第9話 独白
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結局レンの実習後半の評価は零。打ちひしがれて家に帰ると父ルーカスと母アニータが神妙な顔で待ち構えていた。進められるがままに向かいの席に座る。
「俺の言いたい事はわかっているな?」
「同じ班の仲間を【鬼兎王】と戦わせたことだね?」
ルーカスは静かに頷く。思った通りだ。ディアナが話さないわけがない。ルーカスもアニータも内心は怒り心頭だろうに極々平静にレンの話を聞いていた。
レンも自身の強さとその得た手段以外は全部正直に話した。
「お前の言いたい事は理解した。だが、お前のやった事は許されることではない。冒険者の道は諦めてもらう。
軍隊も同じだ。元々私や母さんはレンが軍人になるのには反対だった。当主たる父上の決定だから表面上お前を軍属にしようとする振りをしていたにすぎん。機会をみて拒否するつもりだった。今回の件は断る理由としては十分だし父上も認めざるを得まい」
世界冒険者育成学校を卒業しなければ冒険者のライセンスの受験資格が得られない。
冒険者育成学校への入学は金銭的な理由から推薦試験でしか入学が出来なかった。その推薦試験が受験不可能になった以上、もう現実的にレンに冒険者になる道はない。
軍隊については、ヴァルトエック家は元々軍人の家系。祖父がレンに軍人以外の進む道を認めていない事は以前から知っていた。
だがレンは所詮は養子だ。レン以上に優秀な親戚などヴァルトエック家には腐るほどいる。態々レンが軍に入る意義を感じないし、入る気もさらさらない。
「うん」
さっきから胸の中を蟲のように蠢ている不可解な黒い感情にレンは終始蹂躙されている。
もう限界だった。早く部屋へ戻って眠りたい。キャロルのときと同様時間の経過がこの感情を癒してくれると信じたい。
椅子を立ち上がろうとするがルーカスに止められる。
「待ちなさい。まだ話は終わっていない」
「もういいよ。僕がすべて悪い。それでいいよ」
「そこまでは言っていない。今回の騒動については俺にそもそもの原因があることは重々承知している。お前に冒険者になって欲しくないばかりにやり過ぎたことの自覚はあるんだ。
済まなかった」
(駄目だ! 駄目なんだよ、父さん! 謝っちゃあ。ああ、これで僕は言ってしまう。言ってはいけなない事を伝えてしまう)
レンの胸の中に留まっていた黒い感情が溢れ出て来る。その黒い感情のままに禁断の言葉を紡いでしまう。
「そうだよ。その通りだ。父さんが余計なことしなければ僕は冒険者になれたんだ。
このヴァルトエック家から出て行けた!」
レンが冒険者育成学校に入学したい理由は将来冒険者として大成したいことが最も大きな目的だ。
だがこのヴァルトエック家を出る事も副次的な目的としてあったのだ。
なぜならレンは知っているから。
貴族でもない孤児のレンが兄であるお陰でエーフィが学校で惨めな思いをしているのを知っている。母アニータが貴族の社交場で肩身の狭い思いをしているのを知っている。父ルーカスがレンを侮辱した貴族を殴ったことも知っている。
もうそんなの御免なのだ。沢山なのだ。だからかなり早いうちからこの家を出ようと心に決めていた。
「ヴァルトエック家から……出て行く? どういう事だ? 俺はそんな事聞いていないぞ!」
「言ってないから当り前さ。僕は戦災孤児、しかもただの孤児じゃない。『皆殺しのガルトレイド』の生き残り。不吉な忌み子。そんな僕がこの家にいたことで父さん達に迷惑をかけてる事くらいずっと前から気付いてた。
冒険者育成学校に入学すれば学費も全額免除になる。そうすればもうヴァルトエック家とは関わりがなくなるはずだったのに!」
言ってしまった。全部言ってしまった。怖くて二人の姿を見る事が出来ない。テーブルに向けた視線を上げる事が出来ない。
でも間違った事は一切言っていない。これはずっと心にあったこと。ただ今まであまりに居心地がよくて分不相応な長い、長い夢を見ていただけだ。夢が冷めればほらこの通り。全てを失い、何もなかったただのレンに戻る。
「……お前はずっとそんな事考えてたのか?」
始めて聞くルーカスの弦を震わすような声にテーブルに視線を落としたままビクッと身を震わせるレン。その拍子に出かかっていた言葉を飲み込んでしまう。
だがもうレンは伝えてしまった。伝えたからにはここで黙っては駄目だ。言わなければレンは前には進めないのだから。
「そうさ!! だからもう僕の邪魔しない――」
椅子から勢いよく立ち上がり言葉をルーカスにぶつける。
しかし言葉は最後まで紡ぐことが出来なかった。
なぜなら――。
ルーカスが両手を小刻みに震わせながら両目より涙をはらはらと流していたから。
アニータが顔を両手で押さえ嗚咽を漏らしていたから。
(え……)
――ズキンッ!
胸の中心が疼く。そしてその疼きは次第に強くなっていく。
(ひどいや……)
――ズキンッ!
幾多の悲しみのナイフがレンの心に深々と突き刺さり血を流す。
(こんなのあんまりだ!)
――ズキンッ!
(僕は大好きな父さん、母さん、エーフィの悲しむ顔を見たくないから家を出ようとしたのに!)
足は自然に動いていた。アニータの背後からレンを呼び止める悲鳴じみた声が聞こえるが構わず夢中で足を動かす。
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