第13話 実習試験(2)
この事件後、パットがBチームに移動する事の許可をマルツに求める。
これは2つの意味で驚いた。
一つ目は下手をすれば点数が零点になる危険性があるのにも関わらずパットが移動の許可を求めたことだ。
迷宮実習試験は基本、自由行動であり試験官は口を出さずただ評価をするだけ。
もっとも、さっきのように迷宮内で重大な問題が生じれば本来なら試験官は適時指示を出し、その指示に受験生は絶対に従わなければならない。
そして受験生に一定の自由が与えられる以上いかなる主張、意見も試験時間内は試験官にしてはならないというルールがある。要は《試験中試験官に絶対的に従え。その代わり、文句があるなら試験後に迷宮実習運営委委員に申し立てろ》と言う事だ。
パットの班の移動の許可はいかなる主張・意見をしてはならないという規則に反する。ルール上零点にされても文句は言えないのだ。
実習点が零点となる危険を冒してまでBチームに移ろうとする意図がレンには読めない。
パットの事は幼年学生時代から知っているが基本、口が悪く弱者の気持ちを理解できない奴だ。だが理由もなく弱い者虐めや女性に手を上げたりするような奴でもない。今回、女性のミャーに剣を向けた事でドーン達に愛想が尽きたのかもしれない。
だがそれだけなら迷宮実習試験などたかが数時間だ。実習中は我慢し後で運営側に文句を言えば済む。
2つ目の驚いた点は移動に反対すると思っていたマルツがいとも簡単に許可したことだ。
マルツからすれば自らが指定したチーム構成に難癖を付けられた等しい。マルツの性格からすれば烈火のごとく怒り狂うはずだからだ。
即ち考えられるのは、パットのドーン達への敵意を読み取ったから。
ドーン達はレン達を追い詰めるのに夢中で気付かなかったようだが、パットとカリーナはドーンがミャーに剣を向けて直ぐ剣の柄に手を伸ばし臨戦態勢をとっていた。当然に助けに入るのはレン達の方だろう。
今度はパットと揉めてドーンに怪我でもさせればマルツの立場は最悪となる。Bチームに臭い物を押し込めてAチームの清浄化を図る。こんな所だろうか。
また不可解な事にこの事件後カリーナのレンへの態度が一変していた。レンに向けられていた刺す様な敵意と嫌悪感がなくなり、以前の社交的な熱血少女に戻っていた。
同時に、デリア、ドロシーも頻繁に話かけて来るようになる。
また、カリーナから小休憩の度にドーンを脅した際の事を執拗に聞かれる。一貫してあれはレンの演技だったと答えるが納得していないのが丸わかりだ。
だいたい、レン自身もあの変化は殆ど理解していない。僅かに判明した事はあの変化の発動のキーはミャーの身に危険が迫った事。そしてその肝心要の変化の内容は肉体と精神が今のレンでない別の存在に変化した事。だがこの別の存在もレン以外の者が乗り移ったわけでも別人格になったわけでもない。あくまでレン・ヴァルトエックなのである。このような矛盾しまくりの感覚だ。説明しようもない。
迷宮15階の階段を登った部屋で小休憩となる。
「レンは何時の間にその戦闘技術を覚えたニャ?」
ミャーがホクホク顔でレンに尋ねる。先ほどのドーン達とのやり取り直後からミャーの尻尾は生きもののようにクネクネ動いてる。これはミャーが御機嫌のときの仕草だ。さてこのミャーの問にどう答えるのがベストか。
バリー達の一件に加え、ドーンの件もある。戦闘技術の存在自体を否定する事は無理がある。
時空転移との辻褄を合わせる観点からも女神に与えられた力で強くなった事で通すのが一番良い。この点、精霊召喚の力を女神から得てそれにより修業した事にすれば矛盾はない。
しかし、校長から精霊召喚の力は他言無用だと念を押されている。さらに先刻不本意ながらも自分自身で『仲間を傷つければ女神でも倒す』と豪語してしまった。これで女神から与えられた力で強くなったと言っても信じてはもらえまい。
レンが悩んでいると、カリーナが珍しい玩具を目の前にした幼児のような溢れんばかりの好奇心を含んだ視線を向けて来る。
「レン、貴方には聞きたい事が山ほどあります。
さっきの4班の筑紫頭。え~と確か……コ~、コマク?」
「コーマックですよ。お嬢様」
デリアが即座に答える。
聞いたところデリアとドロシーは代々キーブル侯爵家の従者の家系らしい。要するにカリーナの従者なわけだが、実のところ彼女達は姉妹のようしか見えない。
「そう。コーマックです。レンはコーマックと同じ『鮮血』何がしという名の方に師事しているようですわね。わたくし達にも紹介していただけませんか?」
コーマック達が口走ったのを聞かれたようだ。本来なら打ち首ものの失態だが、今はかえって都合が良い。
当面は全部、『鮮血の黒騎士』に習った事で済ます事にしよう。その方が女神の恩恵よりずっと現実身がある。
それにつけても、カリーナのレンへの態度がこうも変わったのには驚きだ。以前は嫌悪というより憎悪に近かった。何か複雑な事情がありそうだが不用意に踏み込むべきではないだろう。
「そうス。おいら達にも紹介してッス」
レンが口を開こうとするとドロシーがレンの背中に抱き付いてきた。女性特有の柔らかな感触が衣服越しに伝わりレンの顔は急速に熱を帯びる。
「こ、こらドロシー!! 離れるニャ!!」
ミャーの怒声など気も止めずドロシーは後ろからレンを抱擁しながらも顔を鼻先が付くほどレンの顔に近づけその顔を眺める。
「顔真っ赤っス。可愛い~ス」
その瞬間、レンの右耳たぶに温かな感触がする。
「ひぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げるレン。ドロシーはレンの右耳たぶをまるで草食動物が咀嚼するようにモグモグと甘噛みしつつもレンの表情を見て恍惚の表情を浮かべる。どうやら変態さんらしい。
「ぶっ殺すニャ!!」
据わり切った目で光魔法を演唱するミャーをカリーナが羽交い絞めにする。
「ねえ、お嬢ぉ。この子、おいらががもらってもいいスッか?」
「阿保ですか! 今のこの状況見てからお言いなさい!」
ニャー、ニャーと暴れるミャーを押さえつけながら声を張り上げる。
「ドロシーおふざけはそのくらいにしなさい。レンさん。困っておいでよ」
「は~い」
デリアが若干強い口調で言うとドロシーは直ぐにレンから離れる。
レンはバクバクする心臓を必死で抑え込む。まだ顔の火照りと耳タブの感触がとれない。
突然の事態で驚いたが一連のやり取りでこの人達の関係性が朧げにだが見えて来た。
デリアがしっかり者の長女。ドロシーが悪戯好きな末の妹。カリーナはドロシーに振り回される次女。こんなところだろう。どうでもいいがレンを悪戯のネタに使うのは止めて欲しい。
脱線した話を戻そう。
「ゴホンッ! 話を戻すね。僕の戦闘技術はある冒険者から習ったものなんだ。その先生の名が『鮮血の黒騎士』先生。
だけど『鮮血の黒騎士』先生を紹介してくださった僕らの教官も途中で担当が変更になってそれ以来音信不通。僕にも先生方が何処にいるのかわからないんだ。ごめんね」
「変更になった教官ってハミルトン先生の事か?」
レンと話したがらないパットがレンに尋ねて来るとは珍しい。
「うん。ハミルトン先生だよ。それがどうかした?」
パットは顎を摩りながら少し思案していたが、再び口を開く。
「他の班でも結構な数の冒険者の教官が変更になっているらしい」
そうボソリと独り言のように答える。
「それおいらも聞いた~。結構人気があった先生らしかったんで、かなり残念がってたっス」
ドロシーの言葉にレンの脳は高速回転し始める。
(ハミルトン先生が変更になったのは単なる偶然。でも他の冒険者の教官も変更されていた。実習ってそう頻繁に担当教員が変わるものなの? 聞く必要があるね)
「素朴な疑問なんだけど担当教員ってそう頻繁に変更されるものなの?」
カリーナが腰に両手を当てつつレンの疑問に答えてくれた。
「頻繁に交代されることはまずないですが冒険者の教官の交代が重なる事は理論上あり得ます。
この事は御爺様が実習開始前に教えてくださいました。
王立中等騎士学校迷宮実習は騎士校設立以来からの伝統ある実習。ロイスター王国国王陛下の名で最高の人材を中央軍と冒険者機構に求めています。
中央軍や世界冒険者機構にも面子がありますから教官は冒険者と中央軍の一流どころから派遣されているはずです。
そして一度派遣した以上そう簡単に変更を許容しては各組織の沽券に関わります。
よほどのことない限り変更などされませんわ」
「そのよほどの事とは魔物の討伐戦参加義務の事だね?」
「ピンポンですわ。強力な魔物が発生した際に一流の冒険者に生じる討伐戦参加義務だけは何よりも優先されます。
その際の補充の要員が間に合わない場合にはあの方のようなDランクの冒険者にせざるを得ないこともあるのだと思いますわ」
カリーナの説明は筋が通っている。強力な魔物が出現すれば実習の教官などしている場合ではなくなる。魔物は全世界で出現し得る。今回の実習と同時期に討伐戦参加義務が生じる事も零ではあるまい。
しかし、それなら討伐戦参加義務が生じる程の力を持つ魔物が出現したのに何の報道もないのはどういうわけだ?
魔物に関する情報はその国の保安に関する事項であるため冒険者機構に秘匿する権利はない。特に最近は高レベルの魔物の出現はなかったのだ。仮に出現していたら世界のどこであっても大々的にとりあげられるはずだ。
(この迷宮実習はおかしい。何か裏があるような気がする。このまま無事に済めばいいんだけど……)
このレンのこの期待は数十分後に実に呆気なく裏切られることになる。
お読みいただきありがとうございます。
今日は2話分ほど新たに書いたので2話投稿します。また明日から1話ずつに戻ります。時間は22時となります。よろしくお願いいたします。




