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第18話 考察と報告 ハミルトン

◇◇◇◇


 迷宮実習20日目午後16時半 キーブル家

 ハミルトン・ランバートはピョン子と共にカリーナ・キーブルの生存と無事を知らせるためにキーブル家を訪れていた。

事は今から1時間程前に遡る。

 

 バリー達に危険な修業をさせたことでハミルトンは冒険者機構から2週間のライセンス停止処分を受けて自室で不貞寝中だった。不貞寝の原因はライセンス停止処分をくらったことでは断じてない。この手の処分でへこむのは将来冒険者機構の幹部を目指す変人だけだ。ハミルトンも関心はこれっぽっちもなく本来なら数日バカンスを満喫しようと考えていたことだろう。

 そして、子供達に危険極まりない修業をしたことを反省することなどあり得ない。あの修行は肉体だけでなく精神までも短期間で鍛え上げるいわば超一流冒険者造成法。あれ程素晴らしい鍛練は他にはない。一流の冒険者なら金をいくら積んでも受けたいと願う事だろう。事実バリー達はたった6日であり得ない成長をみせた。

 ハミルトンが悔やむのはただ一つ。ハミルトンの軽率な行動故にレンにペナルティを与えてしまったことだ。気が動転していたとは言え過保護なディアナに話したのはまずかった。加えて、学校側がレンに対し嘗てないほどの厳しい処分をするとは思っていなかった事も不覚だった。特に子供好きなジェラルド校長だけは最後までレンを庇うと高を括っていたのだ。とは言え、これは少し想像を働かせれば到達できる解だった。あの校長はアイザック・ヴァルトエックにだけには逆らえない。アイザックが幼少期からレンを軍に引き込もうと画策していることは先輩であるルーカスから聞いていた。その当時は才能の欠片もない少年に執着するアイザックに首を傾げたものだが、今ならアイザックの気持ちが嫌と言うほどわかる。アイザックは自他共に認めるロイスター王国最強。下手をすれば人間という種族では最強かもしれない。その強いアイザックだからこそレンの異常性にとっくの昔に気付いていたのだろう。レンが闘い以外の道に進めるとはハミルトンにはどうしても思えない。評価が零になり冒険者になれなければレンは本人の意思に関わらず軍に入隊することになるだろう。アイザックもこれを狙い校長に圧力をかけているはずだ。

 兎も角、推薦が絶望的となった以上レンは冒険者育成学校の学費を捻出しなければならない。学費くらいハミルトンなら簡単に出してやれるがそれをするとルーカス、アイザックから本格的に睨まれる。アザックに喧嘩を売るなぞ自殺行為に等しい。この方法は取れない。

 残された唯一ともいえる方法はヴァルトエック家の了解を得ることだ。これは事実上不可能だ。つまりレンは冒険者になれないということ。レンが冒険者のライセンスを獲得したら同じパーティーに引き込もうと考えていたハミルトンにとってこの事実は地の底にもぐったような陰湿な思いを起させた。

 何度目かになる寝返りを打つと部屋の隅に巨躯の髭面オカマ兎精霊――ピョン子が佇んでいた。突然のオカマ兎の出現に喉まででかかった悲鳴を必死で飲み込み、飛び起きて挨拶をする。

 


 ピョン子から事情を聴くが正直頭を抱えて蹲りたくなった。この手の陰謀に耐性のあるハミルトンでもこうなのだ。耐性のないレンは冒険者という職業に心底愛想が尽きていることだろう。所謂トドメというやつだ。

 今冒険者機構は揺れている。革新派と保守派、折衷派が争っているのだ。

 革新派はハミルトンの師でもあるプルート達の派閥。冒険者は身分、財産、コネ等を完全排除した実力主義であるべきと唱えている派閥だ。

 具体的な主張は2つ。

 まずは冒険者育成学校の改革。

 推薦枠を撤廃し一般入試枠一本に絞る。代わりに学費の免除と奨学金は一般入試の成績上位者にのみ与える。さらに入学後に推薦枠で合格した学生達が入る特化クラスを排除する。この特化クラスは学費の免除、学生寮の入寮及び生活費の全額援助に始まり、レベルの高い講師陣による英才教育、冒険者ライセンス認定試験の一部免除まで認められている。さらに冒険者の命のランクアップ試験すらこの特化クラスが優遇される傾向がある。

 最近無能な高ランクの冒険者が多数出現している事もあり、各支部だけではなく冒険者中央局にもこのプルートの冒険者育成学校の改革を支持する者は多い。

だがプルートの改革の骨子は冒険者機構の組織改革にこそある。

 即ち9年前のギルド時代の復活である。9年前までは冒険者機構に今ほどの力はなかった。なぜなら各冒険者は冒険者の相互扶助のための組織であるギルドに所属し、冒険者機構はその各ギルドを統括するにすぎなかったから。

 さらに世界には最強を誇る4大ギルドがあり、その勢力があまりにも強大無比で冒険者機構はただのお飾りに過ぎなかった。

 9年前、この4大ギルドが世界から姿を消すという摩訶不思議な現象が起き、その隙に乗じて冒険者機構が各ギルド強制解散の決議をし、全権を掌握したのだ。

 ギルド時代は実力主義の時代。冒険者ライセンス認定試験は冒険者機構の管轄であり比較的取得しやすかったがランクアップの試験は4大ギルドが統括していた。ギルド時代なら覚醒すらしていなかったハミルトンなどよくてDランク程度だっただろう。

 このギルドの撤廃には今まで日陰者だった超低ランクの冒険者達が大層喜んだ。彼らはその政治力で冒険者機構の中枢へと上り詰め、ランクアップ試験を次第に形骸化していく。今や冒険者のランクは冒険者育成学校の特化クラス出身者なら最低でもBランクにはなれる。

 実力主義のプルートからすればギルド時代への回帰は当然の帰結なわけだ。

 折衷派は前者のプルートの主張する冒険者育成学校の改革のみで十分に目的は達成できると主張する。ギルドが再び出現すれば冒険者機構の存在意義自体がなくなるし、第一、4大ギルドがない今、無資格者で構成される闇ギルド等の温床になる危険性があり、この主張にも根拠はある。

 保守派はロイスター王国ラシスト支部等のごく少数派からなり、プルートの両改革案に真っ向から反対する。この見解に支持者が少ないのはその極端な思想故だ。保守派は冒険者として最も重要なのは世の中の規範たる身分、地位であると主張する。

 身分、地位の低いものは正義を知らず礼儀作法もなっていない。そして能力が高すぎるものも和を重んじず、礼儀もなっていない。彼らは誇り高き冒険者としては相応しくないと主張する。殆どやっかみと難癖に過ぎないが彼らはこれを妄信している。

 今回の事件は保守派の筆頭冒険者機構ラシスト支部長ダッドが関与しているのは確定だ。

動機として考えられるのは将来革新派で活躍しそうな子供達の一斉排除だろう。

 カリーナの父――プルート、デリアとドロシーの父――シーザー、ミャリーの母――『紅姫』ラナ・アイファンズは全員、SSSクラスの冒険者であり革新派の筆頭。近い将来彼女達も革新派の一翼を担う事になるだろうことは想像するに容易い。

 特に彼女達の容姿はずば抜けている。彼らを猛進するものが多々出ることは間違いあるまい。

 だがこれのみでは動機としては若干弱い気がする。

 他に考えられる動機は今回の事件を理由にロイスター王国騎士校校長ジェラルドを更迭するくらいか。ジュラルドになってから迷宮実習の評価の仕方が客観的になり平民の多くからも冒険者育成学校の推薦試験受験資格獲得者が出ている。保守派にとって平民を貴族と同列に扱うジュラルドは目の上のたん瘤だろうし、この線も濃厚だと思われる。

 Bクラス以上の冒険者の仲間が不自然に変更になっているのはハミルトンも耳にしていた。今年は3年に1度の世界学生武道大会の開催年だ。だからダッドの見栄だとばかり思っていた。

 しかし実際は違ったわけだ。迷宮実習当初は冒険者機構中央局から派遣された革新派である高ランクの冒険者で占められていた。こんな中で保守派の教官が受け持った班で事故が起きれば疑わしい事この上ない。保守派だらけにしてこの疑いの目を逸らしたかったと予想される。

次が学校側の事情だ。

 レンは教頭、アラベラの中に保守派の先兵がいると考えているようだった。

アラベラは昔一緒にチームを組んでいた事もあり、ハミルトンも彼女の人となりをよく知っている。彼女はその態度に反し大の子供好きだ。まず今回の事件には関わっていまい。まったく信用してもらえないアラベラには御愁傷様だが、日頃の行いという奴だ。

消去法的に教頭しか残っていない。決めつけるのは危険だが、教頭はダッドと親交があるとのゴシップ好きの冒険者仲間話しているのを聞いた事がある。ほぼ間違いはあるまい。

 レンが狙われたのは本件事件のスケープゴートにするためだろう。レンは皆殺しのガルトレイドの生き残りで一部の大人達から酷く毛嫌いされている。だから単純に罪をかぶせやすいと考えたのだろうが、愚かすぎる。

仮にハミルトンが実行犯ならレンだけは外す。あの映像を見てそれがわからないのはただの阿呆だ。そんな奴らにハミルトンの将来設計が潰されたと思うと猛烈に腹が立ってくる。

 だからルーカスだけでなく、アイザックにも教える事にする。普通ならこんな手榴弾をもって地雷が設置されている戦場を走り回るような真似はしないが、今は高位の精霊がいる。死にはしない……と信じたい。



 中央軍本部にまで行きルーカスに事のあらましを説明する。

もっとこう悪鬼のような形相でもするかと思っていたが意外にルーカスは冷静だった。いつもの微笑を絶やさない。

 しかし固く握った両拳がスチール製の机にめり込んでいるのを見て自然に頬が引き攣る。笑みを浮かべブツブツと呪詛を吐き出すルーカスに挨拶をして逃げ出すように中央軍本部を後にする。



 アイザックのレンの溺愛ぶりはルーカス以上と聞く。ルーカスの反応で正直猛烈に嫌な予感しかしないがもうヤケなのである。

 捨てられた子猫の様にビクビクしながら応接間に案内される。そこには2メルを遥かに超える筋肉の塊のような長い顎鬚を蓄えた白髪の御老人が座していた。有に70歳は超えているはずなのに全く衰えを感じさせない。ホントに同じ人間なのだろうか。巨人族とか人間の上位種である仙人とか言われた方がまだピンとくる。

 恐る恐る事情を端的に説明する。いつものように無表情だったが今はそれが無性に恐ろしい。

 最初の異変はハミルトン達の座るソファーの足元から聞こえる振動だった。当初地震かと思ったがそれがアイザックの足の音だと知ったとき頭を下げて全力で疾駆する。

 背後で魂を打ち砕かんばかりの咆哮と地響きがしていたが振り返らず命からがら逃げだした。



 こうして現在キーブル家の応接間で可愛いメイドさんにお茶を入れてもらっているところだ。

 キーブル家当主――ランディ・キーブルは小柄で優しそうな眼鏡をかけた白髪が混じりかかった金髪の御老人だ。ランディは理知的な性格で有名でありアイザックのような事にはなるまい。そう信じていた。

 しかしその期待はカリーナが殺されかけたと話したときに呆気なく裏切られる。

 空中に数十個にも及ぶ紅の球体が出現する。必死で腰に飛びつき消してもらう。アイザック、ジェラルド校長、ランディは全員覚醒者だ。しかもLVもおそらく後半台。覚醒したとはいえLVが一桁台のハミルトンなど無意識にランディが発動した魔法で簡単に爆死する。

 本当に勘弁願いたい。その後、冷静になったランディに何度も謝罪を受け説明を再開する。


「今後、引き続きご息女とそのお友達は冒険者機構の保守派に命を狙われる危険性があります。そこで賊を撃破する程の力を迷宮でつけてから地上へ戻るそうです」


 これがレンの計画だ。レンはまったく懲りてない。大方命に危険のない方法でも思いついたのだろう。今回は人命がかかっている。ルーカス達もレンを責めはすまい。


「カリーナ、デリア、ドロシーはまだまだ弱い。迷宮の下層で修業をするなど危険ではないのですか?」


「それはご心配には及びません。ピョン子さん。出てきていただけますか?」


 ピョン子がスーと姿を現し、胸に手を当てて頭を軽く下げる。


「~~っ!?」


 恐怖で顔を歪ませながらも勢いよく立ち上がりバックステップすると同時に何重もの風の壁を作るランディ。流石は王国でも最高の魔法使い。ピョン子を見て一歩も動けなかったハミルトンとは格が違う。


「これは驚かせてしまい申し訳ありませんピョン。私は兎の精霊――ピョン子。レン・ヴァルトエック様の忠実な下僕ですピョン。私と同等の存在がお嬢様方に付きっきりでお世話しておりますピョン。今頃安全かつ効率的に修業しておられるはずですピョン」


 ランディは警戒を解くとひどく神妙な顔つきで考えこんでしまった。

 その後ピョン子に近づくと胸に右手を当て恭しく礼をする。魔法使いにとって精霊はやはり特別な存在なのかもしれない。


「貴方と同等の存在があの子達をお守りしていただいているなら私も心配は致しません。ただその御加護に感謝するだけです」


 ハミルトンも席を立ち上がる。


「御理解頂けて有り難いです。すでにピョン子さんの指導により私の迷宮実習班の4名がLV1からたった5日間で覚醒を果たしました」


「5日間で……覚醒……?」


 ランディは少しの間、ワニのような大口を開け驚愕に目を見開いていたが、驚喜に近い表情を顔面に漲らす。気持ちはわかる。ハミルトンもこの偉業を認識したとき歓喜に打ち震えたものだ。

 だが、それはこの事実が信じられることを前提とする。現に師のプルートに電話で報告しても冗談にしか受け取られなかった。だから、こうもランディがすんなりハミルトンの言を信じるのには強烈な違和感がある。


「ランディ侯爵閣下はお疑いになられないのですね」


「私もそちらの御方の存在を目にしなければ到底信じはしなかったでしょう。ですがその超越的な存在を一度目にすれば我等矮小な者達はただ信じるしかないのです」


 これは魔道を専門に研究していないハミルトンには理解できない感覚だ。

 ハミルトンが今後の打ち合わせをしようと口を開くが、バタバタと廊下のほうから慌ただしい音が聞こえて来る。扉が勢いよく開き執事が真っ青な顔で部屋内に飛び込んで来た。


「どうしました?」


 ランディは叱りもせずただその理由を尋ねる。この従者が本来客の前で無礼を働く人物ではないと信頼しているが故だろう。


「旦那様! テ、テレビを付けてください!」

 ランディはテレビのスイッチを入れる。そこには巨人、アンデッド、蛇系魔物の大軍が写し出されていた。



 お読みいただきありがとうございます。

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