキムキのお兄さんなど真面な人は一人足りともいやしなかった。
そして一番の変人が『星の銀貨』のギルドマスター――ヒサメ・サガラ。
だいたい外見からして変だ。ヒサメは祖父ランディの師であり親友。つまりかなりの高齢のはずなのだ。しかしどう見ても二十歳そこそこにしか見えない。
さらに性格も凡そ祖父ランディの師とは思えないほど粗野で短気。お祭り好きで何にでも首を突っ込みたがる。そして大抵台無しにする。その度に側近の幹部の獣人のお姉さんに説教をくらっていた。
当初はこんな粗野で人間失格な大人にカリーナ達を預けたランディを呪ったものだ。だがそう思ったのも最初だけ。その口調や態度と裏腹にカリーナ達の面倒を一日中見てくれた。
一緒に買い物に連れて行ってくれたし遊園地にも連れて行ってくれた。天気の良い日にはピクニックに魚釣り。夜はギルドの皆と馬鹿騒ぎ。本当に毎日がワクワクドキドキで楽しかった。
そして毎日カリーナ達が眠るまで傍にいてお話をしてくれた。
それは『チキュウ』というエインズワースとは異なる世界からやって来た青年の物語。
その世界には魔法も魔物もなく、エルフも獣人も竜人もドワーフも妖精族もいない世界。
その世界で青年は妹と共に幸せに暮らしていたがある日このエインズワースの世界に召喚された。青年は必死で元の世界へ帰る道を探す。物語はその冒険活劇だ。
その物語の中で青年はエインズワースに来たショックで不老不死になってしまう。気の遠くなる年月で魔道を極め竜神や幻獣王、魔神等様々な敵と戦う。このような今時の子供なら誰も信じないような荒唐無稽な内容ばかりだった。だがヒサメがあまりにも真剣に話すので次第に物語に引き込まれていく。物語に熱中するにつれ青年がどうなったのか強く知りたくなるようになった。
でもヒサメは決まってカリーナ達の頭を撫でながらお話をする。それがあまりに心地よくていつも盛り上がるところで睡魔に負けて寝てしまい最後までお話を聞いた事がない。だから青年が結局どうなったのかは分からない。無論何度もその結論をヒサメに聞くが知りたいのなら起きていろと言われ取り付く島もない。
いつしかカリーナ達は『星の銀貨』に預けられるのが待ち遠しくなる。ギルドメンバーは変わってはいるが楽しくも優しい人ばかりだし、何よりもヒサメに会えるから。
9年前の夏の夜。『星の銀貨』のギルドハウスの一室でいつものようにヒサメに頭を撫でてもらいながら少年の物語を聞いていると、幹部の一人が血相を変えて部屋に飛び込んできてヒサメに耳打ちする。ヒサメの優しい顔が瞬時に獣のようなギラギラ光る怒りの形相に変わる。ヒサメは部屋を出るなとカリーナ達に告げると部屋を出て行った。
数分後、ヒサメは部屋に戻り直ちに街を出ると言い放ち、カリーナ達に幹部の背中におぶさるように指示される。
ヒサメと『星の銀貨』のギルドメンバーと共にハウスを出る。目を閉じていろと強く指示されたのでずっと瞼を閉じていた。
突然カリーナをおぶってくれていた幹部の女性の足が止まり、ヒサメの声が聞こえてくる。
「女神……これをやったはお前か?」
尋ねるヒサメの声色は感情を持たない節足動物のようで普段の温かみの一切が消失していた。
「クスクス……。さあどうかしらぁ。確かに妾の力なら容易なことでしょうねぇ。そなたはどう思う?」
「……お前がやったんだな?」
「人間などどうせすぐに増えるわぁ。そう目くじら立てる事でもないでしょう。
それにこれはそなたの枷を減らす妾からのプレゼントよぉぉ」
「ふざけんじゃねぇぇ!! この腐れ外道がぁぁぁぁぁ!!!」
ヒサメの鼓膜が破れるほどの怒鳴り声を間近に聞いて、カリーナは思わず開けるなと言われていた瞼を開けてしまう。
目の前には白い服を着た長い銀髪の美女が宙に浮いていた。銀髪の女は口角を三日月状に耳元まで吊り上げカリーナ達を睥睨していた。カリーナの耳に自分の歯がカチカチ鳴っている音が聞こえてくる。ヒサメはカリーナに視線を向けずにその頭を優しく撫でてくる。
「カリーナ、デリア、ドロシーをギルドマスター――ヒサメ・サガラの名をもって『星の銀貨』のギルドメンバーとして認める。
お前らわかってるよなぁ? これでカリーナ達は俺達の仲間だ。命を賭して守れ!」
「「「「「「イエス・マイマスター!!」」」」」」
力強い声が周囲に風に乗って吹き抜けていく。
「女神だろうが、天神だろうが、魔神だろうが仲間を傷付ける奴をオレは絶対に許さねぇ!!」
ヒサメのその言葉を最後にカリーナの意識は混濁し、気が付いたときにはキーブル家の巨大なベッドの上で横になっていた。
それからカリーナは『星の銀貨』がどうなったのかを聞くがカリーナ以外誰もその存在すら覚えていなかった。カリーナ達は近くの親戚の家に遊びに言っていたことになっていたのだ。そう。まるでその存在自体が夢か幻であったかのように。
カリーナも覚えているのはその存在と過去に会った懐かしくも切ない思い出だけ。ヒサメと『星の銀貨』のギルドメンバーの顔はぼやけていてはっきりとは覚えていない。
だが幻などであるはずがない。ガルトレイドの市民が皆殺しになっていたのが証明だ。
それから数年ただヒサメが現れるのを待ち続けた。しかし何年待ってもヒサメはカリーナ達の前には現れない。遂に最悪の結論に辿り着いてしまう。それは内心ではわかっていた結末。
ヒサメは女神に負けた。勝ったならばこれほど手の込んだ記憶操作をする必要はないし、カリーナ達に会いに来てくれる。だってカリーナ達は『星の銀貨』のメンバーなのだから。
カリーナはこの時ヒサメの死を受け入れ、同時に復讐を誓った。憎き女神に対する復讐を!
【願望具現】はカリーナの肉体と精神を徐々に作り変えて行く。
今の未熟なカリーナの力では完全なヒサメに改変するのは不可能。確実に数クラス力は下がる。だがどの道カリーナは『星の銀貨』の一メンバーに過ぎない。肉体と精神の全てをヒサメに変える事はギルドマスターであるヒサメへの侮辱に当たる。だから戦闘に必要な分だけ肉体と精神を改変する。
細胞が置き換わり強靭な肉体を、精神がより高次の存在へと変革していく。
左上腕部にコインと星のギルドマークを刻み真紅のローブを纏って出来上がり。
獅子と兎の化物は恐怖で狂ったように暴れ出す。『星の銀貨』のメンバーに相対したのだ。それくらい当然だ。
さて始めよう。蹂躙を!
お読みいただきありがとうございます。
今日は数話投稿し、そして推敲のためお休みにします。ご不便をおかけします。




