表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/61

閑話 鍛錬後の反省会


 

              ◇◇◇◇


 フェイ・オルホフは教官ハミルトン、他のBチームのメンバーと共に王国でも有名なファミレス――エンライトの窓側の座席に座り、目の前に運ばれてきた好物のグラタンに視線を向けている。

 とても食べる気がしない。あの黒いマントを着た兎を思い出すだけで、全身から冷たい汗が噴き出て来る。たった一匹の小さな兎が今まで遭遇したどんな巨大な魔物よりも恐ろしかった。

 明日もあの化物兎と闘わなければならないと考えるととても食欲など湧くはずもない。他の人達も同じらしくスプーンやフォークを動かす気配すらない。


「まずはLV7の到達おめでとう。君達は見違えるように強くなった。今日は俺の奢りだ。さあ、好きなだけ食べてくれ!」


「慰めなどいりませんよ。あの魔法使いの兎にまったく太刀打ちできませんでした。きっと『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』先生に見限られました」


 バリーが俯きながら投げやりに言葉を発する。バリーは昨日の鍛練終了時にはすっかり『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』の信者となっていた。心酔しきっているバリーの様子から察するに、食欲のない理由はフェイとは異なり『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』の前で無様な姿を晒してしまった事にあるのかもしれない。


「別に慰めてはいないさ。君達は強い。君達も知っているだろう? LV7に到達できた者は文句なしCランク相当の冒険者だ。ましてや学生で到達など前代未聞の事態だぜ。君達はそれをもっと誇りに思うべきだ」


「……正直言いますと僕は冒険者としてやっていく自信がなくなりました。冒険者になればあの兎のような怪物と頻繁に闘わないといけないと思うと足が竦むんです。身体が震えるんです。

 少しでも気を抜くとあの炎の弾丸が飛んでくる。距離をつめようにも空気の障壁で阻まれる。

 常に死の危険と隣り合わせというのがこれほど恐ろしいとは思いませんでした」


 コーマックの言葉にハミルトンは顎をつまんで暫し考え込んでいたが口を開き始める。


「そうか。そう考えられたなら今日の午後の魔法使いの兎との鍛練は極めて大きな意味がある」


「はぁ? お言葉ですが、私達ただなぶられただけですよ?」


 ベラが食ってかかる。フェイも全くの同感だった。あの絶望に意味などあるとも思えない。


「冒険者として力が必要なのは間違いない。だがそれだけでは駄目なんだ。

 仮にこの鍛練が力だけを得る事が目的なら鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)さんやピョン子さんが伝説の怪物クラスの兎の魔物の動きを封じて君らに倒させればいい。それをしない理由はこの鍛練で君達自信の手で見つけて欲しいものがあるからだ」


「あの兎による蹂躙劇(ワンサイドゲーム)鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)先生の目的があると?」


 バリーの目の奥に強い光が灯る。そしてそれは全員が同様だった。

今日の後半戦の地獄が無駄でないなら、あの地獄から得たものがきっとあるはずだから。


鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)さんは君たち自身で答えに辿り着いて欲しかったみたいだが、その答えは俺だって数年の修練に次ぐ修練の末に先輩冒険者に聞かされ初めて実感できたことだ。寧ろ教えても殆どの冒険者が理解できない。なぜなら君達のような経験をしたことがないから。

 だから言おう。今日の鍛練の成果は『自分より強いものなど沢山おり、戦闘中少し気を抜くだけで自身の命などいとも簡単に失われる』ということ。

 これさえ実感できれば戦闘中警戒はいつも怠らないし、常に最悪のパターンを数通り思い描くことができる。そうすれば――」


「自身と仲間の命は失われない。

 今なら校長先生がなぜ俺達の迷宮探索を禁止したのかがわかります。俺達は本来絶対してはいけないことをしていたんですね?」


「プラボ~! そこまで気付ければもう大丈夫だ。君達は真の意味で冒険者となった。勿論明日からの鍛練を強制などしない。棄権を察知し回避するのも冒険者の重要な素質の一つだ。

 だけどね、『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』さんは君達に出来ない事を課したりはしないよ。それは昨日と今日の前半の鍛練で十分理解しただろう? 

 それにこのまま君達が鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)さんの授業について行ければもしかしたら君達は学生の身で偉業を成し遂げられるかもしれない。学生の身で世界最高の冒険者の一角にさえ届きうるかも知れない。

 よく考えた方がいい。『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』さんに教われるのもこれが最後かもしれない」


 フェイの両親は平民ではあるが中央警察庁の幹部だ。

 本当は制服が可愛い王華女学院に入学したかったが、将来フェイを警察官僚にしたい父に半強制的に王立中等騎士学校に入学させられた。そのせいもあり、軍隊にも、中央警察庁にも、そして冒険者にも興味など微塵もなかった。

 フェイが冒険者を目指そうと思ったのはただ憧れの人が世界冒険者育成学校へ入学すると知ったから。そう。それだけのはずだった。

 しかし、この迷宮実習でハミルトンに攻撃魔法について教わり、兎達との鍛練により戦闘技術を学んだ。これらにより自身の力や技術を向上させることの楽しさを知った。何より皆で協力し合って成し遂げることの楽しさを知ってしまった。これが先の無い絶望でないのなら踏ん張れるくらいにはこの鍛練に執着はある。

 皆を見渡すが全員フェイと同じ顔。此処にいる皆は似た者同士。考える事は皆同じ。

 だから、スプーンで好物のグラタンを口に運ぶ。お腹が減っては明日の兎への対策など練れはしないのだから。




 お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ