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第19話 避難所の様子 フェイ

 長いです。上手く文章をきれませんでした。申し訳ありません。次からは多少抑え気味になる予定です。

◇◇◇◇



 迷宮実習二十日目午後17時 王立高等騎士学校体育館

 レンと同じ8組であり、元迷宮実習5班Bチーム所属のフェイ・オルホフは教師達の避難誘導に従い高等部の体育館に避難している。

直ちに市街へ避難しないのにもそれなりの理由がある。この王立高等騎士学校は迷宮から魔物を外界に出さない事を最優先で設計されている。

 具体的には運動場と校舎は10メル以上もの金網で囲まれている。この金網は魔物を外に逃がさないため魔法科学の技術の粋を集めて作られており、通常の金網の数万倍の強度を有する。

加えて上空にドーム状の超強力な結界を張り、魔物は学校の3~4メルの幅の校門からしか騎士校外へ出る事は叶わない。

そしてこの金網で囲まれた長方形の空間は校門、運動場、校舎と体育館の順番で存在する。つまり、一番校門から遠方に校舎と体育館はあるのである。もうお分かりだと思う。要するにフェイ達は学校内に閉じ込められたのである。

現在学生達と来賓の方々は護衛がしやすいように全員体育館に集められているのである。ちなみに、この体育館は避難所と同時に魔物討伐の本陣としても定められており、今も体育館の奥に設置されている小部屋で数人の冒険者機構ラシスト支部の幹部達が対策を練っている。

先ほどから絶え間なく負傷者が運び込まれてくるが、キャロル殿下と女生徒からなる医療チームが手当てを行っている。キャロル殿下が治療チームに参加しているのは女神に授かった治癒の能力故だ。傍で見たがキャロル殿下が人差し指から黄金に輝く液体を傷口に垂らすと一瞬にして血が止まり、傷が塞がる。

ただ若干顔色が悪いようで、終始フラフラして許嫁のフレイザー・バルフォアに身体を支えられるが再び治療に戻る。

その一心不乱な姿に大半の生徒が憧憬の眼差しを向けている。高等部の女生徒達が自ら進んで医療チームに参加しているのもそのせいだ。

だがフェイにはこの姿が何処かネジが飛び、動きが止まる寸前の機械のように見えた。

 フェイは視線を班の仲間達に向ける。

バリーはイライラと体育館の床を人差し指で叩いている。其の理由の一つに戦闘に参加できないことが上げられる。そう。フェイ達は校長先生から出撃する事を禁じられたのだ。中等部のフェイ達が出撃すれば高等部の生徒達まで真似しかねずかえって足手纏いになるからだ。他の生徒の安全のためと言われれば従うしかない。

ベラは相変わらずマイペースで木槌を枕にして可愛い寝息を立てている。この非常事態でも通常運行できる図太い神経は見習いたい。

コーマックは携帯のワンセグで上空からの戦闘の映像を眺めていた。その映像をフェイも少し見せてもらう事にする。まず、戦闘は3つのグループに分かれて行われている。

一つ目が校門付近。ドン引きするほど緻密な連携がとれているアンデッド達とロイスター王国中央軍との激突。

このアンデッド達はいずれもが精鋭ばかりであり、ぱっと見て巨大兎と同レベルはあると思われる。特に、上級アンデッドである食屍鬼(グール)、リッチは今のフェイ達でも結構苦労しそうだ。

この校門周辺においてロイスター王国中央軍は戦車等の火力を用いてアンデッド達を撃滅している。

校庭の真中ではロイスター王国第一王子カルヴィン殿下が率いる近衛騎士団が超能力蛇系魔物の集団と戦闘を繰り広げていた。この蛇の殆どが今のフェイ達と互角の勝負が出来そうな魔物達であり反則的な強さだ。

だがカルヴィン殿下と赤色のローブを着た騎士はそれぞれこの魔物数匹を一度に相手にして圧倒している。

その他の騎士達も数十人で蛇一匹を相手にすることにより上手く戦闘が成立していた。

校舎前は巨人達と校長先生が率いるA級以上の冒険者達の闘いだ。

この場の戦闘はただの一方的な殲滅だった。

雷を纏う巨大なメイスを持つ巨人が校長先生の巨大な剣でメイスごと袈裟懸けに一刀両断されズズッと身体が2分割され地面に衝突し地響きを上げる。校長先生が大剣を横一文字に薙ぎ払うと、大剣は豪風を纏いて唸りを上げ巨人2体を横断する。

ほぼ作業的に校長先生一人が巨人を駆逐する。そんな光景だった。

戦況が悪化すれば戦闘への参加を求められる事もあろう。フェイも仮眠をとる事にする。



周囲の喧騒に起され周囲を確認するが集会場は殺伐としていた。

その殺伐とする理由の一つは強力な魔物の襲撃を受け無事に家に帰れるのか不明な事もあろう。だがもっと大きな理由は他にある。それはこの体育館に充満している根も葉もない噂。

曰く、レンが迷宮内で班員の胸倉を掴み脅した。

曰く、レンが女神の力を悪用し試験官を傷つけ、その事で女神の怒りに触れキャロル殿下のときと同様、しかも今度は班員ごと迷宮内に転移されてしまった。

曰く、この魔物の襲撃は全てレン・ヴァルトエックが原因である。

曰く、キャロル殿下との数週間前の転移の際に、レンが終始横柄な態度を取った。

曰く、キャロル殿下は怯えて大層不快だったと発言していた。

これ以上聞くと理性が飛びそうだ。そうなれば血だるまの肉片が転がることは想像に難くない。耳を両手で強く塞ぐフェイ。

この噂の発生源もわかっている。マルツとかいうレンの担当試験官とドーンという名の男子を中心とした中等部3年1組の生徒の一部だ。彼らは時と場所も弁えず噂を広めている。

噂を聞いた生徒達の反応は三通りに分かれる。

第一が噂を妄信する者。これはレンの人となりを知らない高等部の生徒に多い。

第二が噂に疑念を抱くもの。中等部のレンを知るものは大概これだった。

第三が噂を真っ赤な嘘と判断し憤怒に身を焦がすもの。フェイ達や8組の皆がこれだ。

バリーが指で床を叩く音が次第に大きくなっている。時限爆弾はとっく昔に時を刻み始めた。もうじき大爆発するだろう。ベラとコーマックも噂をする学生達と噂を広める者達へと冷たい視線を移している。

 バリーは自身が実習内容を変更した切っ掛けを作ってしまった事に関しレンに強い罪悪感を抱いていた。今朝レンに謝罪したのも勇気を振り絞っての事だ。だがレンはあっさり許してくれた。さらに冒険者育成学校の推薦入試受験資格獲得についてお祝いの言葉までくれた。とっくの昔にバリーにとってレンは大切な仲間になっている。バリー班でも正義感の一際強い少年だ。仲間の侮辱を許す人間ではない。

中等部3学年8組の皆も同様だった。いやバリー以上だろう。8組の皆はレンと第2、3学年を共に過ごした。8組の人畜無害マスコット的キャラのレンを口汚く罵るのだ。許せるはずもない。

カラムはマルツ達に襲いかからんとする血の気の多い男子達を抑えてはいるが、そのカラム自身も何時まで我慢できるかは疑わしい。

さらに8組の敵意は意外な人物にも向けられる。キャロル殿下だ。

レンは道行く見知らぬ通行人でさえお節介を焼く天性のお人好し。フェイを始め8組のほぼ全員がレンに何等かの世話になっている。そんなレンが転移後不安な殿下をみて横柄な態度などとるはずがない。加えて実習後半レンは大分気落ちしていた。8組の皆にとってすべてのピースがカチリと嵌ったのである。

今朝までキャロル殿下を敬愛し会えるのを楽しみにしていた者達も疑心と怒りの視線を殿下に向けている。

もっとも、フェイはこの噂の出所が胡散臭いマルツ教官とキャロル殿下に憧れていた1組の生徒であることもありあまり信用していない。

8組の皆は殿下が噂を否定しない事を根拠にしているのかもしれないが、殿下はつい先ほどまで治療に集中し雑音など一切耳に入っていなかった。加え今は疲労から仮眠をとっている。とても否定できる状況にはあるまい。

 こうして次元爆弾は着々と時を刻んでいたわけだが実際の爆発は予想もしない場所で起こる。

レンがいかに横柄でキャロル殿下がレンをいかに嫌っていたかを力説している一組の角刈り頭の背が小さい少年――ダンが、熱い珈琲がたっぷり注がれたばかりのコップを傾けていた。


「あちっ! あちちちぃ! 何しやがる!!」


 1組の生徒は立ち上がり額に青筋を漲らせつつダンの胸倉を掴むが、その悪鬼のごき表情を見て軽い悲鳴を上げる。


「手前、もうこれ以上口を開くな。開けば顎ごと砕いてやる」


 ダンは公式戦では学年で上位にランクする実力者であり、LVも2。だが所詮はタメ。そのダンに恐怖を覚えたことに強い羞恥を覚えたのか胸倉を掴んでいる1組の男子は口を大きく開ける。


「ダンお前――」


 ダンの左肘が一組の角刈り頭の少年の顎にめり込み後方に吹き飛ばされる。1組の男子はぼたぼたと自らの口から溢れる血と人生で初めてともいえる激痛に悲鳴を上げる。


「口を開くなと言ったろう?」


「お、同じ貴族の俺達にこんなことしてただで済まんぞ!」


1組のもう一人の男子がダンの奇行に著しく混乱しながらも捲くし立てる。当然だ。フェイにもダンの行動の意図がわからない。


「けっ! テメエらと違って俺は自分で自分のケツを拭くくらいの覚悟は出来てんだよ。お家に帰ってパパやママにでも告げ口しろや」


 何時の間にかぽっちゃり気味の少年――エゴンがダンの後ろに立っていた。


「ダン。手ぇ貸すぞ。少々俺もイラついてる」


 エゴンが右腕をグルグル回す。

ダン達が1組の男子達に掴みかかろうとしたときマルツ教官が角刈り貴族の少年の前に立ちはだかる。


「いけないなぁ。彼は冒険者機構中央局の幹部の一人アッカー子爵の御子息。つまり、俺達冒険者全員のボスの御令息だ。今なら子供のした事。地べたに額を付けて坊ちゃんに謝るだけで許してやるぞ」


 周囲の教官達も薄ら寒い笑みを浮かべマルツとパット達に視線を向けている。ライセンスを持つ冒険者と学生ではLV、戦闘技術ともに本来差があり過ぎる。教官の職責から言えば止めるべきだ。しかし、ニヤつくだけで止めようともしない。今も体育館の外では命を賭けて戦っている多くの人達がいる。彼らには羞恥心というものがないのだろうか。


「丁度いい。テメエにもムカついてたところだ。しこたまぶん殴ってやる。エゴン! 

 フォーメーションDだ」


「了解!」


 位置的にダンがマルツの正面、エゴンがダンから見て左側で油断なく構えマルツを睥睨する。マルツは子供と侮っているのか構えすら取らない。

フェイは覚醒を果たしたことで感覚が通常人の数十倍まで上がっている。だから、自分や今まで戦って来た相手との比較ならば他者の強さを把握できる。

マルツはLV3の【ボクサー兎】より少し強いくらい。ダン、エゴンが【ボクサー兎】よりも少し弱いくらい。

鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』の鍛練をする前ならLVが高いマルツの圧勝と答えていたかもしれない。しかし、実際の闘いはLV5以上の開きでなければさほどの意味はない。

特に戦闘を舐めている愚か者は1~2LVの差など簡単にひっくり返され敗北する。


「ねぇ、ねぇ、ねぇぇフェイ。どっちが勝つか賭けようよ?」


 お祭り好きのベラがフェイに抱き付きながら提案をして来る。目を輝かしている様子からも完璧に状況を楽しんでいる。


「何を……賭けるの?」


「もち、次のドロップアイテムの所有権!」


ベラは『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』の授業が再開されないとは夢にも思っていないようだ。この楽観主義はネガティブになりやすいフェイには羨ましい。


「俺も乗ったぁ!」


 ダン達の行為で多少気が晴れたのかそれとも単なる気分転換かバリーも提案に乗って来た。


「僕も乗ります。ドロップアイテムは兎が強いほど強力になっていくようですし、いつまでもジャンケンは納得いきません。今の内はっきりさせておいた方いいでしょう」


 コーマックも眼鏡をクイッと上げる。いつもの5班Bチームのノリが戻って来た。


「私……ダン君達」


「私もぉ!」


「僕もです」


「……あのなぁ~。それじゃあ賭けになんねぇよ……。まあ、しゃあねぇかぁ……彼奴じゃあなぁ……」


 全員頷く。なぜあの程度の力でここまで過信できるのかフェイには理解できない。


「では、何分でダン達のチームが勝つかに賭けるのはどうです?」


「おっ、それいいねぇ。じゃあ、俺2分」


「私、3分」


「私……5分」


「僕は4分です」


 フェイ達の会話を近くで聞いていた高等部の学生達が奇異な視線をフェイ達に向けて来る。学生が教官に勝つなど通常ありえない。それは少し前までのフェイ達の固定概念。だがそんなものフェイ達はとっくの昔に溝に捨ててしまった。


最初に動いたのはダン達だ。地面を這うように疾駆するダン。

自らに刃向う弱い子兎を迎撃せんと右ストレートをダンの眉間を目掛けて繰り出すマルツ。

いくら筋力が上だといえそんな大振りが当たるのは喧嘩だけだ。案の定マルツの右拳はダンの眉間に衝突する寸前で止まる。射程ギリギリでダンが急停止したのだ。

この時点で勝負は決していた。

右ストレートを振り切り無防備になったマルツの右脇腹に急速接近したエゴンの右拳が突き刺さる。

痛がる間も与えずダンが足を払い、背中から地面にマルツを叩き付ける。

受け身も取れずに床に背中を衝突させたマルツの鳩尾にエゴンは高く挙げた右脚を混信の力で振り下ろす。


「ぐふッ!」


 苦しがる暇すら与えられず悶絶するマルツ。

狐につままれたような顔でぽかんと眺める学生と冒険者達。中等部の生徒が冒険者に勝った。自分の中の常識が音を立てて壊れ一時的に脳がフリーズでもしているのだろう。そんな中、空気を読む気がないベラの声が静寂した体育館に響き渡る。


「50秒か。マジで微妙ぉ~。自分であれだけDランクの冒険者って自慢しちゃったら3分は持つでしょ。普通。1分も持たないとは流石に予想つかなかったわ。これ誰の勝ちになるの?」


「俺の2分が一番近い。俺だろ?」


「い~え、1分も差があるんです。これはドロー」


「手前ら……」


 ダンがフェイ達に心底呆れたような視線を向けてくる。ベラ達の人を食ったような態度にやっと周囲が状況を認識し始める。


「き、貴様等ぁぁ!」


冒険者達が凄まじい怒りを眉の辺りに這わせながら鞘から刀身を抜き、剣先をダンとフェイ達に向ける。バリーから笑みが消え、ベラが目をスーと細める。コーマックがそんなバリーとベラの姿を見て肩を竦める。


「剣を先に向けたのは教官達ですし、多少暴れても先生方に叱られはしないとは思います。ですがちゃんと手加減はしてくださいね。やりすぎて『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』先生やハミルトン先生に愛想つかされるのだけは御免ですよ」


「「お前が言うな!!」」


コーマックの忠告にバリーとベラが即座に突っ込みを入れる。フェイも同感だ。実習中、実験と称して【召喚兎】など召喚したコーマックだけには言われたくない。

「ど、ど、ど、どこまで我等を虚仮にすれば――!!」


 冒険者の一人が激昂し原因を作ったダンに近づき脳天から垂直に剣を振り下ろす。

しかし、背後からその剣を持つ右手首をがっしり掴まれる。


「は~い、そこまで! 冒険者ヒヨッコ諸君。お痛がすぎるんじゃないかしら?」


「は、離せぇ! いたぁたたたた!」


 手首を掴む青い軍服に身を包んだ赤髪の軍人。名前はディアナ・イーストン少佐だったと思う。ダンとエゴンはディアナ少佐に敬礼をするが、その顔は緊張で強張り蒼ざめている。


「ヒヨッコ共ぉ。ダン達は中央軍の将来の幹部候補だ。そのダン達を貴様らは殺そうとした。これは中央軍に対する宣戦布告だ。ただで済むと思うなよ!」


蒼ざめてわなわなと震えつつも必死で取り繕う教官。


「そ、それは誤解です。あまりに礼儀がなっていないので少し教育をしようと思った次第で」


「ほう。貴様等は剣を脳天にぶつけて教育するのか? なら貴様等ヒヨッコにも私が教育してやろう。別に構わんよなぁ? ん~?」


「ひぃぃぃぃぃ~~!!」


 冗談だと思いたいが、その暗く張り付いた笑みを見る限り本気にしか見えない。


「ディアナ少佐、一体、何の騒ぎですかな?」


 スキンヘッドの太った中年男性が人混みをかき分け輪の中心へ入って来た。わざとらしい。ドーンとの騒ぎから冒険者機構の幹部達は遠巻きにずっと見ていた。


「……これは、これは、ダッド・ブル伯爵。少し見ない間に益々肥え太りましたな。さぞかし私利私欲を嗜まれたと見える」


 ダッドが頬をヒクヒクさせる。


「お、御戯れを! それで中央軍が本陣に何の御用で?」


「ある方々から伝言を言付かったのですよ」


 眉を寄せるダッド。本来伝言など電話で済む。態々少佐自ら危険を冒してまで本陣まで伝えに来る意味などないはずだ。誰にも聞かせられない事か少佐が直接伝える事に意義がある事のいずれかだ。


「奥の部屋でお聞かせ願いましょうか?」


「いや、ここで構いません。確かにダッド殿ら冒険者機構ラシスト支部の幹部の方々への伝言もありますが、それは他者に聞かれても問題ないのです。と言うより皆の前で伝えろとの仰せです」


「何方からの御伝言ですかな?」


「アイザック・ヴァルトエック大元帥閣下とランディ・キーブル侯爵閣下からです。

ダッド殿達の事を大層お褒め為されていましたよ」


ディアナはダッドに近づくとニコニコと微笑のこびりついた顔でその背中をポンポン叩く。ダッドの顔から緊張が消える。


「おお、アイザック閣下も我等の正当性を御認めになられた。

皆殺しのガルトレイドの呪われた子供など由緒正しきヴァルトエック家にもこの王立中等騎士学校にも相応しくない。

ランディ・キーブル侯爵閣下の御息女がお亡くなりになられた事には大変御悔み申し上げますが、今回の事件で幸にも件の疫病神も死亡しました。

つきましては冒険者機構も二度とこのような事件が起きぬようあの呪いの子の入学を許可したジェラルド校長の更迭を実現し、新体制により平民階級の入学の制限と貴族中心の特化クラスの設置を強く学校に要求していく所存です」


 興奮気味に一気に早口で捲くし立てるダッド。学生達から現に魔物に襲われている状況で不謹慎だろという非難めいた声が至る所で上がる。

 ディアナの笑顔が悪鬼のようにゆがむ。背筋に冷たいものが走る。


「では伝えます。お二人とも概ね同じような内容です」


 ディアナは肺に空気を入れて行きピタリと止める。

次の瞬間、世界が終るかと錯覚する程の大音量が体育館中に鳴り響く。


『冒険者機構!! 貴様等、よくも儂の大切な孫の命を狙ってくれたなぁぁ!! あまつさえ、その名誉さえも辱めるとはその度胸だけは褒めてやる!! この件に関わったものはこのアイザックの生涯の敵! 決して許さぬ! 決して逃がさぬ! 努々楽に死ねると思わんことだっ!!』


「……とまぁ、こんな感じの事を仰っておられました」


 暫らくの静寂の後、ポツリ、ポツリと話し合う声が聞こえて来る。


「お~い、レン・ヴァルトエックって冒険者機構に殺されたって事かぁ?」


「ま、まさかぁ~、天下の冒険者機構よ。アイザック様もお孫さんの事で正常な判断ができないだけなんじゃないの?」


「だったらなぜランディ侯爵閣下まで冒険者機構にキレるのさ? 違和感ありまくりだよ」


「その通りだ。少なくとも被害者の遺族は冒険者機構を疑っておられる。御二人も証拠でもなければ御怒りにはなるまいよ」


「つまり、どういうこと?」


「つまり……」


 好奇心、疑念、憤怒、憎悪様々な感情を含んだ視線を浴びせられダッド達は狼狽える。


「な、何の証拠があってそんな根も葉もない出鱈目を! いくら少佐といえど――」


 ディアナは大きなため息を吐く。


「アイザック大元帥閣下とランディ侯爵閣下の御伝言だと最初にお伝えしたはずです。お二人が訪れればあなた方を誅殺しそうなので中央軍本部から私が伝言役を命じられたにすぎません。貴方に後ろめたい事がないなら誤解もいずれ解けるでしょう」


「ディアナお姉さまぁぁ!!」


 ディアナの大声で起きたキャロルが勢いよくそのふくよかな胸に飛び込み泣き出し始めた。


「キャロ、よく頑張ったわね。もう少しでこの騒ぎも終わるわ。だから安心して」


「でも! でも、レンが! レンが!」


 レンの名を何度も、何度も呼びながらディアナの胸で泣くキャロル殿下。ディアナはその姿に暫らく呆気にとられていたが、小さな溜息を吐きつつキャロル殿下の頭を優しく撫で始めた。  

キャロル殿下がレンの名を呼ぶ度に胸がきゅっと締め付けられるような気分となる。恋愛経験など皆無なフェイでもキャロル殿下がレンに特別な感情を抱いているのは理解できる。それが恋まで到達しているかは不明だが少なくともただの友達に向けるものではない。


「ね、ねえバリー? レンと殿下ってまさか……まさかね。あははは……」


「そ、そうだぜ。流石になぁ。ははは……」


 バリーとベラが乾いた笑い声を上げる。

視線を移動していくと学生達はレンとキャロル殿下の関係について目下議論中だった。

男子達は例外なく嫉妬心を温泉のごとく噴出させ、この手の恋バナが大の好物である女性達は女子脳をフル稼働させ、様々なシチュエーションを構築している。

 学生達も今が桃色話をするような状況ではない事は重々承知しているらしく徐々に事件の話に戻っていく。


「ところでさ、レン・ヴァルトエックについての噂ってどこまでホントなのよ?」


「さあ。でも少なくとも殿下の件は法螺なんだな。悔しいが、憎たらしいが、マジで殺したいが殿下が負の感情を持っているとは僕にはどうしても思えないんだな」


「同感。それによ、何か少しおかしくね? なぜあの禿げ支部長、レン・ヴァルトエック達が死んだって断定してんだ? 女神様の罰当たったなら、カリーナさんは普通生きてんじゃね」


「……だよな。俺もずっとそこが引っかかってた」


「ということは……」


「そういうことだよなぁ……」


再び、そして先ほどとは比較にならない程の強い感情を含んだ視線がダッド達に集まる。


「よ……くも、カリーナちゃんを!! 殺してやる!! 絶対に殺してやる!!」


 2組の女生徒が目尻に涙を溜めながら剣でダッドに斬りかかろうとし同じ2組の男子に羽交い絞めにされる。少女はダッド達に憎しみのたっぷり含んだ視線を向け呪詛を紡ぐ。


「貴様ぁ私は冒険者機構ラシスト支部の支部長だぞ! 退学だ! 

いやこの騒乱が収まり次第貴様など死刑にしてやる! 貴様等も何だその目は? 儂ではない! レン・ヴァルトエックが全ての元凶なのだ!」


 ラシスト支部の幹部達は薄汚れた言葉を叫び続けるダッドを引きずって会議室の中へ入って行く。ディアナがその姿をみて口角を三日月状に吊り上げる。悪巧みの匂いがプンプンする。

ディアナはキャロルを許嫁であるフレイザーに任せると、フェイ達を人気のない体育館裏まで連れて行きバリーに手紙を差し出す。


「さて。私はハミルトンからこの手紙を預かってる。この手紙に書かれている内容はアイザック大元帥閣下の了承がある。つまり、ジェラルド校長でもその決定には異を唱えることはできない。後は君達次第」


 バリーが代表として封を切り、中身を確認する。フェイ達は手紙を覗き込む。


《ハロハロ~。元気かなぁ。ハミルトン先生だよ~。

この騒動は時機に『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』先生が参戦することで終息する。そこで先生から伝言があるんだ。要約するとね、次のような事。

『外にウジャウジャ修業の素材がいる。これを利用しない手はない。外にいる敵を倒して次のステージへ進め。

指導役については、ピョン子さんは現在他のミッションで動けない。そこで、ピョン子さんの直属の配下の一人を指導兼護衛として付ける。彼はピョン子さん以上の回復能力を持つ。強さもそれなりだ。それなりと言っても、外にいる魔物ごときなら数秒で瞬殺できる程の強さはあるから心配しないでもらいたい。

彼には一振りのナイフを渡している。これは【絶刀】といい、一度だけ全てを切り裂くナイフだ。一度使うと数分間ただの果物ナイフに戻るから使うタイミングだけは誤まらない様に。

魔物は弱点がある。魔物の弱点を指導役兎には教えている。まずは自分で見つけること。2体倒しても見つけられなければ兎に聞け。このナイフで弱点を切れば理論上どんな魔物も倒せる。それを今回実感してもらいたい。

 それでは具体的な指示だが今回の魔物には3種類いる。

1種類目は雑魚魔物。当面はこれでLVを上げるように。

2種類目は魔物の中ボスクラスの魔物。これは次のステージに行くために倒すべき魔物であり、LV20になってから挑むように。と言っても兎達に適当に遊んでもらってるからあと数時間は出てこないだろう。

3種類目が今回のラスボスクラスの魔物。これをチームの総力で倒す事が今回の鍛練のクリア条件だ。

 君達にはライバルも用意した。時間をかけ過ぎればライバルたちが先にラスボスを倒す事になるだろう。そうなれば今回鍛練の目的である最終ステージには至れない。

聡明な君達なら承知済みだと思うがあえて言おう。焦ってはならない。慎重にかつ速やかに目的を達成せよ。

 勿論今回の鍛練も自由参加だ。拒否してもらっても構わない。

では諸君の健闘を祈る』

 例のごとくとんでもない内容だよな。君達、どうせやるだろ? 俺も君達のライバルの所で鍛錬に参加するつもり。数時間後にまた会おう! 

 ではでは、『Maybe next time!』》


「「「「…………」」」」


 手紙を読み終え、皆何とも言えない複雑な表情をしていた。フェイも同じだ。今まであれ程あった緊迫感や危機感と言ったものは綺麗サッパリ消失していた。まるで戦場が一気にアトラクション施設に変わった。そんな奇妙な感覚だ。


「なんかさ。先生達が出て来ると途端に緩くなるよねぇ。全て冗談みたいだよ。この数十分間一人も負傷者が搬送されてこないのもきっと先生達が原因だろうし」


ベラの言葉に全員が無言の同意をする。キャロル殿下が疲労で仮眠をとってからというもの一度も負傷者が体育館に運び込まれていない。ピョン子が回復専門の兎を召喚したのだろう。


「予想通り覚醒後にも先があったようですね。この文面だと先生方は僕らにあと2回試練を乗り越えさえるつもりというわけですか」


 覚醒後の先の存在はレンの異常な強さを目の辺りにして予想はしていた。


「だな。そして、ライバルの存在。ライバルに先を越されれば一段階目しか登れない。それだけは御免だな」


「……うん。ライバル……誰……かな?」


「僕らと同じ中等部3年でしょうね。まあ、大方の予想はつきますが」


「確かにねぇ。この体育館にいない子達なんて1チームしか考えられないしぃ」


「ライバルの彼奴がいるなら、尚更負けられねぇよな。一丁気合い入れて行きますか!」


 フェイ達全員が顔を見合わせ頷いていると、ディアナが力なく微笑んで来た。


「ハミルトンのお馬鹿がその手紙をアイザック大元帥閣下とランディ侯爵閣下に見せたら、大爆笑なされてね。お二人とも完璧にノリノリ。しかもアイザック大元帥閣下がオリヴァー陛下まで巻き込んだから益々手が付けられなくなって、今では中央軍本部は今回の事件を演習の一環として見ている……」


「え、演習の一環ですか……。まあ、確かにピョン子さんの配下の方が数名その気になればこの戦闘自体数分で終わらすことができそうですけど……」


 そうなのよと深い溜息を吐くディアナ少佐。


「それでね、この戦いで重症を負わないと知れば演習の効果が半減するでしょ? だから兎の精霊達に頼んで兵士達に気付かれない様にダメージを減らしたり、回復したりしてもらっているの。だから、この事は内密でお願い」


「了解しました。決して他言いたしません」


「ありがとう。でも急いだ方がいいわよ。騎士、兵士達、冒険者の中でこの演習の趣旨と覚醒のポイントに気付き始めた者の数人は覚醒を果たしているわ。そのうち魔物の取り合いでも始まるかもしれないわね。覚醒は十年に一人と言われているし、無理もないことではあるんだけど……」


 全員から深い溜息が漏れる。本来この戦闘は数百、数千規模の死者がでる歴史的な戦いになるはずだった。それが『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』とハミルトンが介入した途端、あら不思議。ただの演習に早変わり。しまいには兵士や騎士、冒険者の魔物の取り合いが始まりかねないという。もう無茶苦茶だ。


「じゃあ、私も早く戦闘に復帰したいしここで失礼するわ。皆も頑張ってね」


ディアナは戦闘が行われている校庭に姿を消す。代わりに一体の頭からウサ耳を生やした男性が出現する。

男性は戦場には似つかわしくない仕立てのよい黒色のスーツに白色の手袋を着用し、右手にはステッキを持つ。この兎精霊の主要な特徴は髪を大きく膨らませ丸い形にした独特の髪型と黒いサングラス、クチャクチャと噛むガムの存在。


「ヘイ、ボ~イ達、レッスンの時間でぇ~~~ス。ミーの名前は『あふろきょかっきょくきょっときょくとっきょく』と申しマ~ス。『please remember me』」


「あ、あふろきょか……」


 さっそくバリーが舌を噛んだようだ。こんな発音するのに一苦労な名前誰が付けたのだろう。 ピョン子のあの姿といい、この兎の精霊達は全て狙ってやっているのではなかろうか。

 その後、数十回の試みでやっと正確に発音する事に成功する。やっと話が先にすすむ。


「ボ~イ達の役割をアタッカー役、ディフェンス役、フルバック役にわけマ~ス。この役割は1体の魔物ごとにシフトしマ~ス。アタッカー役がこの【絶刀】を装備し止めを刺すわけデ~ス。

ミーは鞭より飴で生徒達の能力を伸ばすタイプの教官デ~ス。したがってぇ~、魔物1種類の弱点を見つけるにつき1点、合計50点を獲得したら皆にプレゼントを差し上げマ~ス。このプレゼントは今のボーイたちが喉から手が出る程のプレゼントデ~ス」


皆の顔色が変わった。当然だ。今フェイ達が持つ武具や道具は魔物の兎からのドロップアイテム。その能力の凄まじさは所持して身をもって実感した。

しかし、『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』やピョン子にとっては所詮雑魚魔物が落とす価値のないドロップアイテムに過ぎない。それに対し今回は兎の精霊直々にプレゼントを与えるというのだ。期待せずにはいられない。

話し合い、まずはベラがアタッカー役、ディフェンス役がバリー、フルバック役がフェイとコーマックといういつものパターンになった。


「それでは始めマ~ス。レッスン~ワン『デミリッチを倒せ!』、『let's give it a try』」

こうしてフェイ達の迷宮実習最後の鍛練は開始される。





 お読みいただきありがとうございます。遂に魔王軍との戦争が始まりました。結果は無茶苦茶ですが。ご期待いただければ幸です。

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