第20話 聖光大帝
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迷宮実習二十日目午後17時半 王立高等騎士学校体育館
聖と光の精霊タツは坊ちゃんの命により、餓鬼共の鍛練を一時中断してキャロルという名の人間の娘に届け物をするために地上へ訪れている。
冒険者機構ラシスト支部の糞蠅どもの嵌めるのはトリスとピョン子にお株を奪われた。今回タツは人間の餓鬼共を鍛えるしか良いところがない。だからトリスやピョン子の生徒達よりもパットとミャーをより強くしなければならない。強くできなければ坊ちゃんを失望させてしまう。坊ちゃんを失望させるのは今のタツの忠誠心が許さない。この坊ちゃんへの忠誠は他の2柱の精霊よりも遥かに強いとタツは自負している。
なぜならトリスやピョン子と異なりタツは坊ちゃんに救われたのだから。渇きを癒してもらったのだから。
タツ、トリスメギストス、ピョン子が『絶対精霊』まで進化を遂げ精霊界から敵がいなくなって久しい。女神、天神、魔神の三大超越神ならいざ知らず、下界のものなど龍種でさえタツ達にとっては目の前飛ぶ蠅に過ぎない。
タツ達精霊は精神生命体。よって、精神の磨耗たる退屈が最大の難敵だ。だから、ピョン子やトリスたちは独自の路線で退屈を紛らわせている。
しかし、タツは闘いでしか楽しみを見出せない。闘いでしか退屈を免れない。その渇き故に精霊界全土を制圧した事もあった。無論、トリス、ピョン子にも闘いを挑むが闘いに興味のない此奴等はいつも逃げの一手だ。
その渇きはタツを蝕んでいく。その渇きが限界に達したときタツは召喚された。しかも人間に。開いた口が塞がらなかった。当り前だ。こんな非常識な事はあり得ないのだ。
精霊は精霊界以外では本来の力が発揮できずクラスは1つ下がる。本来タツはSクラス。つまりAクラスの召喚能力がなければタツを呼び出すことはできない。Aクラスの精霊を召喚できる人間など聞いた事もない。
急にこの人間に興味が湧く。故に、いつものように脅してみる事にした。精霊は召喚者に危害を加えることは性質上できない。ほんの脅しのつもりだったのだ。しかしたったワンパンで悶絶させられる。
クラスがAになったとはいえされどAだ。そのクラスAのタツの意識を一撃で刈り取ったのだ。この人間はクラスSなのだろう。人間がクラスの力Sを持つ? 精霊のタツでも数万年はかかったのに?
急に奇妙な焦燥に駆り立てられ、『なぜあんたはそんなに強いんだ?』と聞いていた。人間は首を傾げて、『それはきっと僕が強いんじゃなくて君が弱いんだよ』。そう答えたのだ。
思わずその人間を観察するが強がっているわけでも、タツを侮っているわけでもないことがその表情から読み取れた。純粋にそう考えていたのだ。
それを認識したときタツの魂がマグマのように煮えたち、笑い声が自然に口から洩れ出す。終いには地面を揺るがすほどの大爆笑をぶちまけていた。
短命な人間が純粋にそう考えているのだ。実際にまだまだ世の中にはタツを超える強者など履いて捨てるほどいるのだろう。自分の井の中の蛙ぷっりを実感して、気が狂わんばかりに噴飯し続ける。そして、やっとその笑が収まったとき退屈など綺麗サッパリ消し飛んでいた。
この人間について行けば強者と戦える。そう思うと居ても立っても居られず直ぐに、その人間に忠誠を誓い、眷属契約を結んでもらう。主人から魔力の供給を受ける代わりに絶対の忠誠と誓う。この人間がレン・ヴァルトエックであり、タツの主人――坊ちゃんというわけだ。
タツとの契約後も坊ちゃんは益々その非常識をエスカレートさせて行く。
坊ちゃんはどうやら人間の餓鬼共に魔王の討伐をさせるつもりらしい。その計画を耳にしたときトリス、ピョン子と共に腹を抱えて笑った。坊ちゃんはポカーンとしていたが許してほしい。これほど愉快な事は生まれて初めてだ。
普通このような状況なら魔王を倒す勇者の役をするだろう。インスタント勇者で魔王を倒すなど頭のネジがぶっ飛んでいる。坊ちゃんにとっては魔王もただのクラスEの魔物の一匹に過ぎないわけだ。
魔王と称して鼻息荒く出陣したものの、たった数時間前までクラスH、Gの低クラスだったインスタント勇者一行に屠られる魔王達。考えただけで震えが来る。これほど楽しい見世物はない。
正直闘い以外で退屈を免れるのは初めての経験だ。是非ともこの計画は成功させる。
キャロルという人間の娘は体育館の隅の来賓用のソファーで真っ青な顔で項垂れていた。この娘は坊ちゃんの大切な方らしい。
キャロルの前で片膝をつき姿を現す。隣に座っていた金髪の餓鬼が突如出現したタツに驚き剣を向けて来る。人間にしては良い反応だが今は無視する。
「主人の命でこれをお届けに上がりました」
キャロルに不恰好な星型の小さな粘土細工を手渡す。その粘土細工を受け取るとキャロルの目に急速に生気が戻りタツに詰め寄る。
「こ、この持主の方は無事なのですか!?」
「はい。理由は申し上げることはできませんが全員無事とだけお伝えしておきます」
キャロルは粘土細工を胸に抱きしめ目尻を涙で濡らしていた。
もう用は済んだ。タツが立ち上がり姿を消そうとすると、貴賓室にいた耳長族――エルフの契約精霊が震えながらタツに跪いていた。人型の蜥蜴の姿から火の中位から上位精霊――サラマンダーの一族だろう。
エルフが精霊と契約しているのは精霊界では公然の事実だが、エルフ達はその事実をひた隠しにしていると聞く。案の定、エルフは大層慌てていた。
ドワーフ族、獣人族、頭に二本の角を生やした竜人族、地方の民族衣装等を着用した人間族など各国の要人達はその事実に目を見開く。どうやらやらかしてしまったらしい。だが運よくキャロルと金髪の餓鬼以外このロイスター王国の要人は部屋にはいない。計画には支障があるまい。
『聖光大帝陛下。私は火の精霊王――イフリート様配下のサルマニアと申します。御身に言葉を発する不敬をお許しください。されど、御挨拶せぬ非礼だけは矮小なる我が身には大きすぎる罪ゆえ――』
タツは精霊界全土を征服した事があった。統治に飽きて部下に任せっきりだが、一応精霊界を支配していることに形式上はなっている。『聖光大帝』とはその際のタツの痛い二つ名だ。
イフリートは精霊界北方遠征中のタツの配下の一柱。奴は根っからの武人であり、礼儀をこの上なく重んじる。この手の挨拶をしなければこのサルマニアは罰でも受けるのだろう。相変わらず面倒な奴だと内心でイフリートを罵りつつ言葉が言い終わる前に右手で制する。
「別に気を使わんでいい。イフリートによろしくな」
『勿体無いお言葉を賜り、このサルマニア、恐悦至極にございますぅぅ――』
咽び泣くサルマニアにげんなりしながらもこれ以上、事情がややこしくなる前に退散することにする。キャロルに一礼し部屋を出ようとすると、金髪少年がタツの前で跪いていた。
「退け人間! 邪魔だ!」
タツは別に人間の味方ではない。キャロルは坊ちゃんの大切な方だから礼を尽くしているに過ぎない。坊ちゃんに他者を傷つける事を止められてはいるが脅すくらいならできる。
「私の名はフレイザー・バルフォア。聖光大帝様、この御無礼をどうかお許しください」
サルマニアが殺気立つ。非常にマズイ。この金髪の餓鬼――フレイザーはキャロルの知り合いだ。仮に傷つければ坊ちゃんは大激怒する。契約を切られるのが今のタツには一番恐ろしい。
「サルマニア。よい。何の用だ? 俺は忙しい。手短に話せ!」
内心で舌打ちをしつつも金髪の餓鬼――フレイザーに射るような視線を向ける。
「私を貴方の弟子にしてください」
弟子? この人間の意図がタツには全く読めない。
「はあ? お前を弟子にだぁ?」
タツとサルマニアの言葉の中にあったイフリートは人間好きな精霊だ。故に頻繁に神話や御伽噺に出て来る。そこからタツが精霊と判断したのかもしれない。
だとすれば御伽噺の勇者のように契約を求めて来るのが通常だ。
精霊契約には対等契約と眷属契約の2種類があるが、いずれも契約者の意思に一定の限度で拘束される。サルマニアが殺気だったのはフレイザーがタツの行く手を遮った事も勿論あろうが、それ以上に精霊契約を申し出る事が不敬と感じたからだと思われる。現にサルマニアもフレイザーの言葉に呆気にとられている。
「はい。貴方が本来人のみで言葉を交わす事すら許されない高位な存在であることは私にもわかります。ですが私はどうしても強くなりたいのです。今の私は弱すぎる。これでは何も守れないし、何も掴めない」
いや、いや、いや、だからと言って精霊の弟子になろうとは普通は思わないだろう。それならやはり手っ取り早い契約を望むのが人間の真理というものだ。
「お前が強くなりたい事は理解した。だが何故弟子なんだ? 普通契約じゃねぇのか?」
「契約は自身が強くなるわけではないのでしょう? それでは意味がないのです。誰の力を借りなくても守れる。そんな強さを手に入れたいのです。そう今のバリー君達のように」
(バリー? おいおい、あの阿呆兎! バレバレじゃねぇか……)
タツがどう答えるか思案していると、フレイザーが顔一面に幼児のような笑みを浮かべる。
「バリー君達の噂は彼らと班が同じ一組の級友から聞いておりましたが、やはり彼らの強さの源は貴方の存在だったのですね」
(ちっ! 嵌められたようだ。俺は元々この手の心理戦は苦手だ。とは言え俺が坊ちゃんの配下である事が知られなきゃあ別にいい。
それにバリーの小僧共の事を知られたのは阿保兎のミスだ。この際阿呆兎のせいにして此奴もゲームに引き入れるのもありかもな。だがその前に――)
「そうだ。俺は今『鮮血の黒騎士』殿と契約を結んでいる。彼の指示で餓鬼共の指南をした。だがお前を指南しろとの指示を受けていない」
「お願いします! どんなに厳しい修行にも耐えてみせます! 私には守りたい人がいるんです!!」
睨みつけるほど真剣な目つきをみせるフレイザー。この手の目をする奴は嫌いじゃない。精霊契約なんぞに頼らない根性もだ。かろうじて合格というところだろう。まあ、根を上げ次第中止すればいい。タツはあの阿呆兎のように甘くはないのだから。わざとらしく溜息を吐く。
「いいだろう。だが条件がある。カラム、ダン、エゴンという名の餓鬼共に修行を受ける根性があるかを聞き、あるなら連れて来い。指南してやる」
カラムはミャーに、ダンとエゴンはパットに指南を懇願されたからだ。
本来坊ちゃん以外の者の頼みなどきくタツではないが、ミャーとパットはキャロルという小娘と同様坊ちゃんにとってかけがえのない人らしい。ならその要求くらい聞いてやる。どの道、一人でも多い方がトリスとピョン子を出し抜ける確率が増す。一石二鳥だ。
「はい! 有難うございます!」
フレイザーはまぶしいような深い喜びを浮かべつつも立ち上がり、一連して部屋を出て行く。この状況についていけないサルマニアから質問を求められるが適当に答えて今度こそ部屋を後にする。
10分後、体育館の隅でフレイザーを待っているとダン、エゴン、カラムの3人を連れて来た。
紹介を受けるがダン、エゴン、カラムの目の奥には強い疑心が見える。まずはこの疑心を取り除かなければ修業にはならない。
時間もない。手っ取り早く解決する事にする。
「お前らの教官を務めるタツだ。お前らは弱い。まずそれを自覚しろ!」
光りを操作し、前方に校庭の映像を映し出す。勿論、バリー達の映像だ。
バリー達は現在、煌びやかな法衣を着用した骸骨――デミリッチと交戦中だ。
流石はアンデッドの王と呼ばれるだけのことはある。
デミリッチが杖を掲げると、宙に数百にも及ぶ半径30メル程の黒色の球体が出現し次々に閃光となって地上へ高速で落下していく。
コーマックが凡そ半径百メルの範囲で風の防壁を形成する。黒色の閃光と青色の防壁が衝突、炸裂し、炎熱を撒き散らし、耳を聾するような轟音が断続的に鳴り響く。
同時に百もの轟炎の槍がデミリッチの四方に浮かびその先端をデミリッチに一斉に向ける。直後、轟炎の槍は回転しつつもデミリッチに豪速で射出される。空気を切り裂き疾駆する殺意のたっぷり籠った槍はデミリッチの形成した赤色の障壁に突き刺さり、ヒビを入れ、食い破る。ガラスが割れるような音と共に粉々になったデミリッチの障壁。
その瞬間、デミリッチの背後に口元を歪めて不敵な笑みを浮かべつつ、木槌を振りかぶるベラがいた。ベラの振り下ろした渾身の木槌により、劈くような轟音を上げデミリッチの身体は木端のように吹き飛び、地面を削りながらも転がっていく。
右腕と左脚が砕かれ、顔面が半壊している満身創痍のデミリッチの背後からその心臓の赤黒い核に黒色の剣――【絶刀】を突き立てる。瞬間、デミリッチの身体は砂の様に崩れ落ちる。
カラム達に視線を向けると全員、蒼ざめた顔に血管が膨れ上がり血の気の引いた唇を固く結んでいる。
「あれ……フェイ……か?」
「う、嘘だろ。あいつ、ついこの間まで火球ですら満足に放てなかったんだぞ。あの魔法、第3階梯魔法? いや第4階梯魔法か……?」
「お、教えてください! AチームとBチームの試合が中止となったのって?」
ダンが幽鬼のような顔でタツに尋ねる。事情はタツもピョン子から聞いている。
「ああ、あれはお前らの身を案じて学校側が中止したんだ。お前らあれらに勝てると思うか?」
悔しそうに固く唇を噛みしめつつも首を横に振るダン。此奴等は本当にタツの好みの奴らだ。何より強さに素直で嘘が付けない。
フレイザーも同様かと思い視線を向けるが、喜びを額に湛え目を輝かしていた。
「貴方に師事すればさっきのバリー達のようになれるんですか?」
カラムが思いつめたようにタツに尋ねて来る。この問は若干頓珍漢だ。あのバリー達のようになる? 今のバリーでは魔王には掠り傷一つつけられない。目標は魔王の討伐なのだ。あんな程度を目標してもらっては困る。
「あの程度を目標にすんじゃねぇよ。彼奴等は直ぐに別次元の存在になる。お前らが目指すのは今のバリーの小僧共よりもっと遥か上だ。その覚悟がねぇなら端から止めときな」
「俺達もあれ以上の存在になれると?」
フレイザーが全員を代表するかのように震える言葉を発する。
「なれねぇなら端から教えねぇ。俺もそれほど暇じゃねぇしな。時間がもったいねぇ。修業をするのかしないのか、さっさと決めろ」
「「「「やります!!」」」」
躊躇がない肯定の言葉に暫し目を見張るタツ。だが、徐々に自然と口角は吊り上がっていく。
パットとミャーもそうだったが此奴等は見どころがある。
「いいだろう。俺も出し惜しみはしねぇよ。だが俺はスパルタでなぁ。正直に言おう。甘かあねぇぞ。泣きたくもなるだろう。逃げ出したくもなるだろう。ホントにそれでもいいんだなぁ?」
「はい! 強くなれるのなら!」
こうしてフレイザー、ダン、エゴン、カラムと共に迷宮内へ転移し、タツ達も本格的な鍛練に入る。




