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第13話 予兆

 

 6班の集合場所に到着する。今日の実習試験の班のメンバーに挨拶をするレン。


「こんにちは。レン・ヴァルトエックです。よろしくお願いします」


「「「「「「「…………」」」」」」」


 頭を下げるが平然と無視されてしまう。

 ミャーが彼らの無礼な態度にいきり立つが班の面子を見た時点で返事など求めていない。

 まず1組からは3人。その中の角刈り金髪の貴族はドーン・アッカー。父親が世界冒険者機構中央局の幹部であり、最近レンに執拗に絡んで来る。その理由はレンがフレイザーにキャロル殿下との関係を尋ねた事で婚約話が発覚した事を逆恨みしての事だろう。

 2組からカリーナ、3組からパットだ。この2人がレンに挨拶を返すなど想像もできない。

 5組と6組からはいつもカリーナと一緒にいる双子の女の子達。この2人も冒険者志望の学生達の間では有名人だ。

 5組の長い色艶のよい黒髪を腰まで垂らしたお淑やかな美女がデリア・ブロードハースト。6組の目鼻立ちのはっきりした快活そうな黒髪ショートカットの少女がドロシー・ブロードハースト。彼女達はカリーナの父SSSランクの冒険者――『迅雷』のプルートの相棒であるSSSランクの冒険者――『白銀腕』シーザーの娘だ。

 彼女達のレンに向ける視線には否定的な意味は含まれておらず、ただカリーナの手前無視しているにすぎないようだ。



 キャロル殿下の透き通るような綺麗な開始宣言に津波のような歓声が巻き起こる。

 1班の勇士たちが全員から拍手と声援で見送られながらも迷宮内へ入って行く。1班はフレイザーにカラムといった写真写りのよい精鋭達で構成されていた。

 成績もよく写真移りが良いミャーやカリーナが1班にいないことから単なる偶然だろうが、今頃校長達は内心小躍りでもしているのではなかろうか。

レン達は6班であり1時間半後の出発となる。本来、この待ち時間がレンにとって一番の苦痛なのだが今日はミャーと話していたので時間は飛ぶように過ぎた。



 10分前になったので迷宮入口へ移動する。

 迷宮入口ではマスコミ数社に見映えのする衣服を身にまとった男性の試験官が自身の髭を摩りながらインタビューを受けていた。生徒達が来るとマスコミ達はインタビューを止め試験官から距離をとる。

 こんな見るからに動きにくい恰好で迷宮に入るつもりなのだろうか。実用主義の権化のハミルトンとの違いに軽いショックを受けていると、この髭男は一目で作り笑いとわかる笑顔で自己紹介を始める。この髭の男は名をマルツ・ドルマン。Dランクの冒険者らしい。


(Dランクの冒険者? 最初の説明ではこの実習の教官はBランク以上だったはず。実習に参加していた教官以外の人が試験官を務めるなんて聞いたことない。どういうこと?)


 レンと同様の疑問は班の全員が抱いていたらしく眉をひそめていた。

マルツ試験官は1班の角刈り金髪の男子――ドーン・アッカーに恵比須顔で気持ち悪いお世辞をしつこいくらい繰り返していた。言う方も言う方だが、それで喜ぶ方も喜ぶ方だ。

 親が冒険者機構中央局の幹部だからだろうが、あまりにもあからさますぎる。この数分でマルツがどういう人間であるかの判断は付いた。レンにとっては最悪の試験官といえる。

 案の定、マルツは聞いてもいないのに自己が子爵である旨を告げ、1組の貴族の子息、カリーナ、パット、ミャーに丁寧な個別の挨拶をするが、生まれが平民であるレン、デリア、ドロシーには視線すら向けなかった。

 マルツは規則通り班をAチームとBチームに分ける。Aチームは1組のドーン他2名の男子にパットを加えた面子だ。Bチームはレン、ミャー、カリーナ、デリア、ドロシーのメンバー。 

 カリーナはレンと同じチームで一瞬嫌悪の表情を浮かべるが直ぐにいつもの無表情に戻る。

 こうして後半迷宮実習試験が開始される。



 6班はフレイザーのチームとタメを張れるほどの実力を有していた。

Aチームはパットの実力がずば抜けている。

 パットは元々腕力に自信があったせいか、力でねじ伏せる傾向が強かった。

しかしたった5日間で戦闘に無駄がなくなっていた。おそらくディアナのシゴキ故だろう。

 ドーン達も実力はあるのだろうがパットと比較すると見劣りする。致命的なのはその警戒心のなさだ。魔物の姿を見るとどんな魔物なのかも確認もせずに突進する。これでは命がいくらあっても足りない。

 Bチームはカリーナ、デリア、ドロシーの連携が特に素晴らしかった。カリーナはてっきりソロを好むのかと思っていたのだが相性の問題にすぎないようだ。カリーナはこの5日間で益々腕に磨きがかかっており、高度な連携を可能にしているようだった。

 ミャーも御得意の光魔法でエンカウント次第瞬殺している。

魔法の属性には《火、風、土、水》といった通常属性、《雷、氷》の上位属性、《光、闇、聖、邪》の最上位属性がある。

 光系の魔法はこの最上位属性であり、極めて強力ではあるが選ばれた者にしか使えない。仮に適正があっても十数年の修行の後使えるようになるに過ぎない。

ミャーは騎士校中等部唯一の光系魔法の適正者であり、中等部2年に入って直ぐ第一階梯の光魔法を取得してしまったのだ。所謂その道の天才という奴なのだろう。

 カリーナ達の活躍によりレンはさほどやる事もなく警戒しながらもあぶれた魔物を処理していた。通常ならこの良いところがない状況は焦るべき所なのだろうが試験官がマルツのような人間になった以上、どの道レンの点数は最下位だろう。寧ろ諦めが付くというものだ。



 12階で地上へ戻る4班とすれ違う。

 バリー達の班であったが、試験官とバリー達以外の4班のメンバーの幽鬼のような蒼白い顔を見ればその心中は十分すぎるほど察する事が出来た。

そしてその心中はすれ違い時にレンも実感することになる。

バリー達の数メル前方には青いローブを着た小さな兎がいたのだ。

 馬鹿だ! 絶対馬鹿だ! 

 この兎は【召喚兎】。クラスGレベル1最強の兎であり、クラスGレベル1以下の様々な存在を召喚できるというけったいな能力を持つ兎だ。

 ちなみに、この兎の召喚したクラスGレベル1の石竜によりバリー達は一度全滅しかっかった事もある。そんなふざけた兎だ。いくら迷宮では気を抜くのは厳禁であると言っても限度というものがある。見たところベラの木槌とフェイの魔法によってエンカウント次第魔石化しているようだし【召喚兎】などという化物兎が必要とはとても思えない。

 こっそりと苦言を呈そうかと思っていた矢先に事件は起こる。

【召喚兎】を雑魚魔物と勘違いした我等6班の角刈り頭の貴族――ドーンが剣を上段に構えつつ【召喚兎】に斬りかからんと突進する。

 今のバリー達には見知らぬものに斬りかかるという発想がない。なぜなら、そんな愚かな真似をすれば即死亡する事は身をもって体験しているからだ。発想出来ないことには動けない。

 それはレンも基本同様だったがドーン達の警戒心の無さは事前に把握していた。

 だから、非常事態を脳が勝手に察知しスイッチが戦闘モードにカチンッと切り替わり周囲がスローモーション状態となっていた。

 レンはゆっくりと角刈り貴族の傍まで移動し、その胸倉を右手で掴み持ち上げる。そして、【召喚兎】の前方に接近し左掌を向ける。それ以上杖を上げたら問答無用で攻撃すると言うジェスチャーだ。

 野生の本能で力の差を悟ったのか【召喚兎】は上げかけていた短杖を下げる。


「離せよ! 糞平民! 離せって!」


 自身が持ち上げられている事実にやっと気付きバタバタと手足を動かす角刈り貴族を地面にドサリと下ろす。


「ね、ねえ、今の動きバリーには見えた?」


「見えるわけねぇだろ! 気付いてたら瞬間移動みたいに兎の目の前にいたんだ」


「すごい……レン君」


「予想敵中ですね。レン君も『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』先生に修業を受けていると考えるのが妥当です。しかも、現在進行中で!」


「いいなぁ~! 俺も鍛練受けてぇ!」


「私も~」


「私……も」


「僕もです!」


 実習終了後確実にバリー達に絡まれるだろうが知らぬ存ぜぬを通すしかあるまい。修業など再会しようものなら父ルーカスや校長から大目玉を食うのは目に見えているし、何より父ルーカスや母アニータを悲しませることはできない。

 バリー達はレンから今すぐ『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』とハミルトンの情報を聞きたそうであったが今が危険な迷宮内という事もあり殊更アクションをとって来なかった。

 レンとしてもコーマックが危険を理解し【召喚兎】を元の世界へ返したことから言葉を交わす必要性を感じず、バリーと互いの右拳を軽く合わせて通りすぎる。



 レンに胸倉を掴まれたドーンはバリー達がレンに加勢するとでも考えたのか怒りで身を震わせるだけだったが、バリー達が去ると同時に殴りかかって来た。

ここは迷宮内でしかも今は試験中だ。一時退避するわけにもいかない。ドーンが疲れるまで避け続ける事にする。

 数回ドーンの右拳を避けていると怒気をたっぷり含んだミャーの声が聞こえる。


「止めるニャ!!」


 ――ゴンッ!


 ドーンが後頭部を抱えて蹲っていた。短杖を振り下ろしているミャーの姿から察するに、ミャーがドーンを短杖で殴ったらしかった。

 ミャーは確かにLV3だが、専門は魔法使いであり筋力はほとんどない。そのミャーの手加減気味の一撃だ。全くドーンにダメージは与えられなかったが、その分激しい怒りは与えた。


「この糞ケダモノ女ぁ!!」


 額にすごい青筋をむくむく這わせてドーンは刀身を鞘から抜く。1組の他の者達も同様に鞘から剣を抜きミャーに剣先を向け取り囲む。

 ミャーはカリーナやパット達とは異なり耐久力はないに等しい。剣で刺されれば傷を負うし、下手をすれば死ぬ。そんな事など許容できるはずもない。

瞬時にミャーの前に庇うように立つ。


「ミャーが殴った事は僕が代わりに謝る。だからその剣を収めなよ。今ならまだ冗談ですむ」


 ――ドクン! 

 言葉とは裏腹に大切なミャーに剣先を向けているドーン達を網膜に捕えてから、全身が発火したように熱い。熱い。熱い。

身体の奥が燃え盛り、その熱はレンの中の何かを脈動させる。


「うるせぇぇ~~っ! 獣くさい獣人の分際で、この僕に手を上げたんだ。それなりに報いを受けさせてやる!」


 ――ドクン!


(報いを受けさせる……? それでミャーを斬り付けるツモリカ?)


 鼓動は次第に強くなり、視界がグニャリと歪む。

レンは自身の胸を鷲掴みにしつつも額に玉のような汗が浮かべる。


「ふはは! 流石は『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』。此奴震えてるぜ! ドーン、このケダモノ女どうすんだ?」


 舌なめずりをして得意満面の笑みを浮かべるドーン。


「この僕に手を上げたんだ。サンドバッグに決まってるだろ!」


 ――ドクン!


(…………)


 鼓動が強くなるにつれレンの身体の自由は徐々に奪われていく。

 その行動の不能は最初は両手両足の先端、次いで身体の中心へ向かって行く。

 末端から中心へ、肉体から精神へ――。


「剣を収めろ」


 レンとは思えない低く、血の通っていない声にドーン達はビクリッと身を竦めるが、直ぐに怒りで顔を上気させる。

 大方弱者たるレンに怯んだと言う事実がドーン達のプライドでも傷つけたのだろう。


「構わない! 後でパパに言えばもみ消してもらえる。この獣人と『最弱(ウィーケスト)』をやれ!」


 ドーンのこの言葉を契機にレンの身体から濃密な殺気がまるで陽炎のように立ち昇る。

 レンは殺意の矛先をミャーに剣先を向けているドーン達3人に向ける。大気を歪ませるほどの殺意は津波のごとくドーン達に襲いかかり完膚無きまでに蹂躙する。

 殺意に呑まれたドーン達3人は死人のように血の気の引いた顔で震え歯をガチガチ噛み合わせている。遂に膝の震えが止まらなくなり尻餅をついてしまった。

戦意を完璧に喪失しているドーンの足元まで行くとレンはしゃがみ込みドーンに顔を近づけ、その頭部を両手で掴む。


()の仲間を傷つける奴は誰だろうと許さねぇ。女神だろうと天神だろうと魔神だろうと肉片の一つ残さず滅ぼしてやる。どうだ? 理解したか?」


 魂さえも凍てつく声色にドーンは何度も大袈裟に頷く。


「二度はない」


 その言葉を発した途端身体の自由が戻る。

 ドーンを怯えさせその頭を鷲掴みにしている今の状況を認識し、レンの全身からサーと血の気が引いて行く。

 バッと弾かれたように飛び退く。

 途中から今のレンの意思とは無関係に身体が動いていた。だが操られているのともまた違う。そんな奇妙な感覚だ。とは言え、別段不快な感じはしない。放っておいても問題あるまい。

 今はそれよりも自分の仕出かした今の事態をどうにかするべきだ。周囲に視線を向けると、本人のドーン達以外、皆呆気にとられたような表情をしていた。

 先ほどドーン達にレンが向けたものは150階層で嫌っというほど味わったもの。所謂殺気というやつだ。この殺気は本来他者の命を奪う際に発せられるもの。だから殺意を受けた者にしか効果はない。現に近くにいたミャーでさえポカーンと口を開けているだけで怯えている様子はない。 

それにしても殺気を任意に発生させ、それをコントロールすることが可能だとは初めて知った。無論もう一度やれと言われても絶対にできないわけだが。

 いち早く状況を認識したマルツ試験官にレンが胸倉を掴んだ行為と、ドーン達を脅した行為につきアザベラ先生に報告すると伝えられる。

 この危険な迷宮内でレンを殴ろうとするドーンを止めもせず、しかもドーン達が剣を抜いても傍観していた者が今更何を言っているのだろうか。

正直、校長、教頭、アザベラ先生の人選とやり方にはウンザリしている。

ミャーがドーン殴った事は不問にするようだし、レンとしても不満はない。かえって一度校長達にものを申すには丁度良い機会だ。



 お読みいただきありがとうございます。

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