第16話 陰謀と憤怒と殲滅計画
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迷宮実習20日目午後14時 迷宮103階層
やられた。完璧にしてやられた。マルツという男はレンの想像の遥か斜め上を行った。
マルツがレン達を殺そうとしているとまでは想像すらしていなかった。
確かに胡散臭い男ではあった。だが仮にもマルツは冒険者だ。本来弱者を救うべき立場にある者だ。その冒険者が、受験生が逆らえない状況を利用し卑劣な罠に嵌め殺すなどとは夢にも思わなかったのだ。だから命に対する危機意識が足りず、結果今の事態を招いた。さらにまさかあの黒箱が空間転位装置だとは思いもよらなかった。
空間転位装置。それは冒険者育成学校が管理している遺跡から出土した機械を改良した装置。2学年の頃、冒険者育成学校を見学した際に使わせてもらったから感覚的に覚えている。
本来、空間転位装置は始点と終点の2点を定めて用いる。その終点を定めずに機械を使用した結果がこれという訳だ。
現在レン、ミャー、カリーナ、デリア、ドロシーは壁の中にいる。
正確にいえばレンが壁の中に作った空間内にいる。
パットが黒箱を開けたときレンはすでにスイッチが入り周囲の体感時間は限界まで引き伸ばされていた。そのレンをして状況を認識したときにはパットの姿は漆黒の闇の中に消えていた。
漆黒の闇は光速でレン達に迫るが、近くにいたミャー、カリーナ、デリア、ドロシーを引き寄せ一か所に集める。
これは迫る転移の闇から4人を一度に抱えて離脱するのは事実上不可能であるし、一か所に集めることによりバラバラに転移するのをまず優先的に防ごうとしたためだ。仮にバラバラに転移などすればレンの近くに転移されなかった者は確実に死亡するのだから。
ほぼ最悪だったがいくつか幸運が重なる。
まずカリーナ達を庇う形でレンが黒箱の前に立っていた事によりカリーナ達を一か所に集める事が出来た。
次の幸運はカリーナ達を一か所に集めた結果、上手く機械が一集団での転移と認識し転移の場所が同じとなったことだ。
さらに幸運だったのは4人の中でより転移装置に近かったレンがほんの僅かにカリーナ達よりも早く転移されたことだ。
レンとカリーナ達の転移は一集団転移と転移装置が判断した以上、殆どタイムラグなど零に等しかった。
しかし、体感時間が限界まで引き伸ばされたレンにとってその生じた僅かな時間で石壁内に4人が存在できる空間を作るなど造作もないことだった。
レンは転移すると同時に壁に散弾銃のような拳の弾幕を張り瞬時に壁内の石を吹き飛ばし球状の空間を創り出す。
直後、カリーナ達がドサリッと石壁内の球状の空間の地面に尻餅をつき、ぶつけたお尻を摩りながらキョロキョロと当たりを見渡す。
「レ、レン。わたくし達は……? パットもいないようですし……」
「マルツに騙された。いや殺されかけたと言った方がいいかな。
パットが心配だ。話はパットを救出してからにしようよ」
アジの空間を使うしかあるまい。人には見せたくはなかったが今は緊急事態だ。カリーナ達を連れてはパットを捜索出来ない。レンはアジに貰ったペンダントの宝石部分を額に着ける。前方に黒い霧が出現する。躊躇いがちなカリーナとミャーの手を引いて部屋の中に案内する。
「え? こ……れ?」
風景がゴツゴツした石壁から一瞬で寮室へと変わり狐につままれたような顔でぽかんと眺めるカリーナ達。
「質問はパットを救出してから。
僕が戻るまでこの部屋で待ってて! ここを出なければ何してもいいから」
「ちょ、まっ――」
カリーナ達を無視して外に出る。
この石壁には見覚えがある。十中八九迷宮だ。さらに面倒な事になった。石壁内に転移されたらレンには見つけようもない。
確かに別れ際にアジに余分な万能薬をもらってはいる。しかしこの万能薬も魂が肉体に定着している間にしか効果がない。直ぐ探し出さなければパットは無事に生還できなくなる。それだけは絶対にごめんだ。
カリーナ達の手前冷静に振舞ってはいたがもう限界だった。爆発しそうな焦燥を押さえつけ、レンは《Aクラス精霊召喚》を3回連続で発動する。
石床に幾つもの魔法陣が生じ、それらが3種類の光を発生させつつ高速回転しながら上空に浮かびあがり3つの人型を形成していく。光が収まった後3柱の怪物精霊達がレンの前に片膝をつき跪いていた。
レンから見て一番左端の柱は毎度お馴染みの兎の精霊ピョン子さん。
左から二番目のだぶだぶの白いズボンに白いジャケットを羽織る金髪リーゼントの男性が光と聖を司る精霊――タツさん。このヘアースタイルと服装はロイスター王国で数十年前に不良の間で流行ったファッションである。
この精霊の性格は外見通り極めて粗悪にして狂暴であり、最初に召喚した際に召喚者のレンにまで喧嘩を売って来た。もっとも今のレンにとってAクラスの精霊など雑魚魔物と大差ない。手加減に手加減を重ねたレンのワンパンで悶絶しそれ以来絶対の忠誠を誓うようになってしまった。
左から三番目の紫色の髪の白衣を着た女性は刀剣を司る精霊――トリスメギストス。通常トリスさんだ。彼女は長い髪の一房を横っちょ結びにした髪型にお洒落な眼鏡が似合う美しい知的な女性の外観をしている。
しかしそれは外見だけ。中身は真正の変態さんである。口には出せない特殊な性癖を持っておられる。しかも狂科学者でもある。中二病と思わないでほしい。彼女はまさしく全てにおいて真正なのだ。
最初に召喚しレンを目にした際の彼女の第一声が解剖させてだ。無論断ったが未だに召喚する度に懇願される。
ちなみに、この《Aクラス精霊召喚》は幾度となく試したがこの3柱しか召喚されなかった。理由は不明だ。もしかしたら精霊界とやらにはAクラスがこの3柱しかいないのかもしれない。
いつもの口上を述べようとする3柱をレンは右手で制する。
「ごめん今は時間がないんだ。
この迷宮に肩幅の広い体格の良い黒髪の少年がいる。
転移装置の誤作動で壁に埋まっているかもしれない。
直ぐに探し出して回復して。回復が無理なら僕の所に連れて来て欲しい。魂さえ肉体に在れば死んでいても復活できるから諦めずに連れて来てね」
死んでいても復活できると聞き3柱は少しの間あんぐりと大きな口を開けていたが直ぐに恍惚の表情に変わる。
「「「イエス・ユア・マジェスティ!」」」
3柱はその言葉と共に姿を消す。
それからピョン子達を待つ数分間がレンにとって真の地獄のときだった。
過去の懐かしい記憶が再生されるのだ。これほどの悪夢は他にはない。
パットとレンは幼年部の3、4、5、6年とクラスが同じだった。しかも親が軍属でしかも親友同士であることもありほぼ毎日行動を共にしていた。
パットは昔から横暴で乱暴で我侭な奴だった。一緒にいて何度泣かされたかわからない。無茶な行為にも幾度となく付き合わされた。
だけど……だけど楽しかった。退屈だと感じたことなど一度もない。
レンは皆殺しのガルトレイドの唯一の生き残り。貴族からも平民からも疎まれる呪われた子。ルーカスの養子になってからパット達と会うまでレンは友達の一人も出来かった。
だからレンは嬉しかった。パット、ダン、エゴンに仲間に入れ貰って嬉しかったのだ。
家で本を読んでいたかった? そんなの嘘っぱちだ。誘ってもらって嬉しかったに決まっている。その日からレンの学校という灰色の日常に色が付くようになったのだから。
貴族の社交場なんて行きたくなかった? 一度も勇気がなくていけなかったのだ。無理にでも連れて行ってもらって内心お祭りの日の子供のように驚喜したのを覚えている。
確かに社交場ではレンを呪いの子だと罵る貴族の子息がいたが、パット達がレンの代わりに怒ってくれた。
魔物の巣窟の山は立入禁止区域に指定されている王都の南に位置する山だ。パット達からすればレンなど足手纏いでしかなかっただろう。だが、パットは仲間はずれにせずに一緒に連れて行ってくれた。そして最後まで弱いレンを守ってくれた。
隣の区の子達と喧嘩になったのなどそもそもレンのせいだ。レンを皆殺しのガルトレイドと罵った貴族達をダンが殴ったのが原因だ。確かに喧嘩はしたくなかったけど、ダンには感謝で胸がふさがれたようになったのは今でも鮮明に覚えている。
この幸せが崩れたのは王立中等騎士学校に入学して間もなく。パット達の態度が急変した。
レンが貴族のクラスである1~3組を選択しなかった事から前のように常に一緒にいる時間は減った。それにパット達の気まぐれはいつものことだからすぐに機嫌は直ると思っていた。
だがパット達の態度は次第に悪化し、遂にはレンを『最弱』と称し口汚く罵るようにまでなってしまった。
一年もそれが続くとレンもパット達との関係の修復は諦めるようになる。できる限り関わらないようにしてきた。
だけどレンは機械ではない。いくら忘れようと努力してもそう簡単にパット達との時間を忘れられるはずがない。この大切に思う気持ちを捨てられるはずがない。
パットを永遠に失う事を考えるだけで体中の血液が逆流するほどの恐怖がレンを襲う。
(お願いだよ。無事でいてよ。また僕を『最弱』と言ってくれていいからさ。嫌ってくれていいからさ。
だからまたひょっこり不機嫌な顔をみせてよ。今度は絶対ちゃんと話すから。
だから僕の前からいなくならないでよ!)
「御主人様、お連れしましたピョン」
お連れしたという言葉とは裏腹にピョン子が抱えているのはパットだった肉塊。
その事実を認識したとき、脳髄に真っ赤に熱した灼熱の棒を突き立てられたような感覚に襲われる。視界が真赤くに染まる。絶望に染まっていく。
「嫌だ……嫌だ! 嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁ~~~!!!」
魂をペンチで引きちぎられるような絶望の中、声が潰れんばかりに叫び、震える手で鞄から万能薬を取り出す。
ここまで肉体が損壊して、尚且つ死亡した場所から離れ、時間も10分程たっている。生き返るかどうかは半々という所だろう。
震える手で万能薬の瓶の栓を取り液体を肉塊に振りかける。
(頼むよ! 生き返って! 神様! 神様ぁぁぁ!)
肉片はまるでビデオの巻き戻しのように骨を、臓器を、筋肉を、脂肪を、皮膚を再生していく。1分もたたないうちにパットの身体を形成していく。
ここまでは当たり前。問題は魂が戻るかだ。
レンはパットを抱きしめ叫び続ける。もう顔は涙でグシャグシャだ。ただ必死でその名を叫ぶ。
数分後、パットの瞼がゆっくりと開く。眼球が動きレンの顔を捉える。
「また泣いてんのか? 泣き虫野郎……」
「ばっど~~。よがっだぁ~~。よがっだよお~~~」
レンの姿を見たパットは深い溜息を吐いてレンの頭に手を乗せてポンポンと叩くと再び気を失った。ピョン子に異空間のレンの部屋のベッドにパットを寝かせる様に命じる。
パットが無事とわかり、冷え切った心の奥にぽかっと火がともる。そして、その心の火は狂わしいほどの抑制できない憤怒に変わっていく。
マルツ達はよりにもよってレンにとって兄に等しい人に手をかけたのだ。彼らは決して超えてはいけない一線を踏み越えた。もう許すつもりは蚤の毛ほどない。レン流のやり方で地獄をみせてやる。
視線をタツとトリスに向けるとレンの呼び方をどうするかを真剣な顔で議論し合っていた。お気楽精霊達は一先ずは放っておこう。今は今後の方針について考えたい。
方針1は今すぐ地上に戻ること。
このアジに貰ったペンダントはアジ以外の全ての生物無生物を取り込むことができる。つまり異空間へカリーナ達は避難できるわけだ。あとはレンが地上へ戻り異空間からカリーナ達を出せばよい。この迷宮のマッピングは既に完了済み。おそらくレンの足なら数十分で地上までたどり着ける。
とは言え今何の対策も講じずに戻ってもマルツが捕縛されそこで話が終了する可能性が極めて高い。それどころか下手をすればマルツも証拠不十分でお咎めなしになる可能性さえある。
それでは意味がない。この件に関わった者は一人残らず犯した罪に相応しい報いを受けてもらわなければならないのだから。
それに仮にマルツだけ捕縛されて終われば事情を知るパット達は再び命を狙われる。レンはさておき今のパット達では狙われれば確実に死ぬ。
さらに黒幕は今レン達が死亡したと考え少なからず気を抜いているはずだ。そこに付け入るスキがある。この方針は取れない。
とすれば自動的に方針2しか取り得ない。
即ちピョン子さん達に地上で情報収取してもらい、黒幕の証拠を掴み、幾重もの罠を張り巡らす。その後地上に戻るという方針だ。
どの道証拠の収集と敵に罠を張り巡らすにはそれなりの時間がかかる。その間にパット達が暗殺者から自分の身を守れるように鍛える。これがベストだろう。
方針は決まった。次はピョン子さん達に出す指示の内容だ。この指示の内容を考えるにあたって事実の整理と考察をする事にする。
今回の後半迷宮実習について不可解な事は以下の事実だ。
第一は冒険者機構に所属する一流の冒険者の急な変更。
カリーナが言うには討伐戦参加義務が生じない限り変更はないはずだ。この討伐戦参加義務がテレビで報道されていない以上この変更は真っ当なものではない。
そして冒険者の教官の変更をするには学校長と冒険者機構ラシスト支部長の許可が必要。
今回冒険者機構が管理する空間転位装置が使われた事とDクラスの冒険者マルツが実行犯であることで冒険者機構ラシスト支部長が関与しているのはほぼ確定事項だ。
問題は学校側の方だ。
校長はレンの祖父――アイザック・ヴァルトエックの旧友。いや、舎弟のような人物だ。正面を切ってヴァルトエック家と事を構えようとするとは思えない。
それに校長は元軍人であり冒険者機構とは基本無関係であるし、協調を重んじる人物でもある。教師陣が決めた事に基本的に反対はしないだろう。校長の可能性は低い。
とすれば、校長に進言できるものは限られてくる。他の教師の意見を直接聞く立場にあった教頭と冒険者機構からの派遣教師であるアラベラだ。この2人のいずれかもしくは両方が黒幕と考えて一先ずは良いと思われる。
第二の不可解な点はレンの班構成。
貴族クラスの1~3組のみから5人も出ている。このような班構成など前代未聞のはずだ。
さらにキーブル家に仕えるデリア、ドロシーの双子が揃ってカリーナと一緒の班にいるのも偶然であるはずがない。そこに問題児のレンが入れられる。これほど不気味な班構成はあり得ない。
この班構成の理由はいくつか推測は立てられる。だが情報が少なすぎてミスリードする危険性がある。情報収集してから考察するのがベストだろう。
お気楽精霊達は少し前からピョン子も交えてレンの名前決定の勝負をしていた。
丁度それが一段落付き、トリスさんがガッツポーズを取りつつ顔一面に満悦らしい笑みが浮かべている。
ピョン子さんとタツさんが地面に膝を付き項垂れているところから察するにトリスさんの案が採用されたらしい。
「君達に頼み事があるだけどいい?」
「「「なんでしょう? 坊ちゃん!」」」
坊ちゃんか。トリスさんが考えたにしては普通で助かった。
3柱に今レンが置かれている現状を話すが、ここで若干想定外な事が起きる。
レンが命を狙われた事につき3柱が大激怒してしまったのだ。普段温和で冷静なピョン子さんまでも額にみみず腫れのような青筋を張らしている。
トラップではレンを殺せないのは彼らが一番理解しているはずだ。それに彼らとレンは主従の契約をしてはいるがあくまでレンのありに余った魔力の供給に対する対価としての義務的な忠誠に過ぎない。まさかここまで怒るとは思わなかった。
レンの身を案じてくれた彼らに感謝しつつも指示を出す。
まず安否の報告について。
ピョン子は一度視界に入れた場所ならば空間転移可能という反則的な能力を持つ。ピョン子にはこの能力を利用し地上へ飛び、ハミルトンに今回事件のあらましを伝え協力を仰ぐよう指示する。さらに父ルーカスとカリーナの祖父にもハミルトンを通して事件のあらましを報告するように命じる。
ルーカスに伝えればパットの父親と獣王国にいるミャーの家族に連絡が行くはずだ。デリアとドロシーはカリーナの家に住んでいるらしいのでカリーナの祖父に伝えればよい。
次はこの戦争を終結させるための情報収集と黒幕撲滅の仕込みをピョン子とトリスに行ってもらう。これはピョン子がメインでトリスが補助。
最後のカリーナ達の教育はトリスとタツにしてもらう。
トリスとタツが話し合った結果、カリーナ、デリア、ドロシーはトリスが、ミャーとパットはタツが修業をすることになった。
理由は簡単。光魔法に才能があるミャーは光魔法が得意なタツが教えるのがべストである。パットにおいてはタツがいたく気に入り是非教えたいと申し出て来たので許可したのだ。
カリーナ達3人はこの時点で消去法的にトリスが教える事に決定する。
トリスは顔一面に喜色を浮かべながら『坊ちゃんも改造がお好きなんでんなぁ』と不吉なことを口走った。ぞっとレンの背筋に冷たいものが走る。直ぐにレンに断りもなくカリーナ達を改造してはならないと幾度となく念を押す。とてもじゃないが彼女から目を離せない。
時間も限られている。早速行動開始だ。
ピョン子はレンに一礼すると以前のバリー達との修業場所の廃工場まで転移した。
その後、『鮮血の黒騎士』の衣装を着用したトリスとタツを連れて異空間に戻る。
レンが『鮮血の黒騎士』にならないのは、レンと『鮮血の黒騎士』が同一人物である事を悟らせないためだ。
異空間に戻るとパットも気が付きお茶を飲んでいた。まだフラフラしているが死亡したときの記憶が上手い具合に消失している。これで全員無事生還だ。
さっそくカリーナ達の説得を開始する。マルツがB班全員を殺そうとしたことを説明すると、全員の顔に激しい憤激の色が漲っている。
「レンの言いたい事もわかりますわ。ですがいつ私達のように命を狙われる生徒が出ないとも限りません。マルツのような外道は即刻捕縛するべきです」
「それは『鮮血の黒騎士』先生のお友達がマルツ達の監視をするので問題ないよ。
先ほども説明した通り、敵はこの騎士校の教員と冒険者機構。このまま何の対策もせずに帰れば生き証人のカリーナさん達は再び命を狙われる。
そして今のカリーナさん達では確実に死ぬ」
「そうかもしれませんが……」
カリーナは聡い。レンの提案が最良である事は頭でわかっているのだろう。
ただマルツは試験官の身でありながら平然と生徒を殺そうとするような者だ。それは猛獣が学校の施設内をうろついている事と大差ない。我が身可愛さに他生徒を危険に晒したままにすることに躊躇を覚えているのだ。
カリーナは恐ろしいほど頑固だ。こうなあったらレンでは説得は無理。困り果ててデリアに視線を向けると彼女は真剣な顔で大きく頷く。
「お嬢様。今回私はレン君達の案を支持します。
このまま私達が地上に戻り生存していることが明らかになればマルツは黒幕により口を封じられるでしょう。この度の計画を立案した者ならそれくらい計画に含まれているはずです。
そして私達まで口を封じられればこの事件は闇に葬られる。そして味を占めた黒幕たちは第二、第三の私達のような生徒を創り出す。他生徒のためにも私達は決して死ぬわけには行かないのです。
それに『鮮血の黒騎士』様のお力で地上と連絡が取れるのです。お館様にも私達の無事を知らせていただける。情報を集めてから動くのが最良です」
「……わかりました」
伊達に何年も付き合ってはない。デリアの『他の生徒のためにも』という言葉でカリーナは呆気なく折れた。
この場での唯一の反対者を説き伏せ、『鮮血の黒騎士』役のトリスが代表で修業計画を話し始める。
こうして迷宮後半試6班Bチームの鍛練が開始される。
お読みいただきありがとうございます。
次回からまさに怒涛の展開となります。退屈はしないと思われますのでご期待いただければ幸いです。




