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第4話 鍛錬(1)


◇◇◇◇





 迷宮探索実習十四日目 午前十時 廃工場

 修練所としてAチーム、Bチームともに迷宮の使用を禁止されている。そこで5日間の修練場所を見つけなければならなくなった。レンが予定している修練方法は一般人にはある意味刺激が強すぎる。ハミルトンに相談するとこの廃工場を用意してくれた。

 廃工場は学校の体育館の凡そ数倍はある施設で、御叮嚀に電気も通っている。どんな裏技を使ったかは知らないがハミルトンの行動力には恐れいる。

さらにこの廃工場は王都のはずれにあり、工場から数キロメルは無人の空き地となっている。

 正に鍛練のために存在するような施設だ。ハミルトンの下がるに下がった評価を僅かに上方修正する。

 当初、学校外での鍛練は問題があるのではないかと思ったが教官役のハミルトンが同行する条件であっさり許可された。

 ちなみに、A班も学校外で修練するらしい。ディアナ少佐が凶悪な笑みを浮かべつつパット達とカリーナを車に乗せるのを見た。思わず合掌し冥福を祈る。カティ少尉もA班の担当らしくレンと目が合うがすぐに逸らされた。嫌われているのだろうか。まあ、両親の毒牙にかからないだけよしとするべきなのだろうがこれはこれで悲しい。

 


 悪組織の親玉のような黒ずくめの服に黒い仮面を着用し、数分待つと工場の扉がギギィと開き、ハミルトンとバリー達が次々に工場内に入って来る。


「全員集まったな。それでは紹介するぞ。6日間君達の教官となる『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』さんだ」


 ハミルトンが変装したレンの隣に立ち学生達に紹介する。学生達も一応挨拶はしてくるが『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』に対する信頼度は皆無だった。


(『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』……。そのゴツくてダサい二つ名一体何? マジで痛すぎんですけどぉ~! ほら皆の顔見てよ。不信感と疑心で満ち溢れてるって!)


「失礼ですが、え~と『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』さん……は冒険者のランクはいかほどで?」


 バリーの問にレンがどう答えるか迷っているとハミルトンが代わりに応える。


「彼のランクは訳あって言えないが俺よりも強いとだけ言っておこう。勿論俺も冒険者の基本的戦闘を教えるが、実戦の戦闘の鍛練は彼に教授してもらう」


 どの生徒の顔にも強い失望が張り付いていた。レンだって痛い二つ名を持つうんさくさい黒ずくめの仮面男に大事な試合の教えを乞いたいとは思わない。彼らの反応の方が正常だ。


「あ、あの……」


 フェイが恐る恐る尋ねる。


「どうした? フェイ」


「レン君……は?」


「レン君は君達とは別行動。

彼は試合に出れないが、最も適切な形でこの戦いに参加してもらう。今はその用意をしてもらっているところだ」


 バリーとベラの頭の上にはクエスチョンマークが飛び交っている。

 ハミルトンの言わんとしている事を把握したコーマックが直ぐに尋ねて来る。


「えっと、それってまさかレン君に指揮を執ってもらうと言う事ですか?」


 バリーがポンと左の掌に右手を乗せる。


「ああ、そういや8組の奴が戦略シミュレーション試験で満点取ったと一時期噂になってたなぁ。あれレンだったのか……」


「え~!? スコア100点って本当だったの? 私てっきり8組のいつもの法螺だと思ってた!」

「それ本当。私見てた……」


フェイの言葉にコーマックが頷く。


「僕も廊下で先生方が興奮気味に話しているのを聞きました。

でもレン君が出れば4対4のルールに違反するのでは?」


コーマックの疑問は全員が抱いていたはずだ。他ならぬレン自身そう思っていた。


「勿論、伝達の魔法は試合では使えない。でもどの道、レン君魔法使えないだろ? 

 だから、レン君が伝達の魔法が使える君らのメンバーの一人に場外から指示を出す。その者が常に伝達魔法で情報を与える。こうすればいい。レン君にはこの場外からの指示の方法を期限までに調べてもらう。どうだ? これならルールには違反しないだろ?」


「確かに、場外からの物理的指示ならそれはただの応援と何ら変わらない。ルール上問題はない。だけど、それって卑怯過ぎない?」


 ベラの言葉にハミルトンの口角が吊り上がる。


「卑怯? 君達はただでさえ個人試合総合1位と7位に5日間で勝たなければならないんだ。ルールに反しない限りこの程度の卑怯は校長達も折り込み済みだろうよ。

 それに、卑怯は冒険者にとって最大の褒め言葉だ。冒険者は騎士ではない。正々堂々など糞くらえだ。冒険者は結果が全て。結果が得られなければ全て敗北で、得られれば全てが正当化される。だからこそ冒険者は世界で最も信頼されている職業なのさ。そう、ただ完遂するという一点において!」


「そうです。そうですよ。僕達は冒険者を目指すんです。こんなところで止まるわけにはいかない。それにレン君が指揮するなら勝機はあるかもしれません!」


「いや、勝機があるじゃない! 絶対勝つんだ! 勝ってあのいけ好かないパット達の鼻っ柱を叩き折ってやる」


 湧くに湧いているところ悪いが時間も押している。とっと話を進める事にしよう。


「理解したようだな。ではお前達の鍛練の方法だ。私の鍛練方法は特殊でね。これからある生物と戦ってもらうわけだが、その前に――」


(《Aクラス精霊召喚》!)


 床に幾つもの魔法陣が浮かび上がり消えて行く。遂に魔法陣はグルグルと回転しその上空に眩い光を放ち始める。光は徐々に収束しヒト型を形成し始める。そして、光が消えたときレンに跪く一柱の精霊が出現していた。


「御主人様。呼んで頂き光栄だピョン!!」


「「「「……」」」」


 学生達とハミルトンは阿呆のような表情で暫らく精霊を凝視していた。そして、徐々に口を瀕死の魚のようにパクパク開けて行く。そして――。


「「「「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」」」」


 バリー達は一目散で工場の扉へ殺到する。何度も転倒し地面とキスをするがお構いなしだ。彼らの気持ちは以心伝心で通じる。レンも以前自ら召喚しておきながら軽く悲鳴を上げたくらいだ。

 寧ろハミルトンが滝のように大量の汗を流しながらも精霊を観察していられるのに驚愕する。流石は一流の冒険者。神経が太い。

 同情の熱い涙を流しながら注目の精霊に視線を向ける。兎のような長い耳に、ウサギのような丸い尻尾、バニーガールの如き露出度の多い出で立ち。まさに精霊に相応しいメルヘンチックな姿だ。

 ただし、それが二メルを楽に超す髭を生やした筋骨隆々のオッサンじゃなければ! 特にその顔に塗りたくったような厚化粧とツインテールは根源的な恐怖を生じさせる。


「まあ、レディの顔をみて失礼な子達ですピョン」


 プンプンと怒りながらも精霊は開かない扉を叩いていたバリー達を小脇に抱えてレンの下まで移動する。

 凶悪中年オカマ兎を見て子ウサギのようにガタガタ震える彼らに凄まじい罪悪感を覚えつつ変声機で変えた低い大人の声でレンは言葉を発する。


「では紹介しよう兎の精霊――ピョン子さんだ。この5日間、君達の鍛練の指導をしてもらう」


「よろしく遊ばせピョン」


 多少天然が入ったフェイが『よろしくお願いします』といつもの消え入りそうな声で挨拶する。会話ができる存在と知り安心したのだろが馴染むのが速すぎだ。


「せ、精霊!? 精霊ってあの精霊ですか? 御伽噺に出てくる?」


筑紫髪型少年コーマックが半分ずり下がったメガネをクイッと戻しながら尋ねる。


「そうだ」


「ちょと、レ、いや、『鮮血(ブラディ)黒騎士(ブラックナイト)』さん。まさかこの方と子供達を戦わせるつもりかい?」


「まさか。それではLV上げにはならない。彼女はこの世のありとあらゆる兎を召還できるメルヘンチックな能力を有していてね。彼女が召喚した兎達と戦い撃破してもらう! 

 なあに心配いらない。ピョン子さんは強力な癒しの力も持っている。心臓が動いている限り回復が可能だ。何度も死んでくれたまえよ。はっははは!」


 わざとらしく高笑いするレン。

 昨日、母に新人教育用の本はないものかと尋ねると、得意そうな顔で一冊の本を渡された。題して『新兵育成教本(地獄編)』。

 その本に『最初が肝心。舐められたら負け。一発ガツンと恐怖を植え付けろ!』と書いてあったので実践しているわけだがどうにも自信が持てない。母に謀れたのではなかろうか。

 バリー達は状況を理解できていないフェイ以外ガタブル状態だ。だがもう後には引けない。


「では始めるぞ! ピョン子さん。お願いする」


 兎の精霊、ピョン子はレンに向き直り右腕を胸に当て恭しくも頭を垂れる。


「いでませ。いでませ。ピョピョンのピョン!」


 口から呪詛を吐き出しつつ右脚の爪先で立つとクルクルと回転し始めるピョン子さん。喉に酸っぱいものが込み上げて来るが、ここで吐くわけにも行かず胃の奥に無理やり流し込む。

 工場内の中心に一つの魔法陣が浮かび上がり地面からい白い一匹の小さな兎が出現する。


「え、あれを倒せばいいの?」


 拍子抜けしたのか間抜け顔で尋ねて来るベラ。


「そうだ。あれを一人で倒せるようになるのが今日の修行となる」


「ふざけないでくれ! ウサギと遊んでいる時間は俺達には――」


 やっと調子を取り戻して声を張り上げるバリー。

しかし、バリーが言い終わる前に兎は後ろ足でスクッと立ち上がり瞬時にバリーの懐まで移動すると右拳を鳩尾に高速で叩き込む。

 ドゴオッと鼓膜が破れんばかりの音が工場内に鳴り響きバリーの身体は十メル近くも吹っ飛んでいく。コーマック、ベラ、フェイは眼球が飛びださんばかりに目を見開きガタガタと震え出す。ハミルトンも頬を引き攣らせている。

 一方兎はファイティングポーズを取りつつ後ろ足でトントンと地面を叩き軽快なフットワークを演じている。


「あら~、一発KOピョン。このままではマズイピョン。じゃあ、失礼ピョン」


 ピョン子さんが瀕死状態のバリーに厚い抱擁をするとみるみる内に傷が癒えて行く。


「愚か者がぁ! 説明を最後まで聞かぬからだ。ピョン子さんが召喚する兎がただの兎のはずがあるまい? 

 あの兎は【ボクサー兎】、歴戦の(つわもの)だ。お前達ヒヨッコが舐めてかかって勝てる相手ではない。弱点は耳。頭を最大限使い互いに連携して攻撃するのだな。

 ちなみに、負傷すればピョン子さんの熱い抱擁による癒しが待っている。では諸君の検討を祈る。はっはははは!」


『新兵育成教本(地獄編)』その二。

 『兵士達に死にたくないと思わせる事。死ぬ以上に辛い思いならなおよし』だ。従って別に痛めつけるのが目的ではない。本人達には分からない様に適度に助けに入るようにピョン子に事前に命じてある。


「いやだ! いやだ! いやだ! いやだぁぁぁぁ!!」

 バリーの一撃撃沈とピョン子さんの熱い抱擁を見てコーマックは絶叫を上げて兎に魔法を演唱する。

 ベラも目尻に涙を溜めて大剣を鞘から抜き、フェイはカタカタと震えながら杖を兎に向ける。一方、覚醒したバリーはピョン子さんの胸の中から飛び出し、Bチームの修行の幕はこうして切って落とされた。

 


 【ボクサー兎】は流れる水のようにバリー達の間を縫うように駆けまわり、すれ違いざまに拳打を打ち付ける。

 致命傷となる攻撃の場合は全てピョン子さんが兎の動きを止めていた。しかし、大きな傷は負わなくても精神は摩耗する。過度の恐怖から意識を失いピョン子さんに癒されるバリー達。

 それを繰り返すうちに彼らは驚くほどの成長をみせ始めた。バラバラであった動きが次第に一つにまとまり、まるで一個の生物の様に動き始める。そしてついに――。

 どうやっても【ボクサー兎】の動きについていけないのを知りバリー達は作戦を変える。

 バリーの素早さとフェイの攻撃魔法で兎を攪乱しその動きを一時的に止める。

一瞬動きが止まった兎にコーマックが束縛の魔法を発動し雁字搦めに縛る。

バリーが離脱するやいなやベラが兎の背後に移動し大剣でその耳を斬りおとした。

 耳を斬り落とされた兎の身体は細かな粒子まで分解され魔石だけが地面に落ちて音を立てる。


「や、やったぁ~!! 倒したぁぁ!!」


 大剣を空高く突き上げるベラ。バリーが喜びの雄叫びを上げ、コーマックなどガッツポーズだ。地べたに座り込んでいるフェイにベラは抱き付き勝利に酔う。

「ベラ。お前の能力値(ステータス)カードを見てみろ!」


「はい! え……?」


 よほど嬉しいのか快活な返事をするベラ。ポケットから取り出したカードに視線を移した途端、顎を外れんばかりに開けたままの状態で硬直する。

 

「ベラ! どうしたんだよ? 勿体付けんなって?」


「……カードが壊れてるのかもしれないけど、私……LV2になっている……」


 LV2に中等部生で到達できるのは一握り過ぎない。

 騎士校中等部でレンが知るのはカリーナのLV4、フレイザー、カラム、ミャー、パットのLV3とダンとエゴンを始めするLV2が数人だけだ。

 故に学生達にとってLV2に上がることはハミルトン達にとっての覚醒のような意味を持つ。


「は?」


 バリーがベラからカードをひったくり目を通すが、ベラと同様あんぐりと口を開けたまま石化した。


「当然だ。あの兎はLV3。能力値(ステータス)は筋力15、耐久15、素早さ20、魔力5だ。平均能力値(ステータス)が15倍の魔物を倒せば当然そうなる。

 呆けしている時間もないぞ。今から一時間の食事休憩の後再び鍛練を始める」 


「先生! 今すぐお願いします! 俺達まだ腹など減っていない」


 確かに『新兵育成教本(地獄編)』には『初日は食事を与えるな』と書いてあったが、そこまですればただの虐待だ。バリーの頼みに答えもせずレンは工場を後にした。


 

 食事後、午後の鍛練が開始される。

 ベラがLV2に上がり身体能力が著しく向上したことに加え、益々木目の細かい連携が取れるようになり複数の【ボクサー兎】を倒し全員がLV2まで上がる。

 その後一度に召喚する【ボクサー兎】の数を増やして鍛練を継続すると、午後の17時になる頃には全員がLV3に到達していた。

最後に【ボクサー兎】との一騎打ちをさせたが全員撃破してみせる。

 『新兵育成教本(地獄編)』、『日毎の課題を設定し確実にクリア』も達成できた。実に満足のいく結果だ。

 仮面の奥でほくそ笑んでいると能面な顔でハミルトンがレンに近づき耳打ちしてくる。


(レン君。君は子供達をどこまで改造するつもりだ?)


 ハミルトンの『改造』という言葉には若干のひっかかりがあったが正直に答える。


(はあ、後4日でやれるところまでやろうと思ってますけど)


(やれるところまで? とするとまだ先があるのか?)


 狼狽を顔に漂わせるハミルトン。普段頭に来るほど冷静な冒険者のこうした姿は新鮮だ。 


(そりゃあまあ今日は肩慣らしを兼ねてましたから。明日からが真の鍛練です)


「くくっくく……ははっあははっははは!!」 


 腹を抱えて笑うハミルトン。その狂ったように笑う姿に、勝利に酔いしれていたバリー達も一斉に視線をハミルトンに向ける。

 笑い続ける気色悪いハミルトンを尻目に明日同時刻にここへ集合するようバリー達に伝え其の日の鍛練は終了する。



 お読みいただきありがとうございます。

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