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第10話 決意

◇◇◇◇


 気が付くと商店街の広場のベンチに腰を掛けていた。

おそらくレンの血色の悪い顔は闇の中、死人のようにも見えたはずだ。だが、もうすっかり日も暮れており人通りも疎らだ。誰もレンに気を止めようとしない。これが昼間なら知り合いの商店街のおじさんやおばさん達にしつこいくらいのお節介を頂いた事だろう。 

 レンはただただ夜空を眺めていた。

 空には雲が多く月はその背後に隠れている。この今にも泣き出しそうな夜空は今のレンの心境に実にぴったりだ。泣き出しそうなのに一向に泣けない事も含めて。

 そう、こんなにも深淵のような深い悲しみがあるのに不思議な事に全く涙がでないのだ。これは泣き虫なレンにしては極めて珍しいこと。

 数十分ほど夜空を眺めていると視線を感じる。身体と頭は鉛のように重い。眼球だけを視線のする方へ向ける。金髪エルフの女性――カティ少尉が驚いて目を白黒させている姿が網膜に映し出される。

 再び視線を夜空に戻す。悠長に挨拶をする余裕など今のレンにはない。カティ少尉はレンの所まで歩いて来ると隣のベンチに腰を掛ける。


「夜空見てるの? それとも何か考え中?」


「はあ……少し……」


 レンは今一人になりたかった。だから最低限の返事だけをする。カティ少尉もレンの様子からそれを察したのか殊更話しかけては来なかった。



 数時間カティ少尉と夜空を見上げているとポツン、ポツンと冷たい雫が落ちて来る。どうやら、夜空は泣く事が出来たようだ。それがレンには少し羨ましかった。

 ベンチから立ち上がり歩き出す。カティ少尉も無言でついて来る。

 そろそろ雨宿りをする場所を探さないとびしょ濡れとなる。

 明日の試合は中止、明後日まで暇だ。明後日の朝までアジにもらった空間にでも逃げ込もうとも思っていたのだがカティ少尉がいるからそれもできない。

 近くの喫茶店に入る。それにしてもこの人はどこまでついて来るつもりなのだろうか。何名か聞かれるのでカティ少尉に視線を向けると顔に恥じらいがかすめながらも指を二本立てる。窓際の席に座り珈琲を注文すると再び無言で夜空を見上げるレン。


「レン君。Bチーム、明日の試合勝てるといいね。」


 レンが怪訝な顔でカティに視線向けると彼女は頬を紅潮させながら両手をブンブン振る。


「ふ、深い意味はないの。私は確かにAチームの担当だけど第5班全体の教官でもあるから、これは会う全員に言ってるの」


(ディアナさん。カティ少尉にまだ伝えてなかったのか……)


「……校長先生から時機に連絡あると思いますが明日の試合は中止ですよ」


「へっ? それってどいう……」


「…………」


 再び沈黙を決め込むレンの様子に感じるものがあったのかポケットから携帯を取り出し電話をかけるカティ少尉。相手は校長だろう。

 少尉は携帯で暫らく話していたが頓狂な声を上げたあと、怒りで声を震わせながら抗議していたが、『死ね!』と叫び一方的に切ってしまった。

 真っ赤に顔を上気させ肩を震わせるカティ少尉。


「レン君。行こう」


「はい?」


 カティ少尉は素早く会計を済ませるとレンの手を引き、店を出る。抵抗する気力すらないレンは為すがままカティ少尉に手を引かれながらもその後をついていく。

 タクシーから降りた先は中央軍高官の居住区の一角にある宿舎。宿舎と言っても高級マンション並の設備は備わっている。

 ホテルロビーのような1階ホールからエレベータで7階まで上がる。その一室のクリーム色の温かな色のソファーに座らせられ目の前にホットミルクを出される。

 女性の部屋にいるのだ。いつもなら緊張の極地だろうが今は神経が麻痺しているかのように何も感じない。カティ少尉はレンの隣に座ると優しく語り掛けて来る。


「レン君。校長から事情は聴いたよ。私には君が悪いとはどうしても思えない。

後半実習の君の評価はかなり高かった。着実にハミルトン先生の出す課題をこなしていたし、寧ろ強調性のある君の評価点は班の中で一番高かったと思う。

 それを大人の都合で勝手に評価方法を変えておいて生徒に危険が及んだから一生徒に責任を押し付ける? そんな事許されていいはずがない!」


 カティ少尉は口調に怒気を混じらせながら力説する。だがその言葉は今のレンには届かない。


「もう……いいんです。今更結果は変わらないでしょうし……それに僕が今悲しいのはそんなことじゃない」


「レン君が今悲しい事……。

 良ければ教えてもらえないかな? 私はこの部屋で話した事を絶対に他言しない。レン君の事情に無関係な私だからこそ相談に乗れることがあると思う」


 そうかもしれない。どの道一般の貴族でも知っているゴシップ的な情報だ。隠す意味もない。それに誰かに話すことでこの胸に刺さった無数の棘が多少なりともとれるかもしれない。

レンは重い口を開き始める。



 カティ少尉はレンの話をただ黙って聞いていた。

 レンが話し終えるとレンの両肩を掴み、凛とした表情でその透き通るような碧眼をレンの両眼に向けくる。


「レン君。それは君が悪いよ。中将夫妻は心底君のことを愛している。

 ルーカス中将がレン君が冒険者になるのを頭ごなしに否定するのも君を一時でも手放したくはないから。薄々君のその考えにも気づいていたと思う」


「気付いてた? 父さん達が僕の考えに?」


「でなきゃあ、あんな無茶な事を多方面に頭を下げてまでしやしないと思う。

きっと中将、君がいなくなるのが心底怖かったのね。

 君、知ってる? ルーカス中将の息子自慢は鬱陶しいので有名だったんだから」


「戦略シミュレーションで満点を取った事ですか?」


 それしかルーカスがレンを自慢する事などない。


「ううん。そんな話題まったく欠片も出ないよ。

優しい。頭がいい。家族思いだ。そんな内容を永遠と話すんだよ。

 子供の頃の話に始まり、決って子供の頃貰った手作りの小箱の話になるの。これは息子から貰ったんだって」


 そういえばそんな事もあった。

 父ルーカスの誕生日に喜んでもらおうと一生懸命作った小物入れだ。出来たのはお世辞にも出来の良いとは言えない形の歪な箱。その箱を包装紙に包んで渡すとルーカスが大きな手で撫でてくれた事を今でも鮮明に覚えている。


「父さん。あんなのまだ持ってたんだ……」


 暖かいものが身体の芯から生じ始める。


「そして最後に決まって『優しいレンには闘いには向いていない。軍隊や冒険者などもっての外だ。レンは頭がいいし人を引き付ける何かを持っている。俺にはなれなかった何かになれるはずだ』という話で終わる。どう? こんな親馬鹿滅多にいないでしょ?」


 身体の芯から生じた暖かいものはレンの凍てついた心に火を灯す。


(そうだ。そうだった。幼年学校時代仕事が忙しいのに授業参観には必ず父さんが来てくれた。僕が落ち込んでいると黙って話を聞いてくれた。あの大きな手で撫でてくれた。

 母さんも僕が高熱を出したとき一晩中看病してくれた。

エーフィだってこんな僕を兄と言ってくれている。

 ヴァルトエック家を出るということは僕にとって命よりも大切な家族を捨てるということだ。でもさ。捨てられるわけじゃないないか! 

 こんなにも僕は父さんが、母さんが、エーフィが大好きなんだから!)

 

 冷え切っていたレン心は絶え間なく湧き出る暖かい感情により脈を上げ始める。


(僕は楽な方に逃げていただけだ。僕の過去についてただ目を逸らしたかっただけだ。

 父さん! 母さん! エーフィ! ごめん! ごめん! ごめん! 僕――)


 熱いものが頬をゆっくりと伝い、それから膝の上に落ちた。


「あ、あれ? 僕……」


 カティ少尉がレンを優しく抱きしめる。


「泣いていいんだよ。それは今の君にとって大切な事だから」


 堰を切ったように温かい切ない感情が次々と溢れて来る。

その感情が示すがままにカティ少尉の胸にすがって赤ん坊のように泣いた



 涙もやっと止まった。胸にポッカリ空いていた穴も嘘のようにふさがっている。逃げるのではなく向き合う決心がついたからだろう。

 そう。もうレンは逃げない。父と母に今までの事を謝る。そしてレンの今の正直な気持ちを今度こそ伝えるのだ。

 レンはいつまでもレン・ヴァルトエックでいたいって。そして冒険者の道も最後まであきらめたくはないって。

 冒険者育成学校への入学には確かにヴァルトエック家を出る事も目的もあったがあくまでこれは副次的なもの。

 レンがこれほど冒険者育成学校へ入学したかったのは冒険者になるため。それもなりたいのはただの冒険者ではない。英雄譚に出て来るような冒険者だ。物語に出て来る英雄はこんな事では決して挫けはしない。何度打ちのめされてもその度に立ち上がる泥臭い英雄達。そんな英雄達にレンは憧れたのだ。だからこそ最後の最後まで諦めない。

 確かに冒険者育成学校への入学は絶望的となったが、あくまで駄目になったのは推薦枠での入学だ。

 冒険者育成学校には推薦枠と一般枠がある。この推薦枠なら学費も無料だし付属寮へ入寮する権利が特別につく。

 だが、一般枠は高い学費に住む場所も実費だ。つまり、両親の強力が不可欠になる。レンの両親が反対している事からこの方法は取れなかったが、後半年でルーカスとアニータを説得してみせる。この程度のミッションをクリアできなければ冒険者になる資格などそもそもない。

 カティ少尉の両手を握り真剣な顔を向ける。


「カティ少尉。ありがとうございます。父さんと母さんを僕絶対に説得してみせます!」


 カティ少尉の顔はみるみる赤く染まっていきいまや熟れたトマトのように真っ赤だ。


「せ、説得? 何を?」


「勿論冒険者になることです!」


 レンの言葉を聞くと肩を落とし溜息を吐くがすぐに笑顔でレンに微笑む。


「レン君。頑張ってね」


「はい! ありがとうございます! 

カティ少尉、大好き!」


 やる気と決意で興奮し状況判断能力が著しく低下しているレンは感謝の気持ちを伝えながらカティ少尉を強く抱き締める。そして直ぐに行動に起こすべくスクッと立ち上がある。


「じゃあ、少尉、僕家に帰ります」

 

 頭を勢いよく下げてカティの家を後にした。




 レンがヴァルトエック家に帰るとエーフィが泣きながら飛びついて来た。いつものように軽く背中を叩いて落ち着け、視線をエーフィの背後に移すと明日から世界が消えるような悲痛の顔のルーカスとアニータが視界に飛び込んでくる。

 大切な両親にこんな顔をさせた自分に猛烈に腹が立った。そこで家族をふまえ今レンの考えている事を正直に話す。話し終えるとルーカスとアニータはまた泣いていた。だが今度の涙は悲しみからではない事が鈍いレンにもわかる。

 相変わらず、冒険者になる事は認めてくれなかったが元より簡単に行くとは思っていない。半年で絶対に説き伏せてみせる。それよりも今は後半年で冒険者育成学校の一般入試を通過する程の実力を身につけなければならない。

 冒険者育成学校の一般入試は0.01%という途轍もない難関試験。しかも、能力値(ステータス)や学力だけではなく、探索能力、危険察知能力、簡単な武具修復能力等様々な要素が問われるのだ。レンのクラスがSだとしても通過できないものも多々あろう。

 そうと決まれば明日から始めよう。レンの夢を叶えるための鍛練を!




 お読みいただきありがとうございます。

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